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【Ⅸ】#18 A liar's greatest weapon is not lies, but truth


 結論から言えば、臨以外の五人の無力化には成功した。

 前衛三人は既に気絶しており、「アズール」は失血による戦意喪失。依音も発動出来もしない魔術を発動続けていた事で魔力欠乏状態に陥っている。

 対して、こちらは殆ど無傷だ。虚華がかなりの血液を失ってしまったが、時間が経てばすぐに回復する程度の損害だ。

 虚華は最後に立ちはだかっている少年を遠目で見る。

 華奢なボディラインを美しく魅せる深緑のドレスを身に纏い、足元はとても雪道を歩くのに適しているとは思えないようなハイヒールで飾っている。

 両手は薄緑のオペラグローブを身に着け、その上に何やら仰々しい機械のようなものを装着している。

 詳しいことは分からないが、キレイに着飾ったときにしか、あの機械は動作しないらしいのだ。

 

 (と言っても、最近は楽しんで着てるんだよね、あぁいうの)


 とても戦場に立つには些か場違いの格好をしている少年ではあるが、彼は虚華にとってはとても分が悪い相手であることには変わりないのだ。

 虚華はパーティのポジションとしては中衛(ミドルレンジ)に位置する。これは臨も同じではあるが、虚華と臨とでは言葉の意味合いが大きく変わってくる。

 まず第一に、臨は前衛としても後衛としてもそれなりの役割をこなせる本当の意味で万能だ。

 速度を生かした暗殺職(アサシン)や斥候のような前衛をこなし、後衛では先程の糸を用いた彼にしか出来ない補助も出来るのだ。


 (でも私は……)


 そう、虚華が中衛として扱われているのは、前衛をするには近接戦闘が不得手であり、後衛をするには補助も遠距離攻撃である攻撃魔術もそこまで得意ではないから、消去法で遊撃枠である中衛とされているからなのだ。

 そんな虚華も戦闘面では臨と比較してもそこまで見劣りすることはない。

 正直に言うと、虚華は臨を如何に無力化するかを懸命に考えていたが、未だに思いついていない。

 それほどまでに相性が悪いのだ。近接戦闘も、遠距離攻撃も臨に部がある。

 虚華が聖骸布越しに臨を見ていると、訝しげな表情で臨が虚華に訊ねる。


 「来ないのか?「虚妄」の魔女」

 「私は構いませんが、貴方は彼女と話をしたいのではありませんか?」


 「……随分と貴様は彼女を信じているんだな。余程洗脳技術に自信があるみたいだ」

 「貴方の糸じゃありませんし、私にはそこまでの力はありませんよ」

  

 臨は虚華の言葉に眉を動かし、不快感を顕にする。

 虚華は、イズの背中を少し強めに押す。押されたイズは何やってるの!?と信じられないという顔で、虚華に抗議するが、虚華はそっぽを向く。

 虚華の意図を汲めないまま、イズは渋々臨の正面に立つ。

 臨は構えていた射出機構を下ろすと、複雑そうな表情でイズを視界に入れる。

 スカートの裾を強く掴み、悔しそうに奥歯を噛み締める。

 

 「出灰……本当にお前なのか?」

 「言葉の意味は分からないけれど、ディストピアで貴方の姉に殺された女の事を指してるなら、私で間違いないわ」


 彼女が眠っていた公衆劇場で、イズは臨の実の姉である黒咲夢葉に殺されている。

 その事実を知る者はディストピアを生きていた人物だけであり、臨は他者の言葉の真偽を知ることが出来る。

 そして、彼女の言葉に嘘偽りがないことは、臨自身が一番良く分かっている。

 少なからず感じている喜びを臨は一度噛み殺し、聞かねば事を聞く為に前を向く。

 

 「そうか……まずは会えて嬉しい。でも聡明な君なら、ボクが言いたいことは分かるよな」

 「えぇ、概ねは。けれどこちらに付いている時点で……分からないかしら?」

 

 虚華は二人のやり取りをそっと見守りつつも、気絶している五人の様子を見守る。

 命に関わる負傷をさせてはいないが、念には念を入れ、遠視魔術で観察するが、致命傷は負っていないようで、虚華はそっと胸を撫で下ろす。

 彼女らの姿を見るに、恐らくはジアからそのまま此処まで歩いてきたのだろう。ジアからブラゥまでは順当に歩いても一週間は掛かる筈だ。


 (でも、なんでブラゥに、ましてや渦中の琴理がアトリエに向かったんだろう)


 こちらの疑問に答えを出せないまま、虚華は二人のやり取りを見守る。

 自分だけがチャンスを得るのは狡いと考えた虚華は、二人で話す時間を作りたかったのだ。

 勿論、お互いに戦意がない状態でかつ、邪魔する者が誰も居ない状態でないとこの盤面を作るのが出来なかった。


 (イズが此処に来たのは予想外だったけど、怪我の功名って感じなのかな?)


 虚華は臨の方を見ると、俯き気味で肩を震わせている。

 詳しい話の中身までは聞いていなかったが、一体どんな話をすれば、こんな状況になるのか。

 

 「分かっている。虚が捕らえられているから、仕方なく従っているんだろ?」

 「…………」


 イズは臨対策で沈黙を貫いていたが、ちらっとこちらの方を見ている。そんな視線を送られても、知らないものは知らない。別に自分は全知全能では無いのだから。

 虚華は首を全力で横に振り、臨から情報を引き出して、と目で合図する。

 しょうがないなぁと、呆れた表情を見せたイズはすぐに、臨の方向へ視線を戻す。


 (なんで私が捕虜ってことになってるのかな。情報屋……イドルさんか……?)

