【X】#21 応えた少女は、偽りの刃で勝負を下す
「イズっ、イズ!!返事して!!ねぇ!!!嘘だよね?」
虚華は、錯乱状態に陥りながら、依音の身体を揺らすも、生体反応は見られない。
そうだ、脈は?まだ死んでいないことを証明しなきゃならないと考えた虚華は、依音の腕を握る。
かなり弱っているが、まだトクントクンと、微弱な血液の流れを感じる。
(死んではいないけど、かなり弱ってる。多分、衝撃波の一部が被弾しちゃったんだ)
凄まじい怒りと安堵で、感情がぐちゃぐちゃになっている虚華は、柚斗を睨みつける。
涼しい顔で、刀を鞘に収めた彼は、興味も無さそうに、ただこちらを呆然と眺めている。
(絶対に許さない。諦めかけてたけど、ここじゃやっぱり終われない!)
「…………………………茶番は、終わったか?」
「今、なんて言った?」
退屈そうな顔のまま、柚斗は戦闘態勢を解く。あくまで相手のやる気がない限りは、攻撃する気もないようだ。随分紳士的な彼に、自身の命まで奪われる危険が一旦無くなったことに安堵する。
しかし、それ以上に聞き捨てならない言葉が聞こえた事に怒りを覚える。
あまつさえ、人の死にかけている局面で、茶番だと?これの何処が茶番なのか。
先程まで、座るので精一杯だった身体に力が漲る。今なら何とか立ち上がれる。
虚華はよろめきながらも、依音を優しく寝かせたまま、依音を庇うように柚斗の前に立つ。
「…………………………へぇ、立つんだ。凄いね」
「生きるのを諦める訳にも、行かなくなっちゃってね……」
そうか、とだけ言うと柚斗は、再び妖刀の柄に手を掛ける。
起き上がり、戦闘の意思がある限りは、どうやら虚華を攻撃し続けるらしい。
立ってるだけでも精一杯の虚華は、最早満身創痍と言っても過言ではない。
(次の紫電一閃は、耐えられない)
元々、彼との戦いは勝てる勝負ではなかった。非常に分の悪い賭け事、勝率は二割以下。
先程の「紫電一閃」が発動した時点で、勝負は虚華の死によって決していた。
しかし、その真実を、依音が身を挺してでも庇ってくれたお陰で、覆すことが出来た。
(大分クラクラする……、けどまだ魔力はちょっとだけ残ってる)
今こうして、全身打撲まみれになりながらも、視界がぼやけながらも、何とか立っている。
意識も随分と薄く、今にも倒れそうな中、柚斗の方を見ると、柄を握り締めたまま、衝撃波を放つ構えを取っている。
紫電一閃を再度放つことで、依音諸共、虚華を吹き飛ばそうといった算段だろう。
さて、どうしようか。残された手は“嘘”だけだが、何を弄れば、この状況を打破できる?
(銃も、魔術も効かないなら、肉弾戦をするしか無いけど……)
片手剣ですら、筋力不足でまともに振るえない虚華は、短剣しか選択肢がなかった。
ならば、一つ目は二丁の愛銃を短剣に変えよう。
数メートル先では、刀身に紫電を纏わせ、時を待つ柚斗を傍目に見ながら、更に思案する。
(短剣を握るとして、紫電一閃を避けて、この距離を詰めるにはどうすれば良いのか)
思いつく策は、柚斗が用いていた、大地を縮めるかの如く動く移動法、「縮地」だった。
相手の現実を弄る程の代償は残されていないが、対象が自分で、効果時間が一瞬ならば、武器を短剣に歪めても、ギリギリ足りるだろう。
(よし、作戦は決まった。後は実行するだ)
震える左手を何とか抑えながら、二丁の愛銃を持ち、余った右手で唇に人差し指を添える。
顔も痙攣し、引き攣りそうになりながらも、妖艶に笑う。
「我が愛銃は、姿を変える」
白と黒の拳銃達は、虚華の手で刃渡り三〇センチ程の鋭利な短剣へと変貌する。
葵琴理が作ったその愛銃達は、この世界の名工である琴理が作った短剣と遜色ない。
非常に軽い上に、強度も凄まじい。それでいて強固に作られているそれは、副武器として、普通に欲しいレベルだ。
まるでずっと使っていたかのように、手に馴染むそれは、虚華でも何とか扱えそうだ。
支払った代償も、そこまで多くはない。精々一振りもすれば、銃に戻ってしまうだろう。
(よし、次だ)
いつもは愛銃を入れるホルスターに、白い短剣「欺瞞」を収め、次なる“嘘”を呼び起こす。
「我が動きは、疾風の如く」
身体中の魔力がごっそりと抜け落ち、代償が支払われたのを確認する。
そのせいか、足がいつもより軽い気がする。縮地という技術も見様見真似だが、やるしか無い。
虚華は既に準備が出来た。対する柚斗は、目を瞑ったまま、「紫電一閃」の準備を続けている。
今なら、虚華が短剣を持っていることすら気づいていないだろう。活路はある。
(この一撃に賭ける……!)
