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【X】#6 甘いものは別腹だって誰かが言ってた


 「それで、脅してるつもりか?随分と可愛らしい拷問官だ」


 竜徒──ドラゴニアと「カサンドラ」が呼んでいたクロウという男は、虚華を見て半ば嘲笑うかのようにそう言い捨てる。

 その瞳にはもはや憎悪等といった感情は残されておらず、彼自体もまるで燃え尽きる直前の囲炉裏に焚べられている薪木のようだった。

 死を悟った戦士は何処の世界でもこういった目をするのだろうか。虚華は自身が撃ち貫いた足の傷を簡易的な処置だけ施すと、拘束されているクロウの近くに腰掛ける。


 「脅したつもりはありません。交渉した結果、貴方と私では意見の相違があった。それを矯正しているに過ぎません」

 「はっ、交渉した結果?意見の相違?笑わせる。貴様は欲しい物が得られなかったから、暴れている赤子に過ぎない」


 虚華は不思議に思った。どうして此処まで言われなければならないのだろう、と。

 クロウの言い分が全く分からない訳ではない。奪われる者は往々にして弱者なのだ。

 文句があるなら、こちらを下せばいいだけの話だ。ノルマンとクロウが呼称していた蜥蜴人(リザードマン)が「カサンドラ」が食べてしまう前までは二対二で、頭数は同数だった。ならば、その際に攻撃を仕掛けてくれば良かったではないか。


 (こっちからしたら、害意がある存在を放置したことが罪だと思うけど)

 

 この状況を甘んじて受け入れておいて、何を今更不貞腐れているのだろうか?

 虚華は、彼の態度と行動に納得が行っていないせいか、虚華がクロウの包帯を巻いた患部目掛けて銃口を突きつける。

 距離は多少あれど、この程度なら外すこともない。苛立ちは少しだけ募っているが、まだ撃つほどじゃない。溜飲を下げる必要もないが、目下の人物に舐められていることは少し嫌だと思った虚華は、無表情で銃口で患部をグリグリする。

 

 「くっ……、痛みで俺が屈すると思うのか?」

 「さぁ。私は貴方のことを知らないので。どうしたら話してくれるのか、分からないんです」


 虚華があっけらかんと答えると、傷口を抉られ続けてるクロウは表情を歪ませる。

 かなりの痛みを与えているはずなのに、彼は命乞いをする気配すら感じられない。


 (今は満腹でも食料がない此処にはあまり長居できない……)

 

 「カサンドラ」が退屈そうに宵紫蜜柑を眺めている内は大丈夫だが、そう遠くない未来に、彼女が「カサンドラ」の胃袋に収まっている可能性だってある。

 時間を掛ければ掛けるほど、この場で有利になっていくのは「カサンドラ」だけなのだ。

 その事をクロウも蜜柑も理解できていないのだろうか?

 交渉事に慣れていない虚華は、なんとか毅然とした態度を装い、クロウと向き合う。

  

 「知ってどうする?人ならざる身で白に居た貴様が、蒼で何を為す気だ?」

 「……まぁ。この状況下でも頭と口はよく回るんですね」


 正直な所、虚華は物凄くびっくりした。な、なにぃ!と心の中では狼狽えてしまう程の物だ。

 しかし、冷静に考えてみれば消去法でそう言っただけに過ぎないと、すぐに理解する。

 クロウの右脚に押し付けていた「欺瞞」を放し、手で遊ばせながら虚華は明後日の方向を向く。


 「此処で死に征く貴方には関係のない話ではありませんか?」

 「冥土の土産って奴だ。区域間を行き来する旅人なんて本当に極稀だからな」


 虚華はクロウから目を背けたまま、言葉を続ける。どうしてだろうか。

 どうしても、クロウの顔を見ていると感情が揺さぶられる錯覚に陥る。

 

 「……何故知りたいかは簡単な話です。私の知り合いが貴方達「緋色の烏」に所属していると言われているそこの宵紫蜜柑に重症を負わされたから。まぁ、その知り合いも昔は敵対してたんですけどね」

 「その知り合いは、【蝗害】の者か?」


 「えぇ、そうですよ。此処のリーダーと一緒に戻ってきた時には、彼女によってアジトは既に壊滅状態。知り合いは命こそ落としはしなかったものの、今も予断を許さない状態です」

