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【XI】#13 叫び拒む、狂った願いは


 鐘の音が鳴る。本来ながら祝福される時に聞くはずの鐘の音が。

 祝福の鐘がある真下の大広場に磔にされている依音──出灰依音と、琴理──葵琴理の両名は鐘の音が鳴る度に、その時が近付いていることをむざむざと感じされられている。

 正直な所、打つ手はない。周囲はかなり厳重に中央管理局直轄の警備員を多数配備され、何人たりとも処刑場に入れるつもりがないのか、依音と琴理と空の間にはかなり分厚い結界魔術が施されている。

 何でも、他区域でかなり有名な結界魔術師が念入りに作成したとかなんとか。

 もう何日ほどこうしているだろうか。処刑の鐘はもう既に三度、鳴っている。話によれば五回目で処刑と言われているので、無事に聞くことのできる鐘の音は一回だけになる。

 最初の方は元気だった琴理も相当疲弊している。依音はそっと顔だけを琴理の方に向ける。

 

 「うちが全部悪いんす……うちがあんな物を産んでしまったばっかりに……」

 「琴理……」


 どうやら、琴理は自分達には内緒でもう一つ疑似ヰデルを作成していたようだったのだが、それをこの騒動の首謀者である鎹里乃によって没収されたらしい。

 その事を酷く気に病んでいるらしく、今でもこのザマだ。先程からずっと後悔の念を垂れ流しているだけの蓄音機になりつつある。

 依音はこの状況をどうにか打破しようと色々画策してはみたが、現状、打開策は見つかっていない。

 魔術は結界によって発動すら出来ず、身動きを取ることも出来ない。外部からの干渉もかなりの高精度で防いでいる為、今の所、私刑のようなことはされていない。

 要するに詰みなのだ。今の自分に出来ることは琴理への声掛けくらいだ。


 「琴理、気をしっかり持ちなさい。助けはきっと、来るわ」

 「誰が助けに来るっていうんすか!?誰が大罪人のうちを助けるっていうんすか!!」


 普段は快活で、他の人の気持ちを汲んで宥める側の琴理がヒステリック気味にそう返す。

 ジャラジャラと厳重に拘束されている身体を鎖ごとぶち破ろうと無理矢理動かしているその姿はとてもじゃないが、見ていられない。

 

 「信じなさい。きっと、きっと来るわ」

 「だから!!誰が!!誰がうちなんかを助けるんすか!?うちは!!うちは……!!」

 

 琴理の悲痛な叫びは、依音の心まで蝕もうと首元まで這い寄ってくる。

 泣き言なんて言いたくないが、自分でも分かっている。誰がこんな所まで助けに来れるのか。

 唯一可能性があるとすれば、虚華──ホロウが考えられるが、ホロウは自分達が捕まる少し前に失踪している。

 理由は未だに分からない。ノワール曰く、自分に責任があるとは言っていたけれど、恐らくは何かの目的の為に単独行動しているのだと、依音は思っていた。

 虚華もホロウも、どちらも目的のためには手段を選ばない傾向があった。全体で見れば全然違うのに、その人をその人たらしめる部分だけはおんなじなんだって、当時の依音は苦笑いしたものだ。


 (助け……か。来ないって思うのは簡単。諦めるのなんていつでも出来る)


 死にたくはないのだ。依音は分かっていた。このまま時が来れば、確実に自分と琴理は見世物にされた後に残酷に殺される。

 それ程までに鎹里乃の琴理に対する怨念は深い。彼女が琴理を視認していた時のことを思い出すだけで、寒気がする。


 「やっほ〜、イオちゃんとゴミクズ。元気してた〜?」


 想い人を想起していれば、いつかは現れる。だなんて夢物語だと思っていたのに、現実になってしまった。しかも今一番会いたくない人に。

 手を振りながら、結界をすり抜けて依音達の元へと来たのは自分達を此処へと縛り付けている張本人。

 後二回、鐘の音が鳴れば自分達を処刑すると断言している鎹里乃だった。

 里乃はかなりご機嫌な様子で、普段であれば琴理を見るやいなや不快感を募らせているのだが、今の里乃は満面の笑みで萎れている琴理を眺めている。


 「うんうん〜。いい感じに絶望してる〜。イオちゃんは〜……そうでもなさそうだね?」

 「別に。貴方には関係な……がっ……い、で……しょう?」


 依音は里乃の言葉に歯向かうと、首が急に絞まりだす。里乃は魔術詠唱していなかった筈なのに。

 なんとか気道を確保しようと喉元を抑えながら、里乃の方を睨むと、里乃は心底楽しそうな顔で依音の苦しんでいる顔を楽しんでいる。


 「なぁに勘違いしてるの〜?イオちゃんは生かされてるだけなのに、そんな反抗的な態度取っちゃだめだよ〜?」

 「ちっ……それで?今日は何用で此処に来たのよ」


 時折、首の締付けがマシになるタイミングがある。恐らくだが、里乃が質問を投げ掛けて来ている時だ。あの女は自分の質問の時だけは拘束を緩めて、返事を強要している。


 「え〜?そんなの、絶望に堕ちたそいつの顔を見に来たに決まってんじゃ〜ん♪」

 「本当、相変わらずいい趣味してるわね」


 依音の嫌味など気にも留めずに、里乃はブツブツと独り言を言っている琴理の近くに寄って、見上げる。


 「うんうん!やっぱり絶望に堕ちた奴の顔はサイコーだね!それが葵琴理なら尚更!」

 「………………」


 今言い返しても何にもならない。死なない程度に締め上げられている首も、話す時──里乃が話すことを許した時だけ、話せる程度までは緩ませている。

 裏を返せば、話させる気がないから、今は苦しい状態で保持されているのだ。


 (こういうの、なんて言うのかしらね?調教でもされてるんじゃないかしら)