 

 イドル含め、情報屋が何か情報を流布している可能性を模索したが、選択肢から抹消する。

 恐らくはディストピアにパンドラ達が現れたが、情報源が何処か考えた時に、行方不明だった自分に白羽の矢が立ったのだろう。

 でも裏切る訳がないから捕虜にでもなっているのではないかと臨は考えた、そう考えれば辻褄は合う。

 自分が臨の中で「七つの罪源」の捕虜になっていたなんて事実は初耳だった。


 「聞いているのか?出灰」

 「え、えぇ。聞いていたわ。でも、虚が捕虜になったなんて初耳だわ」


 臨はイズの言葉を聞いて、更に険しい顔をしている。彼女の言葉に「嘘」はない。

 それも、彼女は「七つの罪源」の一員としてヴァールらメンバーと接しているのだから、もし仮に虚華が捕虜になっているのならば、彼女の言葉が嘘として反映される筈なのだ。

 ならば、自分の考えが間違っているのかと臨は腕を組み深く考え込んでいる。 


 「そうか……なら彼女は捕虜になっていないのか?」

 「分からないわ。私が見ていない可能性だってあるもの。あまり虚については知らないのだけれど、どういう状況で捕虜になったと思っているの?もしよかったら話してくれないかしら?」


 臨はイズの言葉を受け、実は……から始まり、暫しの間虚華が失踪する直前の話をしていた。

 手紙を見はしたが、結局の所、何故失踪したかも、何処へ行ったかも分からなかった矢先に、雪奈の人格が入れ替わっていることが発覚した。

 その時に雪奈が秘密裏に使用していたログハウスに案内することになったが、何故か鍵が開かなくなっており、無理やり侵入したら「七つの罪源」がディストピアに居たという話を臨から聞く。

 

 「なるほどね。それで緋浦さんに質問して嘘偽りが出なかったから、消去法で虚がディストピアの存在を「七つの罪源」に話した可能性が高いと判断した。けれど、与する理由がない上に、こちら側から意図して接触する手段も確立されていないことから、虚が拉致された上で、捕虜、もしくは殺害されていると考えた。ということでいいのかしら?」

 「……あぁ。だが、虚が殺されていることはないだろうな」


 臨が薄く笑ってそう言うと、イズは首を傾げる。

 

 「何を根拠に?」

 「お前が其処に居るという事は、何かしらで虚が関わっているからだ」


 「随分と私が忠臣みたいな扱いをするのね?」

 「あぁ、勿論。お前が一番典型的な忠臣タイプだからな」


 臨の悲しげな笑顔とは対象的に、イズは不敵な笑みを浮かべ、二人で束の間ではあったが笑い合っていた。

 近くには味方が倒れており、絶体絶命の危機下にあるように見える臨からは、先程までとは異なって、何処か余裕のような何かを感じ取れる。

 

 「お前、ヴァールと言ったな」

 「わ、私?何でしょうか?」


 いきなり話を振られた虚華は、若干動揺したが、なんとか押し殺し凛々しい反応を見せる。

 彼女の挙動を見た臨は、男とは思えないほどの美しい微笑を返す。


 「お前がどんな罪を犯したのか知らないが、ボクの仲間の瞳を曇らせるなよ」

 「えぇ、畏まりました。貴方こそ、良い結末を迎えられますように」


 虚華が黒き聖女らしく神に祈る仕草をすると、臨はいそいそと仲間達を簡易的に治療魔術で回復する。

 意識を取り戻すや否や、「エラー」は近くに落ちていた展開式槍斧を手に取り、起き上がる。

 怒りを全身から滲ませている彼女は、とても先程まで気絶していたとは思えない程だ。


 「おのれ、非人の分際でぇ……!殺してやる!!刺突征跋!!」

 

 握り締めた展開式槍斧をイズにめがけて突進しようとする。

 臨は、イズ目掛けて突進している「エラー」を見て、「エラー」に続いて二番目に起こした目を擦りながら身体を伸ばしていた琴理に任せ、糸の射出機構を作動させる。


 「「エラー」、「縛」」


 射出機構から目にも見えない程細い糸が「エラー」に向けて何十本単位で飛び出し、「エラー」の四肢に巻き付く。

 猪突猛進という言葉が似合う程、我を忘れて走り出していた「エラー」は臨の糸に縛られても尚、収まる気配がなく、糸を引き千切らんと身体を攀じる。


 「があぁぁ!!」

 「人以外を(なじ)るのは勝手だけど、理性を飛ばしている彼女が一番獣だと思うんだけどね」


 臨はため息をつくと、キリキリと作動している射出機構から更に糸を射出する。


 「「支配(ドミネート)

 

 「エラー」の脳や身体に巻き付いていた糸が身体に侵食していき、糸は見えなくなる。

 完全に糸が見えなくなった頃には、「エラー」の暴走は終わり、その場にぐったりと倒れ込む。

 臨は眉を下げて、困ったような表情を見せ、糸を操作して「エラー」を起き上がらせる。

 

 「同姓同名であっても、同一人物ではない事は、この世界の虚や出灰や緋浦と出会って身に染みる程良く分かった。だからこそ、ボクは君の行動を陰ながら応援させて貰うよ」

 「ありがとう、私は私なりに頑張るわ」

 

 臨は、仲間としては行動できないけど、とだけ付け足すと、他の四人と一緒に南下すると言い、アトリエを後にした。

 臨達を見送った虚華とイズはこっそり宿屋に帰るべくブラゥへと戻ったが、宿屋の前で仁王立ちしているパンドラを見た瞬間にお説教確定だなぁと、二人で笑いながら宿屋へと戻り、案の定お説教を喰らいました。

 



 

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