【Ex】#4 天落、道化が晴天を嘲笑う
「中央管理局:七罪源捜索課」に所属している、制服を着崩して探索者のマントを着込んでいる白髪セミロングの少女──イドル・B・フィルレイスは「中央管理局:七罪源捜索課」の事務所に顔を出した後に、蒼の区域へと足を運んでいた。
要件はとある人物に会うためだ。アポなんてものは取っていないが、恐らくこの辺りに居るだろうと踏んで単独で行動している。
もう仕込みは終わっている。後は彼女に会い、一言言ってやるだけだ。
すっかり遅くなったブラゥの街中は随分と閑散としている。もう閉店しているお店も多く、営業しているものは数える程しかない。
雪こそ降っていないが、降っていてもおかしくない程に冷え込んでいる。
カツンカツンとイドルが歩く音が周囲に鳴り響く。まるで自分しかこの世界に居ないみたいだ。
「……あー、寒い。早く虚華ちゃんと二人だけでお茶会がしたいなぁ」
叶わない願いであることは重々承知している。口に出すだけならタダなのだ。
普段は邪魔だと感じている探索者のマントを深く着込み、着崩している制服の第二ボタンを閉める。
こうすると、少しだけ寒さが和らぐ。白の区域の常冬地帯である雪華ほどではないが、ブラゥも秋から冬にかけて、かなり気温が下がる。
ましてや、少し前まで常夏なんて言葉では表せないくらい暑い場所で長い時間を過ごしたのだ。お陰様で身震いが止まらない。
しかし、寒いからと帰るわけには行かない。もうじき現れるのだ。そう信じている。
確証など無い。けど、きっと来る。来ないわけがない、来い、来るよね?来るべきだ。
そんな狂気じみた考えのもと、イドルはブラゥの中心部にある大広場で空を眺める。
「レーヴァじゃ、星空なんて見る余裕なかったけど、今は綺麗だって思えるなぁ」
イドルが感傷に浸っていると、静かな夜の街に足音が聞こえる。
やっぱりそうだ、二人分の歩く音。勿論、自分は立ち尽くしているから、自分じゃない。
想像通り、描いた通り、考えていた通り。イドルの表情には勝ち誇った笑顔が浮かんでいる。
暗闇から姿を表した人物は、こちらを視認するや否や、驚いた表情を見せる。
街を歩いていた少女──ホロウは心底驚いた顔をすぐに引っ込め、怪訝な顔でイドルに尋ねる。
「……イドルさん、ですか?暫く見掛けませんでしたけど、蒼に居たんですか?」
「いーや、ついこの間までレーヴァに居たんだ。まぁ、半ば拉致されたも同然だけど」
イドルは自虐風に事の顛末を語ると、ホロウは半信半疑といった様子でイドルを見る。
談笑をしているつもりなのに、彼女の顔には普段のような取り繕った笑顔すら見せない。
折角こっちが笑ってあげているのに、どうして笑ってくれないのだろうか。
「そうなんですね。それで、今日はブラゥに何しに来られたんですか?」
「ちょっと仕事が一段落したからね。君に会いに来たんだ」
「私に……?私がブラゥに居るって誰から聞いたんですか?」
「君のお友達さ。最近は別行動しているんだって?聞いたよ?「喪失」も抜けたんだってね」
ホロウの顔が険しくなる。どうやらあまり触れられたくない話題だったらしい。
君の進退が、どれだけ虚華のメンタルに影響されるのかを三時間ぐらい解説したい気分だったが、今はそんな話をしにきたわけではない。
ホロウの警戒心がイドルの登場によってかなり引き上げられている。
それは火を見るよりも明らかなことだ。生き物というものは、自身の理解が及ばない物──未知を恐れる傾向にある。
この数年で様々な問題に対峙しているホロウであっても、それは同じらしい。
「よくご存知ですね。随分と私の「知り合い」に取り入るのが御上手なようで」
かなり機嫌を損ねてしまったのか、ホロウの声色は大分低くなっている。もはや敵と話しているんじゃないかと錯覚する程だ。
明らかに友人と話している感じはない。敵意を剥き出しにされ、顔には怒りと憎悪が浮かんでいる。
それでもイドルは笑顔を絶やさない。敵意がないと誤解させるために、敢えて謙った物言いをする。
「やだなぁ、そんな邪険にしないでよ。ボクだって、仕事のついでで聞いただけだよ?」
「そうですか。それで?何か私に用事があって、此処で待っていたんでしょう?」
流石にバレていたらしい。冷徹な目でホロウがこちらを見ている。
怒りを奥底に隠しながら、冷静に対応しようとしている。出会った頃とは随分違うその姿に、少しだけ感動しながらも、イドルは彼女の求めていないお喋りを続ける。
まだ答え合わせをする訳には行かないのだ。もう少しだけ時間を稼ぐ必要がある。
どうせなら、普段はしないような道化みたいなパフォーマンスでも披露してあげようか。
──でもどうせなら、初めてはこいつじゃなくて虚華ちゃんが良いなと考えたイドルは、満面の笑みで後ろに手を組み、胸を張る。舌をチロリと出し、悪戯っぽく笑う。
「てへ、バレた?実はね〜」
イドルが口からでまかせを言おうとした時だった、前方から発砲音が聞こえた。
