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【Ⅸ】#21 Abaddon's cry cannot reach the false witch


 主無き乙女の私室に居座っていた変態は暖かいお茶の入ったソーサーを机の上に置く。

 扉越しでツッコミを聞いた時から、既に何者かは分かっていたが、彼は綿罪と同じ髪のグラデーションに、似た訛で話す少年。玄緋(くろひ)疚罪(やまつみ)だ。

 綿罪と同じく【蝗害】の幹部としてリーダーである夜桜透をサポートしている彼が何故此処に居るのか、それを聞くべく、机の上で指を組んでいる疚罪に虚華は視線を向ける。


 「……なんや、まだワイを罵り足りんのか?」

 「まだ罵られたいなら、頑張って罵るけど」


 「その言い方やとワイが「愛し人」に罵声おねだりしてるみたいやな!?」

 「あら、違ったん?」


 綿罪がそう悪戯っぽく笑うと、疚罪はこめかみに青筋を浮かべ、違うわ!と大きく声を荒げる。

 彼は常に仲が良さそうに見える。とても虚華のように疑心暗鬼に陥ってるようには見えない。

 いつも人を疑ってばかりの自分と比較して、勝手に自己嫌悪に陥る自分に嫌悪しながら、虚華は二人を見る。


 「そんな事はええねん。「愛し人」、何でこんなとこに居んねん。なんしに来たん?」

 「せやな、うちもそれは気になってたわ。此処は蒼の区域や。白出身者には厳しいやろ?」


 虚華は白の区域で約二年程滞在はしていたが、白の出身者かと言われたら難しい顔をせざるを得ない。

 それに彼女らの言葉の理解が出来ない。蒼と白で何がどうそこまで違うのだろうか?

 虚華はそんな顔をしていたせいなのか、疚罪は呆れ半分、面白半分と言った顔で緑茶を啜る。


 「あんまよー分かっとらん顔しとんな。さてはあんまりこの世界の情勢に興味無い(タチ)やな?」

 「白出身ならしゃあないやろうなぁ、蒼が過敏過ぎなだけかもやし?」


 疚罪達は虚華が不思議そうな顔をしていることに、勝手に納得し、勝手に首を縦に振る。

 虚華も此処は黙っておくほうが正解だと思い、見たことも無い緑色の液体をまじまじと見つめる。

 

 「あー。ごめんなホロウちゃん、白やと温かい飲み物言うたらスープとかばっかやもんな。これはお茶っていう飲み物やから、安心して飲んでくれてもええんよ」

 「蒼の名産品か何かなの?これ……ちょっと苦い」


 虚華は緑茶の入ったソーサーを置き、玄緋の二人を改めて視界に入れる。

 今まではこちらの気持ちなども知らずに仲間を傷つけ、街を焼いた許せない人だと思っていたのに、話してみれば普通の人だった。

 だからこそ、尚の事どうしてジアを焼き討ちにし、雪奈を傷つけたのかが気になった。

 けれど、今質問をされているのはこちら側だ。聞かれた問には答えなければならない。

 

 「何で此処に居るのかだっけ。答えは白の区域から出て、今は蒼に滞在してるからだよ」

 「はえーっ、うち知らんかったわ、珍しい。こっち来てどれぐらいなん?」


 「着いたのは本当についこの間。以前、琴理のお姉さんと琴理と依音の三人でアトリエに来たことがあってね、此処に来れば知り合いが居る気がしたんだ」


 虚華は思ってもいないことをペラペラと喋りながら、苦いお茶を啜る。

 疚罪はあまり興味がなかったのか、髪飾りを弄りながら、話半分といった様子だ。対して綿罪はうんうんと虚華の話をしっかり聞いている上で、感情移入までしているように見える。

