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【X】#3 血など、所詮は口実


 虚華の言葉を聞いた深紅の髪の女は、嘲笑じみた笑みを浮かべ、鼻で笑い飛ばす。

 虚華も端から相手の名前を知りたくて自己紹介をした訳じゃない。目的が透ともこの女とも違うのだ。

 刺突剣を改めて握り直した深紅の髪の女は、心底馬鹿にした表情で虚華を見る。

 

 「なぁに?いきなり。それに名乗られなくてもあんたのことぐらい知ってるわよぉ。そこのクズに好かれてる奇妙な女でしょお?後はそうねぇ。ジアに居た月魄教会の奴らを皆殺しにしようとした時に邪魔してくれたんだっけ?あはは、あん時は良くもやってくれたわねぇ?」

 「貴方は……【蝗害(アバドン)】が罪源信奉団体だった頃のリーダーだったんですよね?今更、此処に何しに来たんですか?」

 

 露骨にこちらを挑発してくるのを無視し、虚華は自身の疑問をぶつける。するとみるみるうちに深紅の髪の女の表情が変わっていく。

 最初は気色の悪い笑顔、それから鳩が豆鉄砲を食ったような意外そうな顔、その後はまさに怒髪天といった様子だ。

 笑ったり、激昂したりと顔面が随分忙しい女だ、と虚華は心の中で深紅の髪の女の事を評価しながら、深紅の髪の女を睨み付ける。


 「何よ、その目。あたしになにか文句があるっての?コイツらがどうなっても良いの?」

 

 深紅の髪の女は刺突剣を構え、満身創痍状態の綿罪に剣先を突きつける。

 虚華は彼女の強気な態度に臆することなく、右手で胸元のホルダーに収めている「欺瞞」に触れる。いつでも彼女を撃ち殺せるんだぞという自己暗示だ。

 彼女はジアを焼き討ちにするよう指示した首謀者だ。ある程度の理由は察しがついている。

 けれど、「|Why done It《何故焼き討ちにした?》」を是非とも本人の口から聞きたいと前から思っていた。 

 しかし、玄緋兄弟の容態を見るにそこまで多くの時間は残されていない。

 上手く話を誘導し、欲しい情報を得つつ、早期撤退、あるいは撃退が必要になる。


 (昔は透や依音が得意としてたことだけど……)


 その二人は今、虚華とともに行動していない。隣りにいるのは透だけ。

 つまり、虚華は一人でこの状況を打破しなければならない。あるのは突破を可能に出来る強力な武具と貧弱な舌戦しか出来ない自分だけだ。


 (やるしかない。私だってこの二年弱、何もしてこなかったわけじゃないんだから)


 意を決した虚華は口を開く。深紅の髪の女は露骨に自身が優勢なのを主張したがっている。

 そういった人間の心理は大抵の場合──容易に想像がつく。


 「別にどうしたって構いませんよ。私の故郷を焼いた実行犯でしょう?貴方諸共殺せば済むだけの話です」

 「なっ、あんた達はこいつらを助けに来たんだろ!?おい、夜桜!お前はこいつらを助ける為に土下座するよなぁ?あたしの言う事何でも聞くよなぁ?」


 虚華には人質の価値がない事を察した深紅の髪の女は、目標を透にシフトさせる。

 虚華の方を見た透は些か心配そうな表情をしていたが、目配せすると透は小さく頷き、異形化を解除する。


 「「愛しい君」の言う事に僕は従うよ。お前を殺す為に二人の命を犠牲にすることを約束しよう」

 「気でも狂ってんのか!?お前ら!?【禁忌】と【忘我】はお前らの友人であり、側近だろ!?何でそいつらが重傷負ってるってのに無視すんだよ!……あぁそうか」


 透も脅しには屈しない事を深紅の髪の女は理解すると髪の毛を掻き毟りながら狂乱状態に陥る。

 ヒステリックに叫び散らしたかと思うと、いきなり大人しくなる。普通の人なら、こういう手合いの人間にある程度の恐怖心を抱くことが多いのだが、虚華の心には何一つ響くことがなかった。


 「実際に殺してしまえば良いじゃん……、そうすればお前らがしたことの愚かさが分かる。あぁ、あたしも心が痛い。家族を殺してしまうなんて、なんて罪深いのかしら。けれど、「歪曲」様はきっと許してくださるわ」

 「家族……血が繋がってたの?」

 「いや、あの女──宵紫蜜柑(しょうしみかん)は身内のことを家族と呼称して可愛がっていたんだ。特に「罪源」の渾名を冠していた疚罪や綿罪のような子を特にな」


 確かに初めて自己紹介をされた時、疚罪は【禁忌】、綿罪は【忘我】を名乗っていた。

 眼の前の深紅の髪の女──宵紫蜜柑は恐らく【歪曲】の名を冠していた可能性が高い。そう考えていくと彼女が何故、ジアやレルラリアを攻撃したのはも合点が行く。

 目のハイライトを消し去った蜜柑は、此処には居ない「歪曲」へと思いを馳せている。

 

 「そう……もう直接聞くまでもないか。透、私が彼女を抑えるから、二人を回収して逃げれる?」

 「出来るとは思うが……アイツは仮にも元【蝗害】のリーダーだ。腕もそれなりに立つ。それに、あの状態の宵紫はかなり危険だ。僕が残るから、「愛しい君」があの二人を連れて逃げてくれ」


