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【X】#18 墓標の管理人“零”


 「やぁ、(れい)。こんにちは。一ヶ月振りでしょうか?」

 「誰かと思えば……外で騒がしくしていたのは、君だったのか」


 セレスが管理人の居るという巨塔の最上部まで案内してくれたが、執務室の扉を開けたら、仏頂面の凛々しい顔をしている女性が、無表情でこちらの到着を待っていたようだった。

 綺麗に纏め上げられた白い絹のような髪から、かなり見た目に気を使ってることが分かる。

 表情こそかなり薄いが、涼しい顔に切れ長の青い瞳を持ち、スレンダーながらも、自分をよく見せる制服の着こなしは、かなりのおしゃれ上級者と見た。

 年齢も二十代後半といった所だろうか。化粧の仕方も相まって、非常に綺麗系な麗人に見える。


 (それに対して私は……)


 動きやすさ重視で身に着けるものを決めている為、今着ている物も風除けのマントに、ホルスターを隠せる普段着といった非常にラフな物になっている。

 普段はあまり気にすることもないが、いざこうして制服や、着る者のセンスが問われる物を着こなしている者と直面すると、どうしてももにょるのだ。

 有り体に言えば、非常に羨ましい。スラッとした身体つきも、おしゃれな着こなしも。


 (私も帰ったら、おしゃれについて勉強しようかな……)


 「それで。そちらの君達はどちら様?此処が何処だか分からない迷子って訳でもないよね」

 「あ、わ、私はっ、ホロウって言います!」


 随分とピシャリとした言い方に、虚華はどもりながらも簡潔に自己紹介をする。

 自己紹介をしたにも関わらず、セレスが零と呼んでいた女性は顔色一つ使えることなく、来賓用と思われる、ソファの上座に座る。


 「そう、ホロウね。貴方達もそこ、座ったら?」

 「相変わらず冷たい言い方ですね、零。客人に優しくすべきでは?」


 「別に貴方には関係ないでしょう?貴方も座りなさい。珈琲ぐらいは淹れるから」

 「本当に手厳しい。やはり零には此処が合っているんでしょうね」


 セレスティアルがため息交じりに零を詰ると、零は表情一つ変えずに眉を引くつかせる。

 感情が一切ないのかと思っていたが、そういう訳ではないようだ。

 零が珈琲豆をハンドミルで挽いていると、珈琲特有の香ばしい香りがふわりと漂う。


 「で、何しに来たの。わざわざセレスが此処に居るって事は迷った訳でも、感情をこれから棄てる訳でもないんでしょう?こんな場所歩いてたら、()()()()()()()


 零はリーダー格と虚華を判断したのか、基本的にセレスと虚華の二人の顔を見て話す。

 冷ややかな瞳に睥睨されたせいで、内心ビクついているのだが、それでも臆することなく話せるように、一旦深呼吸を挟んで、口を開く。


 「実は、私の故郷にも似たような場所がありまして。たまたまセレスさんと出会って、ここを案内して貰っていたんです」

 「貴方の故郷?此処以外にも墓標があるって話は聞かないけれど、本当の話なのかしら?」


 零は、手際良く珈琲を各テーブルに置くと、自分の分をブラックのまま、ちびちびと口に含む。

 空調を効かせていない執務室に七つの湯気が上がる。涼しい部屋の中では、淹れたての珈琲だけが身体を温める。

 虚華も、備え付けの砂糖を二つと、ミルクを一つ入れるとティースプーンでかき混ぜる。

 猫舌なせいで、熱々の物は飲めないが、息を吹きかせて冷ましながら、口に含む。

 口から白くなった吐息が漏れ、虚華の頬が少し緩み、冷えた身体が少し温まる。

 

 「美味しい……」

 「ミルクと砂糖を混ぜてしまえば、珈琲なんてどれも同じよ。滑稽な賛辞をどうも」

 

 零の凍てつくような一言で、虚華の身体の火照りは一瞬で過ぎ去っていった。

 珈琲を飲んだ筈なのに、先程よりも心身共に凍結しそうになっているのは何故なのか。

 虚華が固まっていると、依音が虚華の代わりに口を開く。


 「この珈琲、初めて飲みましたが、何処の豆なのですか?」

 「……貴方は、そのまま飲んでいるようね。何処だと思う?」


 それを知りたいから、質問しているんじゃないか、と。

 虚華が心の中で悪態をついていると、依音は胸に手を当て、目を瞑り、再度珈琲を口に含む。


 「この芳醇な香りに、コクよりも鋭いレモンのような酸味が襲うこの感覚は、ブラゥよりも北に位置する珈琲の産地、リューリャの高山地帯で採れる「リューリャ・モカ」でしょうか?」

 「へぇ?わたくしに聞いてきた割には、最低限の珈琲の知識は持ち合わせているのね」


 彼女の声色には若干の感情が含まれているが、やはり零の表情はピクリとも動かない。

 セレスの言っていた元々は、一人の「地下」の住人だったという話と関係があるのだろうか。

 虚華は何も言わずに、彼女らのやり取りを見守る。散々甘くしても、苦みを感じるお子ちゃま舌の持ち主なせいで、彼女らの話をさっぱり理解出来ないのだ。


 「流石に零様程ではありませんが、私の暮らす家にも珈琲好きな方が居りまして」

 「そうなんだ、その人とも気が合うかもね。……それで?貴方の名前は?」


 零はカップをソーサーに置き、虚華に見せるよりかは幾分かマシな表情で依音を見る。

 先程までとは打って変わって、随分とこちらの話に耳を傾けてくれているようで、依音の顔からも緊張が解れて来ているのが目に見えて分かる。

 

