【X】#14 語彙力何処行ったんだ、参謀
ブラゥの市場での買い物を終えた虚華達は、虚華が個人的に滞在している宿屋へと足を運ぶ。
蜜柑が斃されてからは暫く顔を出していなかったが、そろそろ透達も自分達の住居なりへと戻っている頃合いだと思っていたからだ。
けれど、その考えが甘かったことを自室の扉の前に立ったときに気づいてしまった。
部屋の中に誰かが居る。いや、もう断言していいだろう、透達【蝗害】の三人だ。
(なんでまだ私の部屋に入り浸ってんだ……)
一時的に虚華の部屋を貸し出してはいたが、まさか未だに三人とも此処に居るとは思っていなかった。普通、日が昇ったら別の場所に移動しないのだろうか?
二つベッドがあるとは言え、三人で寝るには些か狭いはずだし、あまりいい環境だと言えないこの場所にどうして彼らは未だに居るのだろうと虚華が考えていると、隣りにいた依音が虚華の肩を叩く。
「ねぇ、入らないの?此処なのよね?貴方がブラゥ滞在用に取ってる部屋って」
「そ、そうなんだけど……何ていうか、入りにくくて……」
虚華が遠慮気味にそう言うと、依音は不思議そうな顔をしながら、ドアノブを捻り中に入る。
焦った虚華が「待って」という間もなく入った依音を追いかけて中に入ると、そこには立ったまま硬直している依音がベッドの方を見ている。
虚華も合わせて視線を移すと、そこには静かに寝息を立てている玄緋綿罪と、疚罪。そしてその隣で上半身裸でポージングをしていた【蝗害】のリーダーである夜桜透が居た。
あんな物を見せられたら依音が立ったまま失神するのも頷ける。
虚華が頭を抱えながら、ため息をつくと、ポージングをしていた透がようやくこちらに気づく。
「やぁ、「愛しい君」おかえり」
「おかえりじゃないよ……、なんでまだ此処に居るのさ?」
虚華はテーブルの上に今日買ったものの入った袋をドサッとテーブルの上に乱雑に置く。
中身は依音と一緒に食べようと思っていた昼ご飯や、露店に売っていた興味深い物が数点だ。
いそいそと服を着ている透を無視して、虚華が失神したままの依音を椅子へと座らせると、着替え終わった透も反対側の椅子に座った。
椅子に座ってもなお、失神したままの依音に配慮してか、透はまだ何も言葉を交わそうとしない。
視線を見るに、恐らくは依音のことが気になっているのだろうか。
「そちらの子は……多分だけど、出灰さん……であってたかな」
「そっか、依音も琴理と一緒に居たから知ってるよね。そだよ、この子は依音、今はイズって名乗ってるけど」
ふぅん、と透は小さく呟く。依音の頭から爪先まで舐めるように見ているが、恐らくは性的に見ていないのだろうと虚華は察する。何せ、彼の中では自分を含めて二例目だ。気にもなるだろう。
いい加減、腹の虫が暴れ始めている虚華は、いち早く依音を起こして食事を取りたいのだが、どうにもそういう訳には行きそうにもない。
依音を見終えた透は、再び虚華へと視線を戻す。分かりやすい男だなぁと虚華が苦笑していると、透が口を開く。
「これは僕の推測だが、彼女は君と同じかい?」
「……どうしてそう思うの?」
虚華の言葉に、透は不思議そうな顔をしながら首を傾げる。
この世界の依音と今、目の前にいる依音は年齢で言うと四つの差がある。それだけの年月の差は、若い頃であれば如実だ。有り体に言えば身長や体型の差が凄まじい。
身長を縮める薬や魔術も、探せばあるのかも知れないが、そんな物を使ってまで虚華と行動をともにする理由も、フィーアの依音には無い。
だからこそ、虚華の質問は愚問と言っても差し支えない。聞くまでもないのだ、本来は。
「簡単な話さ、君は出灰依音や葵琴理──いや、「こっちの世界の君の知り合い」と二人きりで行動する程、仲良くはなっていないと思ってね。一方で、先程の君の動きは随分と親しい者のする動きだ」
「……どの動きのことを言ってるの?」
「自覚がないのかい?普通、失神してる子を抱き抱えて、椅子に座らせることなんてしないよ?」
「いや、私ならするけど?」
虚華が食い気味に透の言葉を否定すると、透はふっと鼻で笑う。
「僕の知っている君なら、きっと出灰依音が同じ状況に陥っていても、何食わぬ顔で自分だけ椅子に座っていたと思うよ」
「そうかなぁ……、うーん、どうだろ?」
虚華は曖昧な返事をしていたが、頭の中で出灰依音がイズの様な状況になっていても、確かに放置するような気がしてならなかった。容易に想像がつく。
が、それが透にバレると面倒なことになるので、黙ったまま、話を続ける。
「君もそろそろ分かってきただろう?」
「……?何を?」
