【X】#15 鋭悍なる視線は、何を見据えるのか
依音と透が虚華の褒め合い合戦が終盤に差し掛かる中、何者かが部屋のチャイムを鳴らす音が部屋中に鳴り響く。
基本的に虚華の部屋を訪ねる人間、もしくは人外の皆々様は決してチャイムを鳴らすことなど無い。
だからこそ、虚華はこのチャイムの音を聞くこと自体が実は初めてだったりするのだ。
ビクリと身体を震わせた虚華は、誰が鳴らしたのか分からないチャイム音に、返事をしに行こうとするも、それは思わぬ形で阻止された。
ガチャリと扉が勢いよく開かれたのだ、虚華がはーい、と返事をしようとした途端に。
「こんばんは、夜桜透さんが居る部屋は此処で合っているかな?」
「間違っていますよ」
扉を開いたのは随分大きなリュックサックを背負っている三十代前半に見える健康的に焼けた肌を持つ引き締まった身体の男性だった。しかも、何処かで見覚えがある背格好をしている。
誰かを考えるまでもなく、虚華は有無を言わさず否定をしてしまったが、件の男性は真っ直ぐ透の姿を視界に捉えていた。
まずい、この状況は色々とまずい。この男性が誰かも分からないし、なんでこの部屋に透が居ることを知った上で尋ねてきたかも分からない。
「えっ、でも彼は間違いなく夜桜さんだと思うんだけど、……違うのかい?」
「はい、違います。通りすがりの変態ですから」
「変態を部屋に入れてる君もどうかと思うんだけど……というか君は昼間の子だね?そのブレスレット、似合ってるね」
「……え?あ、もしかしてあの時露天商を論破してた方ですか?その節はお世話になりました」
眼の前の男性の格好が、随分と違っていたから印象がガラッと変わってしまっていたが、確かにおっとりとしているにも関わらず、何処か覇気を感じるような話し方は昼間に助けてくれた男性と同じだった。
そんな見知らぬとまでは行かないが、虚華は顔見知り程度の男性が、何故此処に来たのか、全く理解出来ずに頭上に疑問符を複数個並べていると、トリップしていた筈の透が、涼しい顔で虚華と男性──セレスティアルの間に割り込む。
「あぁ、彼は僕が呼んだんだ。これから行く場所に彼は必要なんだ」
「これから行く場所?こんな時間から何処かに行くの?」
もう既に日が傾いている。これから迎える場所など、酒場か夜のお店位だろう。そんな場所に、病み上がりの仲間を二人も連れて何処に行くというのか。
虚華が透にそう尋ねると、透は頬を赤らめながら、無駄にくねくねし始める。
(うっわぁ……たまにこれ見るけど、やっぱりきっついなぁ……)
その仕草を見るだけでなんとも言えない感情に襲われるのだが、不快感を全開に出しながら、虚華は眉をしかめる。
三人が互いに不思議そうな顔で見つめ合っている中、額に水で冷やしたタオルを貼っていた疚罪はタオルを外して立ち上がる。
「多分、下に行く気なんやろ。旧アジトに巣食ってた奴も死んだらしいし」
「ん?宵紫を殺した?「愛しい君」僕、その話聞いてないんだが」
そりゃあ、あんたは依音とずーっと私の褒め合い合戦とかいう意味の分からない争いをしていたせいで、話をする暇すら無かったんだよ、とはとても言える雰囲気ではなかったため、虚華はあはは、と乾いた笑いをするしか出来なかった。
虚華が笑いで誤魔化したのにも関わらず、透は詳しい状況を教えろと虚華に詰め寄ると、依音は顔に苛立ちを滲ませながら二人の間に割り込む。
「私が簡単に説明するから、そこに座りなさい。貴方はホロウと近過ぎよ」
「何か問題があるのかい?君は関係ないだろう?」
「あ・る・わ・よ。私は現状、唯一の彼女の本当の仲間なんだから」
「へぇ……?僕はホロウの仲間じゃないと……?」
依音の言葉に虚華は何かが引っ掛かるのを感じたが、今はそれどころじゃないと思い、今度は虚華が二人の間に割り込む。
「もう、二人共!喧嘩しないで!イズ、悪いけど透に簡単に説明しておいてくれる?私が説明するより絶対分かりやすいと思うから……お願い!」
虚華が顔の前で両手を合わせて頼み込むと、依音は複雑そうな顔をする。
チラリとその顔を覗いた感じだと、恐らくあの顔は、頼まれて嬉しい感情と透に説明させられる嫌悪感が混ざり合っているのだろう。
虚華は少し強引気味にお願いね!と依音に念押しすると、セレスティアルの元へと向かう。
完全に手持ち無沙汰になっていたセレスティアルは、自身のモノクルをクリーナーで掃除しながら、時間を持て余しているように見えた。
虚華は少し息を切らすような演技を織り混ぜながら、セレスティアルへと駆け寄る。
「すみません……、透がお呼び立てにしたにも関わらず、こんな粗雑な扱いをしてしまって」
「別に構わないさ。彼は元からあぁいう人間だからね。それにしても君が彼の言う「愛しい君」だったんとはね、噂は予予聞いているよ」
