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【X】#2 争いの篝火


 蒼の区域、虚華の滞在しているホテルの一室で、虚華は脳震盪にも勝る衝撃を全身に受けていた。

 この世界にも「感情の喪失」という物を引き起こせる何かが存在するのか、と。

 現状、まだ詳しい話は聞いていない。あくまで透がそういう仮説を立てているだけに過ぎない。しかし、この話が現実になれば、話は変わってくる。

 フィーアまであの地獄の鏡写しになってしまう。そんな事は避けなければならない。

 動揺している自身の身体に鞭打ち、虚華は引き攣った笑みを浮かべ、透の言葉に返事する。


 「「感情の喪失」って?対象を傀儡にする魔術でもあるの?」

 「そこまでは分からない。けれど、時々「廃人化」って単語を聞いたりはしなかったか?」


 廃人化。この一ヶ月蒼に居たが、虚華には聞き覚えのない単語だった。

 それもそうだ、短い時間ではあったが、今迄で出会ったことのなかった種族の人らと一緒に話したりしていたせいで、そういった暗部に触れる機会自体が少なかった。

 まさか、この世界でも「感情の喪失」という問題に直面するとは思っていなかった。

 もうこれ以上、感情を喪失した人間を見たくはない。地獄に居た時の事を今でも夢に見るのに、彼等を見れば、それがより一層助長されるのは目に見えている。

 意識の海に溺れていた虚華は、はっと意識を取り戻す。視線を透の方へ移すと、透はにこやかな笑みを浮かべながら、こちらを見つめている。

 なにか返事をしなければ、なんて質問をされていたのだっけ。そうだ思い出した、廃人化だ。


 「聞き覚えないかも。白でも此処でも。此処ではそんな普遍的な現象なの?」

 「まさか。僕がこのレギオンの主になってからかな。聞くようになったのは」


 透は深く腰掛けたソファで足を組み直すと、虚華の淹れた珈琲を飲み干すと、渋い顔をする。

 どうやらブラックは苦かったらしい。虚華はちょっと待ってね、と透の飲んでいたカップを回収すると新しいのを淹れて、透の前に差し出す。

 今度はミルクと砂糖を少しだけ淹れておいた。透は先程と違うが?といった表情をしていたが、虚華は何も言わずにベッドに腰掛ける。


 「話を聞いてる感じ、今の【蝗害】は随分と評判がいいね「終わらない英雄譚」みたいに恐れられているような事もなさそうだし」

 「彼等が恐れていたのは元リーダーとその側近くらいな物さ。他の有象無象にまで矛先は向けていなかったんだろうね」


 透は淹れたての珈琲をちびりと一口飲むと、目を丸くさせる。どうやらそれぐらいの甘さが彼の口には丁度良かったらしい。

 虚華はニコリと笑顔を向けると、透はそっぽを向く。地獄に居た彼とも状況が違えば、こうして珈琲を飲みながら何でもない話を出来たのだろうか?

 既に死体も腐り切ってる頃合いの彼をどう足掻いても蘇生することなど出来ないのだから、そんな事を考えても無駄だと分かっているのに、有り得ない「IF」を夢見てしまう。

 そんな自身に辟易しながら、虚華も苦い珈琲を一口啜る。この苦さが、自身の甘さを少しでも緩和してくれれば良いのだが。


 「【蝗害】の元リーダー……、罪源信奉団体として活動していた時の話だよね。その元リーダーは罪源の知り合いとかだったりしたのかな。だって、彼等は何かしらの理由で投獄されてた……のよね?」

 「らしいな。僕が産まれた時には既に投獄されていたから、信奉者は年配の人が多かった。けれど、元リーダーは確か二十代半ばの人間だった」


 話はどうやら複雑で混み合った話になりそうだ。本当はあまり透と二人きりで話なんてしたくないのだが、情報は命だ。一つの情報を知らなかっただけで命に関わることだってある。

 この話も大事なものだろう、と自分の心に言い聞かせ、ベッドの側に置いてあるナイトテーブルに置いている珈琲を一口啜る。

 

 「へぇ、そうなんだ。その元リーダーさんはどうしたの?」

 「僕が粛清した……って言えば格好良かったんだけど、実際は側近含めて全員追い出しただけ。そのせいで面倒事になってしまったから、正直殺しておけば良かったって後悔してるよ」


 透は疲れた表情で小さく溜息をつく。声色にも疲れが出ている辺り、彼の言葉は真実なのだろう。

 その時だった、プルルルルと透の端末から通知音が鳴る。これも白にはなかったが、メッセージという魔術を受信したり、読み取るのを機械化することで魔力消費を抑えるスグレモノらしい。