撃ったのは、ホロウ本人だ。放った弾丸はイドルの頬を掠り、傷跡を残している。
イドルは、微かに痛む負傷箇所を指で撫でると、歪な笑みを浮かべてホロウを見る。
「いきなり撃つなんて酷いじゃないか。一体ボクが何をしたっていうんだい?」
「一向に本題を話さず、時間稼ぎをしている小悪党に、お灸を据えただけです」
ホロウは黒い銃をホルスターに納めると、距離を詰め、イドルの傷跡にそっと触れる。
その時見せた表情は、今までイドルが見たことのないものだった。
この短期間で何があったのか。もし仮に、彼女との交友関係が良好であったのならば、聞けるだけ聞いて記事にでもしたというのに。
随分と惜しいことをしたな、と。イドルは間近にあるホロウの顔を見ながら思う。
彼女は随分と涼しい顔をしている。けれど、彼女は非常に強い憤怒で動いている。
ホロウから漂う冷たい敵意に、イドルは息を呑んだ。
「次は確実に当てます。私に何の用ですか?何を告げに来たのですか?」
「大凡の検討は付いている癖に……律儀にボクの口から出るのを待つのかい?」
イドルが精一杯の強がりを見せると、ホロウは指をパチンと鳴らす。
すると直様、イドルの首が絞まり始め、身体が宙に浮く。
ホロウが魔術を詠唱していた様子はない。かといって、魔導具特有の発動した時の魔力の揺らぎも無い。
ただ指を鳴らしただけ。自分にはそう見えた。
イドルは己の首を絞める何かから解放されるべく、藻掻くがそもそも何に締められているのかすら分からないのでは、対処の仕様が無い。
空中で固定されたままのイドルは、何も言わずにただ静観しているホロウを見下ろす。
そしてイドルは確信した。間違いなく、彼女は世界の咎だ。
周囲に漂う冷たい敵意はイドルを凍えさせるには十分過ぎる冷気だった。
辛うじて声が出せることを確認したイドルは、ホロウを見下ろしたまま笑う。
「凄いね。どうやらボクの知らない間に無詠唱魔術まで習得したらしい」
「…………………………」
イドルの軽口が気に入らなかったのか、ホロウは何も言わずにただイドルを見上げている。
そこには激情も、感嘆も無い。ただ粛々と獲物が息絶えるのを待っているようだった。
そんな時間が少し流れた後に、ホロウはもう一度指をパチンと鳴らす。
すると今度は、イドルの喉元を何か棒のようなもので強く圧迫される。イドルの顔が酸素不足で苦しげに歪み始める。
確実に締め上げられている。先程までとは違い、こちらを潰しにかかっているのが分かるのだ。
最初の方は耐えられていても、徐々にうまく呼吸ができなくなっていく。
「イドルさん。貴方には話して楽になるか、話さずにあの世に逝くかの二択しか無いんです。だから早く話してくれませんか?」
「……ぐ……、もう少しだけ……」
少しだけ喉元を締める何がが緩まったお陰でイドルはなんとか話すことが出来るようになったが、頑として話そうとはしなかった。
そんな彼女の対応を見たホロウは目を瞑る。そこに躊躇も、戸惑いも一切無かった。
どんどんと首が絞まり、酸素すら与えられなくなっていく中で、もしかすると計画が破綻した可能性があることに今更気づく。
もし仮にそうであったならば、犬死にではないか。自分は何の為に死ぬのかと一瞬だけ思案した。
しかし、それならばそれでいいとも、イドルは思った。なにせ、相手は紛れもない虚華なのだ。
世界が違えど、暮らしが違えど、記憶が違えど、彼女は紛れもない結白虚華である。
(そんな彼女に殺される。そういう結末も悪くはないかも)
意識が遠のいていく中で、自分の首が絞まる以外の音が鳴り響いている。
集中が削がれたのかは分からないが、急に視界がクリアになる。どうやら、間に合ったらしい。
高らかに鳴り響くそれは、中央管理局:蒼の区域支部にある「処刑の鐘」の音だった。
他区域では祝福の鐘とされる鐘の音ではあるが、此処、蒼の区域だけは別に意味を持つ。
「あの鐘の音は…………まさか……っ」
先程まではまるで人形のような顔をしていたホロウも、青褪めた顔でこちらを見る。
どうやら、彼女はあの鐘の音の意味を知っていたらしい。
不思議な魔術の影響も消え去ったのを確認したイドルは、小さく咳き込む。
「そうだよ。葵琴理の処刑が決まったんだ。君のお陰でね」
きっと自分は非常に悪い顔をしているだろう。それもそうだ。
このネタバラシをするためだけに、様々な事を準備してきたのだから。
信じられないと言った表情をするホロウなど歯牙にも掛けず、イドルは高らかに笑い声を上げた。
後、数話。具体的には臨達が何故、琴理を守れなかったのかを書き上げれば、第十一章が始まります。
第十一章は読者様の想像通り──蒼の区域編の最終章となります。
今暫くお話を考えておりますので、ごゆるりとお待ち下さいませ。
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