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【XI】#6 蝕み裂く、侵蝕される異変に



 「聞くまでもない。邪魔するなら、押し通る」

 「誰だか知らねぇが、立ちはだかるなら容赦しない」


 雪奈もまた、覚悟を決めた表情を見せる。彼女の瞳には強い決意が宿り、臨による調律の効果でその能力は普段の倍以上に引き上げられている。二人は戦闘の構えを取り、次の瞬間、激しい戦闘が始まった。


 「……らぁっ!!」

 

 綿罪がチェーンソーを高く掲げ、一気に臨へと振り下ろす。高速で回転する刃が唸りを上げ、臨は寸前でその攻撃を避ける。続けて、彼女はチェーンソーを片手に銃へと変形させ、臨に向けて連射する。その弾丸を避けながら、臨は右腕の射出機構から糸を放ち、綿罪の足元を絡め取ろうと試みる。


 「その程度でボクを捉えられると思うな!」


 臨の糸は多彩な動きで綿罪を翻弄する。糸は瞬時に形や硬度を変質させ、鋭利な刃となって綿罪に迫る。凄まじい速度で飛ばされた糸の刃は綿罪の喉元まで差し掛かる。しかし、猛スピードで駆け抜けてきた疚罪がすかさず、その攻撃を鎌で弾き飛ばす。


 「そんな攻撃じゃ、まだまだやなぁ。「絶糸」」

 「……ちっ」


 臨が舌打ちする中、疚罪は鎌を槍へと変貌させ、魔力を先端へと集中させて臨目掛けて投擲する。臨はその攻撃を躱し、再び糸を手繰り寄せ、今度は疚罪の武器に絡ませる。

 戻ろうとしていた疚罪の槍は糸によって動きを止める。


 「その武器、借り受ける」

 「なっ……、やってくれるやんけ」


 臨は槍に絡めた糸を手繰り寄せ、疚罪の槍を自身の手に取ろうとする。しかし、疚罪は不敵に笑い、魔力操作によって槍を再び鎌へと変貌させ、絡まった糸をぶち破り、自身の手元へと帰還させる。


 「まだまだ甘いなぁ?ほんまに「愛しい君(ホロウ)」の仲間()()()んか?」

 「……一々お喋りだな。その舌、噛み切っても知らないぞ」


 一方で、雪奈は全力で綿罪に向かって駆け出す。臨の調律によって身体のバランスや、火力などを調整されている彼女の動きは、無駄を極限まで削ぎ落とされており、速度は疾風の如く、照準も恐ろしく正確だ。

 彼女は綿罪のチェーンソーによる連続攻撃を華麗に捌き、その隙を突いて頭部めがけてハイキックを繰り出す。

 しかし、綿罪もその動きを読んでいたのかのように、両手に纏わせる形で銃へと変貌させて、自身の頭部を守る。そのまま流れるように反撃するべく、両手に装着された銃を、雪奈目掛けて乱射する。


 「随分便利な武器だな、それ。まさか葵に作らせたとか言わないだろうなぁ?」

 「言わんって笑、ほんま血の気盛んなお嬢さんやな、「全魔(クリム)」とは思えへんわ」

 

 雪奈は何とか致命傷は避けるも、数発は脇腹などに被弾する。苦痛で顔を歪めるのも刹那、綿罪は銃から放たれる弾丸を雪奈の足元に打ち込み、動きを封じようと試みる。

 衣服に赤いシミを数か所に生み出しながらも、素早く跳躍し、それを避けるが、次の瞬間、死角から疚罪の鎌が彼女の腹部を狙う。

 雪奈は必死に装身具で防御するも、二人の攻撃の勢いに徐々に圧されていく。

 

 「ちっ……!鬱陶しいコンビネーションだな」

 「あら、褒めてくれるん?嬉しいわ。おおきに〜」


 「褒めてねぇよークソがっ!」

 「お口の悪い嬢ちゃんやなぁ。ほんまに綿罪によぅ似て……へんな!おん!」


 臨もまた、疚罪の予測もできないような鎌と槍による連続攻撃に翻弄されつつあった。糸を巧みに使い、何度も反撃を試みるが、疚罪と綿罪のコンビネーションは抜群で、攻撃を全て封じられてしまう。

