表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/246

【X】#19 正義と悪が反転する


 零が反応があったという場所に、虚華達が辿り着くと、そこには一人の青年が立っていた。

 亜麻色の髪に、黒縁のメガネ、きっちりと着込まれた中央管理局(セントラル)の制服を纏っている彼は、自分の身体の半分程の長さの刀を帯刀している。

 彼が宵紫柚斗(しょうしゆうと)となのだろうか?妹の蜜柑とは随分と風体が違う。

 一直線に柚斗らしき男性を睨んでいる零に、虚華は小声で訊ねる。

 

 「あの人が、宵紫柚斗ですか?」

 「あぁ、あいつが中央管理局“蒼の区域支部支部長”の宵紫だ。気をつけろ、強敵だ」

 

 虚華は静かに柚斗を観察する。立ち姿からでも理解できる。彼は相当の手練だ。

 蜜柑は真っ赤な髪に、垂れ気味の赤い瞳だったのだが、柚斗は優しい亜麻色の髪と切れ長の瞳を持っている。

 柚斗は、虚華の顔を見るや否や、激情を隠匿しきれずに、全身を怒りで震わせる。


 「……………………………………」

 「……お前から、蜜柑の血の匂いがする。蜜柑を殺したのはお前だな?」


 柚斗は一切言葉を口にしないが、隣にゆらゆらと浮遊している人魂(ヒトダマ)のような物が、柚斗の言葉を代弁している。

 言葉こそ発さないが、視線は虚華の方を向けられている。酷い憎悪を孕んだ視線だ。

 まるで妹の仇だと言わんばかりのその視線は、どうやら匂いから来ているらしい。

 虚華は、どう反応するべきなのかを悩みながら、人魂の方を向いて口を開く。


 「だとしたら、貴方はどうするんですか?そもそも貴方は誰ですか?」


 名乗りもしない人間に、話をするつもりなど毛頭無い。

 ましてや、本人は一言も言葉を発していない。本当に彼は何をしに来たのだろうか?

 虚華の問に、人魂は小さな炎の身体を少しだけ大きく燃やしながら、ピカピカと点滅する。


 「……………………………………」

 「俺が誰かなんて関係あるのか?質問に質問で返すな。俺が知りたいのは、お前が蜜柑を殺したかどうかだ」


 「貴方が、随分と礼儀を弁えていない方なのは十二分に理解しました。その上で貴方の質問に答える筋合いはないと、私は判断しました」

 「……………………………………!」

 「随分と舐めた口を利いてくれるガキだな。身の丈に合わぬ発言は身を滅ぼすぞ?」


 人魂は虚華の言葉に反応し、激しく明滅する。

 この程度の言葉で激情してくれるなんて、なんて単純なんだろう。

 怒りを孕んだ生物の行動は非常に読みやすくなる。悪いけれど、まともに彼らの相手をするつもりなんてない。

 憎悪を滲ませた視線を一直線に感じながら、虚華は飄々とした態度を崩さずに、人魂の反応を伺う。


 柚斗は、人魂の方に視線を向ける。恐らくだが、向かい合っているのだろう。

 少しの間、顔を向けていた男は、再び虚華を睨みつける。あの感じだと、虚華が犯人であると断定している可能性が高い。

 この手のタイプは非常に面倒な事になりやすいから、正直相手にしたくない。

 

 「零さん」

 「なんだ、ブランシュ姉」


 虚華は一瞬、零の返事に思考停止しそうになったが、依音が妹という設定になっていることを思い出して、直ぐに思考停止から立ち直る。


 「玄緋兄弟と急いで此処から離脱してください。もう間もなく、ここは戦場になりますから」

 「わたくしに逃げろと?」

 

 キッと零は虚華を強く睨みつける。自分だって戦えると言わんばかりだが、それは無理な話だ。

 今でこそ、虚華が話を引き伸ばしているので、なんとか攻撃されずにいるが、そう遠くない内に攻撃されるのは目に見えている。

 それに、零には戦闘能力が殆ど無い。引き止める前に飛び出していったせいで、回避することが出来なかったが、出会ったばかりの知り合いが自分のせいで死なれるのは寝覚めが悪い。


