【XI】#12 罷り通る、垣間見える虚構に
【XI】#8の続きになります。
ホロウは状況を理解していない零に、今までの流れを簡潔に説明する。
鎹里乃が現在、起こそうとしている事や、どうして自分が一人でここに居るのか。それらの事象を話す度に、零の顔は険しいものになっていく。
淹れられた紅茶がすっかり冷め切った頃には、零は胸の前で腕を組み、ホロウから聞いた内容を頭の中で整理していた。
「要するに、だ。「墓標」の人間をいいように使っている訳だ。あの阿呆は」
「そうなりますね。その証拠に」
ホロウが窓の方を見ると、零はすぐにモニターを見る。結果は見るまでもない。
明らかに街にいる人間の量が減っている。それもそうだろう。先程、玄緋兄妹から感情喪失した人々と交戦したという報告を受けている。間違いなく出処は此処だ。
様々な情報を仕入れた零は暫くの間、黙り込んだ後、カップに注がれた紅茶を飲み干す。
「話は分かった。今度は君の話を聞かせて欲しい。キミはどうして此処に居るんだ?」
「先程の話でお話したと思いますが、中央管理局職員である貴方から情報を仕入れたかった、というのが結論になります。相手の情報が全く無く、こちらの情報はおそらく殆どが筒抜けである現状、少しでも対策を練ろうとしていたんです」
「わたくしが……、人前に一切出ずに、感情を持った人を相手にしてこなかったわたくしが、地上の事を少しでも知ってると、キミはそう思ったのかな?」
「正直に言いますが、確率としては半々だと考えていました。私はただの流浪者、対して零さんは腐っても蒼の区域に暮らす職員。全くの無駄足にはならないと思っていますから」
そう言い切ったホロウの言葉からは、迷いや焦り等が一切含まれていなかった。
ホロウに残された時間はそう多くない。処刑の鐘は既に一度鳴り響いている。後四回鳴れば処刑が始まるというが、その鐘がいつ鳴るかも分からない。
ホロウがなんとか冷静さを保てているのは、処刑台に挙げられたのはあくまでフィーアの人間な事が大きい。
本来、彼女らを見殺しにしてもホロウにとっては痛手ではないのだが、琴理の身体を失うということは、完全にかつての仲間と出会うチャンスを失うということになる。
可能であればそれは避けたい。折角もう一度会えるチャンスを得られたのに、それをむざむざと失う訳には行かない。
「まぁ、私が知ってることと言えば……、彼女は」
零は零の知る限りの鎹里乃の話を語り始めた。彼女が元々は鍛冶師の一族の末裔であったこと。
父親はかつては葵家と肩を並べる程の実力者であったこと、母親は中央管理局の幹部であったこと、そんな両親を無惨にも奪われ、復讐心に燃えていたこと。
零はゆっくりではあったが、それ以外にも沢山の話をしていた。やけに詳しいなとホロウは感じてしまったが、黙って耳を傾けるだけに留める。
「そうだったんですね……、彼女にそんな過去が……」
「同情するかい?親を殺され、仲間に蔑まれ、誰にも手を差し伸べられなかった一人の少女を」
確かに彼女の境遇は普通ならば同情の余地があるだろう。出会う場所やタイミングが違えば、仲間にだってなっていた可能性だってある。
けれど、ホロウは彼女のことを許すつもりはないし、許すことは出来ない。
「出来ると思います?仲間を手に掛けようと拉致している人を」
「無理だろうね、わたくしも大切な「墓標」の人々を奪われてからはね」
零も少なからず思っていることがあったらしく、腹を立てているらしい。
「それで?聞きたいことはもう終わりかい?キミの時間だって貴重だろう?」
「聞きたいことはもうありませんが、お願いしたいことが一つ」
ホロウが眉を下げ、困惑したような表情を見せると、零は先程までの激情を内に抑えて冷静な表情を取り戻す。
此処から先の話が本題だと気づかれているのだろう。
暫しの間、ホロウは何も言わずに黙りこくっていると、痺れを切らした零の方から声を掛けられる。
「それで?キミはわたくしに何を望むんだい?」
「率直に申し上げると……」
ホロウの要求に、零は激怒し、一度は席を外そうとしたが、長い交渉の末に要求を飲ませることに成功した。
自分だって心苦しいとは思うが、自分達が勝利するためには、小さい事から成していく必要がある。
今回のこともきっとそうだと思う。結局は自分の幸運のために他者を蹴落とすのだ。
自分はディストピアに居た頃から何も変わらないんだなって、部屋を出て一人になったホロウは自己嫌悪に陥りながら、窓の外を暫しの間眺めていた。
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綿罪と疚罪が去った後に、臨達は兄妹達が指し示した方角にあった小屋にて身体を休めていた。
疚罪から渡された鍵を使用し、中に入るとかなり小綺麗にされた内容に目を剥いて驚いたのだ。
普通、こういった小屋は人が出入りしていればまず入ることが出来ず、出入りしていなければ清掃からしなければならないことが基本である。
その反面、此処は人が出入りしている痕跡もないのに、綺麗な状態が保たれている。
(出灰が……いや、イズだったか。アイツが全部手引したんだな)
