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【Ex】#1 黒き聖女も目を瞑り、空を見上げる


 黒き聖女とその従者に破れた臨達は、街と街の間にある野営地で、テントを設営し、夜を過ごそうとしていた。

 幸い、臨達が居る場所は食料が少ない雪華ではあったが、臨が斃していた雪狼を干し肉にしていたお陰で空腹になることはなかった。

 しかし、「喪失」内の空気は凄惨たるものだった。それもそうだろう。

 前回辛酸を嘗めさせられた「七つの罪源」の一人、「虚妄」のヴァールに再び相まみえ、戦闘になったが、敗北したのだ。一対一で負けたのならまだ合点がいくが、六対二、数的アドバンテージはこちら側に圧倒的にあり、パーティの構成なども鑑みれば、負ける可能性は非常に低いものだった。

 「喪失」の中で一番納得がいっていないのか、非常に不機嫌になっていたのは「エラー」だった。

 大きな焚き火を囲み、各々が夜の時間を過ごしている中、「エラー」はポツリと思いを吐露する。

 

 「何で私達は負けたのでしょうか?圧倒的に私達に利があった筈です。欠点であった部分はブルームさんの“糸”によって補っていたので、問題は無かったと思ったのですが……」

 「………………………………」


 誰も彼女の言葉に返事をしようとはしなかった。皆、理解しているのだ。

 敗因が何だったのか、敗北を濃厚にしたのは誰だったのかを。

 しかし、それを答えてしまえば、きっと彼女を傷つけてしまう。だから誰も何も答えないのだ。

 その優しさがきっと彼女を此処までノンデリカシー少女にしてしまったのだと、臨は少し離れた場所で暖かいスープを片手に観察を続ける。

 「エラー」とは焚き火の対称になる位置に座っている琴理は、ヴァールにやられた傷が完全に癒えていないのか、「エラー」の言葉に過敏に反応している。

 琴理だけが、ビクリと反応した後、ぷるぷると体を震わせている。そんな琴理を依音が抱き寄せて慰めている。

 楓は双方の間に挟まれ、どうしたものかと、オロオロしているが、状況の打破に動く様子はない。

 雪奈もこの現状に何も口を挟まずに、焚き火を見ながら、装身具を点検している。

 この状況だけを見れば、楓を除き、双方の関係が完全に加害者と被害者の間柄に見えるのだが、実際問題そうでもないのが、現状を難しくしている要因でもあるのだ。

 

 (僕が動くべきだろうな、白月には期待出来ない)


 温かいスープを飲み干し、臨は切り株から立ち上がり、「エラー」の元へと歩み寄る。

 接近に気づいた「エラー」は臨の方に顔を向け、困ったような表情を向ける。

 

 「あ……、ブルームさん。貴方はどう思いますか?先程の戦闘で、負けた要因は何だったのでしょう?」

 「簡単な話だ、僕らの弱い部分を的確に突かれた。そして相手はこちらの弱点を知っていたのに対し、こちら側は相手の弱点を突くことが出来なかった。だから負けたんだ」


 「エラー」は不思議そうな顔をして、腕を組む。恐らくは臨の言葉を自分なりに噛み砕こうとして、頭の中で必死に整理しているのだろう。

 セントラル・アルブではそれなりの成績を収めていたと聞くが、臨が目にしたものだけで判断すると、とてもそうは見えない。

 とどのつまり、アホの子にしか見えないのだ。それは考えている時の仕草からでも容易に想像がつく。

 「エラー」が考えている間も、琴理はぷるぷると震えており、それを抱き締めている依音は何故か、こちらをとても鋭い目で睨みつけている。


 (何で僕まで目の敵にされなきゃならないんだ……)


 お前らが教育を怠ったから、今のこの状況になっているというのに。心の中で彼女らへの悪態をつきながら、臨は視線を再び「エラー」へと向ける。

 この先、白に戻ろうとも、蒼に滞在し続けるにしても、いい加減、彼女の考え方を改めておかなければ、このトライブは崩壊への一途を辿るだけなのだ。

 「エラー」は暫くの間、唸り声を上げながら考えていたようだったが、遂に答えには辿り着かなかったようで、項垂れたまま、小さな声を上げる。

 

