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【X】#5 滴り落ちる血を啜る悪食姫



 『誰だっ!外で俺たちの話を盗み聞きしているのはっ』


 随分と響く低音で扉越しに叫ぶ声を聞いた虚華達は、戦闘準備を整えて扉を開く。

 「カサンドラ」は普段のゆったりした口調からはとても想像がつかないほどにスピーディーに防御結界を展開させる。

 虚華は重厚な扉を開いた途端に攻撃されても対応出来るように、愛用の銃「欺瞞」を片手に扉を潜る。


 「む……貴様らは……」

 「なっ、なんなんすかぁ!?こいつらはっ」


 扉を開いた途端に攻撃が飛び交ってくるものだと思っていたが、どうやら相手側はそうでもなかったらしい。

 虚華は瞬時に周囲の状況を確認する。相手は男二人。どちらも服装や帯刀している武具を見るに、探索者、それも近接系の職業を収めている可能性が高い。

 崩れた丁寧語で捲し立てている男の方は物凄い大きな二足歩行の蜥蜴……恐らくは蜥蜴人(リザードマン)と呼ばれる種族。落ち着いた口調で蜥蜴人を宥めているもう片方の男はパッと見は人間に見えるが、尻尾が生えており、角が生えている。

 虚華が考えを脳内で纏めていると、隣りにいた「カサンドラ」が一歩前に足を運び、口を開く。

 

 「あらぁ、珍しい〜。貴方、竜人(ドラゴニュート)じゃなくて竜徒(ドラグニア)ね?蒼は気候の都合上、あんまり良い環境じゃないのに〜」

 「そういう貴様らも……双方、人間ではなさそうだな。それに【蝗害】の人間ではないようだが、此処に一体何の用だ?」


 今まで知らなかった情報が虚華の脳内に流れ込んでくるが、今は敵前だ。何を話し、何を端折るかを考えて動かなければならない。

 今一番知らなければならないのは……置き去りにした時と違う姿勢で安静にしている宵紫蜜柑の仲間かどうかだ。状況によっては彼らを討たねばならない可能性だってある。


 「私は、そこで倒れている宵紫蜜柑に聞きたいことがあって来たんです」

 「何故、貴様は宵紫が此処に居ると知っている?彼女は何者かに手酷い傷を負わされ、とても人と話せる状況ではないのだが」

 

 「カサンドラ」が竜徒と呼んだ男が虚華を、鋭い眼光を孕ませた瞳で睨み付ける。

 そこら辺に居る町娘なら恐怖で失禁する者も居るほどの物だったが、虚華は物怖じせずに竜徒の質問に淡々と答えていく。

 

 「此処に私が居ることが真実を物語っているとは思いませんか?彼女は此処で私の知り合いを殺そうとしていた。だからそれを止めたまでです」

 「知り合い……?ふむ。しかし、貴様は見た所、その奇妙な魔導具を用いて戦う魔術師と見受けられるが、容態を見るに、彼女はかなり強烈な打撃を受けている。とてもじゃないが、ひ弱そうな貴様が彼女を下せたとは思わない」


 虚華は自身の手札を隠すために、敢えて彼の言動に反論せずにどう言葉を返そうか、考えていたら、その様子が図星を突かれたのだと判断した「カサンドラ」が虚華に変わって竜徒に食って掛かる。


 「へぇ〜?それって「カサンドラ」達じゃ、そこで寝転がってるオバサンを倒せないって言いたいのかなぁ?」

 「ちょっ、クロウ様っ。こっちの女の人、バチギレてるんすけど〜!?それに蜜柑様も喋れないのにあの女を殺せって眼圧が凄いんすけど〜!!」


 あちこちで火花が散り、蜜柑と「カサンドラ」の圧に耐えかねた蜥蜴人が竜徒のコートの裾をグイグイと引っ張っている。  

 虚華は頭を抱えるも、話を進めるために「欺瞞」で一発蜜柑の近くで一発だけ威嚇射撃する。

 緩みかけていたその場の空気を再度凍りつかせたのを確認すると、虚華は笑顔を顔に貼り付ける。


 「そこの蜥蜴人(リザードマン)。少し黙っていて貰えます?「カサンドラ」さんも、話をややこしくしないで下さい。私は彼から情報が欲しいだけなので」

 「「はい……」」


 笑顔なのに一切笑っていない虚華の言葉に蜥蜴人と「カサンドラ」は小さくなり、一歩ずつ後ろに下がる。ついでに先程までは威圧感を撒き散らしていた蜜柑も何も言わずにこちらの様子を見守るに留まるようになった。


