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【Ⅱ】#5 Checkは迅速に、Resignは早々に


 三人の髪色を変えた程度では、目の前で立ちはだかるこの世界を「異界」たらしめている少年の目は欺けなかった。それが今考えている虚華の反省点の一つだった。

 わざわざ、人通りの少なそうな路地裏を虚華は選んだ。

 細々と会議をしている所に通りがかった挙げ句に自分達を見つける透の存在を、なんて間が悪いんだろうなぁと眉を下げて困っていた。

 虚華は透の方をちらっと見る。元気そうにこちらに声を掛けた後に、雪奈の存在を確認すると、一気に顔が青ざめる。

 あの顔は見たことがある。何か超常的な事が目の前で起きて、信じられないって顔だ。

 そう、この「異界」に来た際に自分が、透と出会った時の顔と全く同じだ。

 彼の顔を見るたびに、ディストピアで顔が消し飛ばされた友人の顔を思い出すから、正直吐き気が止まらない。

 あの時感じた血や硝煙の匂いや世界への怨念といった感情が、虚華の心の中でふつふつと蘇ってくる。

 たった数時間前の出来事なのに、遠い過去に置き去ったあの過去が自分を執念深く追ってくるような、そんな錯覚に襲われる。

 そんな嫌な思い出を脳の片隅に追いやるがために、別のことを考えて気を紛らわせる。

 目の前の透の言葉を思い返すと何かが引っ掛かる気がしてならない。


 (さっきの透の言葉といい、気になることが多すぎる。此処であったが何年目って奴なのかな?)


 目の前では虚華が雪奈を後ろに隠して、透に対して銃口を突きつけ庇っている体制で時が止まっている。


 「なんで、緋浦さんが此処に居るんだ……?それにその髪色……別人……?」


 こんな事を言われてしまったら、自分が抱えている罪悪感や恐怖心なんかよりも、雪奈の身を案じる方向に感情がシフトしてしまう。


 (だって、それじゃあまるで……)

 「お前は、雪の何を知っている」


 臨は普段よりも少し低い声で、目の前で少し怯えた目をしている少年に問いかける。

 今は特に何も手に持っては居ないが、臨戦態勢に入っていることは、長年一緒に居る虚華には理解できている。


 「“し、知らない、僕は何も知らない!”虚華ちゃん!二人と一緒に居ちゃ危ない!僕と逃げよう!」

 「お前のことをボクはあまり知らないが、お前もボクに関して大して詳しくないようだ」

 「虚華ちゃんも虚華ちゃんだ!普段から携えている武具じゃなくてその筒のような物は何!?武人のような君は格好良いのに、今の君はまるで犯罪者のようじゃないか!!」


 透の焦りを含んだ声色と話し方を、虚華も臨も冷ややかな目で静観している。虚華の瞳に怒りはない。

 彼に出くわすつい先程まで彼に恐怖を抱いていた虚華は、雪奈に対する反応で一気に冷静さを取り戻し、今の状況を把握することに脳のリソースを割くことにした。


 「まるで虚が剣や刀を振り回すような撫子であるかの口振りだな」

 「あぁ、そうさ。僕の知る虚華ちゃんは槍や斧みたいな長い得物を得意としてるんだ!そんな隠し武器みたいな物なんて使わない……。あぁそうか、お前達は誰だ!?君は虚華ちゃんじゃないんだな!?顔が同じなだけの双影(ドッペルゲンガー)なんだな!?」


 臨は相も変わらずの冷たい瞳で目の前の“獲物”を見据える。

 透の言葉に一切の驚きを感じさせていないように見えた虚華は凄いなぁと、ある種の尊敬の眼差しを臨に向けている。

 そんな臨を前に透は冷や汗が額から止まらず、雪奈の方を見ては全身を震わせているように見える。

 臨の他人の嘘を見破る技能と、それを看破してしまう技能について知らない人間は等しく臨の獲物だ。

 そんな彼の目の前で気安く、それでいてあっさり嘘をついてしまった事を、臨は皮肉を含めてそういったのだろうと虚華は考える。


 (だから、臨を知ってる人は話し方を凄い考えるんだよね、私もだけど)


 それに今の透の言葉を何度も反芻させ、更に虚華は考え込む。

 虚華は今、透に愛銃ー「欺瞞」の銃口を突きつけている。雪奈を背中に庇いながらだ。

 その状況で自分に二人を捨てて逃げようと提案するも、自分が虚華じゃないと言い張りだした透。


 (さっきの聞き込みで銃に親しいものを知る人が居なかったけど、透も知らない。じゃあやっぱり)


