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【X】#12 機械仕掛けの審判は、残酷に下される


 ガギン!と虚華の放った弾丸は生き物の身体に着弾したにしては硬い音を鳴らす。

 虚華がイスラの身体を見ると、撃った部分だけ真っ白だった柔肌が冷たい鈍色の色味に変色していた。

 よくよく見てみると、彼女の傷ついた部分には、生物の身体には本来無い筈の導線やパーツが散りばめられていた。

 虚華はようやく理解する、彼女は機械系統の種族であると。

 撃った部分以外は完全に人間と同じ質感の皮膚を持ち、純白の天使の羽はそこらにいる白鳥よりも綺麗だ。だが、彼女は生物ではない、もしくは……。

 イスラの反応を見ても、痛がっている様子もなく、ダメージを受けている印象はない。

 

 (これは……)


 なんだか嫌な予感がした虚華は、急いでイスラから距離を置く。相も変わらずあの天使は撃たれた場所をまるで、砂埃を払ったかのような仕草を見せる。

 アズラも仲間が急所を撃たれたにも関わらず、気味の悪いニヤケ面のまま、こちらの様子を伺っている。

 状況が理解出来ずにいる虚華は天使と悪魔の二人に注意しながら、「欺瞞」のマガジンを確認する。

 

 (込められた弾丸は最高威力の実弾、しかもちゃんと一発撃ち込まれてる)


 あの至近距離から急所を撃たれれば、仮に機械であったとしても、それなりにはダメージが行くはずだ。

 しかし、アスラは何でもないかのようにしている。まさか、銃撃が効かないのか?

 実弾入のマガジンを一度外し、ゴム弾のマガジンを装填する。実弾が効かないのならば、次は「虚飾」の魔弾で攻めるしかない。

 こちらも様子を窺っていることに痺れを切らしたのか、心臓部分を露出させているアスラが、涼しい顔で告げる。


 「もう来ないのですか?先程、金属を高速射出することで殺傷性を高めた武具で攻撃してこないのでしょうか?あんな物を見たのは初めてです。是非とも持ち帰りたいのですが……」

 「あげるわけ無いでしょ!それよりも貴方は何なの!何者なの!?」


 イスラは目を瞑り、涼しい顔のまま、困惑した表情を表現する。

 未だに火薬の匂いが充満する部屋の中で、虚華は再度「欺瞞」の銃口をイスラに向け、声を荒げた。


 「名乗りもしない者に名乗る名などありませんが、そうですね。その稀有な武器を見せてくれたお礼ということで先に名乗りましょうか」


 イスラは純白の羽根を大きく広げ、スカートの裾を掴み、丁寧な礼をする。


 「初めてまして、名も知らぬ襲撃者様。私は緋色の烏「信仰部隊」所属のヴィワーレ・フィ・フォン・イスラフィールと申します。長いのでイスラとお呼び下さい。こちらの悪鬼はエリディアル・ルレ・フィレーラ・アズライール、こちらも長いのでアズラと呼べばいいでしょう」


 白髪の悪魔であるアズラは、勝手に自己紹介をした黒髪の天使ことイスラに今にも掴みかかろうとしている。

 目前に敵がいるのによくもまぁそんなに悠長にしていられるなぁと虚華達は二人のやり取りを見守る。

 

 「おい!勝手にオレの名前まで明かすなよ!てめぇらも名乗れ!じゃねぇと名乗り損だろうが!」


 何故かアズラの怒りがこちらにまで飛び火してしまった。なんだか、もう戦う気も削がれてしまったが、どうして名乗った相手からキレられるのだろうか。

 虚華も未だに知らない世界が沢山あると、謎の関心を抱き、アズラの怒りを一身に受ける。

 とても戦場で考えることではないと心の中で苦笑すると、虚華はイスラに習い、彼女らを警戒しながら簡単に礼をする。

 