 「ブルームさん、もう少しヒントを貰えませんか……?私には詠唱破棄という犯罪級の魔術を使用できる別世界の出灰さんが強過ぎただけに思えるのです……。言葉を変えるならば、相手が悪かった。そう思うのですが、違うのでしょうか?」


 臨は彼女なりの回答を聞いて、目を細める。「エラー」からしてみれば怒っているように見えたようだったが、臨は存外的確な回答だと感心していたのだ。

 

 「命が掛かっている争いで、相手が悪かった。という解答は逃げでしか無い。相手達は圧倒的人数不利の中、知恵を振り絞ってこちら側を撃破、撤退させた。ならば、我々も反省点を洗い出し、次に繋げる必要がある。……折角誰も死なずに戻ってこれたのだから」


 臨の表情には哀愁が漂っていた。

 この場の人間全員、臨が今までどういう人生を歩んできたか知らないが、この世界に来ざるを得なくなった程追い詰められていたことだけは知っている。

 現状、ディストピア出身の「喪失」は虚華、臨、依音の三人しか居ないのだ。

 齢十五にしてそれだけの仲間を失いながらも、世界から逃げることから逃げてこなかった臨のその言葉に、反論の異を唱えるものは居なかった。

 また静かになってしまった空間に手を上げ、意見を述べたのは先程まで黙りこくっていた楓だった。


 「俺が思うに、奴らの決め手になったのはあの黒聖女サマが自分の眉間を銃で撃った後からだよな?あれは何であんな事をしたんだ?」

 「簡単な話だよ。ヴァールが用いた魔術「伝播する負傷(シンパシー・ダメージ)」は自身の負傷、状態異常などを特定の対象に擦り付ける物だ。時折、魔術に秀でている者が回復目的で用いることがあるのだが、あぁいった使い方をする輩は初めて見た」

 「伊達に「罪源」名乗るだけのことはあるって訳か……見てくれは可愛いのにこえぇな」

  

 臨の言葉に、楓は自身の二の腕を擦り、身震いする仕草を見せる。

 ヴァールが眉間に銃で撃った時から嫌な予感はしていたのだ。彼等はフィーアにおける大犯罪者。どんな理由で投獄されたのかまでは知らないが、相当の戦闘力を有している者達ばかりな筈。

 戦闘に対する考え方も恐らく違っていた。イズは当然のことだが、ヴァールという存在も()()()()()()()()()()()()()()()

 イズや自分以上に凄惨な状況を経験していなければ、自傷して瀕死になってから、「伝播する負傷(シンパシー・ダメージ)」でダメージを相手に負わせるなんて考え方は出来ない。

 そういった自身の命をも天秤に掛け、的確に攻撃を仕掛けてくる彼女らと、あくまで探索者の延長でしか戦闘経験のないこちら側では圧倒的に経験値の差が大きかった。

 だから自分は補助に徹し、前衛の戦闘力を底上げするべく動いていたのだが、ヴァールは的確にこちらの弱みを攻撃してきたのだ。

 皆が自分の中で考えを纏めている中、臨は言葉を続ける。


 「僕らの今の構成は前衛三、中衛一、後衛二だ。この状況で前衛を一人ずつ潰していったとしても、ある程度の負傷であれば、葵が回復することが予想出来る。相手は端からこちらを殺す気はなかったからな。ならば回復が出来る僕か、葵を潰すのが最優先だと相手は考え、ヴァールは「伝播する負傷(シンパシー・ダメージ)」を葵に掛けた」

 「その結果、琴理がパニックを起こし、詠唱破棄によって後衛が完全に機能停止、補助や治療が得られなくなった前衛は攻めが甘くなり、最終的にヴァールの魔弾に倒れた。と言った感じかしら?」


 臨は最後の最後で美味しい所を持っていった依音の事を冷たい目で睨み、小さく溜息を吐く。

 臨が思ったことを言えば、この集団はすぐに崩壊する。まるで一歩間違えれば即死するゲームをさせられている気分だ。

 ふむふむと頷きながら、考えが纏まったのか「エラー」は目を輝かせる。


 「つまりは、詠唱破棄によって戦線が崩壊してしまったのを、再構築することが出来ずに負けてしまったのが敗因って訳ですね!」

 

