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【Ex】#1 バカ!アホ!ボケナスビ!

 

 中央管理局の部屋の中でも、一際狭い事務室で「中央管理局:七罪源捜索課」スメラ・E・イジェルクトは、自分が書き上げた報告書を机の上で纏め上げて、ふぅっと満足げな息を溢す。

 ついこの間までスメラは、 「中央管理局:七罪源捜索課」に所属しているイドル・B・フィルレイスの救難信号を受け、赫の区域に赴いていた。

 赴くと行っても、座標と「助けて」とだけ書かれていたメモを見て飛び出したら、上空100メートルから放り出されたのだが。

 そんなこんなで、赫の区域のレーヴァと呼ばれる場所に飛ばされたスメラはイドルと合流し、長い時間を二人で過ごしていたのだった。

 語ろうと思えば、非常に長い長い思い出話になるので、割愛するが、正直言うとイドルとの二人旅は悪いものではなかった。

 愛飲している珈琲を飲むことも、こうして書類を纏めることも出来なかったが、普段は経験できないことを沢山出来たことは、きっと何時かの役に立つ。

 淹れたての珈琲の匂いを堪能しながら、一人静かな時間を満喫していると、執務室の扉がいきなり音を立てて開かれる。


 「やっほー、スメラたん。何一人で珈琲なんて飲んでるのさ。ボクにも一杯分けてよ」

 「はぁ……。まだサーバーに入ってるから、欲しいなら勝手に入れて」


 喧しい声を上げながら、いきなり押しかけてきておいて、挙句の果てに珈琲まで持っていかれる。

 とても中央管理局の職員とは思えない格好で、平然と中央管理局を歩き回るイドルの自由奔放さに、ある種の畏怖を抱きながら、カップの位置を指差して、イドルに教える。

 乱雑な手つきで、カップに入れた珈琲に砂糖とミルクをドバドバと入れると、まだ温かい珈琲をぐびっと数口で飲み干してしまう。


 (風情なさ過ぎでしょ……。まぁでもそういう子だもんね)


 「それで?今日はどうしたの?」

 「ん?特に用事はないよ?まぁ強いて言うなら、君に会いに来たって感じかな?じゃなきゃこんな息苦しい場所に来る訳無いじゃん?」


 自分にとってはそうではなくとも、彼女にとっては此処は息苦しい場所らしい。

 そんな場所に足を運んでくれるなんて……感激!と数年前の自分なら感銘を受けていただろうが、眼の前の居るのは、自分にとって相性の悪い人間、イドルだ。

 絶対嘘だと、端から決めつけていたスメラは、ピンクのツインテールをたなびかせ、ブラックの珈琲を一口、口に含む。


 「そう。それで?今日はどうしたの?」

 「あぁこれ、もしかしてループするのかな……まぁいいや。あの件、今どうなってるの?」


 どの件だよ、とツッコミを入れようか悩んだが、少しだけ思案する。

 恐らくだが、葵琴理の処刑や処分の話だろう。レーヴァに飛ばされてから約一月ほどは赫に居たが、戻ってからも処刑されたという話は聞いていない。

 課長であるオルテアに聞いてみたが、そもそも未だに葵琴理が発見されていないらしい。

 蒼の区域に居るはずの人間が、白や他の区域に逃げると見つけるのに非常に時間が掛かるとは言われているが、まさか此処まで発見が遅れるとは思っていなかった。


 (そもそも、別区域に移動したがる人が非常に少ないのも難点だよね)


