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【X】#4 実行犯は現場に戻る


 虚華は【蝗害】のアジトを出、透達の安否を確かめるべくブラゥの病院などを巡っていて気づく。

 あのアジトに宵紫蜜柑(しょうしみかん)を放置したまま、アジトを出てしまったのは大きな過ちだったのではなかったのかと。

 あの傷ではそう長くは持たない筈だ。内臓はズタズタ、肋骨は数本折れたせいで、話すのもかなり苦労するレベルの負傷だった。虚華はあぁいった負傷の際にも、話す事が出来る技術のようなものを持ち合わせているが、あそこまでやられてしまえば、並大抵の人間は痛みを堪えるので精一杯だろう。

 一方の虚華は、蜜柑の言っていた「緋色の烏」という単語がどうにも引っかかってそこまで気を回すことが出来ていなかった。


 (聞き覚えのない単語だったけど、何かの組織であることは間違いない筈……)


 虚華の直感ではあるが、この件については知って置かなければならない気がしてならないのだ。

 その観点からすれば、虚華が取るべき行動は【蝗害】の面々の安否確認よりも、「緋色の烏」という存在が何なのか、【蝗害】のアジトに居る筈の彼女に尋問をするべきではないだろうか、と。


 「情報は何よりも大事だったのに……、また大事なものを逃したかもしれない……」

 

 虚華は彼らの居場所を探すべく、夜の街を走るも、透達が何処にいるのか、皆目見当がつかない。

 夜でも営業している診療所や、透が通っていると聞くお店に聞き込みをしてみるが、当たりは一切ない。

 急患は一人も来ていないし、透達は足を運んでいないらしい。索敵魔術を使おうにも、此処まで人の多い場所で人間以外の種族を対象に絞っても、かなりの数がヒットするだろうから使えない。

 しかし、彼らが無事ではない可能性は恐らく殆どないと言ってもいい。異形化した透を相手取って敗北の味を押し付けることが出来る存在など、そうそう居ない筈だからだ。

 虚華は、思い悩んだ結果、昔習った相手の立場になって物事を考える「盤面反転思考」で彼らが何処へ行ったか考える。

  腕を組み、うーんと考え込んだ虚華は、ある場所に情報が残っているのではないのかと、結論付ける。

 

 「確証はないけど、透が知ってる私の行きそうな場所、私の滞在先に何か残ってないかな」


 濃く一刻を争う中で、一秒が惜しいこの時に立ち止まったことを後悔しながら、虚華は宿屋に向けて走り出す。

 走るのが苦手な虚華でも走りきれる距離を全力疾走するも、口の中は血の味で一杯であった。




 ____________________



 口の中が血の味で染まり切り、息を切らしながら自室の扉を開けると、そこには三人の姿があった。

 灯台下暗し、といった言葉がディストピアにはあったが、まさしくその言葉が現状にはよく似合う。

 両手を膝に置き、肩で息をしている虚華を心配してか、透が頬を緩め、ソファから立ち上がる。


 「「愛しい君」、無事だったんだな。怪我はなさそうだが、そんなに急いでどうした?」

 「君達が無事かどうか心配だったから、あちこち走り回っただけだよ……。まさか私の滞在先に来た挙げ句に、勝手に部屋に入ってるなんて思ってなかったけど」


 ぜぇぜぇと呼吸が荒いまま、虚華は透を半目で見ながらそう言うと、透は申し訳無さそうな顔一つせずに、ベッドで眠っている玄緋兄弟の方を見る。

 言葉にこそしていないが、透の瞳には静かな怒りの炎が燃えが上がっているように見えた。


 「此処でなら、君と合流できると思ったからね。不法侵入も水に流してはくれないか?」

 「……はぁ、もう良いよ。で?そっちの二人は大丈夫なの?」


 虚華がため息混じりにベッドの方を見ると、虚華が普段寝ているベッドに綿罪と疚罪が寄り添って寝ていた。どちらも傷は簡易的に治療されているが、あちこちに負傷の痕跡が残されている辺り、完全には治療できていないのだろう。


 「綿の方はそこまで傷が深くないが、疚は綿を庇って戦っていたせいでやや重症と言った所だ。だが、数日も休めば全快すると思う」

 「そっか、なら良かった。透はこのまま二人を見ててあげて。私はもう一度アジトに戻るから」


 「待て、なんで戻る必要がある?それに「愛しい君」の身体に傷一つ無いが、僕らが離脱した後の状況を簡潔に報告してくれないか?」


 私室を後にしようとした虚華の腕を、透は掴んで離さない。どうやら話すまでは逃して貰えないらしい。

 蜜柑が死ぬまでに少しでも情報を引き出したいと考えていた虚華だったが、此処で一組織の主に説明もなしに出ていくのも不義理だと感じたのか、ソファに腰掛けて簡単に状況を説明した。

 話を聞き終えた透は、表情を変えることなく考え込むような仕草をみせる。


 「そうか、あの宵紫を下したのか。流石は「愛しい君」だ。それで戻る理由は「緋色の烏」について知りたい……ということで間違いはないか?」

 「うん。そうだね、私は蒼の区域の情勢や状況について造詣が深くない。だから彼女の安否を確認してから、教えてくれない?「緋色の烏」の事、色々」


 虚華はそれだけを言い残すと、部屋から再度出ようとするが、透はそれを拒む。

 手を掴み、決して虚華のことを離さないという意思が言葉にせずとも滲み出している。

 

 「もう行かなきゃ、皆の安否も確認できたし。宵紫蜜柑がいつまで生きてるか分からないし、急がないと」

 「分かった、じゃあ僕も行こう。大丈夫だと思うけど、それでも君が心配なんだ」

 