「私の噂?あははっ……そんな、とんでもない。ただの探索者ですよ、私は」
「ははは、過度な謙遜は却って嫌味に聞こえるものですよ。白の区域では暴走状態にあった「終わらない英雄譚」のリーダーを斃したと聞いています。彼はとても危険な人物だったから、誰も手出しできなかったというのに、いやはや、誠に恐ろしいものです」
セレスティアルは、空調が効いてとても暖かい部屋で両肩を擦る仕草を見せる。
些か分かりやすいオーバーな態度に虚華は、左目を痙攣させながら、話を続ける。
「確かに……彼は非常に危険な方でしたが、それ以上にジアを守らなきゃって気持ちが強かったんです。それに、その時の私にはとても心強い仲間が居ましたから……」
虚華の表情に陰りが生じているのを見たセレスティアルは、その戦いで仲間を喪った事を察し、それ以上の追求をすることを止めた。
「……そうでしたか。それは残念です。その方の眠りが安らかなものであることを祈りましょう」
彼の神に祈るような仕草は、非常に様になっていて、まるで本職のようにも見えた。
虚華はセレスティアルの追求が止んだことでほっと、胸を撫で下ろしたが、それと同時に過去の出来事を脳内で想起する。
かつて虚華と臨、雪奈の三人で行った「終わらない英雄譚」討伐、凄惨な現場もそうだったが、あの時は臨の顔を見ても、雪奈の顔を見ても、悪夢がフラッシュバックしてきて精神的にも辛い部分が多かった。
(あの時に見た彼女の姿は、もう既に私の知るあの子じゃなかった)
未だに時折、あの時の夢を見る。雪奈や臨が他の構成員と同じ様に醜い調度品に成り下がっている姿や、「背反」に殺されていたもしもの光景を。
それだけじゃない、イズと共に琴理のアトリエ前で「喪失」の面々と戦っていた時も、雪奈の顔を見れば、ぐちゃぐちゃに潰された顔がと綺麗な顔が交互に映るせいで、戦いにくくて仕方なかった。
今でこそ、彼らと別行動を取っているお陰で、悪夢の再演に苦しむことは殆ど無いが、かつては眠れないほど苦しんでいた時期もあったのだ。
虚華が悲痛な表情で、過去を想起していると、セレスティアルがコホンと小さく咳き込む。
「兎にも角にもそんな方と一時でも共に行動できることは誉れですから、夜桜さんには感謝しないといけませんね」
「そう言えば……これから行く「下」って何処なんでしょう?」
虚華は率直に質問すると、セレスティアルは拭き終えたモノクルを装着する。
彼の付けているモノクルで些か緩和されるが、彼の目つきはとても鋭く、優しい声色でなければ、気が小さめな虚華は、間違いなく声をかけることすら叶わないことだろう。
セレスティアルは、少しだけ優しい声色を抑えて、虚華に尋ねた。
「「下」について説明する前に、区域間を旅するホロウさんは、ブラゥをどう思いますか?」
質問に質問で返された虚華は、彼の質問にすぐに答えを出すことは出来なかった。
琴理の処刑を防ぐべく、この街に降り立って情報を集めているが、未だに蒼の区域の区域長も、中央管理局も動く気配が見られない。
そんな中、最近、虚華がブラゥを巡って感じたのは、どうにも街の人間の活気が弱い。
言葉にするのが非常に難しいのだが、町の商人の態度が妙にデカいのだ。まるで自分達がこの街の権利を掌握しているのではないかと、錯覚させる程に。
(さっきの買い物も、セレスティアルさんが助けてくれなきゃ喧嘩になってかもしれないし)
先日の出来事もそうだが、他にもこの区域での買い物はどうにもいい気分で物を買わせてくれる気配がしなかった。
食事であっても、消耗品であっても、周りの人間は皆、商人の顔色を伺いながら買っているような気は前々からしていた。
その他にも、最近は「地下」や「下」は良いという話しもちらほら聞こえてきていた。
残念ながら、実際に行ったという人の話を聞くことは出来なかったが、その場所は非常に平穏な場所ということは、断片的な情報でも伺うことが出来た。
虚華は今まで過ごしたブラゥの事を想起させながら、言葉を紡ぎ始める。
「ここに来て初めての頃は、白とは違って、色々な種族が共存している区域だな、と感じていました。現に人間種よりも力の強い亜人種は建築業や運送業に、知略や思考力に長けているエルフや人間種はそれぞれ、適した仕事を割り振られ、各々が効率的に仕事をしているように見られました。他にも海が近いことから、海産物やここでしか食べることの出来ない物が沢山あって、私の仲間の一人が満足そうにしていたのも印象に残っていました」
「その言い方は、今は違う見方をしていると言うことで、間違いないですね?」
虚華はセレスティアルの言葉に、無言で頷き、言葉の続きを口に出す。
