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【XI】#5 贖い蔑む、夢魔が狩るは


 急ぎでブラゥへと向かう必要があった臨達は、「糸」を用いて運搬作業用に用いられている魔物を操作して雪華の大地を駆け抜ける。

 葵と出灰が拐われてから処刑されるまでの時間を考えればとても徒歩で歩いてなど居られない。だが、今の臨達には転移魔術やそれに類する効果を発揮する魔導具を所持していない。

 考えられる最善の策が、騎乗能力を有していない自分達でも乗れるように糸で魔物を操作して騎乗する事だった。これならば疲れることもない。勿論、魔物の体力を考慮して休ませる必要があるが、それでも大幅な時間短縮が見込める。


 (残された時間はどれぐらいだろうか)


 こんな時に、出灰が居ればどんな行動を取っただろうか。

 こんな時に、雪奈が居ればどんな魔術を使っただろうか。

 こんな時に、虚華が居ればどんなに心強かっただろうか。

 こんな時に、琴理が居ればどんな物を作ってただろうか。


 この場にいない仲間に思いを馳せながらぼーっと夜空を眺めていると、背中をぽすりと叩かれる。

 現状、魔物に二人乗りしていて後ろには緋浦が自分にくっついているので必然的に殴ったのは緋浦ということになる。

 後ろを向くのが気恥ずかしかった臨は前を向いたまま雪奈に尋ねる。


 「なんだ、眠くでもなったか?」

 「ちげーよ!……ただ」


 ただ?、と臨が聞き返すともう一度叩かれる。しかも今度は結構強めに。

 反撃できない時に攻撃されると困るのだが、なんて思いながら臨は雪奈の言葉を待つ。


 「良かったのか?本当にアイツらを置いてきて」

 「あぁ。これから断頭台に上がろうとしている奴を助けに行くんだ。未来がある奴は一緒に来るべきじゃない」


 「あたしには未来が無いってか?」

 「返すんだろ?お前の生きるっていう可能性を」


 後ろで臨の腹部に手を回している彼女は、一度死んでいる。詳しい話は聞いていないが四年程前に殺されている。夜桜透や黒咲夢葉が絡んでいるらしいが、中々踏み込めずにいる。

 殺された人間に当時の話を聞くなんてことは、フィクションでしか起こり得ないからだ。

 今そんなフィクション地味た現象が多発しているせいで麻痺しつつあるが、彼女は自分の知っている彼女ではない。

 自分の知っている緋浦雪奈はそんなケラケラと明るく嗤う少女ではないのだ。

 

 「ははっ、違いねーな。そうだ、確かにあたしは元のあたしに体を返したい。けどな」

 「けど?」


 先程までの明るかった雰囲気は一気に陰りを見せる。

 唐突に訪れた日没に、臨は一抹の不安を覚えながら首を少しだけ後ろへと向ける。すると、自身の腰に回していた腕が先程よりも強く握られる。

 か弱い乙女の格好をしている者なら、大半が内臓ごとボッキリと行く力を込められている抱擁に声一つ出さずに気合で何とか堪えると、次第に締める力が弱まっていく。

  

 「……今の生活は悪くない。手放すのを押し入って思う位にはな」

 「……そうか。それは光栄だけどちょっとだけ困る」


 そう、困るのだ。彼女が現世に未練を持たれてしまっては、殺す時に躊躇ってしまう。

 稀代の魔術師が成した入れ替わりマジックのタネは未だに解明されていないが、いつかは解明してお説教してやらねばならないのだ。

 お前を起こすのにどれだけの年月が経ったと思うんだと、その後にそっと涙を流すだろうが。


 「冗談だよ、今は葵と出灰の救出が最優先事項、だろ?」

 「あ、あぁ。そうだな」


 五色区域の中でも圧倒的に距離の近い白と蒼だが、それでもぶっ通しで歩き続けても一週間は掛かる。それを魔物で急がせてはいるが、三日は掛かるだろう。 

 拐われた時間を考えても、相手の移動手段次第ではあるが、現場に辿り着くのはかなりギリギリだろう。

 蒼の区域に居るはずの依音や虚は、この事態に気づいているのだろうか?もう動き出しているのだろうか。

 緋浦の話では、処刑が開始されるまでに何度か蒼の区域支部にある巨大な鐘が鳴ると聞いている。


 (襲撃者の情報がこちらの手元に無い以上、過度な推測は身を滅ぼすだけだが)


 今は最善の動きだと信じて、蒼の区域──首都であるブラゥへと急いでいる。

 そんな矢先だった。一瞬で臨の視界は真っ赤に染まった。理解不能な出来事に直面した臨は、普段以上の集中力で現状の出来事を分析し始める。

 自身の身体に負傷はない、後ろの緋浦も同じ。じゃあこの視界の赤さは何だ。

 顔に飛び掛かる液体を拭うことで気づく。これは魔物の血液だ。何者かが魔物に攻撃していて斃された可能性が高い。

 臨が思案している間にも、魔物が脚から崩れ落ちたのか、体制を崩す。


 「緋浦っ!」

 「言われなくてもわーってるよ!」


 臨がちゃんと着地しろと言おうとしたのだが、既に言いたいことを理解していたのか、雪奈は軽やかな着地を見せていた。

 砂煙が消えた頃には、血溜まりに斃れている魔物が瞬く間に崩れ去っていく。砂のようになってしまった魔物に臨が触れると、魔物はサラサラと風に飛ばされ、何処かへ消えていった。