 「はい、此処の管理人は零さんにしか務まりませんから。それに死んで欲しくないんです」

 「そう。それでブランシュ姉はどうするつもり?彼、かなり強いと思うよ」


 こんな時ですら、零の表情に感情は灯らない。言葉からも気遣いが感じられないが、声色や態度からは少しだけ心配してくれているのが感じられた。

 自分の為に戦力を減らしても大丈夫なのか?と言えばいいのに、随分と捻くれた言い方をする。

 虚華は、ふっと小さく微笑むと零を庇うように前に出る。


 「彼の目的は間違いなく私ですから。時間を稼いでいる内に早く逃げてください」

 「分かった。ちょっとだけだけど、君の事、見直したよ」


_____________



 

 零が安全に逃げられるように玄緋兄弟に、お願いをして此処から零を避難させた。

 残されたのは虚華、依音、透の三人に、柚斗と、ふわふわと漂っている人魂の計五人。

 数的アドバンテージを鑑みるに、まだこちらの方が優勢だ。

 零が視界から消え去ったのを確認すると、誰かが虚華の脇腹を小突く。


 「出会ったばっかりの人に、何カッコつけてるの。馬鹿なの?」

 「だって、どう考えても私狙いでしょ?私のせいで無駄死にされるの嫌だし」


 「そう」とだけ短く返事すると、依音は虚華の隣で男を見据える。

 いつでも戦えるように、腰に収められている魔導杖型の剣に手を置いている。


 「……………………………………」

 「話は終わったか?墓標の管理人を逃がすとは、自分の罪を認めているようなものだぞ?」

 「まさか。貴方達が勝手に暴走して、死なれたから困るから、事前に逃がしただけですよ」


 虚華の言葉に、人魂は蒼い炎から、赤い炎へと色を変える。

 確か、普通の炎は酸素が足りていないと炎は赤くなる筈だが、もしかして怒りを表現しているのだろうか?しかし、温度で言えば蒼い炎の方が高いから、逆に冷静になっている可能性もある。

 そう思うと、少しだけ人魂の生態に興味を抱いてしまうのが、虚華の悪い所だ。


 「何処までも俺等を馬鹿にするんだな、お前は」

 「そりゃあ、そうですよ。話も聞かずに勝手に暴走しているんですから」


 未だに彼は名乗らず、言葉も発さず、人魂に代弁させて、虚華を睨んでいるだけ。

 そんな人間に何かを話すほど、虚華はお人好しではない。だが、時間稼ぎはもう十分。

 懐の愛銃を撫でながら、相手の様子をじっと伺う。こちらから動くのは悪手だ。

 透と依音には自分が動くまでは、相手に攻撃しないようにお願いしている。


 「話が見えませんが、仮に貴方の言う「蜜柑」を私が殺したとして、それが何なんです?」

 「てめぇ、自分が何言ってんのか分かって言ってんのか?」


 周囲の空気が徐々に殺伐なものへと変わっていくのを肌で感じている。

 柚斗の言う殺した犯人なのか?という問いの正解は「No」なのだが、此処で正直に話してしまえば、それで終わるだけの話だ。

 問題なのは彼が「何処から蜜柑を殺した犯人が虚華である、と嗅ぎつけて、何故、此処に自分が居るのかを割り出したのか。そして鍵が掛けられている墓標に平然と侵入できているのは何故なのか」これらを知る必要がある。

 その情報は、中央管理局の重鎮であろう柚斗を殺してまで知る必要があるかと言われたら、正直微妙だ。

 正当防衛だった蜜柑殺しとは打って変わって、彼を殺してしまえば、今回の場合、虚華に反論の余地はない。

 蒼の区域の表も裏も牛耳っているのは、中央管理局。下手に損害を与えては、損をするのはこちら側なのだ。

 最初、柚斗は虚華を蜜柑殺しの容疑で捕縛しに来たと思ったのだが、それが違うことは直ぐに分かった。

 そもそも、捕縛される筋合いがないのだ。蜜柑は散々、【蝗害】の人間を殺して周り、幹部である綿罪と疚罪を重症にまで追い込んだ。

 そんな人間が平然とシャバを歩き回っているのに、一人殺した程度で中央管理局が動ける訳が無い。


 ──これは完全に、柚斗の独断専行だ。


 確か、中央管理局は被害者や事件に身内が絡んでいる際は、関与できないと聞いたことがある。

 もしそれが真実ならば、尚更、彼が此処に居ること自体がおかしいと言える。


 (やっぱり私怨で、私を殺しに来たって考えるのが、一番分かりやすいよね)