 痛みによる言論統制に行動制限。分かりやすい躾だ。そんな事は分かっていても苦しいことは嫌なのだ。今は黙って従うしか無いと、自分の心に言い聞かせて、依音は眼の前の光景を見守る。

 

 「別に何か言いたいことがあるなら言ってもいいよ?というかどうしてこんな状況下で、イオちゃんは絶望してないの〜?今のキミの心の支えってなんなの〜?あ、まさか助けに来てくれるとかおめでたい考えをまだ持ってたりする〜?あはは!!」

 「……さぁ。目の前の現実を受け入れて、ただ時を待っているだけよ。誰かを待っている訳じゃないわ」


 そう言ってのけた依音を見て、つまんないの〜と頬を膨らませた里乃は指をパチンと鳴らす。すると、依音の首元を締め付ける何かがすっと消えてなくなり、楽になる。

 依音が首元を擦っていると、里乃は舌をちろっと出し、いたずらっぽく笑う。


 「イオちゃんと遊んでも楽しくないから、里乃はこのゲロブタと遊ぶね〜!」

 「ま、待って……え?」


 依音の頭上から音がする。言葉にするのが難しい音だ。ギギギ……?ゴゴゴ?擬音語にすることすら困難なそれは、何か自身の常識からは想像もつかない物だった。

 なんだか嫌な予感がした依音が恐る恐る見上げると、そこには得体の知れない化け物が結界を喰らっていた。そう、破壊しようとしていたのではない。文字通り喰らっていたのだ。

 依音が聞いていた音は、未知の生物が結界を咀嚼していた音だったらしい。


 (なに……あの化け物……。見たこと無い……はずだよね?)


 見覚えのない筈の化け物の風体は、何処かで見覚えがあるような気もする。けれど、極度の疲労と緊張が、依音の思考を普段の十パーセント程にまで落としていた。

 ドロリドロリと、結界は喰まれた部分から腐り落ちて行っている。耐腐性も相当な物の筈だが、あの化け物はそんな物などお構い無しで自分一人が入れる程度の余裕を生み出すと、結界内へと侵入していく。

 化け物が地面へと着地し、依音達を無視して里乃の方へと向かっている中で、依音は真っ先に琴理の安否を確認する。


 「琴理っ!!!気をしっかり持ちなさい!!少しでも活路があるなら、最期まで諦めるな!!」

 「……でも、あの女はうちの……疑似ヰデルを……」


 虚ろな目でそう言った琴理の視線は、化け物と対峙している里乃の方へと向けられる。依音も里乃のことを視認するが、目を見開いて驚く。

 疑似であろうと本物であろうと本来、ヰデルヴァイスというものは決められた者以外には使用出来ないように制限が掛けられているのが一般的だ。

 ヰデルヴァイスは戦局を大きく変えることの出来る武具だ。それらを用いることが出来る所有者は非常に希少で、元来重宝されるべき存在なのだが、それを誰でも用いることが出来てしまえば、奪い合いが生じてしまう。

 そのせいで沢山の国や人が犠牲になった。沢山の血が流れた。

 依音が思考の海に溺れそうになっている中で、里乃は声高らかに叫びを上げる。


 「起きて、アナト!」

 「アァ嗚呼嗚呼あゝァァアア嗚呼ああアア!!!」


 里乃の両腕には、臨が用いているような装身具が装着されていた。かなり酷似しているそれは、間違いなく糸の射出機能が搭載されている特殊武具だろう。現に、彼女は糸を用いてかなり立体的な戦闘を開始した。

 臨以外にそういった戦い方をする人物を、知らなかったのもあったが、彼女は元来、武道や拳術を用いて戦うスタイルだったのを知っているからこそ、奪った疑似ヰデルがあの「アナト」と呼ばれる物なのだろうと、容易に想像がついた。 

 磔にされていた依音はどうすることも出来ず、ただただ絶望に堕ちた琴理と一緒に彼女らのやり取りを見守る他無い、そう思っていた矢先だった。

 急に手と足の鎖が腐り落ちた。それは琴理も同じだったらしく、突然の事過ぎて身体を宙に預けたまま、落下しようとしていた。


 「琴理……っ!!」


 依音は急いで水属性の簡単な魔術を詠唱して、琴理の落下地点に大きな水球を生み出す。

 ドボン!と落水した音を聞いた依音はそっと胸を撫で下ろし、数日ぶりに大地の感触を確かめると、すぐに状況分析を開始する。


 (まぐれなのか、意図的なのかは分からないけど、最悪の状況からは脱せた。けど……)


 結界が剥がれたのはあくまで頭上の小さい穴だけ。他の箇所は結界の強度が保たれている。

 化け物が里乃を押してあちこちに傷をつけてくれれば可能性はあるが、それを作戦に組み込むのは良くはない。

 その上、自分達は丸腰だ。二人とも純粋な魔術師ではないので、得物がなければ戦闘能力が半減する。

 隣には未だに絶望したまま虚ろな表情をしている琴理が一人。


 「さて、この絶望的な状況下……どうしてやろうかしら」


 




 

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