 「葵琴理の件なら、まだ葵が見つかっていないから話は進んでないよ。きっともう蒼には居ないんだろうね」

 「ふーん。本当にこの組織は区域間の問題には弱いんだねぇ。ボクみたいにあちこちを行き来したら良いのにね?」


 いつの間にか二杯目を飲み始めているイドルを横目に、スメラはため息を付く。

 確かにそれはその通りだ。今の中央管理局は区域を跨ぐ話になると、途端に行動速度が遅くなる。

 葵琴理は蒼の区域の人間だから、蒼の区域支部が対処すべきだと、他区域の支部の人間は言っている。

 けれど、蒼の区域支部は、葵が蒼の区域に居ないので、他区域の支部にも協力を要請するも、良い返事は帰ってこない。

 そのせいで処分しなければならない葵琴理が、いつまでものうのうと蒼の区域以外で生きているという図面が出来上がる。


 (組織が腐りかけているのか、それとも区域間移動が容易でないからなのか)


 「それが出来れば苦労しない。探索者でも商人でもましてや運び屋でもないからね、私は」

 「なんかその言い方だと、ボクがそれらの全部に当て嵌まってるみたいじゃんか」


 「商人以外はあってるじゃん。赫に居たり、蒼に居たり、少し前には黑や黄にまで足を運んでたんでしょ?」

 「何で知ってるのさ……。もしかしてストーカー?」


 「違うわ!バカ!アホ!ボケナスビ!」

 「ひっどい言われよう……ナスビて何よ……」


 スメラは、イドルの言葉に過剰に反応し、罵詈雑言を浴びせた後に、そっぽを向く。

 イドルは簡単に言うが、区域間を移動するには、関所を通るか、転移魔術や魔導具で移動する必要があるのだが、現在、関所を潜るのは容易ではない。

 魔導具は非常に希少で、転移魔術は準禁術扱いで使える者は一握りしか居ない。

 関門を通れるのは、他区域の依頼を受けて移動している商人や探索者位なもので、一般人がおいそれと通れるものではない。

 それは中央管理局の職員も同様で、探索者と運び屋を兼任しているイドルの方が珍しいのだ。

 レーヴァから帰る際も、赫の区域の関所は無いも同然だったが、中央管理局と赫の間の関門を通る際には非常に時間を要した。

 オルテアのお陰もあって、拘束されたのは数日だけで済んだが、これでは他区域の問題に容易に鑑賞できないものしょうがないのかもしれない。

 五色区域全部を巡る必要がある筈の「中央管理局:七罪源捜索課」ですら、この為体(ていたらく)では、見つかるものも見つからない。


 (近い内に直談判しに行かなきゃダメかしら)


 「それで?葵琴理の最後の目撃情報は?」

 「一応、白の区域の雪華辺りで目撃者が居たみたい」


 白……?とイドルが首を傾げるが、それも当然だろう。今の彼女は一人では行動していない。

 協力者と思われる探索者数名と行動を共にしている。そのせいで、区域間の移動も容易である。

 しかも、協力者を用いて逃げた先が白の区域なのがまた厄介だ。


 「白の区域かぁ。今のあそこはボク、あんまり行きたくないんだよねぇ」

 「色々あったもんね。規制掛けてないと蒼から人が雪崩込んできそうだし」

 

 非人(あらずびと)排斥主義を掲げていた白の区域長と、その娘の両者が居ることで、形を保っていた白の区域から、娘が旅に出たせいで、その排斥主義が弱まりつつある。

 あくまで可能性に過ぎないが、白はそう遠くない未来に変革期が訪れるだろう。

 その他にも、主要都市であるジアやレルラリアが【蝗害】によって焼き討ちにあったり、特定宗教である「月魄教」も大打撃を受けている。

 他にも暗部を牛耳っていた「終わらない英雄譚」の壊滅、此処数ヶ月で起きた出来事は教科書に載るレベルの物ばかり。

 お陰様で、白の区域長も参ってしまっていると、何処かの報告書で見掛けた。

 其の為、現状の白の区域は「中央管理局:白の区域支部」が躍起になって再建を図っているので、細部にまで手が届かない。

 それでも他区域支部の職員は、蒼の区域支部に任せるべきだと宣う。それでは一生捕まらないだろう。

 