 「貴方は宵紫蜜柑のお兄さんなんでしょう?もう一度、聞きますね。貴方は何しに此処まで来たのですか?」

 「……………………………………殺す」

 「あぁ、そうだな。俺等はお前を殺しに来た。分かりやすくて良いだろ?お前もこの言葉が聞きたかったんじゃねぇのか?」


 柚斗は立ち尽くしたまま、人魂は楽しそうに轟々と炎を煌めかせている。

 犯人でもない自分に対して、正義の味方である筈の中央管理局の人間が、殺すと言ってきている。

 こんなに愉快なことがあるのだろうか、いいや、無い。

 世界の咎だった虚華は、今この瞬間だけは正義なのだ。こんな事が起こるとは思っていなかった。

 このまま、冤罪を掛けられた少女が殺されれば、虚華の人生は良い終わり方を迎えるだろう。

 最低な人生だったが、最期だけは、皆が可哀想な子だったと、きっと悲しんでくれる。


 (捨て難い良い結末だけど、まだ死ぬ訳には行かないんだよね)


 まだやり残したことが沢山ある。こんな所で死んでしまっては、元も子もない。

 それに、自分が殺した訳でもないのに、殺人鬼の兄貴に報復される筋合いだって無い。

 虚華はつい笑ってしまった。それも悪役みたいな笑い声を周囲に響かせながら。

 感情を持たない者達に取ってはただの雑音でも、他の人々は違う。


 「あははっ、あはははっ」

 「何がおかしい?ついに気でも触れたか?」

 

 「まさか!貴方達が私を殺そうとしている事自体が、私の方が正しいんだって、示してくれていることが嬉しくてしょうがないんですよ」

 「……はぁ?何言ってんだてめぇ?中央管理局に所属してる俺等と、人殺しのてめぇら、どちらが正しいかなんて、火を見るよりも明らかだろ?」


 柚斗は顔を顰めるが、人魂は赤い炎を周囲にも飛ばしながら、虚華の言葉を否定する。

 虚華は唇を三日月状に歪めて、歪な笑みを浮かべる。


 「だって、私が本当に断罪されるべき人間だったら、貴方達は私を殺そうとしないでしょう?法で裁けないから、直接殺しに来たんでしょう?」

 「……何が言いたい?」


 随分と人魂の声色が低くなっている。怪訝と不機嫌がチラついて見える。

 まだ言いたいことが分からないのか、人魂は柚斗と虚華を交互に見るが、真意は得られていないようだ。


 「宵紫蜜柑は、【蝗害】の構成員を私利私欲で大量虐殺した挙げ句に、自分の目的の障害になるからと、私や私の仲間まで殺そうとした。私はそれを未然に防いだだけのことです。その行いの何処が間違っているのですか?間違っていないから、法で裁けないんでしょう?違いますか?」

 「そんなの、関係ねぇ!お前は人を殺しているだろうが!その罪を贖って貰うために来たんだろ?なぁ(ゆず)?」

 「……………………………………」

 

 柚斗の事を気さくに柚と呼ぶ、人魂の言葉には確かな柚斗への信頼が感じられる。

 大方、柚斗の口車に乗せられた哀れな人魂といった所だろうか。

 盲目気味に柚斗を信頼している人魂に、虚華は心の中で唾棄しながら、言葉を続ける。


 「どちらにせよ、私は黙って殺されるつもりはありません。それに、もうこれ以上、貴方達に奪われる訳には生きませんから」

 「……………………………………」

 「あぁ、そうかい、分かったよ。流石に多勢に無勢だからな、こちらも手数を用意する」


 人魂が周囲の空気を取り込んで、急激に膨張し始めたと思うと、途端に弾け飛んだ。

 人魂が弾け飛んだ後には、ふよふよと浮かぶ人魂は消え去り、柚斗が三人に増えていた。

 あまりに予想していなかった事柄に、依音は半目になりながら、愚痴を溢す。

 

 「どういう原理で増えたのよ。あの無口男は」

 「さぁ。それは分からないけど、これで一人ずつ宵紫柚斗を相手にしなきゃいけなくなったね。彼は紫電の名を冠する片太刀使いだ。「愛しい君」はともかく、ただの魔術師の君は頑張ってね」

 