 「私はヴァール、そしてこちらがイズよ。……これでいいかしら?」


 虚華の後ろで依音がイズです、と小さく会釈するとイスラはうんうんと首を二回、縦に振る。

 先程よりも、イスラの顔はにこやかになった気がする。

 ……恐らくこうやって戦意を削いで油断させた後に命を奪うのが彼女のやり口と見た。なるほど自称正義の存在はどこの世界でもやることが同じなのだろう。

 虚華がイスラ達がどう攻めてくるのかを見逃さぬように、じぃっと見つめているとイスラがふっと横を向く。


 「あの……ヴァール殿、熱い眼差しを向けるのは程々にして頂けますでしょうか?照れます」

 「そういう視線じゃない!照れられても困るから!!」


 虚華が天然ボケをかますイスラに突っ込んでいる中、残されたアズラと依音も武装を解除することなく、二人を待っている間に会話をしていた。

 気まずそうにしていたが、堰を切ったのはアズラの方だった。

 

 「おぃ、そこのちんまいの」

 「誰がちんまいよ、ちゃんとイズって名前で呼びなさい。ねぇ?ア・レ・レさん?」


 対応に困っていた虚華が視線で助けを訴えている中、依音は依音で高圧的に接してくるアズラの対応に追われている。

 いきなり依音が気にしている身長を弄られ、ついカッとなって適当な略称をアズラに付けると、アズラの方も青筋を浮かべて表情を歪め始めた。

 アズラは大鎌を背に帯刀し、それに習って依音も魔導杖を腰に装着している鞘に収め、双方距離を詰める。

 戦う気はないのに両者、臨戦態勢だ。今にも争いが起きかねない。

 

 「あぁ?だぁれがアレレだぁ?てめぇ、オレの地雷を一発で踏み抜くとかやるじゃねぇか。その感じだとあそこに居る狙撃手の地雷もずっと踏み抜いてんだろうなぁ?」

 「……そうなのかしら。やっぱり私にも至らない所が……」


 いきなりシュンとした依音を前にアズラはオロオロとする。端から見れば大人気ない発言で子供を悲しませたようにしか見えない。

 アズラが恐る恐る虚華達の方を見ると、虚華達が「それはないわ」と言わんばかりの表情で内緒話をしている。

 カチンと来たアズラは落ち込んでいる依音をひとまず置いておいて、少し離れた場所でひそひそ話をしているイスラの頭頂部に強烈な拳骨を御見舞する。

 

 「狙撃手は……まぁ良い。ともかくお前も座れ。話、しようぜ?あんだろ?」

 「……そうだね。分かった」 

 

 虚華は思い切り睨まれたが、どうやら制裁は免れたようだ。

 アズラは依音を慰めろと、虚華に一言告げると、重い一撃を受けたイスラを乱雑に放り投げて、アズラの隣に座らせる。

 なんだかんだで彼女らと戦わずに会話だけでやり過ごしているが、虚華は生唾を飲み込む。

 

 (さてどうしたものか。この二人に勝てる自身がない)

 

 虚華は敢えて彼女達には何もしない。もう身体が理解している。

 にこやかな笑みで本音をひた隠しにする虚華は、アズラに促されるまま、席につく。


 (この二人と戦うのは避けた方が良い。やはり依音と一緒に行動したのは過ちだった)


