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【XI】#7 喰み嫌う、手繰り寄せる悪意に


 蒼の区域の地下全域に広がる空間──一部の人間が「墓標」と呼ぶそれらは、たった一人の管理人によって管理されている。

 「墓標」の中心に位置する巨塔にある執務室に、管理人である零は、とある客人にお茶を淹れていた。

 今日の紅茶は香り高いレーヴァ産ウバだ。最近はめっきり取れなくなってしまったせいで高騰気味ではあるが、惜しむつもりはない。どうせ、客人がいなければ出すこともない一品なのだから。

 

 「今日は一人かい?珍しいね、こんな場所まで出張ってくるなんて。わたくしはてっきり、わたくしのことが嫌いだと思っていたんだけどね」

 「好き嫌いで人を選り好みできるほど、私は人脈がないんです。それに今は一刻を争う時ですから」


 「ふふっ、まるでわたくしと接触するのは本当に非常事態だから、と言いたげだ。……地上で何か起きたのかな?」 

 「えぇ、まぁ。話せば長くなりますが、簡潔に纏めると……」


 虚華は差し出された紅茶に手を付けずに、些か上機嫌にも見える零に事情を説明する。

 宵紫柚斗が死んだことでその後継に鎹里乃という人間が支部長に就任したこと、その里乃が出灰依音と葵琴理を拉致し、処刑の鐘を鳴らしたこと、中央管理局の中でも中立の立場だと思っていたイドルが攻撃を仕掛けてきたこと。

 他にも最近の懸念点や、これからどうするかを零目線での意見を聞ければ良いと思って、虚華は今此処に足を運んでいる。

 幸か不幸か、処刑の鐘は鳴れども、処刑実行までの間に幾許の猶予はある。


 「なるほどね、わたくしの知らない間にまた随分と状況が変わっているみたいだ」

 「急過ぎて、私も正直驚いています。どうして彼女らが急に処刑されることになったか……」

 

 眼の前の彼女のことを得意か不得意かで訊ねられたら、間違いなく不得意だと断言は出来るが、やれるだけのことはしておきたい。

 自分は無力で、一人じゃ何も出来ないことを、かつての地獄で嫌と言うほど実感している。

 弱者が強大な相手に打ち勝つには、何重もの策が必要なのだ。メインプランがいつも通る訳が無い、幾つものサブプランを練りに練ってこそのメインプラン──初撃が生きてくる。

 そういった経緯で虚華は、「墓標」の管理人、零と今こうして話をしている。彼女は虚華が話せる数少ない中央管理局の職員だ。といっても当の本人からすれば、中央管理局に所属しているという意識もかなり薄いらしいが、それでも所属していることに変わりはない。


 「単刀直入に言わせて貰うが、わたくしもそこまで内部に詳しい訳ではない。きっと君は鎹の情報を欲してるんだろうけど、目ぼしい物はそこまで無いんだ。強いて言うなら昔話が出来るくらい」

 「それでも構いません。聞かせて貰えませんか?」

 

 今は少しでも鎹里乃の情報が欲しい。彼女がどういう思考を持ち合わせ、どうして依音と琴理を処刑しようとしているのか。

 未知に何よりの恐怖心を抱いている虚華にとって、無知とは罪とも言える。

 飲み物を飲むように促す零の誘いをやんわりと断りながら、虚華は彼女の話に耳を傾ける。かつての彼女の家系の話や、宵紫柚斗と蜜柑の話。

 いつもの彼女からは感じ取れないような、明るい語り口からはとても嘘をついているようには感じられない。

 しかし、ここまで詳しい情報を何故、彼女は知っているのだろうか。どう考えても、赤の他人が知っているレベルを越えている。

 それに、葵琴理に対する憎悪も、話を聞いているだけでもひしひしと伝わってくる。感情が希薄気味な彼女が語るそれらは、目を瞑れば容易に想像が出来るほどに濃密で繊細な内容だった。


