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【Ex】#2 空を見上げた魔女は、耳を覆い隠す

【Ⅸ】#18の臨視点であり、虚華が寝不足なせいで意識が半分飛んでいた時のお話です。



 臨は乾いた笑みを浮かべながら、現状を鑑みる。

 自分以外の「喪失」メンバーはたった二人に完全に無力化され、意識を失わされている。

 相手がこちらを殺そうとする意志がないのは葵に「伝播する負傷」を使用した際から気づいていた。

 ただただこちらを始末するだけなら、そのまま息の根を止めてまわればいいだけの話なのだが、ご丁寧にあの魔女は意識だけを奪い、大きな傷を負わせることはしていなかった。

 完全にこちらの敗北は決定しており、残るは自分一人となっているのだが、一向に黒き聖女は攻撃を仕掛けてこない。

 臨は引き攣った笑みを懸命に隠し、黒き聖女を挑発する。

 

 「来ないのか?「虚妄」の魔女」

 「私は構いませんが、貴方は彼女と話をしたいのではありませんか?」


 同郷の存在であることを、依音は話したのだろうか?

 それにしてもこの魔女はどうにもこちらに対して妙に慈悲深い。

 顔を合わせる度に命を奪おうと一心不乱に襲いかかってくる敵など、さっさと殺してしまえば面倒でもないのに、どうして毎回致命傷を与えずに追い返すのだろうか?

 ……まさか、そういう事なのか?有り得ないと無意識に選択肢から外していた可能性を今更脳裏から取り出し、思案する。

 しかし、決断にそう多くの時間を費やすことは出来ない。速戦即決する必要がある。

 自分は、ちゃんと笑えているのか。ガチガチに固まってしまった表情筋に鞭打ち、自分なりに笑う。


 「……随分と貴様は彼女を信じているんだな。余程洗脳技術に自信があるみたいだ」

 「貴方の糸じゃありませんし、私にはそこまでの力はありませんよ」

  

 臨は自身の糸を馬鹿にされた事に不思議と怒りを覚えることはなかった。

 ただ、黒き聖女が虚華である可能性があるにも関わらず、彼女と話していても、彼女が虚であるのか分からない自分の不甲斐なさに、憤りを感じているのだ。

 そんな自分の顔を見た魔女は何も言わずに、出灰の背中を押す。押された側の出灰は何を考えてるの!?といった表情で魔女に抗議しているが、どうやら聞く耳を持っていないようだ。

 彼女達はどう考えても隙だらけに見えるが、きっと逃げ出しても無駄だろう。それに、仲間を五人も担いで魔女達から逃げられるとも思っていない。

 暫く二人のやり取りを眺めていると、出灰が折れたらしく渋々臨の正面に立つ。


 (久方振りの再会だって言うのに、そんな不服そうな顔されると何だか悲しいな)


 射出するつもりなど、サラサラ無かったが一応構えていた射出機構を下ろし、何とも言えない表情で臨は出灰を視界に入れる。

 不満げな顔をしている昔死んでしまった仲間に対して向ける顔なんて、分からないのだ。

 ただ、状況はどうであれ、敵として此処で争っていた。その事実だけは存在する。

 臨はスカートの裾を強く掴み、悔しそうに奥歯を噛み締めた。


 「じゃあ後は二人で話しておいで。私は近くを散策してるから。チリツモな話もあるでしょ」


 黒き聖女は臨の元に出灰を押し出すと、手を振ってその辺を散策するべく離れていった。



 _________________________




 臨の前に立った依音はどうにも不服そうな顔をして、こちらを見ている。

 まるで話すことなんて何ひとつない。そう言わんばかりだ。彼女は昔から何一つ変わらない。

 その姿も、性格も、何を考え、どうしてそう行動しているのか。そういった面々が変わっていないことに、涙が出そうな程、安心感を覚えさせる。

 二人きりの方が話しやすいと判断したのか、黒き聖女は二人の元から離れ、近くを散策している。

 決して声は聞こえない距離、けれど二人が何をしているのかはちゃんと分かる、そんな距離感。

 臨が黒き聖女に目を取られていると、依音がずいっとこちらに近づいてくる。

 指をぱちんと鳴らし、二人の周りに結界のようなものを展開した。

 一瞬だけ緑色の結界が輝くと、すぐに透明になり、周囲の空気と混じり合って姿を消す。

 

 「この結界、防音結界か?主に聞かれたくない話でもしたいのか?」

 「あら、貴方がそういった話をしたいと思って、ヴァールも私も気を使ったのよ?」


 臨は依音の言葉に反応して、結界の外に居る黒き聖女に目を向ける。

 彼女は確かに、視界に自分達を入れることなく、眠そうに欠伸をしている。

 その姿は本当に「七つの罪源」なのかと目を疑うレベルのものだ。

 魔女からの攻撃が来ないことを確認できると臨はスカートの裾を持って丁寧なお辞儀をする。

 