 未だに痙攣しながら床に這いつくばっている蜜柑を見るも、呪いの効果でかなり弱っているようだ。

 こいつさえ殺してしまえば、後は安全にこの場を脱せれば良い。だが、それを天使と悪魔は許してくれるだろうか。

 既に他三人は着席している。虚華も席に座らねば。

 舌戦するつもりはない、勝てぬ戦に挑み、仲間を失うのはもう御免だ。



 ____________________



 「それで、狙撃手と魔術師。てめぇらの目的は何だ?」

 「そこの女の始末、それだけよ」


 完全に機能を麻痺させているイスラはアズラの肩に頭を預け、微動だにしない。

 交渉や話し合いは依音とアズラの二人が担当している。この場で虚華が出来ることは、依音の発動させた魔術による擬似的な災禍効果が切れていないかを監視することにある。

 依音は一つ魔術を展開したまま、話し合いを開始しているため、体力や魔力の消耗が激しいにも関わらず、おくびにも出さずに毅然とした態度でアズラとやり取りを続けている。


 「何で殺す必要がある?確かに言動も見た目も喧しい女だが、殺す理由があるんだろうな?」

 「私達は【蝗害】の主と親しい関係にある。これで理解出来るかしら?」


 「【蝗害】?だぁ?……ふむ、どこかで聞いた気がすんな。さて何処だったっけな」

 「この場所が【蝗害】の元アジトであり、その組織の元リーダーが、そこで芋虫状態になってる宵紫殿なんですよ、アズラ」


 先程までショートしていたイスラがアズラの肩に凭れ掛かったまま、そう言うとアズラは鬱陶しそうに肩を動かして自立を促す。

 イスラは若干不満そうだったが、仕方ありませんねと呟くと言葉を続ける。


 「そしてイズ殿が言う【蝗害】の現リーダーは夜桜透殿。宵紫殿が抜けた【蝗害】を再編成し、健全な組織へと浄化させました。ですが彼は……」

 「あぁ、あいつがタマ張ってんのか。心臓にヰデルぶっ刺して人間やめた奴だろ?オレでも知ってる有名人様だ。それとこのヤバヤバ女がどー関係があんだ?もう辞めたんだろ?」


 アズラが腕を組んで考え込んでいると、イスラは遮られた言葉の続きを綴るように語る。


 「本当に貴方という悪魔は……、宵紫殿は夜桜殿によって強制的に彼女の派閥ごと【蝗害】から追放されています。その御礼参りをしていることはご存知ではないですよね」

 「確かに知らんが、そう断言されるとカチンと来るな……。御礼参りっつーと……そのヤバヤバ女がヤバヤバ男を執拗に攻撃してるって事だよな?あー……」


 どうやらアズラも状況を理解したようだった。そりゃあ仕方ないわなと頭をポリポリと掻き、なんとも言えない微妙な表情で虚華達を見る。

 未だに三人の呻き声が部屋中に木霊して煩いのだが、アズラがギロリと蜜柑を睨むと、急に静寂が部屋の中に満たされる。


 「恐らく二人は「緋色の烏」に敵対している訳ではなく、宵紫殿を仇討ちとして討伐しに来た者だと思われます。宵紫殿はかなりの重症を負っていましたが、お二方が負わせたもので間違いはないでしょうか?」

 「そうね、私達との戦闘で負った傷を此処まで逃げ延びて癒やしてたから、追いかけてきた。その認識で間違いないわ。……それで簡潔に聞きたいのだけれど。貴方達は私達が宵紫蜜柑を殺すことを許してくれるのかしら?」

 

 イスラ達は互いを見やると、すぐに依音に視線を戻す。互いを見ていた時間はそう長くない。

 虚華が静かに彼女らのやり取りを見守っていると、イスラから出た言葉は意外な物だった。


 「まずは、そこで転がっている被告側の話を聞いてからでも良いでしょうか?心配せずとも私達は貴方方を害することはありません」

 「え、えぇ。構わないけれど」


 依音は指をパチンと鳴らすと、先程まで降っていた灰色の雪を消滅させる。

 擬似的に災禍を生み出していた物が消えてなくなると、それに蝕まれていた者らが再び動き出すのは自明の理だろう。

 案の定、蜜柑は立ち上がるや否や、拳に刺突剣を括り付け、依音へと猛スピードで突進していく。

 目は充血した上で血走っており、殺意が全身から溢れ出してる蜜柑を前に、依音は恐怖で足が竦んだせいか、椅子から立ち上がることも叶わずにただ蜜柑の突進を涙目で見守っていた。

