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【X】#7 禁忌は嗤い、寂寞は涙を流す



 「それで?何か弁明はあるかの?「寂寞」ではなく「大食漢」って呼称しても良いのだぞ?」


 満面の笑みでパンドラは床に正座している「カサンドラ」を見下ろす。パンドラは激怒とまでは行かないが、それなりの怒りを腹に据えながら、今も空腹でよだれを垂らしている女を叱ろうとしている。

 竜徒──クロウと宵紫蜜柑が【蝗害】のアジトから撤退した後、虚華と「カサンドラ」は一度、歪曲の館へと帰還していた。

 というのも、「カサンドラ」が放った一言がどうやら虚華の心にクリーンヒットしたらしく、部屋に籠もってしまった。

 見兼ねたパンドラは何度か虚華の部屋の前まで赴いているのだが、声を掛けても「暫くそっとしておいて下さい」と言われて、追い返されてしまうのだ。

 なので、現在こうして犯人である「カサンドラ」を大広間に呼び出し、他の面々と共に尋問会議の形を取っている。


 素知らぬ顔をしていながら、取る必要のあるのか分からない議事録を取っている「禁忌」禍津。

 状況が理解出来ず、あわあわしながら、正座している「寂寞」を見る「虚飾」アラディア。

 何も言わず、椅子の上に胡座をかき、瞑想している「忘我」タナトス。

 彼らに加えて、今日の大広間にはもう一人、椅子に座る人物が居た。普段であれば虚華が座る場所に腰を掛け、一連のやり取りに見向きもせずに退屈そうに本を読んでいる。

 褐色の肌に変わった形の眼鏡を掛け、毒々しい色の髪を無造作に纏めている特徴的な彼女は本をパシャリと閉じると、パンドラに視線を向ける。


 「パンドラ。この一連のやり取りは私が見なければならない物なのか?観劇にしては些か稚拙が過ぎる」

 「や、アティスちゃん、流石に観劇と一緒にしちゃダメでしょ、キヒヒ」


 アラディアにアティスと呼ばれた褐色肌の女性は、指摘されたことに苛立ちを隠しもせずに眉を顰める。アティスは眼鏡の位置を指で直すと、ふぅっと小さく息を吐く。

 

 「「虚飾」殿、これはただの比喩だよ。私の時間もそう多くはないのでね、どうせ使うなら有意義なことに使えたらと思わないかい?」

 「あー、うん。そうだね、私が悪かったよ、キヒヒ。それにしても珍しいよね。アティスちゃんがこういった場に来るイメージなかったんだけど」

 「妾が呼んだのじゃ、議題が議題なのでな」


 コホンとパンドラが咳き込み、自身の方向へと視線を向けさせる。

 正座したまま頭を床へと付けたままの「カサンドラ」以外の「七つの罪源」はパンドラを見る。


 「まずは皆の参加に感謝する。「汚染」と「瑕疵」以外は大体参加してくれていたが、今回は「汚染」にも来て貰った。「汚染」、済まないの」

 「私の事をあまり「汚染」と呼ばないでくれるかい?過去の傷を抉られている気分になるからね。皆も私の事はアティスと呼んで貰いたい」


 眼鏡をクイッとさせたアティスは自分の言いたいことを言い終えると、手元に置いてあった本を開き、読書を再開したようだった。

 その様子を訝しげに見ていたタナトスが目配せでパンドラに意見すると、パンドラは手をヒラヒラと振る。


 「別に構わぬ。呼んだのは妾じゃ、意見や質問にさえ答えてくれればそれで良い。で、じゃ。そこの阿呆とホロウが蒼の区域ブラゥにて、「緋色の烏」の部隊長の一人と接敵したらしくての。今回は「緋色の烏」についての情報を共有しておく必要があると思い、面々を呼びつけたのじゃ」


 パンドラの言葉に、アティスが脱力気味に手を挙げ、パンドラが発言権をアティスに与えた。


 「私が呼ばれた理由は大体理解出来た。だが、その前に「ホロウ」とは誰の事だい?此処の面々にそんな名前や名称を有している者が居た記憶はないのだが」

 「「汚染」が今座っているその席に普段座っている者がおっての。そやつの名がホロウ・ブランシュ。「虚妄」と呼ばれておる子じゃ。ホロウが参加してもう少しで一年ほど経つが、一度も顔合わせしておらぬからな、貴様と「瑕疵」は」