 透は銃を見て、筒のような武器に見えると言った。その際に臨はならば、普段は他の得物を握っているのかと、軽い誘導尋問のような言葉で返した。

 おかげさまでかなりの情報をこの短時間で得ることが出来た。この手早さに虚華は舌鼓を打ちたくなるほどだった。


 (この感じだと、やっぱり私じゃない虚華が居るんだろうなぁ。だって私、斧とか持てないもん……)


 未だに見ていない自分じゃない虚華が斧を軽々と振り回している姿を想像すると、少しだけ羨ましさを感じ、虚華は溜息を漏らす。


 「虚、大丈夫?あいつ、焼く?」

 「焼きません。そんな簡単に人を殺しちゃダメよ、雪」


 虚華がきっぱりと雪奈の提案を断り、嗜めると、んぅ……と少し寂しそうな声を背中で漏らす雪奈を撫でてから、再度透の方を見やる。


 「緋浦は生きてるし、髪色の違う虚華ちゃんは変な武器を握ってるし、何なんだ一体……。黒咲はあんまり変わらないけど不気味だし」


 透はこちらのことなんて考えずに独り言のように大事なことをぶつぶつと言っている。

 頭をガシガシと掻き毟りながら、半狂乱になる直前に見える。発狂するのが秒読みの人間と似ている。


 「あたし、死んでるの?」

 「あ、しま……」


 雪奈が不意にそう聞いてしまった際に、透は自分が言ってはいけないことを口に出してしまったことを悟る。

 虚華は臨の方を見やる。臨もこちらを見ているのを見ると、あちらも考えていることは同じなのだろう。

 これから始まるのは尋問だ。“嘘”と“真実”を使った、見るも無惨な自白劇の幕が上がる。


 「臨、お願い。透から真実を引き出して」

 「了解、内容は?」

 「現在の、「異界」の緋浦雪奈の状況の把握だよ」

 「逃げる権利なんて、お前には与えてない」


 おーけーと、端的にそう虚華に返すと、臨は震えながら逃げ出そうとしていた透に声を掛け、動きを止めさせる。


 「ひぃ、なんなんだよぉ。黒咲には関係ないだろぉ?」


 先程までは色んな感情を彼に、透に抱いていた。けれど、今では何か格好悪いなぁとしか思わなくなっていた。

 何故かは分からないが、泣きべそを掻きながら逃げ出そうとしていた眼の前の少年と、優しく自分を応援してくれていた自分の知人がどうにも重ならなくなってしまっていた。



 「それで、お前は緋浦雪奈の何を知っている?早く話せ」

 「“な、何も知らない。僕は何もしていない!緋浦なんて知らない!!!”」

 「こんなのが自分と同い年だと思うと呆れるな。「ねぇ、透。教えてよ。“嘘つかないでよ”」


 臨の反応を聞くまでも無く嘘だと言えることを言われても、虚華はどうしたら良いんだろうと溜息を吐く。

 さっきまで自分達三人の事を知人扱いして声を掛けてきておいて、今更知らない人扱いされても、苦笑いしか返すものなんて無い。

 臨の呆れたような声色と、目の前の臨の態度の温度差に更に顔を青くしている透に、虚華はこっそり一言“嘘”を添えた。もうこれで彼の言葉から嘘が出ることはなくなった。

 こうなってしまうと、対象者は対策をしていない限り、正直にしか話せない木偶人形になってしまう。

 うんうんと満足気に頷いた虚華だったが、代償として身体が少しふらつく。体力が幾らか支払われたのだろう。でもまだ動ける。


 「再度、問う。お前は雪奈に何をした」

 「………………………………………………………………」


 臨の問いに透は沈黙を選択した。これも確かに正解の一つだ。

 今彼に仕掛けたのは“嘘が言えなくなる”だけ。黙ってしまえば、問題はない。

 こんな状況にあるのに、それなりにではあるが、目の前にいる友人に似た彼は頭が回るんだと虚華は感心していた。


 (枷が足りないなら足すまで、もくひ?っていうんだっけ。そんなのさせないよ、透)

 「“ほら、透。見て?早く答えなきゃ、透の身体がどんどん沈んじゃうよ?”」

 「な、何を言って……ひぃ!?」


 透は虚華の言っていることが理解出来ずにいたが、直ぐに身を持って理解する。臨の質問に答えていないせいか、徐々に身体が重力のような物で地面にひれ伏そうとしている。

 このままでは数分も経たずに、全身が地面にくっついて五体投地のような姿を公衆の面前で晒してしまうことになる。

 この“嘘”の代償で更に身体の血が抜けたような錯覚に陥る。早く解除して楽になるためにも、透には早く折れて欲しいと願いながら、虚華は言葉を続ける。


 「透が望むなら、そのまま地面に沈めてあげることも出来るけど……。どうする?」

 「わ、分かった。話すから。やめてくれぇ!!」


 この頃には透の顔は鼻水や涙でぐしゃぐしゃになっている。虚華の心を支配していた恐怖心等は、既に失われていた。

 満面の笑みを顔に貼り付けて、残忍なことを提案していたせいで、透の顔がそうなってしまっていたことに虚華は気づけはしなかったが、分かったぁと笑顔で虚華は重力上昇効果を解除した。