 (どういう関係性なんだろう、零さんと鎹里乃は……)


 一冊の本の内容を語り終えるように、すべての内容を話し尽くした零は、ふぅっと息を吐く。

 仄かに頬は赤くなり、上気しているように見える。一口も口をつけていないから、と虚華が差し出されたティーカップを差し出すと、零は丁重にその誘いを断る。

 虚華は目を細めながら、ティーカップに口をつける仕草だけ見せ、すぐにソーサーにカップを戻すと、

 ニッコリと笑みを浮かべ、虚華は組んだ手の上に顎を乗せる。


 「貴重なお話をありがとうございます。なるほど、彼女は鍛冶師の一族だったんですね。それで琴理を……」

 「可能性は十二分にあるでしょうね。じゃあ早速だけど、本題に入ろう。君は……、わたくしに何を望むのかな?」


 「お願いしたいことは沢山あるんですけど、その前に一つだけ、質問に答えて頂けませんか?」

 「わたくしが答えられるものなら、何でも答えようじゃないか」


 随分と自信満々に言った彼女の顔を見て、愉快に思った虚華はつい吹き出してしまう。


 「な、何がおかしいんだ……?」

 「いえいえ、何でもないです。これは質問とは関係ないんですけど……。最近、私の妹と随分仲良くしてくれているじゃないですか。昨日、あの子が持っていったお菓子、美味しかったですか?」


 虚華の言葉に、零は案の定、目を白黒させる。何を言っているんだこいつ、といった表情を一瞬でも見せたのを見逃さない。

 どう言葉を紡ぐのかに悩んでいる零に、虚華はそっと助け舟を出す。勿論、助けるつもりなど一切ないが。


 「あの子、最近はしゃいでるんですよ。零さんと好きなお菓子が一緒だって」

 「!、あー。そうだったね、昨日確かに、君の妹君がミルクレープを持ってきてくれたんだった。常に貯蔵庫にストックしているせいで、ついうっかりしていたよ」


 許してくれるかい?とウインクを見せる姿は、確かにいつも通りの彼女の姿だ。だが、きっと目の前の彼女は知らないんだろう。

 昨日、依音──イズは何も持っていっていない。むしろ、ミルクレープが好きなのは零ではなく、イズが好きだから、貯蔵庫に大量にストックしているということを。

 虚華は、眼の前の偽物に終止符を打つために、唇に手を添える。勿論使うつもりは一切ないが、目の前の彼女には効果絶大なその動きに、零?は勢いよく立ち上がる。


 「やっぱり、データ上で私達を知ってるだけですね、貴方は」

 「何のことだい?テーブルの下に大きな虫が居ただけさ」

 

 そんな訳が無い。此処に数度しか訪れていない虚華でも、それが其の場凌ぎの嘘だって分かる。

 ダラダラと冷や汗を似合わない顔で流している零は、間違いなく自分の“嘘”を警戒している。この仕草を零本人に見せたことはないし、もし仮に目の前の人間が自分の思う人物なら、知っていてもおかしくはない。

 疑念が革新へとシフトした虚華は、悲しげな表情で彼女を椅子に座るように促す。


 「こんな場所に虫なんて居ませんよ。そんな事、此処の管理人である貴方が一番知っているでしょうに」

 「え、あ、あぁ。そうだったね、ついわたくしとしたことが。取り乱してしまった」


 未だに零のフリをしている彼女に、虚華は涼しい顔でテーブル上のソーサーを交換し、一口、紅茶に口をつける。

 その時の彼女の表情が、罪状を告白しているようなものだ。半分は自分の口の付けたものに平然と口をつけることが出来る事に対する嫌悪感かも知れないが。


 「そちらのカップ、まだ口を付けていませんから。どうぞ飲んでください。何も混ぜていないなら」

 「…………いつから気づいてたの?」

 

 「あんなに露骨に飲み物を勧めている時点で怪しさ全開でしたよ。その時点で、零さんじゃないんだなって思いました」

 「そっかぁ〜。姿真似するだけじゃ、ダメダメだなぁ〜。里乃はーんせいっ」

 