虚華が不思議そうな顔でそう答えると、透はずいっと虚華に顔を近づける。
あまりに近づかれたせいで、虚華は後ろに仰け反ってしまい、椅子から転げ落ちる。
虚華の状態は透から見れば、足だけ椅子からはみ出ている情けないポーズに見えるだろう。相当滑稽な形に写っているのに、透は笑い声一つも上げずに、再び椅子に腰掛ける。
「僕は結白虚華の事は好きじゃないんだ。でも「愛しい君」、君の事は好きだ。それと同じように、君も結白虚華と邂逅して気づいただろう?仮に同一人物だったとしても、それは君であって君じゃない。違う存在なんだって」
「…………………………………………」
虚華は言葉を返しこそしないが、本心では気づいていた。
この世界の虚華は、人間以外の種族を非人と蔑み、自身の父親が統治していた領域内から追い出すような施策を執り行っていた。
同じ人間だったとしても育ちが違えば、その人間の姿は如何程にも変わりゆく。
依音や琴理、透だって、虚華程の違いはなくとも、ある程度の違いはあった。嫌悪こそしなくとも、彼女達に自分と死地を潜った経験もなく、記憶もない。
虚華もそんな彼女達と最初は共存しようとしたのだ。
けれど、その考えが間違っていると教えたのは、皮肉なことか、この世界の依音だった。
依音が雪奈の命を奪い、フィーアの雪奈を蘇生させようとした時に、虚華は気づいたのだ。
──コイツらを殺しててでも、自分と旅をした仲間を取り戻すべきなのだと。
今、目の前に居る透がそう諭そうとしているが、そんな事、既に分かり切っている。
どうするのが正解なのだろうか、ひっくり返ったまま虚華が考えていると、隣の椅子から体を伸ばした時に出す、特徴的な声が聞こえてくる。
「そうね。私は少し前に、結白家のご令嬢と出会ったけれど、戦い方から考え方まで、何から何まで違ったわ。あそこまで来ると別人と考えてもいいでしょうね」
「い、いや私はそんな大層な人間じゃ……」
虚華が遠慮気味で反論すると、虚華の見えないテーブル側で二人が急に立ち上がる音が聞こえた。
嫌な予感がするなぁと、姿勢を戻さずに、様子を窺っていると、透が大きい声をあげる。
「そうだろう!?そんな中に現れたのが「愛しい君」なんだ、彼女はね、本当に戦い方から何まで美しいんだ。誰にでも優しく接しているし、困っている人が居れば助けることも多い。旅している理由も宛ら、この世界で仲間を探すために区域間を移動したりしているのは本当に大変なのに」
「そうなのよ。本当にそう。気が乗らないとかいいながら、しれっと人に見えない所で物凄い努力をしているの。銃だけで戦うのは良くないからって、今まで殆ど使えなかった魔術の練習をずっとやってきたお陰で少しずつだけど使えるようになってきているし、数をこなせば扱える魔術もきっと私なんかより増えていくわ。本当に才能もそうだけど、努力の天才なの、まじすげーなのよ」
まじすげーなのよ、なんて言葉を初めて聞いた虚華は虚ろな目で虚華を褒める言葉が音速で流れてくることに耐えきれずに、視線を彷徨わせていると、ベッドの方から視線を感じた。
視線をベッドの方に移すと、そこには先程まで眠っていた疚罪と、綿罪が目を擦り、虚華の方を見ていた。
何してんねん、あんたって顔でこちらを見ている視線で初めて、虚華が椅子から転げ落ちてひっくり返ったままだったことに気づき、いそいそと起き上がる。
「ねぇ、ホロウちゃん、これどういう状況なん?」
「ワイらが寝とる間に何があったらこうなんねん……」
虚華がベッドの方に移動し、玄緋兄弟と会話をしている今も、依音と透のやり取りは終わらない。
状況をある程度虚華が説明し終えると、兄弟二人はなんとも言えない顔をしていた。
綿罪は髪を纏め上げているせいで、普段より表情がよく見えるのだが、唇も目も直線の棒一本みたいになっており、この状況を何とかしてくれる訳ではないようだ。
未だにテーブルの方では虚華のことを褒め称えているであろう言葉が飛び交っているが、そろそろ心のノイズキャンセリングが効いてきたのか、虚華の耳には届かない様になってきた。
虚ろな目で虚華は、虚無僧の様な表情の綿罪に尋ねた。
「まぁ色々ありまして……そういう君らも、なんでまだ此処に居るのさ……」
「うちらは寝とっただけやけど、あの人は君が帰ってくるの、待ってたらしいで」
虚華はそっかぁ、と小さく言葉を溢すと、お茶を五人分淹れ、玄緋兄弟と自分の分を確保して、残りは依音と透にある程度の温度まで冷ましてからぶっかけてやった。
余計にヒートアップしたので、暫くの間、疚罪と綿罪の三人で雑談することにした。