 「あらぁ、そうだったのね〜。なら、この可愛い子ちゃんも食べちゃっても〜」


 「ダメです、「カサンドラ」さん、止めて下さい。そんなに簡単に死なせませんから」

 「そっかぁ〜。ホロウちゃんがそこまで言うならしょうがないなぁ〜」


 食欲旺盛な「カサンドラ」は彼女の行いを聞いた途端に、蜜柑を食べようとしたが、虚華ははっきりとした口調でそれを嗜める。

 窘められた「カサンドラ」も事情が事情だと察すると、大人しく何処からか取り出したシュークリームをもっもっと頬張っている。

 血の匂いが未だに色濃く残っているこんな場所で食べても美味しくないだろうに、と虚華は「カサンドラ」の食欲に白旗を上げながら、クロウの質問に答える。


 「えぇ。彼女が襲撃したうちの一人が私の知り合いでした。間一髪の所で助けることが出来ましたが、あと五分も遅ければ、間に合わなかったでしょうね」

 「……そうか。何故宵紫が此処で重症を負っていたのか、今ので大体は理解した。謂わば身から出た錆だったのだな……。貴様、確かホロウ・ブランシュと言ったな」


 「えぇ。そうですが……」

 「すまなかった。ノルマンの事で頭に血が上っていたせいで冷静な判断が出来なかった」

 

 虚華が名前を呼ばれ、返事をする。するとクロウが虚華に対し、頭を下げる。

 胸に手を当て、お辞儀の角度は最敬礼にも等しい角度だ。先程までとは打って変わって態度が急変した事に虚華は驚きながらも、「顔を上げて下さい」とクロウに声を掛ける。

 

 「貴方が何かをしたわけではありませんから、謝らないで下さい。それに、私は貴方達の事を知れればそれで良いんです」

 「そうか。なら済まないが簡潔に聞きたいことを言って貰えるか?宵紫の容態を見るにあまり長居は出来そうにない。なんなら後日、貴様の元に伺っても構わない」


 虚華はクロウの言葉で初めて宵紫に視線を向ける。彼女の容態は虚華の自傷に加え、蜜柑の打撃を一身に受けた文字通りの満身創痍な状態だ。

 寧ろよくも此処までの流れで死なずに済んでいたと、虚華は蜜柑のしぶとさにちょっとだけ感動しながら、クロウに何を問おうか考える。

 「カサンドラ」や透が知っている情報を聞く必要はない。聞くべきは彼らしか知らないことだ。

 ……何を聞けば良いのか、悩む時間も惜しい。直感で決めてしまおう。


 「宵紫さんは、どうして「緋色の烏」に加入したのですか?「緋色の烏」とは何かを知らない身ですが、彼女の思考や思想が組織の害になるとは考えなかったのですか?」

 「非常に手痛いことを言うのだな、貴様は。で、質問の答えだが、当時の彼女は非常に多くの人数を携え、我々の元へと来た。その過程でトップと対談をした結果、一部門のリーダーになり、今に至るといった形だ」


 これで質問はもう良いのか?とクロウに聞かれた虚華は、じゃあもう一個だけと人差し指を口元に添えると、仕方ないなと、気の抜けた笑みをクロウは見せる。

 先程までとは打って変わって、彼の表情もだいぶ柔和な物になりつつある。


 「「緋色の烏」内での彼女の役職、立ち位置って何になるんですか?」

 「あぁ。彼女は「信仰部隊隊長」だ。要は多くの狂信者を携えていたからそう呼ばれているんだろうな。俺には彼女の良さが分からないが、伊達に一部隊のトップを張ってはいない。実力は折り紙付きなんだが……」


 クロウは芋虫状態の蜜柑を呆れ顔で見る。何かを言いたげな蜜柑だったが、かなり負傷が効いているのか、自身らが侵入した時よりも、かなりぐったりしている。

 止血などの最低限の処置は済ませてはあるものの、内臓や骨といった部分はどうしても病院に行くか、治療術師に回復魔術を掛けて貰わねばならない。


 「彼女を無傷で此処まで追い詰めることが出来る貴様と、再び相見えない事を切に祈ろう。ではこれで失礼する」

 「えぇ、さようなら。彼女の事、宜しくお願いします」


 クロウは虚華に一礼すると、蜜柑に肩を貸し、アジトを後にする。

 彼女達を殺さないという選択が幸に作用するのか、不幸に転ずるのか。

 虚華は、「カサンドラ」の咀嚼音だけが反響する部屋で、「カサンドラ」のおやつを一つ分けて貰い口にする。虚華が口にしたのはフィナンシェ。バターの甘さが際立っているそれを頬張ると、少しだけ幸せな気分になる。


 「あぁ、甘いなぁ。うん、凄く甘い。優しい甘さが暴力的に感じちゃう」

 「あれ〜でも、ついこの間、お腹のお肉が気になるって言って……」


 この時、「カサンドラ」は虚華にも禁句があるのだと、しょんぼりした顔でパンドラに報告していたのを禍津は横目に見ていたのだと言う。



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