【XI】#4 敬い奉る、白い狂気が迫りよる
【XI】#1 怒髪天、許されざる慟哭の続きです。
寒空の下、イドルは手を擦りながら白い息を手に吐く。未だに心臓の鼓動は喧しく、ホロウに命を奪われそうになった事実がイドルの心を苛む。
彼女に何があったのかは分からない。本人には一切言っていないが、割とホロウ自身の事も気に入っているのだ。それ以上に虚華のことを大切に思っているせいでそうは見えないのだが。
本当に何があったのだろうか。あの時の彼女からは相当な覚悟と殺意が滲み出していた。今も尚、締め上げられた首はじんじんと熱を帯びている。
仲間が窮地に陥れば突っ走っていた筈の彼女は、こちらに行動を読ませないように注意を払って行動をしていた。そんな事を自分の推しは出来ないというのに、どうして彼女は出来たのだろうか。
「此処に居たのね。お待たせ、待った?」
「ちょー待ったよ。後、十分早かったら凄い助かったんだけど」
聞き覚えのある声がしたのでイドルが振り向くと、背後にはピンク髪のツインテールに、中央管理局の制服の上から暖かそうな外套を身に纏っているスメラが立っていた。
いつもは不機嫌そうなのだが、今日はそうでもなさそうだ。こんな場所まで呼び出した張本人が言うのは何だが、やけに不気味に感じた。
イドルが悪態をつくと、スメラはあっけらかんな態度で保温機能のある魔導具を首元に当てる。
「あぁ、誰かに絡んでたわね、そう言えば。あの子は誰だったの?」
「見てたなら助けてよ!?ボク首締められてたでしょ!?命の危機だよ?」
「嫌よ、面倒事に脚突っ込みたくないし。多分だけど、自業自得でしょ?」
「うぐ……まぁそうだけどさ……。酷くない?」
スメラの言う事はご尤もだった。図星だし、言い返すことも出来ない。
暖かそうな物を使っているスメラを涙目で見ながら、魔導具を拝借しようとすると、強めに手を叩かれる。
じんじんする箇所が増えたせいで結果的には暖かくなったが、先程まで酷い目にあっていた奴にする仕打ちとはとても思えない。
あまりにも鬱陶しい悲撃のヒロイン症候群患者を演じながら、イドルは膝から崩れ落ちる。
「酷い……酷いよスメラたん……ボク達仲間でしょう?」
「違うわよ、ただ同じ部署に居るだけの同僚。第一アンタの仲間なんてろくな目に合わないし」
何度も突き刺してくる正論に、イドルはぐはっと苦しむような仕草で倒れ込む。あくまでフリではあるが、正直な所、かなり心に来ている。此処まで言われると少し凹む。
「さっき、ボクの首を絞めてたあの子がホロウ・ブランシュだよ〜……」
「へぇ?あの子が?アンタがお熱な子と随分毛色が違うと思うけど」
スメラはイドルに疑いの目を向ける。
確かに容姿は大きくかけ離れている。顔に刻まれている魔術刻印や、髪色や衣服を虚華と違うものにしているからそう見えるだけで、よくよく見てみれば顔のパーツや、怒った時の反応などはそっくりそのままだ。
要するに本気で彼女らに向き合えば、あれ?随分と似てる気がするぞ。ぐらいには思う程度なのだ。
「でもアンタを殺そうとしてたのは大正解ね。早く死んだ方が世のため人の為よ」
「随分と酷いこと言うじゃん……なんでそんなこ……」
「レーヴァに強制転移、ティアンウェル拉致監禁事件、ジア・レルラリア焼き討ち事件にも関与してるでしょ。表には出てないけど、大体の大事に一枚噛んでることくらい察しが付いてんのよ」
「そんな冷たいこと言わないでよぉ。ボクだっていい方向に持っていこうとしてたんだよぉ」
嘘である。さっき述べられていた三つに関与していたのは間違いないが、キチンと理由と目的があって行動していた。誰かを殺したりや、危害を加えたりはしていないが、事態の悪化などには関与したことには違いない。
証拠なども全部キレイに隠蔽していた筈なのにどうしてバレたんだろう?スメラには昔から、自分の舌悪行などを洗いざらい吐かされることが多かったが、最近はこうやってやったでしょ、と自白させずに言われる。
「アンタの行動に善悪なんてあるわけ無いじゃない。全部私利私欲でしょ。別にそんなのは良いのよ。で?アンタはどうしてあの子を殺そうとしてる訳?しかも私に殺しの片棒まで担がせようとして」
「え、分かっちゃう?そんなに殺意でちゃってた?」
イドルが満面の笑みでそう言うと、スメラは露骨に嫌な顔をする。
「どうせアンタのことだから、あの処刑の鐘を鳴らさせる為だけに葵と出灰を拉致したんでしょ。わざわざご丁寧に自分でしか起こせない物まで起こしておいて、随分と白々しい」
どうやらスメラは数少ない情報で全部理解しているらしい。否、殆ど理解しているの間違いだ。
彼女の言う通り、疑似ヰデル──里乃がアナトと名付けた物は元来、ブルーム・ノワールが使用するのを想定して葵琴理が作成した物だ。
