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【Ⅸ】#22-Fin Okay, let's go with your idea



 「これ以上、中央管理局の力が強くなっちゃ困るんだ」


 綿罪の瞳には決意のような物が滲み出している。周囲の空気も数刻前までとはまるで違う。

 先程までの雰囲気がすっかり鳴りを潜めており、ここからは言葉を選ばなければならないと、虚華の本能が訴えかけている。

 彼女の言葉の意味をそのまま捉えると、中央管理局が強大な組織であり、かつ葵琴理の強大な武具(ヰデルヴァイス)を作成する能力を有してしまうと、誰かしらが困るという事を言いたいように聞こえる。


 (言葉の流れからすれば、困るのは【蝗害(アバドン)】だろうけど、どうにもそれだけじゃない気がする)


 虚華はゴクリと生唾を飲み込み、意を決して綿罪に問いかける。

 震える手を抑え、雰囲気が豹変してしまった綿罪を視界に入れ、固く拳を握りしめる。


 「ねぇ、綿罪さん。困るのは貴方達だけ?それとも蒼の皆の為?」


 虚華の質問が余りにも突飛だったからなのか、綿罪と少し離れた場所で芋虫状態になっていた疚罪は二人して目を丸くして虚華の顔を見ていた。

 しまった、この質問は墓穴だったのだろうか。彼女らの反応がどういう意味を持っているのか、理解出来なかった虚華は、互いの顔を見やっていた二人の言葉を待つ。

 暫しの間、琴理の私室には沈黙が流れたが、その沈黙を破ったのは綿罪の笑い声だった。


 「面白いこと聞くんやなぁ、ホロウちゃんは。でもそっかぁ、ほんまに知らんねんな……」

 「そらせやろ。白しか知らんかったらそんなもんや。『背反』みたいなんが異質なだけや」


 彼等の話の中で聞き覚えのある名前が出てきた。『背反』。過去に己の屋敷の人間を全て悪趣味な調度品に変えられていた白の区域の最大レギオン「終わらない英雄譚」のリーダー。

 そう言えばあの時、『背反』に聞けなかったことが幾つかあった。

 ジア焼き討ち事件の際、【蝗害】が焼かなかった場所を「終わらない英雄譚」は燃やして回っていた。その際に何か、二組織間で話し合いなどがあったのだろうか?そもそも彼等は『背反』と面識があったのか。

 今聞いておかないといけない気がした虚華は、ふと口を開いた。


 「『背反』を知っているのですか?」

 「……?そら知ってるやろ。あん時に一緒に街焼いたんやから」


 変なことを聞くなぁと、疚罪はゴロゴロと地面を這いずり回る。その疚罪を綿罪はゲシゲシと足蹴にしながら、虚華の方を向く。


 「うちらの目的はさっき説明したけど、もう「終わらない英雄譚」は壊滅したって聞いたで。あいつも滅茶苦茶な力持っとったのに、死ぬときはあっけないもんやなぁ」

 「滅茶苦茶な力……?あの人はそんなに強かったんですか?」


 綿罪も虚華の言葉を聞くと、訝しげな表情を見せる。どうやらお喋りが過ぎたらしい。

 少し考え込む仕草を見せた綿罪は、まぁいっかと小さく独り言を呟くと、『背反』について話し始める。


 「ホロウちゃんが、あいつをどう思っとんのか知らんけど、あいつは化け物やで。触れた相手を簡単に洗脳状態にできる「超依存体質」に、その洗脳状態に陥らせた相手の能力を強制的に譲渡させ、自身のものにする「能力簒奪」。そして相手に触れる為の魔術や話術を学んだ彼は、触れられると不味いと自覚していながらも、その背徳感に人間を負けさせるカリスマ性などが兼ね備えられとったんよ」

 「そ、そんな凄い人だったんだ……」


 虚華が引き気味に驚いていると、綿罪は眉を顰める。

 まるで白の区域で生活していたのに、彼のことを何にも知らないのか?とこちらを咎められている気分だ。

 それが自身の妄想だということに気づかないまま、綿罪は言葉を続ける。

 

 「だからそんなヤバい奴があっさり殺されるとは思ってなかったんよな。他にもエグい力持った魔導具とかもゴロゴロ持っとったし。やから死んだって聞いたときはマジでビビった」

 「せやな。純粋な戦闘力が高いタイプじゃなかったけど、こと勝負に負けるとはワイも思ってへんかったわ」


 彼女らの言葉を聞いた虚華は、あの時の状況を脳内に再構築させる。

 彼はこちらに近寄ることが出来ない程に弱っており、言葉絡みの話術は臨の見破る力によって無力化されていた。

 あの時の雪奈は既に“雪奈”へと入れ替わっていた筈なので、魔術的な介入は一切なかった筈だと推測すると、やはり自分達と出くわす前に、誰かしらに手酷い仕打ちを受けたと考えるのが妥当だろう。

 それなりに時間が経った今でも、その誰かしらの見当すらつかないことに、少し心の靄が掛かってしまうのだが、終わってしまったことに時間を費やし続けることが出来るほど、虚華は暇ではない。