 零に擬態しているそれは、零の姿のまま、ガックシと肩を落とし、露骨に悲しむような仕草を見せたかと思いきや、急に腹を抱えて笑い出す。

 普段ならば、あり得ないその反応に、虚華が若干引いていると、目尻に涙を浮かべながら「ごめんごめん〜」と間延びした喋り方で謝罪をしてくる。


 「まぁ、でも〜?君に妹が居るなんて知らなかったし、どっちみち欺ききれなかったからいいや!わたしわるくないも〜ん!」


 零の姿をしていた里乃は、自身の身体を瞬時に変貌させる。髪の毛の色や瞳の色も、白から黒へと、蒼から黒へと変わっていき、すらっとしていた体躯も骨格から変わっているのを見るに、ただの変装ではなさそうだ。

 もはや幻術とも呼べるそれらに、虚華はただただ感心しながら見ることしか出来なかった。

 何故か着ていた中央管理局の制服までもサイズが変わっている辺り、相当な練度で変貌出来るのだろう。

 丁寧に手入れされている黒髪ロングをたなびかせ、満面の笑みを浮かべている少女が恐らくは鎹里乃と呼ばれる人物なのだろう。

 虚華は里乃の姿を頭から視線を移していたが、手の辺りで視線が止まる。彼女の腕には臨が使用していた糸の射出機構と酷似したものを装備している。

 どうしてそれを里乃が持っているのかを聞こうとした虚華の声は様々な感情で震えてしまう。

 

 「お前……それは……」

 「あ、分かるぅ?この武器〜。貰ったんだ〜、君のお仲間からねっ」


 見せびらかすように両腕に嵌められた装身具から、虚華は目を背ける。

 そんな訳が無い、あれがなにかは分かる。きっと臨の為に琴理が拵えたものだ。前々から装身具と何やら話ているのを不気味に思っていた琴理が臨のために何かを作ろうとしていたのは、知っていた。

 それは虚華が離脱する前からの話だ、作成していたのは知っていたが、完成させていたのか。

 過去にも疑似ヰデルを作成していたせいで、琴理が中央管理局に指名手配されていたのだが、琴理はそれでも尚、その武器を最後まで作り終えていたらしい。

 臨に渡されるはずのそれを、何故かぽっと出の女が自分の物だと言い張って、虚華に見せびらかしている。

 それを見て、誰が冷静で居られようか、いいや、誰しもが怒りを覚えるだろう。

 

 ──だって、それが里乃の手元にあるということは、本当に彼女が捕まった事になるのだ。


 こめかみに青筋を浮かべた虚華を見て、里乃は楽しそうに虚華の周りをスキップで歩く。


 「君がホロウちゃんだよね〜?妹がいるなんて知らなかったんだけど〜、誰のことを言ってるの?それとも、わたしが「管理人」じゃないことを見破ってたから、カマかけただけ?」

 「さぁ、どうだろうね。でもこれだけは断言できる」

 

 虚華はホルスターに手をかけ、深呼吸をする。静かに燃え上がる怒りの炎を抑え込み、力へと変えるために。

 眼の前の煽り散らかしている里乃に、重たい一撃をお見舞いするために。

 ホルスターから抜いた銃を里乃に照準を合わせ、引き金を引く。音のしない執務室に、強烈な破裂音が鳴り響く。

 

 「ん〜?危ないじゃん。わたしも殺すつもり?柚斗殺しはとっくべつに無罪にしてあげたけど、わたしを傷つけたらお前も一緒に断頭台にあげちゃうよ?」

 「此処でお前が死ねばいいだけの話でしょ?簡単じゃん」


 当てるつもりのない威嚇射撃を皮切りに、里乃は両腕の装身具から糸を生み出す。

 見覚えのある武具に怒りを抱きながら、眼の前の少女と戦うことになった。


 

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