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【Ⅸ】#19 Report/Contact/Consultation


 夜が明け、虚華達が宿屋に戻ると、パンドラが仁王立ちで二人の帰りを待っているようだった。

 彼女の表情は曇り空そのもののように曇っているが、虚華には分かる。

 完全にお説教をする気だ。きっと無策で帰れば石抱と同レベルの拷問を公衆の面前で堂々と執り行われるだろう。そうなってしまえば、自分のメンタルもボディもボロボロになってしまう。

 虚華が恐怖に震え、宿屋の近くで唇を真っ青にしていると、依音は虚華を見て微笑する。


 「大丈夫よ、虚。心配しないで」

 「い、依音……でもあの状態のパンドラさんはもう一触触発だよ?触ったら即爆発だよ?」


 虚華は知っている。普段はニコニコしている人ほど、怒ると怖いことを。

 先日、虚華がパンドラと同じベッドで眠ることをさり気なく拒んだ際は、無視こそされなかったものの、ずっと頬を膨らませてそっぽを向かれてしまっていたのだ。

 自身に非がなくても、そんな態度を取られるのに、何も言わずに外に出てしまった今の状況は非常に不味い。

 アラディアがパンドラにお仕置きされている時の情景をふと思い出してしまい、身震いする。


 「本当に大丈夫よ。だって私はパンドラ様にひと声掛けて外に出たもの」

 「え?」


 つまり依音はこう言いたいのだろう。お説教はお前だけだぞ、と。

 持久走の鍛錬中に、「並走しようね」と言っておいて最後の方で先に行かれた時みたいな気分に陥った虚華は、肩を落として更に落ち込む。

 虚華が嫌だなぁと小さな声でぼやいていると、依音に手を引っ張られる。

 

 「パンドラ様〜。只今戻りましたわ」

 「ぎゃーーーーー!!!!ごめんなさい!私は悪くないんです!!」


 依音の言葉に虚華は、パンドラを視界に入れるよりも早く反応し、首を凄まじいスピードで上下に振る。

 あまりの挙動の怪しさに依音は腹を抱えて笑っているが、肝心のパンドラの声がしない。

 虚華は恐る恐る依音が話しかけていた方角を見ると、そこには誰も居なかった。

 ギギギと機械音を立てているかのように、虚華はぎこちない動きで首を依音の方に向ける。

 

 「い~お〜?どういう事〜?」

 「ふふふっ、冗談だったのに、あんなに驚いちゃって……」


 未だに虚華の反応が面白かったのか、依音は目尻に浮かべていた涙を指で拭いながら笑顔を見せる。

 その表情を見た虚華は怒るに怒れないと言った様子でも〜!と依音を嗜めようと依音の手を掴み返そうとしたその時だった。


 「何しとるんじゃ、こんな場所で」

 「あら、パンドラ様。只今戻りましたわ」

 「ぎゃーーーーーーーー!!!悪いのは依音なんです!!!!」


 虚華が全速力で振り返ると、そこには不思議そうな顔でこちらを見ているパンドラが立っていた。

 虚華は本物のパンドラが腰に手を当て、何をしているのかと聞いただけなのに、先程とは異なり全身を前後に揺らして、全力で依音に罪を擦り付けようとしている。

 肝心の依音は笑いを堪えきれなかったのか、片方の手で口を抑え、もう片方の手でお腹を抑える。

 俗に言う爆笑である。パンドラはそんな依音が笑っていることが珍しかったからなのか、頭上に疑問符を浮かべながら、暫しの間二人の事を不思議そうに眺めていた。



_____________


 虚華達が宿屋に戻ると、ベッドの上で大量のお菓子を食べていた「カサンドラ」は眠そうに目をとろけさせながら笑う。

 現在の時刻は日が昇ってから二時間経っているかどうかだ。この時間からその量の菓子を頬張っている事に虚華は心の中で驚愕する。


 「おはよぉ〜。皆朝早いのね〜?わたしはさっき起きたばかりなのにぃ〜」

 「おはようございます、「カサンドラ」さん」


 虚華が丁寧な礼を「カサンドラ」にすると、「カサンドラ」はお菓子を食べる手を止め、虚華の元へと詰め寄る。

 いきなり距離を詰められた虚華は思わずのけぞるが、後ろに居たイズが壁になったせいで、後ろはイズ、前からは「カサンドラ」の圧を感じながら「カサンドラ」を見下ろすような形で視線を合わせる。