 その端末を開いた透は顔を歪に歪ませる。怒りが表情に滲み出ていたのも一瞬、透は冷静さを取り戻し、虚華の方を向く。


 「悪いが少し付き合って貰おうかな、返事は後で聞くから。飛ぶよ」

 「え?一体何処へ?え、何で窓を開けて……私を身体に縛るの?え、待って、嫌っきゃあああ!」



 __________________



 二階から窓を開けて飛び出した透は、心臓に何処からか取り出したヰデルを突き刺し、異形化させる。

 酷く歪なその身体から、羽根を無理やり生やすと、物凄いスピードでブラゥの外れへと向かう。彼の反応を見るに、恐らくは【蝗害】のアジトへ向かっているのだろう。

 虚華は振り飛ばされまいと必死にしがみつき、ようやく透が止まったと思うと、目の前には闇夜に紛れるのを目的としている真っ黒な戦闘着を身に纏っている亜人が数人、アジトへ攻め入っている。

 炎は上がっておらず、周囲には血痕と、ぐったりと倒れている亜人があちこちに転がっていた。その中には戦闘服を纏っていない者も居る。恐らくは彼等が、透が見初めた【蝗害】の現メンバーだったのだろう。

 虚華は信じられないものを見るような目でアジトを見、呆然と立ち尽くしている。

 

 「こ、これは……」

 「マダ戦闘ハ終ワッテイナイ。中ニハ綿罪ト疚罪達ガ、応戦シテイル筈ダ。悪イガ、愛シイ君。手伝ッテクレルカ?」

 

 「他に選択肢なんて無いじゃん。さっさと片付けて詳しい話は後で聞くから!」

 「呵呵、感謝スル。行クゾッ」


 アジトの入り口を見張っていた戦闘員二人を虚華が急所を銃で射抜き、無力化すると異形化した透と玄緋兄弟を探すべく、アジト内の敵を殲滅して行く。

 広くはないが、侵入者を欺くような構造をしているせいか、あちこちに無理やり壊したような跡が散見される。数人の【蝗害】のメンバーと思わしき遺体は見つかるが、今の所、玄緋兄弟とは出会えていない。

 透が空気抵抗を無視して、高速で滑空する中、虚華はひぃひぃ言いながら透を追い掛ける。

 その最中、透が討ち漏らした敵を虚華がゴム弾で急所を的確に狙撃して、気絶させているが、彼等の装備には特徴的なマークが刻み込まれていた。


 (頭に牙が突き刺さった……熊?獣?)


 虚華が腐食が始まっている死体をまじまじと観察していると、前方から人間離れした声が響く。


 「油ヲ売ッテル時間ハナイ、愛シイ君。先ヲ急ゴウ」

 「はいはい、誰のせいで観察する時間がないのか、後でお説教しなきゃ」


 透が浮遊しながら先導している中、虚華は全力で走りながら透に声を掛ける。


 「ねぇ、この襲撃者達って、やっぱり……」

 「ソウイウ事ダ。話ハ、コノゴミヲ片付ケテカラダ」 

 

 透が広い場所で立ち止まると、何処からかワラワラと襲撃者達が虚華達を囲む。

 全員、頭に何かが突き刺さった獣の刻印を装備に刻まれているが、虚華にはアレが何なのかは分からないまま、銃口を相手に突きつける。

 先頭に居た男が、異形化した透に長剣を突きつけ、叫ぶ。

 

 「居たぞ!【蝗害】の生き残り……アイツはリーダーの夜桜だ!殺せ、殺せぇ!」

 「ヤハリ、アノ時、殺シテオクベキダッタ……」


 後悔の滲む声色を隠しもせず、俯き気味に立ち尽くす透に襲撃者達は一斉に襲いかかる。

 襲いかかった彼等は、異形化した透が腐食化を急激に促進させる歯車を生成できることを知らなかったのだろう、近くに寄った襲撃者から、歯車の餌食になっていった。

 仲間が瞬時に腐り落ちていったのを見た後続の襲撃者達は、透には敵わないと思ったのか、虚華へと対象を変更する。


 「目標変更!対象はあのちんまい女だ!あいつを人質にすれば状況打破できる!」

 「ちんまい女……確かに身長低いけど……」

 

 残った五人程の襲撃者が一斉に虚華へと襲いかからんと走り出すが、虚華は半ば落ち込んだ表情で「欺瞞」に弾丸を装填する。

 慣れた手付きでリミッターを解除し、トリガーを引く。


 「「惑弾イリュージョン・バレット」」


 放たれた五発の弾丸は、各々が意思を持つように動き回り、最終的に全員の頸動脈に着弾する。

 襲撃者達は首から血飛沫を上げ、膝から崩れ落ちて事切れる。全員が即死したのを確認すると、虚華は弾丸を再装填する。

 透はその手付きに感心したのか、小さく拍手する。

 