 「イズです。以後お見知りおきを」

 「フルネームは?」


 フルネームは?という零の問いに依音は返事に困ってしまった。

 なにせ、フルネームを用意していなかったのだ。名前を聞かれた際にも、基本的には「イズ」だけで事足りていた。

 虚華が助け舟を出そうと、話に割り込もうとした所を、透が虚華の唇に指を添えて防ぐ。

 眼の前にある指を噛んでやろうか悩んだ虚華が、ジロリと透の方を向くと、透は無言のまま、首を横に振る。


 「まぁ見てようよ。困った時にずっと助けられてる人間は成長しないんだよ」

 「人間辞めた奴がよく言うね」


 虚華が喋っているのにも関わらず、人差し指を差し出したままになっていたので、噛み付こうとしたが、上手いこと躱されてしまった。

 ちょっとだけ悔しかったが、噛みたい訳でも無いからまぁ良いか、と視線を依達の方へ戻す。


 「もしかして、偽名なの?」

 「……いえ、私のフルネームは、イズ・ブランシュです。ホロウは私の姉なんです」

  

 「えぇ!?」

 「何故か、姉の方が凄いびっくりしているけど、あれはどういう事なの?」

 

 依音があまりに突拍子のないことを言ったせいで、虚華は声を上げて立ち上がった。

 それなりに仲の良いメンツが相手だったら「誰が姉よ!」って突っ込んで終わりだったのだが、状況が状況なせいで、彼女の言葉に反論することが出来なかった。

 声色が怪訝そうにしている零の視線がこちらに向いている。何とか誤魔化さなければ。


 「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのでイズには苗字を名乗らないようにお願いしていたのですが……。あまりにもあっさり言ってしまったのでつい動揺してしまいました。すみません」

 「私、零さんには包み隠さずしておかないといけない気がしたんです」

 

 依音は敢えて、言葉にはしていないが、暗喩でこう主張しているのだ。

 

 ──此処で、貴方の信頼を勝ち取るにはそうしないといけないと思ったから。

 

 ディストピアでは感情を顕にすることのなかった依音が、一人の人間の信頼を勝ち取る為に、己の感情を最大限活用しているのを見ると、虚華はこの世界に逃げてきて良かったと切に感じた。

 対する零は、感情にこそ出さないものの、声色や態度が依音限定ではあるが、かなり柔和なものになっている。これで最低限の話は出来るだろう。

 虚華が話を出しても、最低でも無視、最悪ならば出禁にされるだろうが、話が出来るなら、別に自分が話したいとも、話す必要があるとも思っていない。


 (此処は依音に任せよっと)


 「……そう。姉と違って、貴方は優秀なのね、イズ」

 「っ、ホロウ姉さんは私よりも凄い所だってあるんですよ?」


 零がナチュラルに虚華をディスった時に、若干依音の顔が般若になりつつあったが、それは直ぐに鳴りを潜めて、洗練された作られた笑みを顔に貼り付けて、依音は大人の対応を取る。

 

 「それで……、ホロウの故郷が此処と似ていると言っていたけれど、もしかして」

 「はい、勿論。私の故郷も皆が感情を剥奪され、一部の支配者が甘い汁を吸う地獄でした」


 依音の言葉にも、やはり零は眉一つ動かさない。

 彼女の声色は非常に悲痛な物だ。感情が込められた言葉には霊が宿ると言うが、零には届いているのだろうか。

 此処とは違うとは言えども、外を見れば、彼らのような人間は五万と居る。

 そんな零ならば、虚華や依音の苦しみが少しでも理解出来るのではないだろうか。

 依音の言葉を受けた、零は暫くの時間を置いて、ようやく口を開く。


 「そうか。此処の墓標とは違い、感情を持つ者が私利私欲に扱ったんだな、民衆を」

 「……はい。一部の人間のみが特権として得られたそれらは、富裕層から定期的にお金を搾り取る手段としては十分魅力的だったと思います」


 依音の言葉が、彼女の表情と相まって非常に重々しく、フィーアの面々に突き刺さる。

 此処がどれだけ恵まれているのか、地上がどれだけ恵まれているのか、勿論、直接口にすることはない。

 けれど、依音の言葉が、表情が、彼女を構築している全てが物語っている。

 各々が依音に圧倒されている中、執務室内にアラーム音が鳴り響く。

 零が管理人用の机に座り、何があったのかを確認すると、目頭を抑えて、小さく息を吐く。

 

 「なぁ、イズ」

 「はい。何でしょうか」


 「話は後でまた聞こう。君達と同じで招かれざる客がまた来たらしい」

 「……お聞きしますが、その者は零さんの敵ですか?」


 依音の言葉に、零は椅子から立ち上がり、外出用と思われるコートを着込む。

 他にも武装用の刀を帯刀し、長い髪の毛をヘアピンと魔術で更に固定する。

 もう言われなくても分かっている。彼女は、これから招かれざる客と争うのだろう。


 「君達も来るか?彼が君達の敵かは知らないが、私は追い返さなければならないんだ」

 「零、もしかして君が追い返そうとしている「敵」って言うのは……」


 セレスがおずおずと零に聞くと、零は最後に帽子を深く被り、戦闘の準備を終える虚華達の前に立つ。


 「決まっている。「中央管理局」の蒼の区域支部支部長の宵紫柚斗(しょうしゆうと)だ」


 聞き覚えのある名前を聞いた虚華達は、零の後を追うべく、戦闘準備を整え始めた。

 どうして彼が此処に来たのか、意図も分からないまま、虚華達は彼の元へと急ぐ。


 

宵紫柚斗の名前や存在は、以前に一度だけ記述があります。

何処にあるかは、お時間のある時に探してみては如何でしょうか?


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