 殆ど同じ見た目をしているのに此処まで反応が違うのは面白いなぁと思いながら、今度は自分の番だと虚華は話を切り出す。


 「私も聞きたいことがあるんだけど、良い?」

 「ワイらがなんで此処に居るのか?やろ?ちゃうか?」


 早とちり気味に、手櫛で髪を梳かしている疚罪はそう言うが、虚華は首を横に振る。


 「それも聞きたいけど、先に一つ。何でジアを焼き討ちにしたの?何で雪奈を傷つけたの?」


 虚華の瞳には先程までは無かった深い怒りを宿している。声色や表情にもそれらは現れ、若干の巫山戯が入っていた疚罪の背中を、空気を察した綿罪が強めに叩く。


 「痛っ!何すんねん綿罪」

 「これは疚罪が説明したげて、うちが説明するよりもええから」


 何でワイが……と小さくボヤいた疚罪の言葉を虚華は聞き漏らしては居なかったが、此処で話を遮ると面倒なことになると感じた虚華は黙って、疚罪が口を開くのを待った。


 「あー、「愛し子」、ワイらの団体のフルネームは知ってるか?」

 「……え?【蝗害(アバドン)】じゃないの?」


 疚罪はキョトンしている虚華の言葉に、手を振り、拒絶の意を示す。

 そう言えば過去に薺が、【蝗害】の事を別の名前で読んでいた気がする。

 虚華は唸り声を上げながら考え込むも、その当時は【蝗害】への怒りと、短い間とは言え根城にしていた街を焼かれた事への悲しみで一杯だったせいで正直あまり覚えていないのだ。

 虚華がギブアップだと言うと、虚華を見る疚罪の目が冷ややかさを孕ませた物に変わった。

 しまった、と虚華は気まずさを隠すように、琴理の部屋を見回していると、綿罪がボソリと言う。


 「罪源信奉団体【蝗害】やで、ホロウちゃん。要するにうちらは「七つの罪源」を崇める集団やってん、前はやけど。こんだけヒント上げたら何か分かるんと違う?」


 まるで今はそうじゃないのだと言わんばかりの言い草だが、今は気にせず、質問に答えるべく思案する。

 ジア、レルラリア焼き討ち事件が起きる以前に、何か罪源関連で問題が起きていたのだろうか。

 その当時の事を考えていると、そう言えばパンドラが何やら自慢気に話していたことを思い出す。確か、自分の事を騙る不届き者が居たから、成敗してやったとかなんとか言っていた気がする。

 大罪人の名前を騙って何になるんですか?と言った際のパンドラの悲しげな顔は、今でも鮮明に思い出せる。もしかしてそれの話をしているのだろうか?

 話半分に聞いていた内容を賢明に思い出し、パンドラが言っていた首謀者の名前を脳内の片隅から取り出そうと苦心する。


 「えーと、確証はないですけど、もしかしてクリストン・エレバートの件ですか?」

 「へぇ。犯人の名前まで知っとったんか。ほな話が早いな。ワイら……まぁ信奉しとったんはかつてのリーダーと一部の幹部達だけやけど、そいつらが偽りの“歪曲”が白の区域に現れたって知ったら、どう動くかなんか、想像つくやんな?」


 この世界の狂信者についてはあまり詳しくはないが、ディストピアではそういった類の人間は腐る程居た。

 感情を喪失したくないが故に中央管理局に媚びを売る政治家や、権威者。

 そう言った多額の賄賂を支払える者にだけ、感情喪失を阻止する何かを中央管理局は与えていたと聞く。

 彼らのように多額の賄賂を支払えない者は、支払える者を妬み嫉み、簒奪を目論む。

 しかも、それらは感情を喪失していない者──要は十代前半の者ばかりだ。

 過去に一度、中央管理局が管理している感情喪失を阻止する何かを子供が奪ったかなにかで、一時期騒ぎが起きていた。

 虚華の知る限りは未だに回収されたとは聞いていないので、恐らくは未だに被管理層の誰かしらが握っている可能性が高い。

 喪失阻止が可能な何かを崇め奉る集団が被管理層の中に居たらしいが、恐らく彼等のように盲信に取り憑かれていた者が狂信者と呼ばれる者だと考える。

 ディストピアに居た彼等は手段を選ばなかった。ならば、フィーアの狂信者も同じだろう。

 虚華は顔を真っ青にして、口を動かす。自分の中で纏め上げた結論が正しくないことを信じて。

 

