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【XI】#8 姦し患う、耳障りな雑音が虚を囲う


 ホロウがホルスターから銃を取り出し、いざ──という時に、眼の前の少女──里乃は大声を上げる。

 内心驚きながらも、冷静さを保ちながら、彼女を注視する。すると両手を上げて投降姿勢をしているではないか。

 戦う前から戦うことを放棄している里乃の真意を汲み取れずに居たホロウは、銃口の照準を里乃の眉間に合わせたまま、里乃に睨みをきかせる。


 「なに、そんな大声にだっさい姿晒して、何がしたいの?」

 「タンマタンマ〜!わたしはこの場で戦う気は更々無いの!」


 里乃の言葉に、ホロウは眉間の皺を更に深く刻む。

 この女は一体何を言っているんだ?此方側の事を一切考慮していない。拉致誘拐の主犯格が今目の前に居るのに報復をしようとしない被害者など居るとでも思っているのだろうか?


 「お前にはなくても、私にはあること……分からない?」

 「んーん!わかる、わかるよ!もう殺したくて仕方ないよね?」


 里乃の心底楽しそうな話しぶりに、ホロウは苛立ちを覚える。先程から里乃はこちらの殺意を気にも留めず、あちこちに視線を移しながら語り口調で話してくる。

 どうにも何かが引っかかる。時間稼ぎだろうか?意図の読めない彼女の行動に、ホロウは神経をすり減らしながら、照準越しに里乃を見る。


 「分かってるなら、私の為に死んでくれない?」

 「だからちょっと待ってよぉ。こんな誰も見てない所で殺し合うなんて勿体無いじゃん?魔弾ちゃんもそう思わない?折角自分の命を賭ける(ベットする)なら、そのショーは大勢に見て欲しいんだよね〜!」


 いつの間にか、装身具を解除していた里乃は完全に丸腰だ。今弾丸を放てば、殺せる可能性はそれなりにあるだろう、撃ってしまおうか。

 こちら側は完全に殺すつもりなのを理解していないのだろうか?それとも別に何か考えがあるのか?


 (殺すのは情報を得てからでも良いか……。こちら側も聞きたいことはあるし)


 彼女の本意など更々興味はないが、どうしてそうしたいのか、少し気になったホロウは、投降姿勢でこちらを見ている里乃の顔を見る。こういう時に心を読めればなぁと思うも、代償の重さから断念する。

 ホロウは、いつでも射撃できるように照準を合わせたまま、里乃の口車に乗ることにした。


 「大勢の前で殺されたいなんて、随分とマゾ気質なんだね、もしかしてそういう趣味なの?」

 「まっさかぁ〜。でも魔弾ちゃんからしたら、大勢の前で殺した方が報復〜って感じしない?」


 「確かにそうかもね。でも公衆の面前で殺すことのデメリットの方が大きい。それに……」

 「それに?」


 ホロウの言葉に、里乃は首を傾げて同じ言葉で聞き返す。

 今までの会話の間、ホロウはトリガーを引けば躱すことの出来ない距離で銃を構えているのに、里乃は随分と気楽に話している。

 そんな彼女にホロウは少しずつ気味の悪さと恐怖心を覚えながら、言葉の続きを紡ぐ。


 「その場所でなら……私を糾弾して殺すことが出来る──そんな算段でしょ」

 「そんなつもりはな……」


 里乃の言葉を待たずして、ホロウは銃の引き金を引いた。ズダァンと銃声が鳴り響く。しかし、そこに里乃は居らず、身代わりとしてか、見知らぬ人間が身体を射抜かれ、地に伏していた。

 確かにホロウは銃の引き金を引いた。そして、弾丸が人の身体を貫く音も聞こえた。


 (でも死んでるのは別の人間……そもそもこの人は……?)


 ホロウは周囲を警戒しながら、斃れた人物の様子を観察する。二十代男性で衣服は蒼の区域で一般的に着用されているカジュアルな物、体格や容姿から見るに探索者などではないようだ。

 恐らくではあるが、里乃が瞬時にスケープゴートととして用いた身代わりなのだろうが、出所(でどころ)は何処だ?

 ホロウは暫く考え込んだ後に、はっと何かを思いついたのか、徐ろに死んでいる男性の瞳を確認するべく、閉じた瞼を指で押し上げる。

 この人物が何者なのか、気付いたホロウは何処かで見てるであろう里乃に向けて叫ぶ。


 「やっぱりそうか……何処かで見てるんでしょう?出てきなよ、鎹里乃!」

 「なぁに?魔弾ちゃん、そんな犯人が分かりました!みたいな反応しちゃって」

 

 いつの間にか背後を取っていた里乃に気づいたホロウはギョッとした表情で振り向くと、心底楽しそうな表情でこちらの様子を伺っている。

 心の奥底で燃え上がりつつある炎を必死に抑え、あくまで冷静さを保ちながらホロウは訊ねた。

 

 「この人、“墓標”に居た心神喪失状態の人でしょ?琴理から奪ったヰデルで操ったの?」

 「だいせーかい!ぴんぽんぴんぽーん!そのとーり!肉壁には丁度良いでしょ?」


 里乃の罪悪感の欠片もない発言に、ホロウは奥歯を噛み締め拳を固く握り締める。


 「この人達だって生きてるのに……」

 「ん?ん〜。まぁ確かに?生命活動をしているという点を見れば確かに生きてたかもね?でも、この人達ってあくまで死んでないってだけで生きてたとは思わないけどな〜わたしは」


