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【X】#13 地下に降り注ぐ無数の星々


 すっかり血の匂いがしなくなった【蝗害】の元アジトに、虚華と依音は悪魔と天使達が去った後も、しばらくは動けずに居た。

 生きた心地がしなかったのだ。人間を辞めた者は知り合いに何人か居るが、天使や悪魔が別格であることは頭ではなく、身体で理解させられた気がしてならない。

 依音が未だに動けずにいるのを見た虚華は、ソファから立ち上がり、綺麗になった床を指でなぞる。


 「……あの竜徒(ドラゴニア)、戦いよりも掃除のほうが向いてるかも知れないね」

 「…………………………………………」


 虚華の言葉に依音は何の反応を示さなかった。虚華は依音の方を向き、依音をそっと抱き締める。

 こんなものに効果があるとは思えなかったが、それでも自分がしたいと思ったのだ。

 自分よりも小さい、小さくなってしまった身体が虚華の身体の内側で震えているのを感じた。


 「……ごめんね、また私のせいで怖い思いをさせて」

 「虚は悪くないわ、悪いのは何も出来なかった私だもの」


 そんな事はないと、虚華は否定しようとしたが、口を閉ざす。

 現に依音は虚華の知らない魔術で、蜜柑や竜徒を圧倒していたのだ。本来であれば、あの時点で勝負は決していた。その後の出来事は全て異常事態(イレギュラー)

 それに虚華も、渾身の一撃を放った後もあの天使はケロッとしていた。その時点で我々に勝ち目はなかった。目的も果たせずに無様に敗走する他無かった。あの結末はシンプルに運が良かっただけだ。

 そういった意味ではあの天使達に感謝しなければならないのかも知れないが。

 虚華の胸の中で啜り泣く声が聞こえると同時に、虚華は抱き締める力を少しだけ強める。


 ──そうすれば、彼女の涙する姿を誰も見れない筈だから。


 虚華に強く抱き締められていた依音は、小さい呻き声をあげると虚華の腕からそっと抜け出す。

 表情ではぷんすかと可愛らしく怒りを表現している依音も、声色は穏やかそのものだ。

 

 「痛いわ、虚。貴方、力の下限をしないと私が潰れちゃうわ」

 「ご、ごめんっ。潰すつもりはなかったんだけど……」


 虚華が申し訳無さそうにオドオドしていると、依音は優しい笑みで小さく吐息を漏らす。


 「えぇ、私の為にそうしたのよね。大方泣いてる姿を見えないようにってとこかしら?」

 「……さぁね」


 依音の恐怖心が和らいだのを確認すると、虚華は再度ソファに座る。

 分からないことが沢山あり、知りたいことも多いが、先に依音と情報共有するべきだろう。

 虚華がどう話を切り出そうか考えてこんでいたら、先に依音が口を開く。


 「あの魔術が何だったのか、知りたいって顔してる。違う?」

 

 思わず図星を突かれた虚華は顔に出してしまう。虚華の顔を見た依音はふふっと笑みを溢す。


 「当たってそう、本当に虚って分かりやすいわね。そういう所は昔のままね」

 「む〜。でも驚いたのは本当だよ?まるで……」


 虚華がその言葉の続きを話そうとした所で、依音が言葉を遮るように口を挟む。


 「七つの罪源達に纏わり付く災禍みたい、でしょう?」

 「う、うん。本能的に相手に恐怖心を抱かせ、その恐怖心を極限まで増幅させるのはパンドラさんの災禍そのものだと思った。……まさかあれって」


 依音は首を横に振り、虚華の考えを否定する。パンドラから貰った銃を撫で、依音は目を閉じる。 

 

 「あの魔術は災禍を再現するべく私が編み出した物。けど、本物とは性質も次元も違うわ。彼女達の物は制御も効かないし、本人の意志関係なく無差別に振りまかれている。あんなの魔術じゃない。それこそ「呪い」って言っても過言じゃないもの」

 「呪いって、呪属性の魔術って訳でもないんだよね?」


 「そう。呪属性の魔術とは別だからね。呪術は人の負の感情やそういった良くない物を利用した物よ。詠唱も必要ないものが多いし、どちらかと言われたら事前準備がそれに当たるのかもね」


