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【Ex】#6-Fin 亀裂が波乱を呼ぶ


 依音に促されるまま、宿屋の依音、琴理が滞在していた部屋へと入ると、いきなり刃物が飛んでくる。

 右腕の射出機構がキュルキュルと駆動音を立てて起動させる。まさか、未だに適正存在が居るとは思っていなかった。

 依音に「どういうことだ」という意味合いを込めて視線を向けると、依音は肩を竦める。


 「「エラー」、貴方ね。誰彼構わず攻撃しないでって何度言えば理解するの」

 「……出灰さんでしたか。すみません、新手がまた此処を襲ったものだと」


 どうやら、臨に刃を投擲していたのは「エラー」だったようだ。こっそりどんな表情をしているのかを覗いてみたが、涙で顔はぐしゃぐしゃ、彼女もまた依音と同じで相当の抵抗をしたらしい様子は容易に想像がついた。


 (話を聞いてないから分からないけど、部屋の中を見た感じ、単独行動か……?)


 なるべく「エラー」を視線に入れないように、部屋の中を観察していると、どうにも複数人で攻撃を仕掛けている様子がない。

 依音も、「エラー」も何かしらの鋭利な刃物で斬り付けられているように見受けられるが、その他の傷が殆ど無い。勿論、かなりの統率力や、得物を全く同じものを使用していれば、傷が一種類だけなのも頷けるが、この世界にそこまでの組織は未だに見受けられない。

 ましてや、拐った相手が中央管理局であるのならば、自分の考えは正しい可能性が高い。

 臨は壁に空いた穴に触れながら、思案する。臨の触れている穴は人一人が何とか通れそうな程に大きく広げられている。

 鋭利な刃物で斬り付けただけで、此処まで大きな穴が空くのだろうかと。

 依音達の部屋の隣は、臨たちではなく、一般客が宿泊していた筈だが、人の気配はない。こっそり中を覗いてみるも、血痕も、死体もない。

 臨は未だに肩で息をしながら、こちらを睨みつけている「エラー」に顔を近づける。

 

 「随分と激しくやり合ったみたいだけど、他の宿泊客は大丈夫なのか?」

 「私に近寄るなっ、この役立たずがっ」


 未だに自分に攻撃する気力が残っているのか、「エラー」は立ち上がり、近くにあった椅子の足を掴み、殴りかかってくる。

 前々から気にはなっていたが、どうして此処まで彼女に攻撃されなければならないのだろうか。

 概ね、この世界の黒咲臨に何かしらの恨みを抱いているのだろうが、何度説明しても自分と彼を分けて接してくれないのだ。

 臨は「エラー」の一振を躱すと、射出機構を用いてかなり強めの糸を複数本射出する。


 「「エラー」、【縛】」

 

 臨の手から放たれた糸はみるみるうちに「エラー」の身体に纏わり付き、膝立ちの姿勢で完全に動けないように縛り上げる。

 元々は反乱分子や、捕縛対象を束縛する為に用いる術ではあるのだが、最近良く「エラー」に使用している気がしながら、臨は「エラー」に再度近づく。

 

 「いい加減学習してくれないか……?ボクは君の知ってる()じゃないんだよ」

 「うるさい……!私達を……わたしを……」


 臨は「エラー」の癇癪が始まったのを見て、ため息を付く。涙がポロポロと流れ出し、遂には声を上げて泣き始めた彼女を見て、バツが悪くなったのか、再度射出機構を用いて糸を操る。


 「「エラー」、【堕】」


 芸術作品のように糸を操り、「エラー」の体の内側に糸を侵入させ、身体を休息モードへと強制的に切り替えさせる。

 要するに眠って貰っているだけなのだが、この技も非常に便利なものである。

 射出機構を再度スリープモードにすると、臨はふぅっと息を吐く。これでようやく周囲の状況分析が出来る。

 カツンカツンと場違いなヒール音を立てながら臨は、部屋中の血痕や斬痕を見て回る。同じ種類の刀や剣でも使い手によって残す傷跡は変わるものだ。それらを詳しく見れば何か分かるはずだ。

 