 (これで場の空気はある程度支配できた。あとはこの竜徒から話を聞くだけ)


 しかし、竜徒だけは虚華の無言の圧力に臆することなく、虚華と舌戦を繰り広げる。

 時間稼ぎをしたいのかと虚華は警戒しているが、彼も蜥蜴人も何か特殊な動きをしている訳ではない。

 訝しげに思いながらも、虚華は用心深く、竜徒──クロウと呼ばれていた男を観察する。

 

 「百歩譲って、私が彼女を倒せなかったとしたら何なんですか?私は貴方達が所属している「緋色の烏」について知りたいだけなんです」

 「……?あぁ、貴様らは蒼の人間じゃないのか。他区域の亜人共が我々のことを知ってどうする?」


 揺する相手を間違ったかと、虚華が心の中で舌打ちをしてる中、少しの間静かにしていた「カサンドラ」がえっとぉと小さめな声を上げ、控えめな動作で手を挙げる。

 

 「ん〜。別に「緋色の烏」の事は知ってるんだけどね〜?ホロウちゃんは、そこのしょーし?さんの事を聞きたいんじゃない〜?」

 「えっ。いえ、私はそもそも「緋色の烏」という組織自体も知らないので……」


 困り顔を顔に貼り付け、虚華は暗に大人しくしててくださいよと、「カサンドラ」を窘めようとするも、「カサンドラ」は動きを止める所を知らない。

 

 「ならそれは後で「カサンドラ」が教えてあげる〜。あ〜あ、折角付いてきたのに、時間無駄にしちゃったせいでお腹空いちゃった〜。ねぇ、そこの蜥蜴人さん」

 「え?お、オレっすか?」


 急に呼ばれた蜥蜴人は狼狽えながら、自身を指差す。「カサンドラ」はうんうんとニコやかに頷くと、蜥蜴人の方へと、足取り軽やかに歩み、遂には肩と肩とが触れ合う距離まで詰め寄る。

 急に近寄られた蜥蜴人は鱗の一部を赤くしながら、もじもじしていると、「カサンドラ」は蜥蜴人の耳元に口を寄せる。


 「ねぇ〜。蜥蜴人く〜ん」 

 「はっ、はい!何でしょうか!」


 とびっきりの甘い声で囁かれた蜥蜴人は骨抜きにされていると言っても過言ではなさそうだ。

 すっかり「カサンドラ」の声に蕩かされている蜥蜴人を見た竜徒──クロウはなにかに気づいたのか、声を荒げる。


 「まずいっ、おい貴様っ!あの悪食姫を止めろ!このままじゃ死人が出るぞっ」

 「……悪食姫?……別に私は貴方が死んでも、あの蜥蜴人が死のうとも構いませんが?」 


 「なっ……貴様っ。あの悪食姫がどれだけ危険なのか、知らないのかっ!?」

 「いいえ、彼女が危険なのかは知っていますよ。ただ……」

 

 悪食姫というのは恐らくは「カサンドラ」の事だろう。フードファイターとして活動していく中でそういった異名が付けられていたのは虚華も知っていたが、まさか蒼の区域でもその名前が知れ渡っていたとは思っても見なかった。

 何故か途端に狼狽えるクロウを横目に、虚華は二人のやり取りを見守る。


 「君ってぇ、可愛いよね〜」

 「えっ、あっ。そうっすか?あはは、嬉しいっす!」


 「食べちゃいたいくらい可愛い〜」

 「そんなっ///是非ともっ」


 蜥蜴人が嬉しそうにそう言うと、「カサンドラ」の口元が弧を描くように歪む。

 パンドラやアラディアと同じような邪悪な笑みを浮かべた「カサンドラ」に一抹の不安を覚えながら、二人のやり取りを見守りつつ、クロウを抑える。

 クロウは物凄い力で虚華を振り払おうとするが、虚華は虚華で短時間の筋力増強を“嘘”によってブーストしているため、クロウは身を捩ってもびくとも動かない。

 声も出せないからか、クロウは虚華の方を向いて目で訴えかけてる。どうやら驚きを隠せていないようだ。


 「じゃあ、食べちゃうね〜。いただきまぁす〜」

 「え?まさかこんな場所で!?皆見ているのにっすか!?」


「カサンドラ」が左腕の肘あたりから手の平にかけて自身の骨を刃に変換して鉤爪のように展開していることにも気づかずに、蜥蜴人は恥ずかしそうに顔を隠している。


 「〜〜〜〜〜〜っ!!〜っ!!」

 「……黙って。自分の喋りたいことだけ話すのはダメ」


 虚華がクロウを抑えている中、「カサンドラ」は左手に展開した骨刃で蜥蜴人の首を刈り取り、そのまま蜥蜴人の全身を骨刃で切り刻んだ後に団子状に丸め込んで一口で飲み込む。