 透が虚華のことを心配してくれているのは嬉しいが、それでも優先順位が違っている。

 有り難いとは思いながらも、虚華は透の掴んでいる手を少し強めに拒絶するべく、振り払う。

 首を横に振り、困った顔で虚華は透に訴えかける。時間がないと言っているのに、話を聞いてくれないという融通の効かなさに一抹の苛立ちを覚えながら。

 

 「それはダメだよ。透は二人を見ててあげなきゃ。それに相手は死にかけ一人だけ。そんな相手に私が不覚を取ると思う?……大丈夫、ちゃんと帰ってくるから安心して?」

 「……分かった。無事を此処で祈っている」


 透はそう言うと、虚華の腕を掴む手の力が緩む。

 虚華を縛る枷が無くなったのを確認すると、虚華は急いで宿屋を後にする。


 (もし仮にだけど、アジトの入り口で索敵魔術を使って複数人の反応が出たら助っ人を呼ぼう。念には念を入れておいて損はないし。自分で言ってて何だけど、完全に死亡フラグみたいになっちゃったから)


 ___________________

 

 「それで「カサンドラ」を呼んだってことぉ?別にわたし達仲良くない気がするけどぉ……」

 「だからこそですよ、「カサンドラ」さん。こういう機会がなかったら一緒に行動することなんて無いでしょう?」


 むすぅっと頬を膨らませ、ご機嫌斜めといった態度を見せているのは、「七つの罪源」の『寂寞』のルウィードこと、「カサンドラ」である。

 おっとりとした話し方に、とても俊敏に動けるとは思えない程、ふくよかな体型からはとても大罪人といった印象は得られないが、彼女もれっきとした「七つの罪源」の一員である。

 彼女を呼んだのは、正直に言ってしまえば消去法だった。パンドラは「歪曲」を崇めている蜜柑にとってはご褒美でしかなく、アラディアは蒼の区域ではそれなりに顔が通っている。

 ならば残りは「カサンドラ」しか居なかったという訳だ。それに一度は彼女と二人きりで行動してみたいということもあり、同行をお願いしたのだ。

 「カサンドラ」は丁度ハーミュゾロアにある食堂でのバイトが終わって、「歪曲」の館で食事を取っていた時であり、事情を話すと、渋々ではあったが了承してくれたので、此処まで着いてきてくれている。

 近くに居たパンドラは不服そうな表情を見せていたが、一緒に行動するわけには行かなかったので、お土産を買ってきますから、一言添えて直ぐに「歪曲」の館を出た。


 「索敵魔術を使用した所、このアジトの中には三人の反応があるんです。それも全員生きてる」

 「ホロウちゃんの話だとぉ、その蜜柑ちゃん?って子以外は(みなごろし)にしたのよねぇ?」


 虚華と「カサンドラ」は近況報告と、内部の報告を同時に済ませながらアジトの中を散策する。目的地は最奥部の蜜柑が倒れているであろう場所だ。

 おっとりとした口調と話し方から、鏖という単語が聞こえてくることに、心の中で身震いをしながら虚華は言葉を続ける。

 

 「はい、間違いなく息の根を止めました。実弾を使用したので確実に死んでいる筈です」

 「う〜ん。まぁ、普通の人間なら死んでるだろうけどぉ、不死族(アンデッド)とかの可能性は〜?」


 「その可能性はゼロではありませんね。現にこのアジトの中の反応のうち、二人は人間ではないみたいですから」

 「ホロウちゃんの索敵能力がどんな物か、今ひとつ分からないけど、人間と人間以外でしか判別できないのぉ〜?」


 虚華はアジト内の隠し扉やシステムを解除しながら、「カサンドラ」の質問に答える。

 頭のリソースの二十%程を会話に割きながら、虚華は現状を整理しながら、歩いていく。

 

 (おかしい、こういった監視システムや防衛システムはすべて解除したまま出た筈なのに、再起動されてる。やっぱり宵紫蜜柑以外の誰かが侵入してるんだ)


 虚華が索敵魔術を再展開すると、反応は全員最奥部に集まっている。状況からして、蜜柑を処分しに来たのか、はたまた助けに来たのかは分からないが、目的は宵紫蜜柑で間違いはないだろう。

 虚華達が最奥部の扉の近くまで来ると、何やら話し声が聞こえてくる。


 『随分と手酷くやられたみたいだな、宵紫』

 『だが、この傷。完全に自傷に見えるんだが……違うのか?魔甲拳で殴られた痕だろ?これ。骨の折れ方からして、そうとしか思えないんだが……』


 『話を聞こうにもこの状況じゃ、コイツも話せないだろうな。』

 『肋骨数本に、内臓はぐちゃぐちゃ。それなりの手練れだと思っていたが、このやられ方は夜桜でも、その側近でもないな……誰だっ!外で俺たちの話を盗み聞きしているのはっ』


 (まずい、気づかれた。物音も立てていない筈なのにぃ……)


 内心、心穏やかではない虚華はどうします?と小声で「カサンドラ」に意見を求める。

 

 「え〜?バレちゃったし、交渉するだけして決裂したら殺すしか無いんじゃない〜?ホロウちゃんは情報が欲しいんでしょう〜?」 

 「……それもそうですね。じゃあ「カサンドラ」さんは防御結界の展開をお願いできますか?相手が先制で仕掛けてくれば、こちらも応戦しましょう」


 意見を乞う相手が悪い、と虚華は後悔しつつも、準備を整えて最奥部へと続く扉を開く。

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