 事前にこちらの動きが読まれているのかと錯覚するぐらいに、彼らの動きは対臨、対雪奈の対処が抜群に上手いのだ。

 恐らくは出灰が一枚噛んでいるのだろう。ホロウがあちら側についていれば出灰が協力するのも容易に想像がつく。

 

 「流石に厳しいな……、緋浦、お前は大丈夫か?」

 「見ての通りだ。結構キツい。こいつら凄い強いぞ」

 

 臨は冷静さを保ちながらも、次第に焦りを感じ始める。雪奈もまた、脇腹やその他数カ所に縦断を受けた影響か、その動きに疲労の色が見え始める。

 圧倒的な優勢を誇る玄緋兄妹の前に、二人は徐々に追い詰められていった。

 肩で息をする臨達の前に、歪な笑みを浮かべる綿罪が、チェーンソーを臨の顔寸前まで近づける。

 

 「もう終わりや、とっととジアにでも帰っとき?命までは取るつもりもあらへんし」

 

 臨が勝負は決したと、項垂れたその刹那だった。地面が不気味に揺れ始め、視界に映る範囲全てに昏い闇が広がっていく。

 揺れに耐えながら、臨と雪奈は眼の前の光景に言葉を失う。

 臨達の周囲に、無数の人間が召喚されているのだ。彼らの顔に見覚えこそ無いものの、これまでの旅路で嫌と言うほど見たそれらに不快感を募らせる。

 彼らは無表情で、目に正気がなく、まさに感情を奪われた人間そのものだった。

 

 「何だ……?こいつらは……?」


 雪奈は脇腹を押さえながら、臨の方へと後ずさる。正気を失った人々が一斉にこちらを向いているといった異常事態に、顔を青褪めさせ、声を上げた。


 「あーあ。遂に始まってしもうたか〜。どないしよ疚罪」


 チェーンソーを地面へと突き刺し、低い声で呟くと、疚罪も険しい顔を見せる。

 臨は突如召喚された人間達を一瞥し、彼らがディストピアでの服装や、管理番号などが割り振られていないのを確認すると、とある事に気づいた。


 「まさか……、この世界でも感情を喪失した人間を何処かで管理しているのか……?」

 「おっ、お前さん鋭いやんけ。もしかして、「墓標」の事知っとんか?そうや、その通りや」


 疚罪は臨の反応を見て、高らかに拍手する。パンパンと乾いた音が周囲に鳴り響き、一斉に人間達の視線がこちらへと向くが、未だに彼らは動きを見せない。

 臨は激しい怒りに身を任せて、疚罪に食って掛かる。


 「お前達は、彼らの存在が何を意味しているのか理解しているのか!?彼らが居るということは、ボク達が彼らになる可能性があるってことだぞ!?」 

 「ワイらも全部を知ってる訳やない。けれど、これを許してるつもりもあらへん。全部蒼の汚点や。お前さん等は知らん方が絶対幸せや」


 疚罪は服の襟を臨に掴まれるも、簡単に払い除け、冷静に、静かに怒りの炎を上げて応じる。


 「こっから先はもっと地獄や。蒼は海と同じなんや。凪いでる時はほんまに平穏に見えるけど、荒れる時は大時化じゃ済まへん。しかもこれから起きるんは蒼史上でも最大規模の大時化や。そんな中に来て欲しくないって、()リーダーの思いくらい汲まれへんのか?」


 疚罪が臨達に回復薬を手渡していると、感情を失った人間達が一斉にこちらへと動き出し、臨や綿罪ら目掛けて襲いかかってくる。感情を喪失しているはずなのに、いつの間にか手にしていた槍から弓までバリエーション富んだ得物を駆使して攻撃してくる。

 臨達は応戦し、死なない程度に反撃するも、腕が千切れようと、脚が飛ぼうと痛みを感じていないのか、黙って立ち上がり、無差別攻撃を再開する。

 臨が糸で縛り上げ、動きを封じるも、血を流し、自身の皮膚や筋肉を犠牲にしてでも糸をぶち破って再び襲いかかってくるのだ。

 