 「え、えっと……「カサンドラ」さん……?」

 「ホロウちゃんから捕れたてエヴィルを使ったエヴィル丼の匂いがする……もしかして〜。私の寝ている間に皆で食べてきたとかぁ?」


 「カサンドラ」は非常に不満げな表情で頬を膨らませている。

 エヴィル丼というのは海産物を朝早くから仕入れている朝市で手に入ったエビの近類種を使ったブラゥの名物の一つだ。

 「カサンドラ」はこのエヴィル丼を食べたいと「歪曲」の館から出発する際も言っていた気がするが、虚華はすっかり忘れていた。

 食べたいと言っていたものが多すぎて、覚えきれなかったのだ。


 「確かにお腹が空いたから三人でご飯は食べましたけど……もしかしてあれがエヴィル丼って奴だったんですか?」

 「お主……先程食べた物ぐらい覚えられぬのか?」


 虚華が朝ごはんに食べたものが何だったのか知らなかったことを明かすと、パンドラは半目でこちらを見てくる。

 前方からの圧に耐えきれなくなった虚華は後ろに居る依音に体重を掛けると、依音は虚華の腰に手を回す。

  

 「ホロウ……まさか何も知らずに食べてたの?」

 

 虚華は依音やパンドラからの援護を期待していたのに、結果は追い打ちだった。

 疲れていた上に、非常に眠かったので出されたものを寝ぼけ眼で食べていただけなのに、ここまで責められるとは思っていなかった。


 「うぅ〜……だって眠いんだもん。確かに美味しかったけど……」

 「へぇ〜?そうなんだぁ?それを三人でぇ?ふ〜ん?」

 「まぁそこらにしておけ、「カサンドラ」ホロウを虐めるのもそこまでじゃ」

 

 パンドラは「カサンドラ」を宥めると、話し合いをするためにベッドの上のお菓子を片付けさせる。

 パンドラや「カサンドラ」は時折頬を膨らませているが、「七つの罪源」の面々は何か不機嫌になった際はそうしないといけない理由でもあるのだろうか、と虚華はうーんと小さく唸り声を上げる。


 「ねぇ、イズ」

 「何かしら?もうご飯は食べたわよ?」


 悪戯っぽく笑う彼女の顔は、とても柔らかいものだった。

 今でも時折依音の顔を見ると彼女の死に顔と重なる時があるが、彼女の笑顔はそれを上回る程に価値がある気がしている。 

 ただ、未だに自身のことを弄る依音の頭を手刀で軽く叩くと、虚華は自分の使っていたソファに腰掛ける。


 「もうそのネタは良いから!報告?するんでしょう?」

 「えぇ、そうね。お眠な貴方にも分かりやすいように話を整理しましょう」


 全員が各々の席に座ると、パンドラが手を叩いて視線を自身へと向かわせる。

 

 「それでは昨晩の出来事について報告をして貰おうかの。イズ、頼めるか?」

 「えぇ。ホロウには見えていない部分が非常に多いので、私が簡潔にお伝えしますわ」


 非常に棘のある言葉で虚華の胸を突き刺した依音は、虚華が夜に抜け出した頃から話し始める。

 彼女の話を要約すると依音は昨晩、「アズール」のアトリエに一人で、もしくは虚華と一緒に向かおうと考えていたとの事。

 目的は「アズール」の作成した疑似ヰデルヴァイス「罰槍ジェルダ」の情報を掴むこと。

 依音は夜になれば虚華を誘い、行動を開始しようとしていたのだが、虚華がふらりと抜け出すのを確認すると、焦って追いかけたと説明する。

 確かに自分の行動は、特に何か目的があって行動したわけではない。しかし、何も伝えられていない際の行動まで考えて生きているわけでもないのだ。責められこそしないが、いい気分にはならない。