 「偽物の崇拝者を倒すべく、討とうとした……?」

 「おっ、よぅ分かったな、正解や。ついでに言うとそんな奴らを擁する白や、月魄教徒も許さないから、全て焼き討ちにしろってのが、当時のリーダーの命令やったんや」


 狂信者は手段を選ばない。自分の考えたものが全て正しいと信じ、偶像の声を聞き行動する。

 そんな彼等が偽りの偶像が、偶然とは言え余所の区域の人間が産んでしまった。

 きっと、「感情喪失を阻止する何か」が手が届く場所に置かれたのならば、ディストピアの被管理層も暴動を起こしていたことかもしれない。

 手が届かずに感情を奪われたとしても、そのまま失っていく恐怖に比べれば易い物だっただろう。

 虚華は、自分の理解出来ない事象を、自分の理解できる範疇の物に変換し、何とか理解しようと、噛み砕こうとするも、受け止めきれずに居た。

 彼等にも彼等なりの考えがあって、ジアやレルラリアを焼き討ちにしたのだという。

 理解出来ない。許容出来ない。形容し難い感情に虚華は襲われる。


 「受け入れられへんって顔してる。ホロウちゃん、別に許さなくていいんよ、うちらの事」

 「昨日の敵は今日の友になる事だってある。ワイは「愛し子」の事を個人的にどうこうする気はないけど、リーダーの指示で攫っちゃうかも知れへんけどなぁ?」


 厭らしい笑みを浮かべ、手をワキワキしている疚罪を綿罪は強烈な肘鉄を御見舞する。

 ゴフッとかなり苦しげな吐息を漏らし、脇腹を押さえている疚罪は悶絶しながら首だけ虚華の居る方に動かす。


 「個人的には仲良ぅしたいとは思っとる。ただ「愛し子」の気持ちを無視してまで仲良くするつもりはないし、安心してくれや……」


 身を捩りながら苦しんでいる中、そう言い残すと疚罪は椅子に座ったまま伸びている。どうやら相当のダメージを受けたようだ。

 虚華は疚罪の前で手を合わせ、暫しの黙祷を捧げると扇状的な格好で足を組んで座っている綿罪は面白そうにこちらを見ている。


 「別に死んでへんからね?いつもの事やからはよ慣れてや」

 「や、慣れないでしょ……。それで?話を戻すけど、何で二人は此処に来てるの?」


 綿罪は琴理の私室に飾られていた一本の壁掛け刀を床へと突き刺す。

 和やかだった空気が一変、あの時の、雪奈を蹴り飛ばしていた彼等の時の顔つきに戻っている。

 

 「葵琴理を調べ、必要に応じて殺す必要があるから、だよ」

 「ど、どうして……」


 虚華は困惑した表情で、綿罪にどうして殺さねばならないのかと訊ねる。

 何時かは自らの手で殺さねばならないかも知れないと、そう覚悟していた。

 ただ、それはもう少し先の話だと思っていた。回避出来る可能性のある未来の選択肢の一つだと思っていた。

 しかし、彼女の口からは葵琴理を殺す可能性があると、確かにそう言った。

 重々しい空気感が琴理の無骨な私室に漂う。綿罪はすっかり冷めてしまった緑茶を飲み干す。


 「琴理はね、友達なんだ。だから可能ならば殺したくはないけど」

 「…………え?じゃあ……なんで……?」


 すっかり彼女達特有の訛りが消え去り、冷酷非情が似合う声色で綿罪は虚華に告げる。


 「これ以上、中央管理局の力が強くなっちゃ困るんだ」



久々に出た単語補足

 

【Ⅵ】 #1 【蝗害】にて、

罪源信奉団体──アバドンという単語を言ったのはアラディア(葵薺)です。ジア・レルラリア焼き討ち事件が起きた、この時点では文字通り「七つの罪源」を信奉している集団だったと疚罪達は説明しています。


【Ⅳ】 #Ex 七つの罪源にて、

クリストン・エレバートが“歪曲”のパンドラの名を騙り、レルラリアの民衆を煽り、デモ活動のようなことをしていた事件をイドル・B・フィルレイスが「終わらない英雄譚」の【背反】の報告書で知るシーンがあります。

当時の【蝗害】のリーダーはこの事件を皮切りに白の区域を焼き討ちにしたのだと説明しています。


四章に至っては一年以上前の話になりますので、補足を加えておきました。



今年も残り二ヶ月となり、大分涼しくなって参りましたが、皆様は如何お過ごしでしょうか?

筆者である私は9月末頃より体調不良に陥り、遂にはダウンしてしまいました。


さて、現在執筆している9章も佳境に入っており、もう間もなく終わりを迎えることでしょう。

まだまだこの物語は幕を下ろすことは有りませんので、もう暫くはお楽しみいただけるのではないでしょうか?

良ければ高評価やコメント等も励みになりますので、どんどんと送ってくだされば嬉しいです。

今後とも応援の程、よろしくお願い申し上げます。


のるんゆないる

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