 「こいつら……キリがねぇっ!」


 四人の中で一番負傷が酷かった雪奈が苦悶の表情を浮かべ、叫ぶ。

 この中で唯一肉弾戦しか攻撃手段を持たず、魔術を使う魔力が残っていなかった雪奈は何度か、彼らの攻撃を受けていた。

 倒しても倒しても起き上がる彼らの波状攻撃に、雪奈は徐々に疲弊し、動きがどんどんと鈍くなっていく。

 そして、遂には一瞬の隙を突かれ、感情を喪失した人間の一人の攻撃を直に躱しきれずに居た。


 「……!緋浦!後ろだっ!危ないっ!」


 臨が叫んだその刹那、雪奈の背後を取っていた人間を、綿罪のチェーンソーが唸り声をあげ、無慈悲に真っ二つにする。

 受け身を取っていた雪奈がきょとんと綿罪の方を見ると、綿罪はぷいっとそっぽを向く。


 「助ける気は別にないんやけど、此処で死なれたら寝覚め悪いやん?ええから、さっさとこの場を切り抜けるで!疚!」

 「はいはい、夢魔使いの荒いお嬢さんやなぁ、ほんまに」


 半ば力尽きている雪奈を守るべく、臨、綿罪、疚罪の三人は、その場にいる大量の人間達を斬り倒していく。

 臨の多彩な糸の攻撃で翻弄しつつも、短い間人間達を拘束し、その隙に綿罪がチェーンソーで切り裂き、疚罪が大鎌で薙ぎ払う。

 先程までよりも、圧倒的に効率よく彼らを無力化できている現状に、疚罪は口笛を鳴らす。

 

 「やるやん、「絶糸」。糸使いの名は伊達じゃないんやな」

 「主人にリード手放されても、自分の糸の精度は衰えへんねんなぁ」

 「お前らこそ。こんな死地に送り込んだ夜桜に文句言いたいんじゃないのか?」


 臨の言葉に、玄緋兄妹はははっと笑う。


 「「当たり前や。帰ったら「愛しい君」ごとお説教やで」」


 三人の連携は次第に一体感を増し、臨が捕縛した人間達を兄妹二人で効率よく斬り殺していく。

 次第に動きを見せる人間も減っていき、最期には自分達以外に立っている者は居なくなり、周囲には静寂が戻る。

 武器を収めた臨は、息を整えながら、静かに疚罪を問い詰める。


 「こいつらは一体何なんだ」

 「さてな。流石のワイらも詳しいことはよぅ分からんのや」


 「お前はなにか知っているか?」

 「うち?ん〜。なんとも言えへんなぁ。タダの人間じゃあなさそうよな」


 臨が問い詰めるも、兄妹は曖昧な返事で言葉を濁す。彼らに間違いなくホロウや出灰──イズの息が掛かっているのを感じながら、唇を噛む。

 臨には対象の言っている言葉が嘘か本当か見破る力があるのだが、彼らはその能力の抜け道を使って喋っている。

 要するに、YesでもNoでもない──曖昧な返答は正誤判断が出来ないのだ。

 彼が言わんとしているのは、情報を流すつもりはない、ということ。

 玄緋兄妹は依然として、ホロウやイズの教えを忠実に守っている、ということになる。此処に来るまでにかなりの体力を消耗している臨は地面へとへたり込んだ。

 疲れているのだ。この先を駆け抜けることが出来ないくらいには。先程の感情を喪失した人々すら、イズが手招きしたんじゃないかと、疑いながら、臨は肩で息をする。


 「流石に疲れたろ。此処から少し歩いた所に休憩所を用意してある。そこで休んだらとっととジアに帰った方がええ。それが「愛しい君」の望みなんや。真実なんて知ったってしゃあないやろ?お前らの目的、よぅ考えて動いたほうがええで」


 疚罪は鍵を胸ポケットから取り出し、臨の足元へと放り投げる。最初からこれがイズの描いたシナリオだと言わんばかりのその態度に、臨は乾いた笑い声を上げる。


 「お前らの参謀は随分先まで見通してるんだな。お前らはこれからどうするんだ」

 「さてね、じゃ。ワイらは此処で失礼するわ。ほなな〜。死ぬなよ、お前ら」


 疚罪が指をぱちんと鳴らすと、玄緋兄妹は一瞬にして姿を消した。恐らくだが、転移魔術の仕込みも既に済んでいたのだろう。

 何から何まで、ホロウやイズの手のひらで転がされている気がして、苛立ちを隠せずにいたが、今は負傷してしまっている雪奈を回復させるのが先決だ。

 消耗しきっている雪奈の肩を抱き、臨は疚罪が指し示した方角へと歩み始める。



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