 黙って話を聞いていたが、それならそれではなく言って欲しかった。

 虚華は自分の心の声を漏らさないために、下唇を噛み締めてぐっと我慢する。

 しかし、気になる部分が多くあったので、手を上げて依音に質問する。


 「聞いている話と私の記憶している部分に結構齟齬があるんだけど、もしかして……」

 「ホロウが意識を取り戻した時、既に「喪失」との戦闘状態にあったでしょう?」


 つまりはそういう事よ、と依音は暗喩で物事を説明する。

 依音はディストピア時代、「喪失」の参謀だったことに加えて、パーティ内の補助役兼副火力役だった。

 彼女には得意な魔術分野が二つある。その二つが過去の「喪失」の戦術にも組み込まれていた。

 そんな彼女の得意とする魔術の一つとして幻惑、幻覚魔術の物が挙げられる。

 範囲も効果もかなり幅広く、それでいて応用も効くことから、彼女が生きていた頃は「喪失」の生存率、逃亡成功率も非常に高かったのだ。

 だから、彼女が死んでからはジリジリと削られていく消耗戦に縺れ込んでいったのだ。

 虚華は小さく息を吐くと、依音の言葉に独り言レベルの声の大きさで返事をする。

 

 「つまり、私に見せられないことを「あの子」達と話したって訳ね」

 「情報収集の為にね。彼女らからすれば、貴方は大罪人ですもの」


 まぁ、私もだけれど、と依音は言葉を付け加えると本筋に戻りますねと、話を戻す。


 「罰槍ジェルダの使用者、並びに「アズール」を擁する「喪失」の現リーダー、ブルーム・ノワールと情報交換をしましたが、「エラー」こと結白虚華は罰槍ジェルダを所持しておらず、また「アズール」もどうやって作成したかなどの記憶も持ち合わせていないと」

 「俄に信じがたいな。イズ、お主はそれを鵜呑みにしたのか?同郷の好じゃからと」


 パンドラが白と黒の瞳で依音を睨みつけると、依音はそれに怯えることなく、首を横に振る。


 「彼らと一戦交えましたが、命の危機を感じさせる程度には痛めつけましたが、「エラー」は罰槍ジェルダを取り出すこともなく、また「アズール」は罰槍ジェルダ以外の疑似ヰデルを他の面々に与えている気配もありませんでした」

 「何が言いたいんじゃ?ただ隠すように誰かが指示したのではないのか?」


 パンドラが依音に食って掛かると、依音はパンドラの挙動を観察するべく向き合う。


 「「エラー」は極端に人間以外を嫌う人種に見受けられました。恐らくは白の区域で育った弊害を受けたのだと考えています。そんな彼女が奥の手を所持しているのにも関わらず使わないというのは、彼女の考えに反している」


 ふむぅ、とパンドラと虚華は言葉を使わずに相槌を打った。


 「白はあやつの非人嫌いを加速させてしまう環境じゃったからなぁ」

 「私に殺されるぐらいなら罰槍ジェルダ使ってくるよね、持ってたら」


 実際、虚華はヴァールとして「エラー」と以前対峙した際に、彼女は罰槍ジェルダを使用してきた。

 あの時、かなり苦戦した記憶があるが、きっと今回も罰槍ジェルダを出されていれば彼女一人だけ回復を必要とせずに戦い続けられるお陰でこちら側が負けていたかもしれないのだ。

 彼女達が切り札を持っていれば、返り討ちにあっていた可能性があるにも関わらず、よく生きて帰れたなと虚華はそっと胸を撫で下ろす。

 

 「ホロウの言う通り。彼女の性格と前回の経験を踏まえて、所持していれば躊躇いもなく罰槍ジェルダを使用していたでしょうね。それに半殺しとはいえ、「アズール」も相当死の恐怖を感じていたはずです。なのに彼女達は疑似ヰデルを出すことはなかった」