 「流石、「魔弾」ト呼バレルダケノ事ハアル」

 「流石にムカついたから実弾で撃ったけど、正当防衛でしょ」


 へそを曲げてしまった虚華を撫でることも出来ない体になっている透は、クククと残っているのかも分からない喉を震わせ、口元だけ緩める。

 そのまま、ふわりふわりと目的地である最奥まで動き始めると、後ろから「置いていくなぁ!」と元気な声が聞こえてくる。それだけの声量が出せるなら、きっと大丈夫だろうと、透は先に進む。

 その一方で、虚華は透を後を追い、アジト内を走り回る。そのアジト内に非常に大人数が押し寄せているであろうことは予測できていたが、まさか此処までと思っても居なかった。

 最深部に近づくにつれて、何やら「ギュイィィィンン」と激しい機械の駆動音が鳴り響く。

 虚華は何かが切り刻まれているのではないかと、額に冷や汗をかきながら透の隣を走る。


 「ね、ねぇ。凄いチェーンソーみたいな物の音してるけど、大丈夫なの?」

 「アァ。アレハ、綿罪ノ武装ノ駆動音ダ。アノ音ガ聞コエルト言ウ事ハ、彼女ハ戦闘中ダ。……既二彼女ガ力尽キ、武器ヲ奪ワレテイナイ限リハナ」


 「先を急ごう、彼女にはブラゥでの活動中にそれなりの恩を受けてるから」 

 「音ガ近ヰ。コノ部屋ノ先ダ」


 透が部屋の扉を開ける前から綿罪と疚罪の声が扉越しに聞こえてくる。

 彼等はどうやらまだ生きているようだ。これだけの侵入者をたった二人で凌いできたのだろう。

 外には治療役と妨害役らしき襲撃者が事切れていたが、どうやら玄緋兄弟は扉の外に居る敵に対して攻撃する手段があるのかもしれない。

 血で汚れた扉を虚華が開けると、そこでは玄緋兄弟が一人の女性と戦闘中だった。

 二対一にも関わらず、かなりの接戦のようだ。虚華が加勢するか悩んでいると、透が激昂した声色で女性に罵声を浴びせる。

 

 「僕が留守の隙を狙ってまた襲撃かい?今回は随分手酷い仕打ちだね、いつまで此処に執着してるんだい?」

 「君が首を切って【蝗害】はあたしの物だって蒼の区域に宣言するなら、きっと「歪曲」様も許してくれるんじゃないかしら?」


 透の怒りは彼女の言葉を聞くとどんどん激しさを増していく。

 衣服も装備も蒼の区域にそぐわない程、真っ赤な物を身に纏っており、血を浴びている髪も、玄緋兄弟よりも大分深紅に近い色をしている。

 刺突剣(レイピア)と見紛う程に細く鋭い片手剣を携えている彼女の立ち振舞や所作は、どう考えても騎士や何かしらを守るべき戦い方なのに、彼女がしていることは略奪や侵略と、大きく矛盾している。

 彼女を挟んだ最奥部には、善戦はしていたものの、息絶え絶えといった様子で綿罪は床にお尻をつけ、座り込んでいる。

 そんな綿罪を守らんと綿罪の庇うように立ちはだかり、鞄型の武具を片手に、肩で息をしていた疚罪は透達の到着を確認すると、糸が切れたかのようにその場に倒れ込む。

 

 「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?あの兄弟は」

 「大丈夫ダ。僕ガ来タカラニハ死ナセナイ」

  

 透の言葉を聞いた襲撃者のリーダーはアハハハッと甲高い声で高笑いすると、キッと鋭い眼光で虚華達を睨みつける。

 

 「あらあら、随分とあたしを舐めているようね。あたしが連れてきた連中に見覚えはあったでしょう?」

 「アァ、お前ト一緒二追放シタ奴ラダッタナ。ソレガドウシタ?」


 「人を捨てると、人間が持つべき感性まで失っちゃうのかしらぁ?嫌ネェ、そんな彼等を殺して、葛藤とかはない訳?」


 透が反論しようとしていたが、虚華が制止する。彼女のことは詳しくは知らないが、このまま話をしていても、負傷している玄緋兄弟の傷を治療することは出来ない。

 速戦即決しなければ、彼等の命の危険もある。生かすも殺すも逃げるも、早い判断が必要だ。

 虚華は大きく深呼吸をすると、血に塗れた女と対峙する。選択を誤るな。

 考えに考え、絞り出したセリフは極々簡単なものだった。

 

 「はじめまして、私はホロウ・ブランシュです。貴方は?」

 

透が異形化しているのを分かりやすくするために、喋り方を書き換えてみましたが、読みにくくはないでしょうか…?

もしなにかご意見などあれば、お気軽にコメントなどを残していってくださいね!

投稿遅くて申し訳ございません……、この亀ペースですが、今年も残り一ヶ月、よろしくお願いします!

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