 「それで?ノワール探偵様は、何か掴むことが出来たのかしら?」


 退屈そうに眠りに落とされた「エラー」を膝枕していた依音が悪戯っぽく笑いながら訊ねた。

 膝枕をされている側の「エラー」は意識こそ無いものの、悪夢を見ているのか、魘されている。

 

 「なんて言うか、異質だな。出灰、お前は中央管理局の職員“達”が此処に押し寄せたって言ってたよな?」

 「えぇ、言ったわね。……そんな事、確認しなくとも分かるんじゃなくて?」


 確かに分かる。彼女の言っている事は嘘ではない。()()()()()()()()()()()()

 臨の特異性とも呼べる力、「他者の嘘が判別できる」というものには致命的な弱点がある。

 その本人が本当だと思い込んでいることは、もし仮に間違いであっても、本当だと判定されるのだ。

 臨はこの状況を見て、依音の記憶や思考を改変されている可能性があることを視野に入れている。


 (どう見ても実行犯は一人……。それに随分と……)


 随分と杜撰なのだ。確かに斬痕や血痕は本物だ。しかし、この痕跡を残せる武器を扱えば、血痕など残らず、夥しい血液量が用いられている血痕を残そうと思えば、人一人程度じゃ賄い切れない。

 言葉にはし難いが、随分と素人臭いのだ。少し見れば分かることなのに、どうしてこの場の人間は誰もツッコミを入れないのだろうか?

 

 (大凡の検討は付いたけど……、もしこれが事実なら大分不味いな)


 「出灰。助手であるお前に少し聞きたいんだが、良いか?」

 「えぇ、勿論。私に分かることなら、何でも聞いてくれて構わないわよ」


 やっぱりそうだ。顔つきが随分と優しい。喫茶店に居たときから怪しいとは思っていたが、自分の知っている出灰依音はもっと、自分には厳しい人間なのだ。

 しかし、それだけでは確証とはならない。決定的な証拠を見つけ次第、状況開始となるだろう。


 「此処を襲撃された時間はだいたいどれぐらいだ?」

 「んー。確か卯二つ時辺りだったかしら。随分と朝方だったのは覚えているわ」


 卯二つ時……大体朝の五時半か。確かに自分が出ていったのはその一時間程前だから、その部分に食い違いはなさそうだ。

 なら次に質問する相手は、後ろの方で考え事をしているらしい雪奈だ。

 

 「なぁ、緋浦」

 「ひゃっ!?な、なに?なんだよ?あたし?んんっ。で、何だよ」


 随分と可愛らしい声を上げてはいたが、直様体制を立て直してから声まで整えてきた。

 そんなに自分に声を掛けられたのが嫌だったのだろうか。申し訳無さが込み上げてくるが、話を進めるためには聞かねばならないことがあるので、ご容赦頂かなければならない。


 「お前はいつ頃、ボクを追い掛けに宿を出た?確か、葵達の部屋とそう遠くはなかった筈だが」

 「寅四つ時(午前五時頃)だ。あんまり寝れなくてな。考えてたこともあったし、聞きたいこともあったから、お前の部屋を訪ねたら、居なかったから探してたんだ。言わなかったか?」

 

 一連の会話に矛盾点も、嘘もないようだ。恐らくだが、雪奈は白だろう。

 どうして自分に話がしたかったのかも、想像がつく。前に雪奈に頼んでいた案件の解答だろう。

 その件は後でゆっくり話を聞くとして、話を戻そう。


 「確かに言ってたな。すまない、ボクの記憶を確認するために聞いたんだ。それで次の質問だけど、お前は……「鎹里乃」という人物の名前を知っているか?」

 「「鎹里乃」?んぁー……。あ、思い出したわ。最近「中央管理局:蒼の区域支部」の支部長になった奴だろ?白じゃあんまり関心ある奴居ないけど、代替わりなんて珍しいからな。ちょっとだけ話題になってた気がする」