 「だからぁ〜彼らが疑似ヰデルを所持していないって判断したわけねぇ〜」


 なるほどねぇ〜とチョコタルトを頬張りながら「カサンドラ」はうんうんと頷く。

 結白虚華は人間相手に対しては非常に慈悲深く優しい人間ではあるのだが、一度非人と遭遇すると親の敵とでも言わんばかりに攻撃的な性格へと変貌する。

 その性格が許されるのは白の区域内だけだというのに、何故彼女達は蒼の区域に居たのだろうか。


 「私は何も知らないけどさ、結局の所、ブルーム達は何でアトリエまで来てたの?」 


 葵琴理が指名手配されていない現状ではそこまでの違いはないが、そう遠くない内に中央管理局が彼女を捕縛せんが為に、動いてくるだろう。

 そうなってしまえば、もうこのアトリエには足を踏み入れることは出来ないかもしれない。

 だからこのタイミングでここまで来たのか?彼女の咎があっても尚、皆でここまで来る必要が?

 

 (何かを探しに来た?でも一体何を?)


 虚華の言葉に、依音は静かに、それでいてあっけらかんと答えた。


 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「……そう。なら良かった」


 彼が居なくても分かる。きっと彼女の言葉は偽りだ。

 けれど、騙されていよう。彼女の偽りが自身の心の傷を抉らない優しさのためだと信じて。

 虚華が依音の言葉を受け、考え込んでいると「カサンドラ」の腹の虫が部屋中に鳴り響いた。


 「パンドラちゃ〜ん……私お腹すいたぁ……」

 「現在進行系で菓子食っておるのに……全く……」


 パンドラは手を二度叩き、注目を自身へと向ける。


 「一度、昼餉にするかの。皆で美味しい物でも食べに行こうかの」

 「わぁい!パンドラちゃんの奢りぃ?」


 「お前の食費なんぞ出してたら幾らあっても足りぬわ!戯け!」

 「食は急げだよ〜いこいこ〜」


 「カサンドラ」がパンドラの背中を押す形で二人は部屋から出ていった。

 残された虚華と依音は、少し離れた場所からお互いを見やる。

 ここからの時間は「七つの罪源」でもなければ、ホロウでもイズでもない。

 残された虚華の大切な仲間とのかけがえのない時間だ。依音は虚華の座るソファに腰掛ける。

 

 「虚、大丈夫?随分と疲れた顔をしてるけれど……」

 「ううん、大丈夫だよ。()()()()()()()()()()()みたい。依音だってずっと話してたのに、疲れてないの?」


 先程とは打って変わって、依音は心配そうにこちらの顔を覗き込む。

 依音が掛けてくる声は、とても優しかった。自分だって疲れている筈なのに。

 虚華は曖昧な笑顔を顔に貼り付けて、依音に笑いかける。


 「私は……大丈夫よ。戦闘だって殆ど貴方が片付けたんだもの」

 「依音の詠唱破棄(キャンセラ)と防御結界があってこそだよ。相変わらず凄い魔術師だよ、依音は」

 

 依音は何も言わずに虚華の肩に頭を乗せる。

 目を瞑ったまま、虚華にしか出さない声色で依音は虚華に語りかけるように話す。


 「本当に強くなったわね、あの頃の貴方とは別人みたい」

 「依音は変わってない。あの頃と同じ強さを持ってる」


 至近距離で見つめ合う二人の時間はそう長くは続かない。小っ恥ずかしくなった虚華が急に立ち上がってしまった。

 少し驚いた表情で依音がこちらを見ているが、虚華は耳を赤くして、扉の方を向く。


 「私もご飯食べに行く。先に行ってるからちょっとだけ時間置いてから来てね」

 「え、えぇ。分かったわ、午後からも報告は続くから、しっかり食べておいて」


 虚華は小さく、分かったとだけ言い残すと、部屋から出ていった。

 気恥ずかしさで見なかった彼女の顔にどんな物が写っていたのか、虚華に知る由もない。

 

 

 

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