 何処か上の空の蜜柑はこちらのことを気にもせず、手を合わせ天を仰ぎ見ている。

 端から見れば敬虔な信者に見えるが、彼女のしていることは大犯罪者を信仰し、少しでも問題があれば信仰対象を盾に好き勝手暴れている愚か者に過ぎない。

 友人であり、主でもあるパンドラの名を使って好き勝手しているこの女を許し難い虚華は、眉を下げて困り顔を作りながら、透の方を再度向き直す。


 「私だってあの女にジアを焼き討ちにされたんだ、倒せずとも一矢は報いたいんだ。それに……私みたいなか弱い女の子には、年上の男女を二人担いで逃げるのは難しいかも」

 「……分かった。二人を安全な場所に連れて行ったらすぐ戻る。だから少しだけ持ちこたえててくれ」


 透はトリップしている蜜柑の隙を突いて玄緋兄弟を確保すると、直ぐ様その場から脱出する。




 

 _____________________



 扉が閉じる音で正気に戻ったのか、蜜柑は辺りをキョロキョロして、状況を理解したようだった。

 蜜柑の瞳には憎悪と怒りが滲み出しており、殺意を周囲へ撒き散らしている。

 

 「あたしが「歪曲」様に思いを馳せている間に何してくれてんのよ!」

 「命の危険がある人達を放置なんて、出来ないでしょ?」


 「偽善者ぶりやがって……。あいつらは白の区域を焼き討ちにした実行犯よ?」

 「そうだね、私だってその事を忘れたことは一時もない。でも、だからといって見殺しにして良いわけじゃない?」

 

 蜜柑は舌打ちした後に、溜息を吐くと刺突剣を格納庫に収め、ファイティングポーズを取る。

 

 「まぁ良いわ。あんたなんて小娘如き、すぐにぶっ殺して追い掛けるわ」

 「……?武器を収めたみたいだけど、戦う気はないの?」


 まさか、と蜜柑は虚華の言葉を否定すると、自身の両拳に魔力の籠もった炎を纏わせる。

 虚華は察した。てっきり刺突剣を操る剣士のようなスタイルを取ると思っていたのだが、どうやらそうじゃないらしい。

 はぁああ!と拳闘士らしい雄叫びと共にこちらへと急接近した蜜柑の一撃を虚華は、躱すこと出来ずにかなりの力が込められた一撃を腹部へと撃ち込まれる。

 受け身を取る猶予すらなかった虚華は、蜜柑に腹部を攻撃された拍子で、近くの壁にぶつかるまで吹っ飛んでしまった。

 虚華がひび割れた壁から抜け落ちた跡には、身体が壁にめり込んだ跡がくっきり残されていた。 

 吐血しながらも、未だに意識があることを僥倖だと感じた虚華は、ふらつきながらも立ち上がる。


 「貴方の一撃、凄い、重いね。もう少し、強かったら、死んでたかも、知れない」

 「はんっ、死なれたら困るから加減したのさ。吐きな。アイツラは何処に行った?」


 虚華はあちこちから血が吹き出し、今にも倒れそうだった。肋骨や体中のあちこちの骨は折れており、内臓にもダメージが行っている。このまま放っておいても、おそらくは長くはないだろう。

 だから蜜柑は勝負ありだと判断し、虚華に近づき、情報を引き出そうと尋問をしようとしている。

 

 ──良かった。彼女は私のことを全然知らなかったみたいだ。

 

 拳闘士とはとても思えないヒール音を立てながら、こちらへと向かってくる蜜柑が辿り着く前に、虚華は魔術の詠唱を完了させておいた。

 震える指をどうにかして口元へと寄せて、歪な笑顔を蜜柑へと見せる。


 「なんだい、その目は。まるでまだ勝負は終わっていないって言いたいみたいじゃんか」

 「そう、だね。まだ、終わってない、かも、知れない……よ。だって私は、死んでないんだから」


 虚華がふっと笑った直後に戦士の勘が働いたのか、蜜柑はすぐさま拳に魔力を纏わせたが、時すでに遅し、虚華は魔術を発動させていた。


 「「伝播する負傷 (シンパシー・ダメージ)」」


 虚華が魔術を発動させた時、立ち上がっていたのは蜜柑ではなく、虚華だった。

 相手一体を対象に、体力や状態などをそっくりそのまま入れ替える魔術「伝播する負傷」は虚華の十八番になりつつあった。

 虚華は自身の体調が十全であることを確認すると、地面に転がっていた蜜柑の顔を拝むために、しゃがんで見下ろす。

 何が起きたのか理解していなかった蜜柑は、目を丸くしながら虚華を見つめる。


 「何だいこれは?あたしは夢でも見ているのかい?」

 「まさか、紛れもなく現実だよ。じゃあ、私はもう行くね」


 「は?まさかあたしをこのまま置き去りにする気かい?ふざけるな、そんな事をすれば「歪曲」様が黙っていないぞ!」

 「貴方は会ったことがあるの?「歪曲」様に」

  

 虚華の素朴な疑問に、蜜柑は目を丸くした。彼女の質問にYesで答えられるわけがない。

 貴方は神様に会ったことがありますか?と聞いているのと同義だからだ。Yesで答えれば狂人、Noと答えればただの凡人になるだけの何の生産性のない問いだ。

 蜜柑は歯を食いしばり、虚華の質問に息絶え絶えになりながら、叫んで答える。


 「あるに……決まってる……!あたし……、「歪曲」様に……見初められて「緋色の烏」に……居る!」

 「……「緋色の烏」?ふーん、そうなんだ」


 虚華は蜜柑の言葉に驚くことも怒りを覚える様子もなく、蜜柑を放置したまま部屋を後にする。

 虚華が居なくなった部屋には、蜜柑の呼吸音以外、聞こえる音はなくなった。


 

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