 鱗のような硬い物まで団子状にしたせいか、蜥蜴団子を咀嚼している「カサンドラ」の口内からバリバリと硬い物を噛み砕いている音が決して狭くはない部屋の中で鳴り響いている。

 一頻り咀嚼し終えたのか、硬い鱗の部分だけを「カサンドラ」はぺっと吐き出し、口周りを何処からか取り出したハンカチで優雅に拭い去り、またおっとりとした表情に戻し、骨刃を身体に収納する。

 恍惚とした表情で舌舐めずりをすると、信じられない物を見ているような顔をしている蜜柑の方に近づく。

 

 「ん〜、やっぱり踊り食いは最高ねぇ〜。特に捕食されると思ってなかった色ボケ野郎は味が跳ね上がるのんだぁ〜」

 「……へー。「カサンドラ」さん、やっぱり人間サイズの生き物も簡単に食べれるんだ」


 概ね予想された捕食を見届けた虚華は、クロウの拘束を解き、一定の距離を取る。

 案の定激昂しているクロウを、虚華は可哀想なものを見る目で見ながら、蜜柑と「カサンドラ」の方へと歩く。

 ベッドで寝かされている蜜柑の頬を指先で撫でながら、クロウに挑発するように見せつける。


 「これが貴方の選択だよ。恨むなら情報を隠蔽することを貫き通した、自分自身の忠誠心を恨んでね」

 「……そうだな、この世界は選択の連続だ。彼の死は俺の責任だ」


 「ならこれから竜徒の貴方はどうする?私に「緋色の烏」の事、おしえてくれる?そうすればそこの宵紫蜜柑と一緒にここから生きて出ることを保証するよ」

 「……仲間を殺しておいて、よくそんな口が聞けるな……仁義の欠片もないのか?貴様には」


 憎悪を孕んだ瞳には、お前の要求など飲まないと明確な意志が感じられる。

 正直な所、人一人の命などどうでもいいので、手っ取り早く情報を得たかったのだが、どうしようかと、虚華は悩む。

 虚華はこの部屋に時計がないことに気づき、懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。

 

 (時間には困っていないけれど、どうしようかしら。「カサンドラ」さんが「緋色の烏」について知ってるとは言ってたけど……)

 

 先に聞いてしまおうか、「カサンドラ」さんから「緋色の烏」について。

 真偽をすべて確認してしまえば、もう彼に用は無い。生きてても死んでてもどっちでも良い。

 もはや、虚華にとって本当に大切な人以外の生死など微塵も興味がないのだ。

 

 「「カサンドラ」さん、「緋色の烏」について今教えて貰ってもいいですか?」

 「ん〜?良いけど、この二人はどうするの〜?」


 お腹いっぱいになったのか、目が少しトロンとしている「カサンドラ」に虚華は自分が出来得る最も邪悪な笑みを浮かべ、クロウの顎付近を「欺瞞」で何度か叩く。

 

 「「カサンドラ」さんの知らない部分の補足説明をして貰います」

 「……話すと思うのか?この状況下で」


 虚華は無表情でクロウの足を「欺瞞」で撃ち貫く。至近距離から実弾を受けたクロウの右脚は千切れこそしていないものの、出血量が(おびただ)しい。 

 止血なんてする訳がない。このまま死んで貰っても虚華は構わないが、クロウは痛みに堪え、震える手で患部を布で抑えることで止血をしている。


 (何度もされたことはあるけど、他人にするのは初めてだ)


 慣れた手付きで、「欺瞞」に弾丸を再装填し、虚華は銃口を首元に突きつける。

 あの地獄で何度も何度も死にかけた虚華は、数多の拷問を受けてきた。もう顔は覚えていないが、虚華を拷問していた人々はとても楽しそうにしていたのは鮮明に覚えている。

 彼らの歪な笑顔を見るのが、嫌で嫌でしょうがなかったから、虚華は逃げた。

 そんな彼らと同じことをするのは嫌だが、自身の目的の為なら何でもすると決めたのだ。


 「もう少しだけ我慢してね、知りたいことを知れたら、ちゃんと帰してあげるからね」


 

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