 血の巡りが戻ったのか、幾ばくか気分はましになったが、まだ嘘の効果は発揮しているものが残っている。


 「ね?早く教えてよ。私だって、こんな事したくないんだよ……?」

 「ぐ……、……んだ」

 「ごめん。聞き取れなかった。もう一回言ってくれない?」


 透がぼそりと言った言葉を聞き取れなかった虚華は、臨にも確認をとったが、首を横に振られたので聞き直す。何度もボソボソと言っているのは分かるけど、聞き取れないように話しているのだろう。

 まるで、自分に“嘘”を使わせて体力を削らせようとしている気がして、嫌な感じが頭をよぎる。

 使いたくはないけど、やむを得ない。こんな所で引くわけにも行かない。聞こえないから良いですなんて言うわけもなく、虚華は更に“嘘”を重ねる。


 「“はっきり言って。今度は優しくしないよ”」


 ちっとはっきり舌打ちが透の方から聞こえた後、今度ははっきりと聞こえる声で話しだした。

 その時の透の顔は怨嗟や憎悪が混ざったような顔をしており、直視したくないほどに邪悪だった。

 目を見るのは嫌だったから虚華はふっと逸したが、ただ、それでも彼の言葉からは耳を逸らさなかった。


 「僕が殺した。緋浦雪奈を。だから目を疑ったんだよ。なんたって死体が歩いてるんだから」


 徐々にぐちゃぐちゃになっていた透の顔は違う方向に歪みだしていた。

 あははははは、言ってやったぁ!と透の乾いた笑いが路地裏を木霊する。

 その他に聞こえる声は遠くからの市場の歓声のみで、路地裏は透の笑い声だけが響き渡った。

 別に怒りの感情が湧き上がったわけではない。目の前に居る雪奈はちゃんと生きている。殺されたのは「異界」の雪奈だ。だから虚華達が怒る筋合いはないし、責める理由もない。きっと彼の口振りからして、公に処理したのではないのだろう。それでも虚華の心の中では、色んなものがぐちゃぐちゃと練られていた。

 はっと、そんな心から脱した虚華は、素早くちらっと臨の方を見たが、首を横には振らなかった。臨は少し俯き気味に透の方をじっと見ていた。その表情は相も変わらずだったが、少しだけ哀愁を纏っているようにも見えた。

 虚華の背中に隠れていた雪奈を見るが、特に気にした様子もなく虚華の背中に引っ付いていた。

 特に「同姓同名の限りなく自分に近い存在」に雪奈は一切興味がないらしい。


 「自分の意志で……雪奈を殺したの?」

 「いいやぁあ?命令されたんだよ。緋浦を殺せってなぁ?夢葉だよ、黒咲夢葉」


 知ってんだろぉ?虚華ちゃんに化けてるんならなぁ?と何かが吹っ切れたのか、酔拳の達人の如く身体をくねらせ、こちらの疑問に嘘偽り無くペラペラと話しだした透に虚華は再度恐怖心を抱き始めた。

 刹那、隣から凄まじい殺意を感じ、虚華は身震いした。虚華は固唾を呑んでちらっとその方向を見る。たしかその場所には臨が居たはずだと思いながら。

 確かにその場所には臨が居た。それは自分の目でもちゃんと確認できている。でもそれでも、さっきまでの臨とは一線を画する程の違いがあった。


 「がっ……何するんだよ。黒咲。お前の姉が友人殺しを命令して怒ってんの?」

 「さぁ、どうだろ?ただ、今はこの怒りでお前を殺してしまいそうになって、戸惑ってるだけだよ」


 虚華と雪奈は、臨が透の首元を掴み上げ、そう言っているの呆然として見ていた。本来は止めるべきだったのだろう。それでも数年ぶりに見た臨の激昂っぷりに、二人の思考はフリーズしてしまっている。