 まぁ、門外漢だからなんとも言えないけど、と依音は言葉を付け足すと悲しげな表情で虚華を見る。


 「だから、私にはあの人達の災禍を取り除くことは出来ないわ。あくまで再現しただけだから」

 「……そっか、でも凄いよね、あの魔術。そこら辺の人や魔物ならあれで一撃じゃない?」


 「そうも行かないわ、魔力の消耗が著しいもの。有象無象に使って良いものじゃないわ」

 「確かに、あんな物を広範囲で使用したら凄い魔力が要るもんね……」


 聞きたいことをある程度聞いた後は、依音が落ち着くまで暫くの間談笑していた。

 此処最近はあまりゆっくり話せる機会もなく、依音と一緒に過ごせる時間も少なかったのだ。

 満足行くまで話した依音はブラゥを周りたいと言うので、虚華は透達の元へ向かう途中であちこちを回ることにした。



 _______________



 「緋色の烏」と【蝗害】の面々が水面下で諍いを起こしていたというのに、ブラゥは平和そのものだ。

 蒼の区域を名乗るだけのことはあるのか、海産物や白の区域では見ることのなかった食材が市場に沢山並んでいる。

 依音が色々物色している間にも、虚華は通行人や行商人の話に聞き耳を立てる。

 虚華の本来の目的は葵琴理の処刑の回避、そして琴理の身体の確保なのだ。その為に蒼の区域での協力者として【蝗害】の面々と協力関係を結んではいるが、正直を言うと他にも知り合いを作っておきたい。

 そう思った虚華は、探索者ギルドや酒場で機を狙って話しかけてはいるが、どうにもうまく行かない。

 なので最近は諦め気味ではあるのだが、情報収集は欠かさず行っている。

 依音がアクセサリーの屋台を見ている中、隣の屋台で食事を取っている探索者数人の話がふと耳に入った。


 『今日は下で星が降り注ぐらしいぜ』

 『下ってなんだよ?』


 『何だよお前、行ったこと無いのか?中央管理局の監視の目が行き届いてないアングラな場所がブラゥの地下に広がってんだよ。現地民なら皆知ってるぜ。まぁ、入る場所も隠されているし、合言葉や許可証がないと入れないかなり厳重に管理されてる場所らしいからオレも入ったことはないんだけど。まぁ所詮は都市伝説だな』

 『んだよ、都市伝説かよ。でもお前やけに詳しいな』


 『ついこの間酒場で酔ったやつがそんな事を言ってたんだ。夢物語を聞くの、割と嫌いじゃないから聞き入っちまってな』

 『俺はそんな夢物語じゃなくて儲け話が聞きたいね』


 『『ガハハ!!!』』


 虚華が探索者の話に聞き入っていると、服の袖を誰かに引っ張られる。

 振り返ると、随分と不機嫌そうな依音がこちらを睨んでいた。まずい、これは非常にまずい。

 こうなってしまった依音は年相応に拗ねるのだ。最終的にはパンドラや禍津などに話が広がって聞きたくもないお説教が始める可能性が非常に高い。

 何度も経験している地獄に身震いしながら、虚華は引き攣った笑みで依音の言葉に耳を傾ける。


 「えと、どうしたの?」

 「だから、さっきから聞いているじゃない。これとこれ、どっちが良いかしら?」


 依音から提示されているのはターコイズブルーの宝石が散りばめられたネックレスと、ピンク色の宝石が小さく輝くブレスレットだった。

 虚華の好みはターコイズブルーの宝石だが、今回に限ってはピンク色の宝石がどうにも気になった。

 ピンク色の中にオレンジや赤といった色が複雑に絡み合って出来たその色合いに虚華は目を引き寄せられたからだ。

 虚華は正直に退屈そうに本を読んでいた店主に尋ねた。

 

 「店主さん、この宝石は何て言うんですか?」

 「あ?あぁ、何だったかなぁ?おじさん、石には詳しくないからなぁ〜」


 なんともやる気のない返答に、苛立ちを覚えた虚華がその感情を顔に出しそうになっていると、横から何者かがブレスレットを虚華の手からひょいと取り上げる。

 虚華が取られた宝石の方に目を向けると、そこには薄紫の髪と白髪が混ざりあった美しい男性が宝石をじぃっと見つめていた。

 髪色と似たコートを肩に掛け、モノクルを掛けているその男性は若者にはない色香を漂わせている。

 

 「これは、パピヨンサファイアと言ってね、とても希少な宝石なんだ。この色のサファイアにだけ許された名前のものだ。こんな物が場末の露天にあるなんて素晴らしいものを見つけたね、君は」