 アティスはふむと、眼鏡の曇りを拭き取りながら、短い時間ではあるが、思案する。

 

 「そうか、それは知らなかった。私は基本自室から出ることは稀だからね。それで?知りたいのは大凡「緋色の烏」の事だろう?」

 「話が早くて助かるの。妾達も無論、最低限のこと程度は知っておるが、内部の事情までは知り得ないからの」

 「えっ、私、知らないんだけど。蒼の区域にそんな名前の連中なんて居たっけ?キヒヒ」 


 アラディアは中央管理局に囚われるまで──葵薺としての記憶をある程度有しているが、彼女が罪人になる前まで蒼の区域には「緋色の烏」は存在していなかったらしい。

 パンドラも、その組織については風のうわさで聞いた程度の物しか情報を有していない。

 ただ、彼女──アティスは知っている。彼女は赫の区域の出身なことは知っている。

 だから彼女を今日此処に呼んだのだ。普段は来たがらないが故に呼ぶこともないが、今日だけは来てもらわなければ困るから。


 「話せば長くなるがね。それでも構わないかい?」

 「無論じゃ。興味のない者は此処で切り上げてくれても良い。「忘我」、そなたは大分疲弊しておるようじゃな。大方、禍津の実験に付き合っているのじゃろう?下がって良いぞ」


 パンドラがタナトスにそう言うと、タナトスは一つ首を縦に振ると、大広間から退室していった。

 続いて、パンドラは禍津の方を見ると、視線があった禍津は首を横に振る。知識欲からなのか、面白そうな話題に聞こえたからなのか、タナトス同様疲弊している筈の彼は此処に残るそうだ。

 パンドラが小さく笑うと、床でダウンしていた筈の「カサンドラ」があのぉと小さい声で訴えかけてくる。


 「なんじゃ、阿呆」

 「「カサンドラ」もぉ、興味もないしぃ、お腹が空いたのでぇ〜」


 もじもじと指を捏ねながらそういう彼女はまるで空腹のあまり、食事を乞う子供のように見えた。

 頭を抱えながら、パンドラはピシャリと「カサンドラ」に言い放った。

 

 「空腹が辛いなら姿を変えれば良いではないか。あの姿では食欲など湧かぬじゃろう?」

 「だってぇ、あんなの「カサンドラ」であって「カサンドラ」じゃないしぃ」

 

 「カサンドラ」は駄々をこねているが、その裏でアティスが大分イライラしているのが目に見えて分かる。貧乏揺すりで床が空きそうな勢いだ。彼女は怒りが頂点に達すると髪の色が変色するのだが、毛先の色が既に変わりつつある辺り、そろそろ限界なのかも知れない。

 短気過ぎる眼鏡野郎に、思う所があるが、そういうのを我慢するのが自身の努めだと、自分に言い聞かせながら、自身の黒い銃を取り出す。

 何をされるのか察した「カサンドラ」は顔を真っ青にし、立ち上がろうとするも、長時間正座していたせいか、足が痺れて立てないようだった。


 「いやぁ……助けてぇ……」

 「どんだけ嫌がるのじゃ……別にルウィードに話聞いて貰うだけじゃ。お主は意識の底で寝とれ」


 足を引き摺りながら逃げようとする「カサンドラ」の頭部に銃口を突きつけ、パンドラは引き金を躊躇なく引く。

 ズダァンと実銃と同じ音が聞こえ、「カサンドラ」が地面に身体を投げ売った直後には、「カサンドラ」らしくない機敏な動きで立ち上がり、「カサンドラ」?はパンドラに一礼する。

 

 「「謝罪」「カサンドラ」がどうやら迷惑をお掛けしたようで」

 「構わぬ。さぁ、邪魔者も変わったことじゃし、アティス、「緋色の烏」について説明を頼めるかの?」


 パンドラがアティスに説明を促すと、アティスは何やら魔術を詠唱し始める。

 パンドラ以外の者は身構えたが、詠唱を聞いている感じだと他社を害するものではない事をパンドラは瞬時に理解した。アティスの魔術を警戒している各々に警戒態勢を解く様にパンドラは指示する。

 詠唱を終えたアティスが発動させたのは、どうやら浮遊するホワイトボードのようなものを生成するものだったようだ。

 見たこともなかった魔術に、パンドラはほうほうと目を輝かせながら、アティスの説明を待つ。

 