「此処で過ごしていくうちに、此処の区域の異常さを肌で感じてくるようになりました。まず、蒼の区域長の感情を中央管理局が剥奪し、「感情喪失」させ傀儡としていると言う話を聞きました。その直後くらいからでしょうか、街の人間の活気が著しく下がっているのをあちこちで散見され、一部の役職の方が随分と横柄な態度を取っているのが非常に印象に残っていました。先程、セレスティアルさんが私を助けてくれた事柄も此処に含まれています」
「あの商人は普段から横柄なのですが、あそこまで露骨なのは些か不快でしたね」
虚華の言葉にセレスティアルは、苦笑しながら首をゆっくりと縦に振り、賛同する。
虚華の脳裏に「ゲッへッヘ」と下卑た笑い声が反響し始めたので、無理矢理脳内から、あの商人を追い出して、話を続ける。
虚華なりの結論はもう用意してある。問題はそこまでどう持っていくかだ。
あまり他人と話すことが慣れていない虚華は、たどたどしい言葉遣いで懸命にどう話すのかを考えながら、ゆっくりと文章を構築させていく。
「ですので、先に結論から言いますが、このブラゥを用いて中央管理局は何かしらの実験を行おうとしているのではないかと考えています。何の実験をしようとしているかまでは分かりませんが、このまま放置してしまえば、きっとブラゥに良い未来は訪れないのではないかと思います」
何が、何の実験をしようとしているのか分からないだ。
自分の言っている言葉を反芻して、虚華は自分の言葉で反吐が出る程の不快感を己に浴びせる。
本当は分かっている。一連のこの流れはかつてのディストピアと同じだ。
長を傀儡として操り、民衆を少しずつ壊し、最終的には選ばれた者──中央管理局の利になる者以外を全て操り人形にして、絶望的な理想郷を創り上げる。
やっていることは殆ど同じだ。まるでかつてのディストピアを見ている気分だ。
(私は……どうするべきなんだろう。何をするのが正解なんだろうか)
虚華が心の中で葛藤している最中も話は続く。イズも何も言わずに黙ってこちらの話に傾聴している。彼女も既に気づいていたのだろう。驚くような表情は一切見せない。
「ほぅ……。この街に来て一、二ヶ月と聞いていましたが、そこまで把握されているとは。流石、夜桜さんが見初めた方だ。何か助言でも与えたのですか?」
一連の虚華の話を聞き終えたセレスティアルは、モノクルを触りながら、透の方を見る。
話を振られた透や、近くに居た玄緋兄弟は各々、首を横に振った。
「僕らは何も。強いて言えば、一人や二人では辛い局面で助力しただけ。此処までの結論に至ったのは、須く彼女の情報収集力でしょう」
「せやな、ワイらは本当に何もしてへん。まぁでも、そこら辺にヒントはいくらでもあったし、気づくのは時間の問題やろ」
「友だち作りは下手なのに、そういう所は得意なん、ほんまかいらしいよなぁ」
おい、綿罪。余計なことを言わないで、折角の空気がぶち壊しじゃないか。
友だちが出来なかったことを地味に気にしていた虚華は、肩をガックシと落としながら、透達とセレスティアルの話に耳を傾ける。
透の声は若干ではあるが、誇らしげだ。少し声が上ずっている。
「もう分かるでしょう?彼女は既に気づいたんだ。だから、僕は貴方を呼んだ。丁度、彼女が「地下」に向かうための障害を破壊したんだ。此処が潮時でしょう?“墓守”殿」
「確かに私は……いや、その呼び名について噛みつくのはもう止めましょう。ホロウさん」
「は、はいっ」
セレスティアルに呼ばれた虚華は、身体をビクリと振るわせて返事をする。
低く、落ち着いた声は何故か虚華の恐怖心を呼び起こすが、虚華はその恐怖心を押し殺し、セレスティアルに立ち向かう。
「此処から先の景色は、貴方が無理に見ることはない。知る必要もない。けれど、貴方は知りたいんだろう?彼らが一体何を成そうとしているのか、を」
「……そうですね、行きましょうか。私だってもう逃げるだけは嫌だから」
セレスティアルは先に行っている、とだけ言い残し、先に部屋を出る。
残された面々は、各々言葉はなくとも通じ合ってか、準備をするとすぐに後を追った。
いつも拙作を見て頂き誠にありがとうございます。のるんゆないるです。
拙作も筆を入れ始めてから、早い物で来月三月で二周年を迎えます。
この作品が処女作であり、最期の作品になるかとは思いますが、まだまだお話は続いていきますので、ご支援の程、宜しくお願い申し上げます。
最近では読んで下さる方が増えているのか、昨年と比較するとPV数が増えておりまして、非常に喜ばしく思っております。
高評価やブクマ等といった数字が、私の喜びとなりますので、拙作を気に入られた方は是非とも高評価やブックマークをして頂きますよう、宜しくお願い致します。
また、これはあくまで可能性なのですが、タイトルのネーミングがどうにも納得行っていない節が私にはございまして、もしかしすると、暫くの間タイトルがコロコロ変わる可能性がありますが、ご容赦頂ますようお願い致します。