 この死に方は普通じゃない。自分の知らない魔術や攻撃手段で襲撃されている。


 「戦闘態勢は崩さないように、念の為、調律(チューニング)もしておこうか?」

 「あぁ、頼む。あたしも調律があるかないかで大分変わるからな」 


 「了解、周囲の警戒を怠るなよ。ボクも索敵には目をっ……!?」

 「ノワール!?……っ!」

 

 臨は右腕の射出機構から糸を出そうとした瞬間を狙ってか、右腕目掛けて赤い弓矢が射られる。

 魔力で練られたそれを何とか直撃は避けられたが、一部掠ってしまった。

 じんじんと痛む患部は燃えるように熱く、焼けたただれているような錯覚に陥る。端的に言えば物凄く痛い。

 臨は顔を歪めながら、負傷した部分を見ると、かなりの深度の火傷を右手に負っている。

 暫くの間は火傷で悶絶する事を覚悟し、痛みに耐えながら索敵魔術を展開する。

 反応は二、どちらも何処かで見たような反応だ。

 嫌な予感がしながらも、相手の動向を伺いながら、雪奈の調律も開始する。

 臨が射出機構を作動させようとすると、再度赤い弓矢が放たれるが、今度は掠りもしない。

 奇襲でもない限り、頑張れば避けられる。そんな風に調整されているように感じられたそれらは、地面に突き刺さると同時に消失する。


 「おいっ、無事かっ?」

 「あぁ、大丈夫。調律も終えてある。おい、そろそろ姿を表したらどうだ?此処に彼奴が射なくて良かったな、喧しくなくて済んだだろ」


 「全くやで。ワイらが出てきた瞬間に槍投げられたら堪らへんしなぁ」

 「今日は偉い人数少ないやん。()()仲間割れでもしたん?」

 

 特徴的な赤黒いツートンの髪に、特徴的な話し方の男女──【蝗害】の幹部である玄緋綿罪(くろひわたつみ)玄緋疚罪(くろひやまつみ)がそこに居た。

 どうしてこんな場所に居るのだろうか。あの事件以来、【蝗害】は表立っての荒事は一切していない筈だ。それどころか、全リーダーを追放した後は善良なトライブに路線変更した筈。それが何だって、いま自分たちの眼の前で立ちはだかっているのか、臨には理解できなかった。

 誰だか分からない雪奈は、こめかみに青筋を浮かべて、男の顔を覗き込む。

 

 「あぁ?誰だてめぇら。あたしらに何の用だ?随分手荒な真似してくれてんじゃねぇか」

 「……?前に見掛けた時とえらい印象がちゃうなぁ。あんときは死にかけやったからしおらしく見えてたんか?」

 「ほんま、疚罪は女見る目無いな、アホ。どう考えても中身が違うやろ。肉まんとあんまん、どっちも皮はおなじやけど、中身の具がちゃうかったら偉い違いやろ?」


 女側──綿罪が疚罪の頭をぺちんと強めに叩くと、疚罪は顎に手を置いて、何やら考え込む。

 先程迄の緊張感が消え去りそうになる中、何かを思いついた疚罪はぽんと手を叩く。


 「よー分からんけど、要はこいつらしばいて追い返したらええんやろ?」

 「せやな。それだけは間違いないわ」


 二人の話が終わったのか、玄緋兄弟は各々の得物を取り出す。綿罪はアタッシュケース型の得物にロックを解除すると、ケースが変形し歪な形に赤黒い刃を持つチェーンソーへと姿を変える。

 疚罪は何の変哲もない長い棒に魔力を纏わせると、瞬く間に死神が持っていそうな鎌へと変化させる。【蝗害(アバドン)】の二人は赤黒い髪を揺らしながら不敵な笑みを浮かべる。


 「悪いけど、こっから先は通されへんねん。帰って貰うで」

 「今やったら何もみぃひんかったことにしたる。どないするんや?「絶糸」?」


 臨の頭にはいくつもの思考が駆け巡る。目の前の敵は厄介だが、このままブラゥに行かなければ、計画が全て崩れる。しかし、目の前の敵を打倒しない限り進むことはできない。

 臨は深呼吸をし、右腕でキュルキュルと息巻いている射出機構を見て、冷静さを取り戻す。


 「聞くまでもない。お前らが邪魔する理由は知らないが、押し通る」

 「誰だか知らねぇが、立ちはだかるなら容赦しない」


 雪奈もまた、覚悟を決めた表情を見せる。彼女の瞳には強い決意が宿り、臨による調律の効果でその能力は普段の倍以上に引き上げられている。二人は戦闘の構えを取り、次の瞬間、激しい戦闘が始まった。

 

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