 「「緋色の烏」を說明する前に、まずは「赫の崩壊」についておさらいがてら説明しておこうかな」

 「「赫の崩壊」か、妾達が投獄されていた間──年数的に言えば四年程前じゃったか?」


 アティスはパンドラの言葉に首を縦に振り、話を続ける。


 「そう、パンドラの言うように四年前の冬頃、赫の区域は文字通り崩壊した。事の発端は赫の区域の管理部に所属していた緋浦白秋(ひうらはくしゅう)が突如失踪したことから始まった。その後、彼の妹に当たる緋浦雪奈が殺害された。その後も、どんどんと赫の区域の重鎮の親族が惨殺されていくことから、急激に区域内は混乱していった。そんな状況下で赫を支配しようと目論んだのが、今話に上がっている「緋色の烏」という組織だ」

 「ふむ……」


 パンドラが思案しながらの相槌を打つが、アティスはお構いなしに話を続ける。

 淡々と事実を語るその様は、まるで歴史の授業を聞いている気分だ。

 彼女の説明は非常に分かりやすい。ホワイトボードに書き込むその様は非常に手慣れており、部屋に引きこもっている者ではとても出来ない芸当に見える。

 

 「その後、彼らはあれよあれよと赫の上層部を殺して回り、最後の一人を狩り殺した後で赫の支配権を得たと声高らかに宣言した。その証として当時の区域長が住んでいた超高層の住居を破壊し、更地へと変えた。これを後に人は「赫の崩壊」と呼んだのさ。ただ、これら全ての行いが悪と断言出来るかと言われると、私個人は難しいと感じるがね」

 「キヒヒ、それはどうして?」


 「簡単な話さ。元々、赫の統治はお世辞にも高水準と呼べるものではなかったんだ。作物を育てるには些か難易度の高い土地に、魔物はそれなりに多い。人間や高温に耐性を持たない亜人が暮らすには様々な課題があったのにも関わらず、赫の区域長や側近達は中央管理局に胡麻をスることしか考えていなかった。だから昔から、赫に住まう者は不満を零す者が多かったんだ」

 「流石、昔は赫に住んでいただけのことはあるね、キヒヒヒ」


 アラディアがアティスを褒めると、アティスはふんと鼻を鳴らす。分かりやすく態度には出さないが、彼女が気分を良くしていることぐらい、パンドラにだって理解していた。

 しかし、彼女の話を聞いていると、疑問点がいくつか浮かんでくる。


 (なんで「緋色の烏」は【蝗害】のアジトを襲撃していたのじゃ?)

 

 「で、だ。何故今回、「緋色の烏」の面々は【蝗害】のアジトで「虚妄」と「寂寞」を殺そうと襲いかかってきた、そうだね?」

 「「肯定」アティス様の仰る通りです。なんだか嫌な予感がするから付いてきてくれないか?とホロウ様に同行を要請された為、同行致しました」


 「襲ってきた面々の名前は覚えているかい?」

 「「思慮」覚えているのは三名だけです、残りは死んでいましたので。「蜥蜴人(リザードマン)」のノルマン、「竜徒(ドラゴニア)」のクロウ、最後に恐らく人間の宵紫蜜柑です」


 ルウィードが首を縦に振ると、アティスも合点がいったと言わんばかりの表情で、ホワイトボードに向かい、文章や数式を乱雑に書き込む。

 消しては書いてを繰り返している彼女のホワイトボードは常人には理解出来ない程にぐちゃぐちゃになっていた。

 やがて、アティスが満足した結果、ホワイトボードには見たこともない数式や文章が羅列されていた。

 正直、これを見せられても困るんじゃがなぁと、パンドラは困惑した顔をしていると、アティスは不敵な笑みを浮かべる。


 「なるほど、大体分かった。今回の件は「緋色の烏」自体が動いた訳ではなく、宵紫蜜柑が首謀者の可能性が高いね。現状はまだ証拠不十分ではあるから、確定ではないが……」


 キュッキュッとアティスは真っ白に戻したホワイトボードに黒い塗料で文字を書き起こす。

 そこに書かれていた内容に、パンドラ達は決していい顔はしなかった。


 「宵紫蜜柑は最終的に「七つの罪源」を掌握しようとしている」



あけましておめでとうございます。のるんゆないるです。

年末は個人的多忙の影響で投稿が出来ませんでしたが、また更新していきたいと思います。

この作品も長いことで、今年の三月で二年を迎えます。まだまだ旅路は長いので、遠い目で見守って頂けると、幸いでございます。


今年も宜しくお願い申し上げます。

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