 「そう言えば、蒼の区域支部の支部長、亡くなったらしいね」

 「ん?あー、なんて名前だっけ。ユーズだっけ?」


 報告書をペラペラと捲りながら、話していたスメラは机に思わず自分の頭をぶつけてしまう。

 ユーズって何よ、と言ってやりたかったが、何とか飲み込み、こほんと小さく咳き込む。


 「宵紫柚斗(しょうしゆうと)支部長よ。随分と若くして抜擢されたのに残念ね」

 「あー。実質柚子だし、ユーズでいいじゃん。でもそっかぁ。あの妖刀使いも死んだのか〜」


 柚斗は、中央管理局の中でも武闘派で知られる青年だった。

 人と話すことが致命的に苦手な彼は、擬似的に自身の意見を代弁してくれる人魂を複数連れて行動していたが、つい先日、何者かに殺されたと、蒼の区域支部から報告が上がってきた。


 「らしいね。場所が場所らしいけど、自殺の筋はないらしいよ」

 「ま。自殺だったら内々の処理で、はいおしまーい!だもんねぇ。で?何処で死んだの?」

 

 「“墓標”」

 「……墓?」

 

 スメラは、襲い掛かる頭痛を何とか抑えながら、イドルにも理解出来るように説明をする。

 彼が殺害された場所は参加者を募り、参加者の感情を剥奪し、一括で管理することで、楽園になるのかを実験していた実験場。

 人々は「墓標」と呼んでいた、ブラゥの大きな地下空間の中だったと記載されている。

 普段であれば、支部長を殺されてしまえば、即刻捕縛の後に処刑されるのが一般的なのだが、管理人を除いて、全ての人間に感情がない世界で死んだ彼は、生前に遺書を残していた。

 もし仮に殺されていたとしても、其の者に罪はない。罪は全て自分のものだ、と書かれていたそれは、筆跡から見ても、本人のもので間違いなかったらしい。

 其の為、彼が死んだ件については、支部長を再指名して終わりという、何ともあっけない結末を迎えたのだった。

 話し終えたスメラがイドルを視界に入れると、何とも興味のなさそうな顔が写った。


 「へー、そうなんだ。で?後任は?」

 「えーと……確か、前支部長の右腕の、鎹里乃(かすがいりの)って人みたい」


 スメラの言葉に、割とあっさりとした反応を見せたイドルは、空っぽのカップをソーサーに置き、ソファから立ち上がる。

 ソファの近くに置いていた衣服掛けから、外套を外して着込むと、一気に探索車らしい格好になる。

 

 「ふーん、そっか。分かった」

 「あら、もう行くの?」


 スメラは、イドルが飲み干したカップを流し台に持っていくと、外出の準備を終えたイドルが、鞄の中から何かを取り出している所だった。

 しれっと、机の上に何かを置いたのを見逃さなかったが、敢えて言葉にせず、カップを洗う為に、イドルに背中を向ける。


 「うん。スメラたんとも話せたし、ちょっと行く場所ができたからね」

 「そう。また顔出しなさいよね、たまには珈琲位淹れるからさ」


 いつもは快活で、巫山戯ているイドルが急に神妙な顔をする。これは凶兆の兆しの予感がする。

 なんだか嫌な予感がする。けれど、この状態のイドルに何を尋ねても暖簾に腕押しなのだ。

 あくまで、いつもどおりの自分を装って、スメラはコーヒーカップを食器棚に戻す。


 「ありがと〜。んじゃあ、またね〜」

 「はいはい。気をつけてね」


 イドルが退出し、静かになった執務室の中には珈琲の匂いだけが残されていた。

 そう言えば、机の上に何か置いていたが、何だったのだろう。

 タオルで手を拭いたスメラは、机の上を確認すると、一つの写真が置かれていた。

 レーヴァで撮られたであろうそれは、二人の嬉しそうな顔が納められている。

 イドルが此処に来た理由が、この写真を持ってくる為だったのかは分からないが、この写真は大切に飾っておこうと考えたスメラは写真立てを買うべく、買い物に出掛けた。


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