 なるほど!と目を輝かせ、自分なりの答えを得て満足気になっている「エラー」の反応に皆が呆れている。

 臨は臨で、如何にディストピアで育った方の虚華がまともだったのかを再認識しながら、こちら側の結論を「エラー」にぶつける。

 

 「あぁ。詠唱破棄を使用し続けているイズが戦力にならない中、前衛三人も居ながら後衛向きであるヴァールを無力化出来ていなかった時点で、僕らが勝てる相手じゃなかったんだろうね」

 「コイツ(ブルーム)の言う通りだ。あたしら三人掛かりでもヴァール一人無力化することすら出来なかった。特に結白、お前が先走った結果でもあったがなぁ?」


 臨の意見に賛同するように、雪奈が装身具を嵌めたまま立ち上がる。すっかり戦闘状態に移行している雪奈はこめかみに青筋を浮かべながら、「エラー」の胸ぐらを掴み上げた。

 いきなりの凶行に驚いた「エラー」は苦悶の表情を浮かべ、雪奈を視界に写す。

 

 「いきなり、な、何をするんですかっ。く、苦しい……」

 「あたしは一回死んで借り物の身体で生きてる死骸だ、皆が言いにくそうにしてるから言ってやる。確かに今回、負けたのはあたしら全員が弱かったからだ。前衛のあたしらは三人掛かりで前衛ですら無いヴァールに深手を負わせることが出来ず、後衛の葵と出灰は魔術を完全に封じられ、相手の詠唱破棄?に抗う術がなく負けた。だが、お前だけは冷静な判断をせずに、相手が非人だと言う理由一つでリーダーであるブルームの指示を無視して動いた。それについてはどう思う?」


 雪奈の鋭い眼光に怯えた「エラー」は目線を雪奈から逸し、気まずそうな顔をした。


 「だって……味方の命の危機だと思って……身体が勝手に……」

 「その考えは殊勝だ。時にはその勇敢さに救われることがあるかも知れない。だが、基本的にリーダーの指示に従わない部下は組織に要らないんだよ。無能な部下を背負うリスクの方が大きいからな。勝手な行動をした結果、大きなディスアドバンテージを被る位なら、切った方がマシだ。お前はとっとと人類排他的主義の白に帰れ。此処から先は人種以外が跋扈する環境だ。一々牙を剥くなら、敵以上にお前は邪魔なんだ」


 冷静に怒る雪奈の手を臨は下ろすように合図をする。

 先程、リーダーの指示に従わない部下は要らないと言ったばかりだ。自分の指示に抗うとは思えない。

 案の定、こちらをジロリと睨みはしたが、最終的にパッと手を離し、「エラー」は久方振りに地に足をつけた。

 長い時間首を絞められていたのか、咳込み、嘔吐きながら「エラー」は臨を見る。瞳にはどうして私がこんな目に合わなければならないのかと言った感情が見て取れる。

 臨は地面にへたり込んでいる「エラー」に視線を合わせるべく、しゃがみ込む。


 「なぁ、「エラー」。お前は何のために「喪失」に居るの?此処で何をしたいの?」


 「エラー」は臨の言葉に、暫しの間考え込むような仕草をした後に、口を開く。


 「私は……琴理を守りたい。非人を殺したい気持ちに変わりはない。けど、それよりも今は処刑される琴理をどうにかするのが先。もし仮に中央管理局が敵になったとしても、守りたいの」

 「……なら、まず先にそのどうしようもないデバフをどうにかしな。話はそれからだろうな」


 雪奈がそれだけ言い残すと、再び装身具を取り外し、何処から取り出したのか、お手入れセットでピカピカにするべく磨き始めている。

 臨は一連のやり取りを見て、小さく溜息を吐くと空を見上げる。

 空気が澄んでいるのか、とても綺麗な夜空だ。星もキラキラと輝いており、思わず目を奪われた。

 今も何処かで、虚はこの空を眺めているのだろうか。

 そんな事を考えながら、臨は今の仲間達を守る為に、苦心することを覚悟する。

 

 

 

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