狙撃手であり、魔術師でもある虚華は完全に後衛、もしくは中衛職の立ち位置だ。
そんな虚華がいきなり凄まじい速度で自身の懐に飛び込まれ、短剣で心臓を射抜けることが出来れば、虚華の勝ち。
出来なければ、虚華の負けだ。非常にシンプルで分かり易い。
後ろには動けない依音が横たわっている。自分を守る為に、身を挺した彼女が。
行こう、覚悟は出来てる。地面を勢いよく蹴り、柚斗の元へと全力で走る。
「……推して参るっ!!」
「………………?………………!?」
虚華が超速度で柚斗の元へと駆け抜けると、柚斗は「紫電一閃」の構えを解く。
恐らくは、近距離の相手を往なす攻撃手段に切り替えたのだろう。想定内だ。
ここからは、どんな攻撃が来るかは分からないが、何とか回避して、短剣を心臓に突き刺すだけ。
情報がない事は、非常に重いディスアドバンテージだが、そんな事を考える余裕はない。
「……っ!!」
「………………なっ」
虚華が柚斗のもう目の前に来た時に、柚斗の驚くような声が聞こえた。
接近されること自体は、随分前から察知されていた筈だが、何に驚いたのだろうか。
心臓目掛けて「虚偽」を振り翳す直前まで、柚斗は何もしようとしない。いや、抜刀しようとするも、何故か抜けないような動きだ。
徐々に彼の顔や動きに焦りが滲み出る。もう間もなく、虚華の刃は急所へと辿り着くのに、柚斗は何もしない、いや、出来ない。
虚華が柚斗の刀を横目で見ると、歯車が数個、鞘と柄に挟まっていた。
(まさか、透が?)
仲間の助力もありながら、虚華は「虚偽」を心臓に、「欺瞞」を鳩尾に突き刺す。
「縮地」の速度も加算されての刺突は、人間の身体にはさぞ耐え難いだろう。
深く突き刺した二本の短剣を、一度、柄の部分まで差し込んでから、勢い良く引き抜く。
「…………あがっ」
「悪いけど、私の勝ち、でいいかな」
血がべっとりと付いた短剣達は、“嘘”の効力が切れ、いつもの姿へと戻る。
マズル付近が真っ赤に染まっているが、上下に振り翳して、血を払う。
今回の勝負は、透と依音の助力によって、虚華の勝ちで終演を迎えた。
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虚華は、何とか歩く力を振り絞って、地面に横たわる柚斗を見下ろす。
未だに息があるらしく、微弱ながらも生体反応を見せている。
見ていないにも関わらず、妖刀を自身の手に収めようとしている柚斗を見て、虚華は焦る。
痙攣しながらも、未だに息をしている柚斗の刀を遠くに蹴り飛ばして、柚斗の顔付近に立つと、柚斗は、口から血を吐き、力が抜けた表情で、口を弱々しく動かす。
「…………蜜柑、……すまない……、俺は……」
「貴方の妹は、死んで当然とまでは言いませんが、悪逆非道な行いをしていました。簒奪者であり、狂信者であった彼女に、私も奪われた被害者だったんです」
虚華は、満身創痍の柚斗から目を離ささずに、彼との話を続ける。
徐々に弱っていく姿を見ながら、命を引き取るまでは見守るつもりだ。
それが決闘での命を奪う側の勤めであり、義務であり、虚華なりの贖罪だと考えている。
「…………後悔、……するぞ……」