 彼等の語る『背反』は相当の存在感を放っていた手練だ。確かに白の区域最大手のレギオンを経営し、存続させていた人間が弱い訳がない。

 深まる謎に虚華は唸り声を上げながら、考え込むが、まだ足りていないピースが多すぎて、答えが見つからない。

 虚華の唸り声が、空いたティーカップへのお代わりを要求しているものだと判断した綿罪は、トクトクと急須から緑茶を注ぎ、虚華の前へと差し出す。

 

 「はい、お代わりどうぞ」

 「え?あ、ありがとう」


 虚華が差し出された緑茶をちびちびと口に運ぶと、優しい苦味が口内を刺激する。

 白の区域にはなかった味覚を味わっていると、こちらを見ている綿罪が「話が大分逸れてもうたな」と小さく舌を出す。

 その見る人が見れば、堕ちるであろう仕草から目をそらして虚華は、ただひたすらに目の前のティーカップと格闘する。

 

 「話を戻すけど、此処は白と違って中央管理局の干渉が強いんよ」

 「干渉が強い?」


 虚華は綿罪の言葉を鸚鵡返しで発した後、白の区域での生活を振り返る。

 中央管理局の制服は白い軍服のようなもので、一年半ほど過ごしたジアでその制服を着ていた人間は、運び屋兼探索者をしていたイドル・B・フィルレイスただ一人だけだった。

 彼女が着ていた物が中央管理局の制服だと気づいたのも、出会ってからそれなりに時間が経ってからだった上に、彼女がそういった仕事をしている様子も見た覚えはない。

 その後、白の区域長の側近としてイザヴェラとシェリルと名乗る中央管理局の職員らしき女が二人、着いていたのは覚えているが、話をする前に黒崎臨に殺されてしまっている。

 総じて、虚華が白の区域で生活している中で、中央管理局の職員が自身らの生活を侵食してきた覚えは殆どない。

 しかし、彼女の「蒼の区域は中央管理局の干渉が強い」という言葉に対して理解が追いつかない。

 

 「白では中央管理局の人は殆ど見なかった……」

 「せやろなぁ。あっこは区域長とその娘が外からの干渉を拒んでたし」


 「私、白以外は殆ど知らないから、蒼がどうとかあんまり詳しくないかも……」

 「そういう意味では白が一番恵まれてたかも知れへんね。あ、せや」


 キラキラした目で綿罪はこちらを見ている。非常に嫌な予感がする。

 この手の何かを思いついた顔をする輩は大抵碌なことを思いついていない。

 これは虚華の過去の経験からくるものであって、外すことはそう多くない。

 満面の笑みを浮かべ、虚華の手を握り、上下に虚華の手を振り回す綿罪は笑う。


 「暫くの間、蒼に居るんやろ?折角探索者してるなら、見て回ったらええやん」

 「えっ……?見て回るって……?」


 虚華の反応をとぼけているのだと判断したのか、綿罪は呆れ半分面白半分の表情で、テーブルの上で指を組む。

 

 「どうせ、事情があって白を出たんやろ?うちらの言葉が嘘ちゃうってのを知る意味を込めて、暫くの間は蒼で探索者家業やりぃな。あれやったらうちん所も仕事斡旋しとぅし、いい刺激になると思うで?」

 「え、えぇ……?でもそんな簡単にこっちでも探索者の依頼って受けれるの?」


 恥ずかしいことながら、虚華は白の区域以外のギルドやトライブ、レギオンのシステムを詳しくは知らない。

 白では複数人でないと受けられない依頼だったり、複数の条件にクリアしないと受けられなかった物も幾つか見受けられていたのだが、そこら辺を加味しても大丈夫なのだろうかと、虚華は不安な表情を見せる。

 

 「そんな心配そうな顔せんでええで。もし人手とか足らんかったら、うちらが一緒に動いたる」

 「何でそこまでしてくれるの?私なんてただの探索者だよ?」


 今も地面に転がっている疚罪と綿罪は顔を見合わせる。

 いい加減起きてほしかったのか、綿罪は疚罪に手を差し伸べ、起こすと疚罪はそのまま虚華に手を差し伸べる。


 「罪滅ぼしって訳やないけどな。罪のない人まで傷つけたのは申し訳ないと思っとる。リーダーが変わった今、その罪滅しとして、ワイらの力が必要なら思う存分頼って欲しいんや」

 「勿論無理強いはせん、あくまで手札の一枚として置いといてくれたらええわ。ただ、リーダーには内緒な?嫉妬の炎で焼かれてまうかもしれん」


 その時見せられた綿罪の笑顔は、この世界に来て一番輝いて見えたと、後の虚華は語る。

 



この後、各方面で蛇足編を追記してから十章、蒼での探索者編を開始します。

いま暫くは多忙なので、更新頻度がゆっくりなのはお許しくださいますよう、宜しくお願い致します。

高評価、ブクマなどは励みになりますので、どんどんしていっていただけると嬉しいです!!

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