 「なっ……」

 「じゃあ聞くけど、魔弾ちゃんにとって、生きるって何?死ぬって何?私達と意思疎通の取れない人間を、人間って呼んで良いのかな?」


 ホロウは里乃の言葉に何も言い返すことが出来なかった。

 かつて居た地獄に蔓延っていた感情を失った人々のことを人間だと思っていなかった。

 だから、今の彼女の言葉に咄嗟に反論することが出来なかった。心の奥底では、彼のことを人間だと思っていないも同然なのだ。

 沈黙は肯定、そう判断した里乃は口角を三日月状に歪めると、指をパチンと鳴らす。


 「じゃあわたしはもう行くね。処刑の鐘があと五回鳴ったら、葵琴理と出灰依音を処刑するから。断頭台に彼女達が上がって死んだ後なら、わたしを殺してもいいから」

 「……?どういうこと」


 ホロウが言葉の意図を問おうとした時には、既に彼女の姿はなく、そこには男の死体があるだけだった。

 かつては芽生えていた筈の罪悪感が湧いてこないことに、自己嫌悪しながらホロウは何処かに居るはずの零を探すことにした。




 ______________________

 


 ぼんやりとした反応しか探知できない中、ホロウは巨塔の内部を散策がてら零を探していた。

 自身の探知魔術に何かしらの妨害をされているのか、はたまた自身の魔術の腕が鈍っているのか、原因は分からずとも、ホロウは零を探さざるを得なかった。

 随分と広い巨塔は閑散としており、本当に零一人で此処を守っていたことが伺える。数多くある客室はベッドに埃が被っており、大広間は使用された形跡すら無い。

 何度も何度も探知魔術を使用しているが、この近辺にそれらしい反応があることしか分からないせいで、生死すら不明な現状に、焦りを覚えながら各部屋を回っていると、見慣れない機械が大量にある部屋を発見する。


 「此処は……」


 ずらりと並ぶ機械には、この街の各場所を移しているように見える。パンドラがホロウの様子を覗き見るために用いている遠隔でその風景を映し出す魔術と似たようなものなのだろうか?

 これ幸いと、ホロウは慣れない手つきでモニターを眺めるが、零が居る様子は見られない。

 その上、ホロウの予想通り、街には人の気配がない。外の風景しか映していないので、家の中に全員が籠もっているのであれば、モニターに誰も映らないのは納得がいくが、こうも誰も映らないのはやはり不気味ではある。

 やはりこの街の人々は、鎹里乃によって全員連れ去られてしまったのだろうか。

 謎の機械が沢山置いてある部屋もくまなく捜索したが、零は居ないようだ。此処が居ないとなると、最後は最上階の執務室か、屋上のどちらかになる。

 先に屋上を確認しておこう。仮に外に放置されているならば、早く助けなければならない。

 長い長い階段を駆け上がり、軽く息を切らしながら屋上とへ続く扉を開ける。

 

 「此処が屋上……!!」


 そこには逆さまに吊るされていた零が、磔になっていた。

 まずい、人間は一時間も耐えられない筈だ。ホロウが里乃と話していた時間はそうは長くないが、巨塔まで戻り、此処まで来るのに掛かった時間は、それなりに長かった筈。


 「考えるのは後っ、零さんっ!“血刃(ブラッド・エッジ)”っ!!」


 ホロウは離れた距離にいる零の拘束を解くために、自身の腕を切り、血を刃状にして飛ばす。

 思いの外深く切ってしまったのか、ホロウの左腕からは夥しい出血量が記録されているが、ホロウは気にせず、身体を宙に放り出された零を受け止めるべく、全力で走る。

 しかし、自身の貧弱な身体能力では到底間に合いそうにない。それに気づいたホロウは、腕から流れ出ている血を見て、再度詠唱を開始する。


 「零さんを受け止めて──“血壁(ブラッド・ウォール)”」


 ホロウの腕から血が消え去り、零の落下予測地点に血で出来た正方形の板のような物を生み出す。

 水や土を整形することは苦手で、時間を要するが、血なら簡単に整形できる。

 零は血の壁に勢いよく沈み込んだ後に、水面に浮かんでいるのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。

 地面に直撃するよりかは随分マシだろう、とこの場に居たのが自分であることを心のなかで謝罪しつつ、血壁を解除して、ゆっくりと地面に体を預けさせる。

 重体の零の負担にはなりたくないが、生死を確認しなければならないホロウはそっと体を揺さぶる。

 

 「零さんっ、零さんっ」

 「……っ」


 ホロウの声掛けと揺さぶりにまだ反応がある。良かった、どうやらまだ間に合ったらしい。

 身体中に傷があるのを見るに、里乃とやり合っていたのだろうか、眩しそうに目を開けた零がホロウを視認する。


 「零さん、大丈夫ですか?」

 「……最悪の目覚めだよ。君の妹君は何処かな?」


 言葉では強がっているが、かなり衰弱している。脳に血が昇り過ぎた弊害だろう。

 先程までは生きていて心底安心していたのだが、今はもう一回宙に放り上げて巨塔から叩き落としてやろうかな、とちょっぴりだけ考えてしまったホロウであった。


 



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