 すかさず虚華が二人の間に割り込み、銃口を蜜柑に突き付けるも脇目も振らずにこちらに向かってくる。

 まるで死など怖くない様な立ち回りに、虚華は引き金をいつでも引けるようにしていた。

 そんな状況を変えたのは、虚華と同タイミングで立ち上がったイスラだった。

 何かを掴むように、イスラが己の胸の前につき出した手を握り締める。


 「──────────────────」

 「!?イスラ様!?それは仲間である私にするものではありませんわぁ!どうか!あの忌まわしき夜桜の同胞の命を奪うことをお許しくださいませぇ!何卒、何卒!」


 蜜柑は虚華に拳を振りかざす一歩手前でピタリと動きを止めている。

 必死に抗っているようだが、びくともしない。虚華がおずおずとイスラの方を見ると、イスラは虚華に頭を下げ、謝罪の意を示す。


 「宵紫殿が失礼致しました。まだ彼女は自分の置かれている立ち位置を理解していないようです。宵紫殿、貴方は夜桜殿やヴァール殿、イズ殿に対し、私利私欲で攻撃していることは間違いありませんか?」

 「イスラ様!違うのです!話を聞いてくださいませ!そうすれば私の考えも分かる筈です!」


 蜜柑の必死の訴えにイスラは耳を貸さずに、両手を合わせ神に祈るような仕草を見せる。

 その仕草を見た蜜柑はみるみると顔を真っ青にし、何かを訴えかけているが、最早彼女の言葉はイスラの耳には届かないようになってしまっているようだ。

 

 「私の質問に答えられない時点で、貴方の罪は確定しました。ならば、罪の使徒たる私が貴方を裁くのもまた真理でしょう。イズ殿、仇討ちは果たせなくなりますが……、彼女の命を私が奪っても宜しいでしょうか?」

 「え、えぇ。構わないけれど……良いの?私が言うのも何だけど、貴方達は仲間なんでしょう?」


 依音が首を縦に振った瞬間に、イスラは胸の前で組んだ両手を一度、頭上に上げ、そのまま振り下ろす。その後、胸の辺りに手を戻し、強く両手を握りしめた。

 怯え切った表情の蜜柑の身体はイスラの祈る仕草に呼応して、天井近くまで持ち上げられると、勢い良く地面に叩きつけられる。

 数メートル上から凄まじい速度で叩きつけられた蜜柑は既に息絶え絶えだったが、その後全方向から強烈な圧力が全身に掛けられ、血飛沫を上げながら爆散していった。

 蜜柑が弾けた際にイスラの頬に血が一滴付着したが、祈り終えたイスラが親指で乱雑に拭い去り、依音の方向を向く。


 「仲間ではありませんよ。信仰対象と信徒に過ぎませんから。此度は我が信徒が迷惑を掛けました。これで貴殿らは我々「緋色の烏」に噛みつく理由はなくなりましたね?」

 「そ、そうね。これで【蝗害】に平穏が齎されるなら」


 「約束しましょう。私達は理由もなく貴殿らを害することはありません。……些か罪人の血が匂いますね。そこの二人、この場を掃除した後に本拠地まで出頭なさい。記憶処理だけで今回は済ませましょう」


 蜜柑と同時に災禍から解放されたクロウと盗賊職の男は何も言わずにただイスラに対して最敬礼をすると、そそくさと爆散した蜜柑を片付け始めた。

 あまりの異様な光景に虚華達が目を奪われていると、アズラがケケケと如何にもな笑い声を上げる。


 「恐ろしいよなぁ、天使って。機械仕掛けの天使(マキナ)を敵に回すのは止めといたほうが良いぜ。これはオレ様からのアドバイスだ。おら、イスラ。もう此処には用はねぇだろ、さっさと報告して帰ろうぜ」

 「そうですね、宵紫蜜柑は【蝗害】との軋轢により、既に息絶え、残る二名もそのショックで心神喪失状態。記憶処理にして再度復帰させることにする、とでも報告すれば良いでしょう。それではヴァール殿、イズ殿。これで失礼しますね」


 掃除を終えたクロウ達を回収し、イスラ達は魔術詠唱にて転送していった。

 行き先など追う気にもなれず、ただただ綺麗にされた元アジトに残された虚華達は、少しの間何も出来ずに立ち尽くすことしか出来なかった。 

 

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