性能もイドルが見る限りでは、ノワールが使用している『糸』を操る魔導具にかなり近しい。琴理とノワール本人以外には使用できないようにロックが掛けられていたが、そんなもの、情報屋でもあるイドルに掛かれば裸も同然だった。
中身を暴けば暴くほどに非常に高性能なことは理解できるが、彼女がどうしてあんなものを作ったかまでは分からない。けれど、あの武具は安易に作り出してはいけないし、一般人が使用して良い性能を遥かに凌駕しているのは事実だ。
「さっすがスメラたん、ボクの考えをよく理解してらっしゃる!」
「すんごい不名誉だわ。で?質問に答えてくれる?」
このままダラダラと話をしていれば、きっとスメラは腹を立てて帰るだろう。
それなりに長い時間を共にしている同期の性格をお互いはお互いに理解している。
あまり待たせすぎては彼女のイライラが爆発してピンク髪が紫に変わりそうだ。寒空の下、すっかり冷え切った身体でイドルは困り顔になりながら頬をポリポリと掻く。
「まぁ、元々はサトノちゃんに頼まれたんだよね。あの二人を捕まえて欲しいって。その時は蒼に居たんだけど、その時に思い出したんだ。ブラゥでホロウちゃんが「カサンドラ」や【蝗害】の面々と一緒に居た事を」
「「カサンドラ」って……「七つの罪源」の?」
「そ、その「カサンドラ」。最初見た時は顔見知り程度なのかなって思ってたけど、どうやら結構な仲みたい。一緒にご飯食べてたし」
「ふーん、他には?一緒にご飯食べて、何処かに出掛けるぐらいじゃ、別に正体隠してても問題なくない?」
え、そうなの?とイドルは目を丸くする。
一緒にご飯食べて、何処かに出掛けたらそれは相当中がいいものだと思っていたのだが、どうやら目の前に居るコミュ力バリ高で中央管理局の中でも人気のある彼女からすれば普通のことらしい。
──食事に誘われることなんて殆ど無いし、一緒に行動しようとすると嫌がられることの方が多い自分からすれば、ホロウと「カサンドラ」の交友関係はかなり親しいものに見えたし、一緒に行動していればかなり怪しいと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
明らかに狼狽えるイドルを見たスメラは笑みを深めて、イドルの肩をぽんぽんと叩く。
スメラは非常に腹立たしい顔でこちらを見ている。同僚じゃなかったら殴っていた。
「あのね、フィルレイス。それくらいは普通よ。別に顔見知り程度の仲でもするから」
「で、でもっ、事情聴取位はしたっていいじゃん!?」
「殺す気満々なのに?」
「うん。最終的には」
清々しい顔で首を縦に振ったイドルを見て、スメラは顔を顰める。
「どんな世界で生きてればそんな極端な思考に辿り着くのよ、ったく」
「スメラたんになら話してあげても良いけど〜?」
何処かで装身具と話し込んでいそうな女のマネをしながら、イドルはケラケラと嗤う。
「別に興味ない。彼女が「七つの罪源」との関係性があるのならば、捕縛すればいいし、殺す必要はないでしょ」
「うーん、それもそうだね。じゃあ捕縛の方向で行こっか」
やけにすんなりと意見を曲げたことに違和感を覚えたのか、スメラは疑いの目を向ける。
何かを言おうと口をパクパクさせていたが、最終的には何も言わずに小さく息を吐いた。
「そうね、なら今日はもう解散でいいの?」
「良いけど……、これからどうするの?」
「どうって?」
「いや、スメラたん宿取ってるの?もう大分暗いけど」
「ううん、取ってない。でもアンタの部屋空いてるでしょ?」
「え」
さり気なくイドル本人が宿を確保しているのを把握した上で、スメラは部屋を取っていないらしい。
言葉にはしていないが、同じ部屋に泊めろと言っているのだ。
スメラは何も言っていないが、これで宿なんて無いよと言ってしまえば、此処まで呼んでおいて、まさか宿の一つも用意していないのか、と嫌味を言われるだろう。
(どうしよう、宿なんか取ってないんだけど……殺されるかな)
普段から野宿でも何の問題もないと考えていたイドルは普通にテントでも立てて寝てしまおうかと思っていたが、野宿など無縁なスメラを、こんな寒空の下で且つ、潮風で髪も服もべたべたになってしまうこんな環境で寝かせるわけにも行かない気がしてきた。
イドルが真剣な表情で考え込んでいると、スメラはぷくくと吹き出し、笑い声を上げる。
「冗談だって、ちゃんと部屋は取ってあるわ。どうせアンタも野宿でしょ?同室でいいならお呼ばれしてあげてもいいわよ?」
「お願いします……」
髪の毛は潮風でベトベト、心身はホロウのせいでボロボロになったイドルにとって、スメラの提案はあまりにも嬉しいものだった。
普段ならば、いたずらっぽく笑って断るところだが、今回はお言葉に甘えて同じ部屋に入ることにした。