 

 落ち着いた声色でそう言った男性は、露天商に微笑みかける。

 宝石を太陽に翳し、その輝きを堪能したのか、取り上げられたブレスレットは虚華の手に返される。

 

 「あ、ありがとうございます。貴方は?」

 「私かい?セレスティアル、セレスティアル・オロバスだ。ただのしがない老骨だ」

 

 「私はホロウ・ブランシュです。確かに綺麗だとは思っていましたが、そんなに希少な物なんですね。じゃあこっちにしようかな」

 「ふふっ、ホロウったら本当に現金ね、まぁ良いわ。店主、これくださるかしら?」


 依音が店主にブレスレットを手渡すと、店主はセレスティアルがしたように太陽に宝石をかざすと、大げさに驚いたように見せた。


 「おぉ、これは本当にいい商品だ。済まないな嬢ちゃん、値段をつけ間違えたようだ。こいつの値段は金貨二枚だ。構わないだろう?それほど貴重な品なんだ」

 「……は?私は銀貨二枚の値札を見て、それに決めたのよ?後出しでそんな事を言うのはどうかしているわ」


 露天商は、依音の反論を聞いても鼻で笑い飛ばし、禄に耳を貸そうとしない。

 虚華もなにか言ってやろうと食って掛かろうとしたが、セレスティアルに止められる。

 己の唇に人差し指を添え、此処は私に任せてくれと耳打ちされると、虚華は何も言わずに一歩下がる。


 「なぁ、あんた。人の匙加減に合わせて値段を変えるとは恥ずかしい奴だな」

 「何とでも言え。俺はこの商品にそれだけの価値を見出したんだ」


 随分と偉そうな態度を崩そうともしない露天商に対し、セレスティアルは困った顔をする。


 「ブランシュさん、困ったね。この店主は私のジョークを真に受けてしまった。ただの贋作に対して金貨二枚も付ける男にはもう誰も買い物なんてしないと思わないかい?」


 そうだろう?とセレスティアルに話を振られた虚華は、目をパチクリと見開き、瞬きしていたが、話を合わせる必要があると感じ、即興で言葉を紡ぐことにした。

 

 「そうですね……もしかしたら他の宝石達も、店主がそう思っているだけで、偽物を高価格で売りつけている可能性だって高いですもんね……私達はその綺麗なガラスが嵌め込まれたブレスレットを銀貨二枚で買いたいと思っていたのですが、店主さんがそれほどの値段をつけるなら仕方ありません。今回は見送りましょう」

 「なっ……、お前ら嘘をついたっていうのか!?」


 「嘘を付いたなどと、聞こえの悪い。“そういう可能性のあるものだと言ったに過ぎない”。パピヨンサファイアを模したものにしてはいい出来だったからね」

 「えぇ、私達探索者には本物を身に着ける程の余裕はありませんが、これならばと思ったのですが……」


 虚華の言葉を聞いた周囲の群衆からも、どよめきの声が広がる。

 それらの声がどんどんと店主の顔色を真っ青に変えていく、虚華達が去ろうとした時には、露天商は必死の形相で虚華達を呼び止める。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 「なんでしょうか?」


 虚華達が振り返ると、露天商は露骨に悔しそうな表情を見せる。

 未だに拭いきれていないそのプライドの高さがどうにも鼻に付くと思いながら、虚華は露天商の言葉に耳を傾ける。


 「銀貨二枚でいい!値段は俺の勘違いだった!だから、今の話はなかったことにしてくれ!」

 「……どうする?依音」


 虚華は依音の方を見るも、その表情は随分と愉快なものだった。

 店主に見えない角度では両者、満面の笑みなのだ。

 大根役者と言われてもおかしくない演技の下手さでも状況が状況であれば、効果は覿面なことを学んだ虚華は、表情を依音と共に真剣なものに戻すと、露天商の方を見る。


 「店主がそう言っているのだし、買わせて貰うわ。ありがとう」

 「……またのお越しを……」


 悔しそうな声で見送りの言葉を送る露天商の言葉を浴びて、虚華達は露天から離れていった。

 その後に知ったのだが、彼のお店は基本的に贋作しか並べていなかったらしく、唯一の本物だったそのブレスレットも偽物だと思っていたらしい。

 そんな事は露知らず、依音と虚華の腕には、お揃いのピンク色のサファイアがはめ込まれたブレスレットが付けられている。




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