「後悔、ですか?まぁ、中央管理局の支部長が、探索者に殺されたとなると、蒼の区域は大騒ぎになるでしょうね。でも後悔なんてしませんよ、だって自分で選んだんですもの」
「………………お前は…………、逃げないのか」
「逃げませんよ。もう逃げない。……なんて言いながら、一度は諦めちゃいそうでしたけど」
柚斗の呼吸も随分と弱っている。もう後数言も話せば、力尽きるだろう。
蘇生をするつもりはない。彼にはこの場で死んで貰う。例え、逆の立場でもそうするだろう。
なら、生かして帰すのは彼にとって恥になる。そう考えた虚華は、最期まで見守ることにした。
「ごふっ…………」
「……想像以上に出血が酷いみたい」
吐血が収まらず、窒息するのを避けるために、虚華は柚斗の顔を横に向ける。
もう、抵抗する気力も残っていないようだ。青褪めていく顔から徐々に精気が失われていく。
「……………………」
「……おやすみなさい。蜜柑と一緒に平穏に過ごせると良いね」
やがて、風前の灯火も、消え去り、完全に命が消え去ったのを確認した虚華は、彼の瞼で瞳を隠すと、振り返ることなく、仲間の元へと向かう。
勝負を決した際に、透には零達を呼んで貰っていた。もう間もなく、此処に感情の灯った人が集まる。
それまでは、感情のない人々──中央管理局の産み出した彼らに、見守られる事だろう。
彼の生が終わったことを確認すると、未だにまともに動かない足を酷使して、依音の元へと駆け寄る。
地面に横たわったままだと、さぞ辛いだろうと考えた虚華は、依音の頭を自分の膝の上に乗せ、声を掛ける。
「イズっ!大丈夫だよね!?そうだよね?!ねぇ、返事してよ!」
「…………煩いわね、ちゃんと生きてるわよ。……何とかね」
虚華は、自身の膝の上に依音の頭を乗せて揺らしていると、依音は呆れ半分で虚華を窘める。
派手に斬られた背中の傷も、透の治療魔術で少しずつ塞がっていた。
どうやら、虚華が戦闘中に簡易的に治療をしていたらしい。
心底ほっとしたした虚華は、“嘘”の代償と、張り詰めていた緊張の糸の両方が祟って、意識が大分遠くまで飛びそうになっている。
「…………ちょっと、ホロウこそ大丈夫なの?随分と死にかけじゃない」
「あはは、イズが助けてくれたからね。大丈夫…………だと思う」
自信の無さそうな声色を聞いた依音の方が、勢いよく起き上がり、虚華の頭を自身の膝に乗せる。
安堵してなのか、虚華には理解出来なかったが、自分の頬に水滴が落ちる。
視線を上に上げると、依音の瞳からボロボロと涙が零れ落ちていた。
何とか力を振り絞り、流れ落ちる雫を人差し指で拭い去ると、指を掴まれる。
「……でも良かった。あんな気持ちになるのね、眼の前で仲間が死ぬ瞬間って」
「……うん。心臓が張り裂けそうになる。ごめんね、……ありがとう」
虚華はそう言い残すと、そのまま意識を失う。
依音も、安心して眠る虚華の寝顔を確認すると、透を睨みつけ、倒れ込んだ。
「そんなに睨まなくても、寝てるお嬢様を襲う趣味はないよ」
そう言い残した透は、眠った二人の側で、応援が来るのを待つことにした。
こうして、墓標での死闘は元「喪失」と【蝗害】の手によって幕を下ろす。
次回で第十章はひとまず完結です。