 そう、その通りだ。「鎹」という単語を聞いて一般民衆が考えるのは「鎹里乃」の事だろう。

 普段からあまりそういった情報に興味がない雪奈ですら、知っているのに「依音が知らない訳が無い」。

 それに此処には中央管理局の職員が、標準的に装備している武具で攻撃した痕跡がない。

 昔、半信半疑ながらもイドルから聞いた話で、中央管理局の“一般職員”の約九割が一般装備を使用していると言う話を聞いたことがある。

 それに単独行動までしているともなれば、並大抵の人間ではない。

 

 「今度は出灰にもう少し話を聞きたい。葵が拐われた時、“襲撃者”は何人居た?」

 

 臨は再度、視線を「エラー」の頭を撫でている依音へと向ける。

 随分とリラックスしている様子で、「エラー」を撫でているが、撫でられている本人は相変わらず、魘されている。

 先程よりも魘されている彼女は「やめろ」や「助けて」と言った普段の彼女からはなかなか聞かないような言葉を上辺で呟いている。

 依音は怪訝そうに眉を顰める。どうしてそんな事を今更聞くのかと言わんばかりに。


 「二人よ。男が一人、女が一人」

 「じゃあ葵を連れ去ったのが男だとして、お前が戦った相手は女だな?」


 「そうなるわね。それが何?何か私、変なこと言ったかしら?」

 「いや。随分と容赦ない女だったんだなってな」


 依音は恐らく無意識にだが、眉をピクリと動かす。


 「この格好で放り出されたのは確かに、ね。でも私も「エラー」も殺さなかったし、それなりに知性や優しさはあるんじゃないかしら」

 「まぁ、致命傷は負わせてないからな。慈悲深いかも知れない……が。本当に慈悲深いならそもそも葵を攫わないし、出灰も「エラー」も殺しておくべきだ」

 

 「どうしてそう思うの?生かしておいた方が良いと思わない?」

 

 どうして、敵に罵声を浴びせただけで、そんなに不機嫌になるんだろうか?

 仲間を攫い、自分や友人を傷つけた相手に慰みの言葉を掛けてやることが出来る程、臨の知っている出灰依音はいい女じゃない。

 

 「いいや、思わないな。だってお前、「()()()」だろ?多分、本物は一緒に連れ去った筈だ」

 「あはは!……へぇ。何か根拠はあるのかしら」

 

 臨は既に化けの皮が剥がれているじゃないかと、言ってやりたいがぐっと堪える。

 一番わかり易い根拠は絶対に言ってやらないが、臨は依音の肩付近を指差す。


 「お前の服、あちこち傷だらけだけど、お前の身体は一切傷ついてない。回復魔術を扱える人間を何処で調達するんだって話だ。火急の用でボクらを探していたのなら、回復する余裕なんて無かっただろうしな」

 「うふふふふっ、あはははっ。そうね、そうこなくっちゃ!」


 笑いを堪えきれない様子で、依音は指をパチンと鳴らすと、依音の身体が一瞬で変貌する。

 茶と黒が混じった長髪に、随分と細身なその四肢からはとても似つかわしくない得物を携えている。


 「御明察のとおり。わたしは鎹里乃……中央管理局の蒼のトップ!君達の仲間は預かったからね〜。取り返したかったら、蒼までまたおいで?じゃ、ばいばーい!」


 ぼふん!と煙を立てた後に、彼女の姿は既に消え去っていた。

 膝枕をされていた「エラー」はいきなり膝が無くなったせいで、頭を思い切り地面に強打していた。

 臨は何も語らなかったが、両腕に備えられている射出機構はキュルキュルと駆動音を立てている。

 何も言わずに部屋から出ていこうとする臨に、雪奈は慌てて臨の腕を引く。

 

 「おい、あたしらに何も言わずに何処行く気だよ」

 「決まってる。出灰と葵を取り戻しに行くんだ」


 「なら、あたしも行く。「エラー」と白月達は……」

 「彼奴等を連れて行く気はない。足手纏だ」


 未だに意識の戻らない「エラー」をぼろぼろになったベッドに寝かせると、雪奈と臨は、琴理と依音を取り戻すべく、蒼の区域へと向かった。

 


次回、キャラ紹介&新キャラのちょっとした紹介をした後に、第十一章「崩壊の輪舞曲」を投稿していきます。

時間は掛かりますが、気長にお待ち下さいませ。

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