ホロウ──虚華と共に行方を眩ませた出灰依音、今はイズと名乗っている彼女は紛れもないディストピア時代の仲間だった。
あの時、黒崎夢葉──臨の姉からの猛攻を庇って死んだ時と同じ顔で、彼女は平然と歩いていた。
その事実が、雪奈が起こした奇跡が現実味を帯びさせていく。早く彼女を取り戻さないといけない。そうしないときっとホロウは帰ってこない。
「大丈夫か、緋浦。簡易魔術紙である程度で回復出来たと思うが……」
「心配には及ばねぇ。傷は大分治った……今はそこを心配してる暇ねぇだろ?」
傷の痛みが癒えてないことは、雪奈の顔を見れば一目瞭然だが、雪奈の言う通り、自分達はそんなことを心配している時間の猶予は残されていない。
だが、今から手負いの少女を一人抱えて移動したとしてももう間に合わないだろう。
移動用の魔物は玄緋兄妹に殺され、この付近には中型以上の魔物は存在しない。居たとしても亜人族であるゴブリンやオーガくらいなものである。
きっとそんな魔物を使役して移動用に用いたとしても、雪奈はキレ散らかすだろう。怖いので絶対にしない。
「だが、今のボク達には移動手段がない。このまま走り続けても一週間は掛かる。蒼の区域の処刑の鐘が鳴り終えるまでに辿り着くことは困難だろう……やはりボクらは……」
「言うな。お前がその先を言うのは許さねぇ。うちらの努力を否定すんじゃねぇよ」
強い語気でそう言った彼女の、かつてのようなギラギラした瞳は既に失われている。
傷は癒えても身体や心が疲弊しきっている雪奈を置いて自分一人で行くことも考えたが、それは却下した。
臨は綺麗な床に座り、雪奈をベッドに座るように促す。
「さて、ノワール。これからどうする?」
「どうって……緋浦、此処から歩いてもきっと間に合わない。それに完全に癒えてない人間を歩かせるには、ブラゥまでの道のりは楽じゃないんだ」
臨の言葉には諦めが色濃く滲み出している。それを雪奈も理解しているらしく、いつにもなくしおらしい。
「……ごめん、うちが弱かったばっかりに」
「緋浦のせいじゃない。ボクだって弱いさ。それに、魔術師の身体でそこまで戦えてるのは立派なことだ」
「気休めの世辞なんて要らねぇ。現にうちらは置いていかれた身、アイツに役立たずだって思われたのが悔しい。それに、自分達も同じ選択を取ったことも」
「……すまない。ボクには複数人を補助するよりも一人を強化した方が強いし、魔物を使役するのも一匹が限界なんだ」
臨の考えていた移動プランを実行するには、自分を含めて二人しか一緒に行動出来なかった。
魔物に騎乗する能力を有しているのも、自分だけだった。それでも連れてこれば、また選択肢は変わっていたのかもしれないと後悔しても、後の祭りでしか無い。
しおらしくなっている臨の頭を、ベッドに座っていたはずの雪奈がペチンと叩く。
昔は本気で殴っていたのに、今ではすっかり仲間に向けた火力に変えられていた。
「んなこと言うな。アイツが居ない今、「喪失」のリーダーはお前だ。誰もお前の選択にケチは付けねぇよ。まぁ、帰ったら「エラー」にばちぼこに文句言われると思うけどな」
「……違いない」
臨が薄く笑うと、それにつられて雪奈もニコリと笑う。
普段の様子はかつての雪奈──クリムと全然違うのに、ふとした瞬間にクリムを感じてしまい、心の奥の何処かがズキンと痛む。
つい目を雪奈から逸らしてしまった臨は、テーブルの上に一枚の手紙が置いてあることに気づく。
「……これは?手紙か?」
「開けてみろよ。大方、あの【蝗害】の奴らの煽りだろうけど」
またまたむすっと機嫌を悪化させた雪奈を宥めながら、臨は封蝋を剥がし、中身を取り出す。
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これを君達が読んでいることは、君達がブラゥへと足を運ぼうとしたタイミングで玄緋兄妹に奇襲を受け、負傷したから私の建てた小屋で休んでいる……といった感じなのかしらね?
もし他の人間が読んでいるのなら、すぐに燃える術式を付与しているから、この先を読めるのは、黒咲臨くんと緋浦雪奈さん、その他数名……だけになるわ。
本題に入るのだけれど、どうしてホロウが来ることを望んでいないのに、そこに居るのかしら?
これからのブラゥは大荒れの大時化になることは間違いないわ。そんな地獄のような状況下に貴方達を巻き込みたくない。折角の第二の人生を謳歌して欲しい。自分なんか放っておいて幸せに生きてほしいって考えを尊重することは出来ないのかしら?
傷を直したら出入口の扉の右隣にある扉を開けてジアへと帰りなさい。未だに復興が進んでいないジアに、貴方達の力を求めている人は沢山居るでしょう。
反対に、左側にある扉には入ってはいけませんよ。そちらは地獄へと一歩を辿る扉でしか無い。
目を背けたくなる現実を見たいならば、潜ると良いでしょう。
貴方達の友人 イズ・ブランシュより。
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この手紙を読んだ二人は迷わずに地獄へと一歩を辿るらしい扉に手を掛ける。
こんな碌でもない物をよこした犯人のほっぺたを抓ってやらないと気が済まないからだ。