 「随分と優雅な礼ね。此処に来てから貴方が何を学んだのか、よく分かるわ」

 「……驚かないのか?この格好に」


 「勿論驚いているわ。けど、時間が惜しい。互いに有益な話をしましょう?」

 「……そうだな」


 時刻は夜が明け、そろそろ人が起き出す頃合いだ。得られる情報を可能な限り沢山仕入れたいのは、臨側としても同じだ。

 それに、依音が早く切り上げた方がいいと言っているのは、気を失っている「喪失」の面々の心配や、「エラー」が復活した際に、再度争いになるのを避けたいからなのだろう。

 貧乏揺すりが止まらない、依音を見るに、あまりにも言葉を考える時間は少ない。


 「本来なら、おかえりと言いたいところだが、君はこちらに戻るつもりはないのだろう?」

 「無い。戻る理由も、メリットも無い。まさか、貴方が理由になると思った?」


 こちらを嘲笑うような仕草は、完全にこちらを煽っているようにしか見えない。

 けれど、彼女は随分昔に殺されたまま、蘇生された幼い子供でもある。知性溢れる話し方の裏には年相応の邪悪さが孕んでいてもおかしくはないのだ。

 ただ、彼女のこの言葉は、今の「喪失」に虚華が居ない事を既に把握しているという事になる。

 臨は依音から知らないといけない事を無理やり引き出ねばならない。

 相手の言葉の真偽が分かる才能がある臨にとって、真実が毒になる事は多々あるのだ。

 彼女の言葉を感情抜きで、飲み込み、余裕そうな表情を浮かべ、彼女の言葉を受け流す。

 

 「ならないだろうな、あの頃の僕とは変わった事を知らない出灰は何にも知らないのだから」

 「見てれば分かるわよ、相当変わった趣味嗜好をお持ちなようですけど」


 依音の視線は臨が纏っている新緑のドレスに向けられている。

 戦闘用に改造されているそのドレスは華美さを失わずに、動きやすいように調整に調整を施している。

 そのお陰で、一着作るのにかなりの金額を要するが、着なければ射出機構が反応してくれないのだからしょうがない。

 そう心に言い聞かせて、一年の歳月が過ぎたが、今では女装をしていないと落ち着かないのだから、重症と言わざるを得ない。

 依音の視線がグサグサと臨に刺さり、その言葉が真実であることにもダメージを受ける。


 「それで?変態な黒崎くんはどうしてこんな場所に?彼女がどういう状況に置かれているのか、知っているのでしょう?」


 依音の視線の先には、フィーアの依音と琴理が隣り合って倒れている。

 恐らくは琴理の処分検討の話の噂だろう。イドルがそんな事を広めていると風のうわさで聞いてはいるが、当の本人は自分達の目の前で伸びていたのだ。信憑性が低い捏造の可能性があると、臨はあまり重要視はしていなかった。


 「あぁ、あの噂か。勿論把握はしているが、実際にまだ中央管理局は動いていない。今の段階で出来る事は真実を知ることだ。違うか?」

 「黒崎くんは昔から、甘いままなのね。そんな物、彼女の作った疑似ヰデルヴァイスが発見されたら、現行犯逮捕されるのよ?」


 そんな事は分かっている。だから今「喪失」の面々は琴理を守るために疑似ヰデルヴァイスの情報を得るために遠路遥々ブラゥにある琴理のアトリエまで来ているのだ。

 蘇生されて間もない筈なのに、彼女は自分達と同等かそれ以上にこの世界についての情報を仕入れている。

 自身の感情が昂ぶっているのを感じながら、臨は声を荒げる。

 

 「そんな事は分かっている!だから虚の事を探しながら、疑似ヰデルの事を調べるために此処まで来たんだ。そういう君はどうしてこんな場所に居るんだ」

 「私?まぁ、()()()()()()。ヴァールが単身で此処まで来ているから怪しいと感じて尾行したんだけど、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 臨は依音の嘘に眉を顰める。彼女はいつも通りの余裕な笑みを浮かべている。

 恐らくはわざと嘘をついたのだろう。それを鑑みて、依音の言葉を整理すると、こうなる。


 『私?“何かしらの思惑で此処まで来てね”。ヴァールが単身で此処まで来ているから怪しいと感じて尾行してたんだけど、まさか黒崎くんと“戦闘出来るなんてね”』


 こういった感じだろうか。恐らく戦闘することになるとは思ってなかった、という文面はヴァールが臨達と戦闘になった時から、戦うことを覚悟していたのだろう。

 折角、臨が自身の糸でヴァールを縛り付け、悪夢に堕としたというのに、邪魔が入ったときは心底驚いたものだ。

 こうやって自分の口では真実を語らない癖に、人に情報を渡すことだけは本当に上手いのだ。

 狡賢い依音に心の中で臨は唾を吐きながら、小さく溜息を吐く。


 「そう、僕としては戦わずして人質が取れて良かったんだけど。君が邪魔してくれたお陰でその計画もおじゃんだ」

 「そんな事されたら私が困るもの。全力で邪魔するに決まってるじゃない」


 呆れた表情で依音は懐から徐ろに銀の懐中時計を取り出す。どうやら依音が設けたタイム・リミットが来たようだ。

 依音は帯刀していた片手剣状の魔導杖を抜刀し、勢いよく振り下ろし、結界を破り去る。

 先程まで透明だった結界は、緑色のガラス細工をぶち破った時のように粉々に散り、周囲の音が臨の耳にまで届くようになった。

 そのまま、ヴァールの元へと向かおうとしていた依音は小さな声で、あ、と言い振り返る。

 