 「う、うるさいわね!……でもどうしようかしら、勝てる気が全くしないわ」

 「だろうね。僕もそう思う」 


 依音が分裂した柚斗を前に突っ込んでいると、すかさず透が依音の言葉に被せて発言する。

 虚華は、案外この二人仲良いなぁと、微笑ましい感想を抱きながら、「欺瞞」に装填された弾丸を一発、上空目掛けて射出する。

 これからお前を殺す、という意思表示を込めた威嚇射撃だ。


 「……お前も、奪われる側に、……なれば良い。……俺から、蜜柑を……奪った罪は重い」 

 「私は貴方なんかよりも、沢山の物を奪われた。もうこれ以上、何も奪わせないっ!」


 八つ当たりなのは重々承知だ。彼はこの世界の人間であって、地獄に居た彼じゃない。

 分かっていても、許すことの出来なかった虚華は、「欺瞞」を片手に柚斗へと立ち向かう。


 「悪いけど、私の命を賭けてでも、貴方を倒して見せる」


 大丈夫、私はこんな所で死ぬ訳には行かないんだ。仲間の為にも、自分の為にも。

 虚華は自分の唇に人差し指を添えて、妖艶に微笑む。

 覚悟を決めた少女の笑顔は、さぞ不気味に見えただろう、柚斗は無意識に一歩後退る。


 「此処から先、貴方は私の“嘘”からは逃げられない」







 おまけ:第十章時点での探索者登録証及び、各キャラの性能紹介

 〜パンドラ、禍津、アラディア編〜


 名前:パンドラ 性別:女 年齢:不明

 階級:二級 所属トライブ:無 所属レギオン:「七つの罪源(パブリック・エネミー)

 善性:獄悪(-一〇〇)

 

 職業:黒魔皇術師ダークロードキャスター 

   :巫術師(フジュツシ)

   :呪術師(カースキャスター)

   :禁術使い(タブー・キャスター)

   :基礎魔術師(スペルキャスター)

   :応用魔術師ハイ・スペルキャスター


 種族:魔人 属性:悪魔 

 特異性:対象に魔術を使用し、強制的に遺伝子を操作し、解除不可能な変身効果を付与させることの出来る禁術使い。

 ゲノム・ディスパージョンによって、人間を魔物にしたり、亜人にしたりとやりたい放題な人生を送っていたが、中央管理局によって捕縛された。

 しかし、つい数年前に仲間等と共に失踪しているため、捜索願が出されている。

 



 名前:禍津 性別:男 年齢:不明

 階級:二級 所属トライブ:無 所属レギオン:「七つの罪源(パブリック・エネミー)

 善性:極悪(-一〇〇)

 

 職業:万物記録者(アカシックレコーダー) 

   :高位処刑人ハイ・エクスキューショナー

   :早期熟練者(アーリーエキスパート)

   :高位拷問官(ハイ・トーチャー)

   :闇属性魔術師(ダークメイジ)

   :呪属性魔術師(カースドウィッチ)


 種族:魔人 属性:悪魔 

 特異性:度重なる人体実験などで得た知識や技術を一冊の本の形状に変化させ、本人以外が立ち入ることの出来ない四次元空間へと保管することが出来る魔術、万物記録(アカシック・レコード)を使用することの出来る魔術師。

 人から伝え聞いたものでも、本にすることは可能だが、一番は殺して、その人間や生物の記憶を全て本に収めることが効率が良いとされていたため、XX年前にXX万人を惨殺した容疑で、中央管理局に捕縛される。

 数年前に、「歪曲」のパンドラによって失踪している。現状捜索中。



 名前:アラディア/葵薺 性別:女 年齢:不明/二〇歳

 階級:二級 所属トライブ:無 所属レギオン:「七つの罪源(パブリック・エネミー)

 善性:極悪(-一〇〇)

 

 職業:虚飾真理(サイコ・ヴァニティア) 

   :高位弓術士(ハイ・アーチャー)

   :高位狙撃手(ハイ・スナイパー)

   :顔無の笑顔(ノー・フェイス)

   :基礎魔術師(スペルキャスター)

   :応用魔術師ハイ・スペルキャスター


 種族:魔人/双影 属性:運命 

 特異性:自身に付与された呪いによって、自身が相手に最も求められる姿に見られるようになり、その対象から全財産や技術といった全てを享受し、搾取し尽くす呪い顔無の笑顔という呪いを持っている。

 その呪い自体が禁忌であるとさえ、長期間中央管理局に酔って捕縛されていたが、パンドラによって、脱獄。

 現状捜索中であるが、数年前に死亡したとされる葵薺が最近になって蒼の区域全域で、出現しているため、詳しい捜査を急がせている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