 「そのアトリエの中に入るのは止めといた方が良いわ。中に手練が二人居るから」


 それだけを言い残すと、依音は振り返ることなくヴァールと共にこの場から去ろうとする。

 一言言ってやらねば気が済まない。そう思った臨は、ヴァールに声を掛ける為、駆け寄る。

 

 「お前、ヴァールと言ったな」

 「わ、私?何でしょうか?」


 臨がいきなり話を振ったせいか、黒き聖女は動揺したような声色で、こちらを向く。

 臨は精一杯の美しい微笑を顔に貼り付け、ドスの効かせた声でヴァールを威嚇する。


 「お前がどんな罪を犯したのか知らないが、ボクの仲間の瞳を曇らせるなよ」

 「えぇ、畏まりました。貴方こそ、良い結末を迎えられますように」


 黒き聖女が演技じみた仕草をしている中、臨は簡易的に治療魔術を施す。

 起こす順番は考えていなかったが、「エラー」だけは最後にしておかないといけない。そうしなければ、きっと彼女はヴァールに再度噛みつくだろう。今度は殺されてもおかしくはない。

 案の定、臨が「エラー」を起こした途端に、「エラー」は近くに落ちていた展開式槍斧(ハルバード)を握り締め、起き上がる。

 一度敗北した結果、怒りや憎悪を全身から漂わせている彼女は、とても先程まで伸びていたとは思えない。

 

 「おのれ、非人の分際でぇ……!殺してやる!!刺突征跋!!」

 

 「エラー」は依音を視認すると、握り締めた展開式槍斧を依音目掛けて突進しようとする。

 臨は、依音目掛けて突進している「エラー」を見て、「エラー」の前に起こした目を擦りながら身体を伸ばしていた琴理に任せ、糸の射出機構を作動させる。

 同じ顔をしているのに、どうして此処までこの女は我慢ができないのだろうか。

 

 「「エラー」、「縛」」


 射出機構から目にも見えない程細い糸が「エラー」に向けて何十本単位で飛び出し、「エラー」の四肢に巻き付く。

 猪突猛進という言葉が似合う程、我を忘れて走り出していた「エラー」は臨の糸に縛られても尚、収まる気配がなく、糸を引き千切らんと身体を攀じる。


 「があぁぁ!!」

 「人以外を(なじ)るのは勝手だけど、理性を飛ばしている彼女が一番獣だと思うんだけどね」


 臨はため息をつくと、キリキリと作動している射出機構から更に糸を射出する。


 「支配(ドミネート)

 

 「エラー」の脳や身体に巻き付いていた糸が身体に侵食していき、糸は見えなくなる。

 完全に糸が見えなくなった頃には、「エラー」の暴走は終わり、その場にぐったりと倒れ込む。

 臨は眉を下げて、困ったような表情を見せ、糸を操作して「エラー」を起き上がらせる。

 

 「同姓同名であっても、同一人物ではない事は、この世界の虚や出灰や緋浦と出会って身に染みる程良く分かった。だからこそ、ボクは君の行動を陰ながら応援させて貰うよ」

 「ありがとう、私は私なりに頑張るわ」

 

 臨は、仲間としては行動できないけど、とだけ付け足すと、他の四人と一緒に南下すると言い、アトリエを後にしようとする。

 ヴァールと依音もその後は攻撃などはしようとせずに、ただ二人で何やら話していた。

 臨は「喪失」の面々を起こし、撤退の準備を進める最中、手早く詠唱をし、索敵魔術をアトリエ内全域に範囲を絞り、発動させる。


 (確かに居るな、今の僕達じゃ厳しいか)

 

 結果は対象二。何かしらの生命体がアトリエ内に居るようだ。そのうちの一人は入口付近で待機しているのを見る辺り、外に誰が居るのかをある程度把握した上で、入ってくれば迎撃するつもりなのだろう。

 調子が万全ではない今の面々では勝てない可能性がある。慈悲深い彼女らとは違い、命の奪い合いになるのならば、尚更この場は退いた方が懸命だろう。

 縛り付けた「エラー」を手荷物のように持ち上げると、臨達は来た道とは違う方角へと向かった。

 

 

 


【プチ補足】


Q.何で虚華が聞いていた内容と臨と依音の会話が違うの?

A.虚華があまりの眠気のせいで話を殆ど聞いていなかったため、脳内補完をしていた+依音の防音結界に会話内容を誤認する機能があり、虚華が二人の会話を聞くことが出来なかったから。


Q.虚華が持っていたはずの形見の懐中時計を何で依音が持っているの?

A.元の持ち主に返しただけです。依音自身も、何処で手に入れたかは覚えていないそうですが。



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