 「臨!そのままだと透が死ぬから離して!」


 沈黙に枷を敷いた虚華はこのままだと臨が、透を殺めかねないことに気づき、無理矢理二人を引き剥がす。


 「ちっ、ボク達のリーダーの慈悲深さに感謝するんだね」

 「助けてくれてどうも。《リーダー様》」

 「別に君のためなんかじゃない。感謝なんてしなくていいから」


 三者三様に険悪な空気を垂れ流しつつ、臨と透はにらみ合い、唾を吐き捨てる。


 (それにしても、どうしたんだろう。臨。確かに夢葉が此処に居る事に腹を立てるのは分かるけど……)


 なんだか、人がガラリと変わってしまったような気がして、虚華はこっそりと、隣りにいる臨との距離を少しだけ広めに取る。

 今の今まで無表情で冷静な判断と指揮を取ってくれた彼とは思えないほどの激情を放っている臨に、虚華はどう声を掛けてやれば良いのか分からずに、思考が止まってしまっている。

 虚華の両親が惨殺され、虚華の心が死に絶えかけて居た時にさえ、臨は合理的な判断で逃してくれた。

 自分自身の両親が夢葉ー姉。家族によって殺されたときにすら、顔色一つ変えずに動いていたあの臨が、“ディストピアではない「異界」の雪奈が夢葉の指示で殺した透に対して、此処までの激情を発している。


 「虚も虚だ!こいつは……この男は夢葉姉さんの指示で雪を殺したんだよ!?」

 「で、でも、雪は此処に居る……よ?」


 透の時のように首根っこを掴まれるようなことこそはせずとも、激しく虚華を問い詰めた。

 その激情に気圧されてか、あまり強くは返せなかったが、小声で臨に反論した。

 こんなのが言い訳にならないことは自分でも分かっている。本来ならば、臨ほどではなくとも怒りを覚える必要は少しでも持っていなければならない。そうでなければ、


 “この世界の仲間達に会いたいなんて言う資格など無い”事も重々承知している。


 だからこそ、そう答えてしまった自分の心の醜さが露呈した気がして、虚華は酷い自己嫌悪で心を自傷した。

 虚華が自己嫌悪で自傷している内に、止めたはずの臨が再度透の衣服に掴みかかっている。


 (止めなきゃ、そうじゃないと……彼の激情で透を殺しちゃダメ……)


 「臨、虚が困ってる。あたしは此処に居る。矛を収めて」

 「けど!こいつは!仲間の仇にお前を!!」

 「その夢葉は、あたし達の知る、夢葉じゃない。これ以上は、あたしも怒る」


 むーっと頬を膨らませ、虚華の怒ってる顔を真似している雪奈を見た臨は、ふぅと息を吐き、透を掴んでいた手を乱雑に離す。


 「夢葉姉さんは何処に居る。知らないとは言わせない」

 「知らないよ、ははは、知るわけがない。僕如きが、はははは」


 冷静さを取り戻しつつあった臨は、壊れた玩具のように笑いながら答える透の答えに顔を明確に顰める。

 舌打ちをしつつ、虚華の方向を見ない辺り、彼の言っていることは真実なのだろう。


 (黒咲夢葉か……。まぁ、臨が怒るのも分かるけど……此処でも聞くとは思わなかったなぁ)


_______________


 黒咲夢葉は、黒咲臨の二人いる姉の一人である。臨と同じ艶のある長い黒髪をたなびかせ、黒く濁らせた瞳を持つ麗しい少女だった。

 その麗しさとは裏腹に残虐性がかなり目立っており、《苛烈の才女》と揶揄する声は一定数味方からも飛び交っていた。いつも双子の妹である現葉と行動していることから「双子の悪魔」と呼ぶものも少なくはない悪名高さも持っていた。

 夢葉と現葉はディストピアでは「世界」を管理している中央管理局という機関に務める職員だった。中央管理局に努めている人間は感情を奪われない措置があったため、ディストピアの中でも感情を持っている特異的な人間だった。

 そんな彼女達は、虚華の現実改変能力を最大限利用するために、中央管理局すらも掌握し、自分達のものとしようとしていた。

 結代虚華を自分達の物にしたら、世界を支配することも出来る。だから、彼女を確保しなければならない。と世界に情報を拡散したのも彼女らだ。その御蔭で、こうして逃亡生活を送る羽目にもなっている。

 それからは、虚華達の生活は一変した。感情を持たない人間が皆して虚華を追い回し、虚華の両親を目の前で殺め、実の弟である臨の心をどうにかして破壊することで、虚華の心をなんとかしようと画策までしていた。

 やっていることが幼いながらも正気の沙汰ではないと、虚華が感じるほどには思考がぶっ飛んでいた人だった。自分を掌握して一体何をしようとしていたのか、今となっては分からない。

 開かれることのないパンドラの匣だと思われていた存在までもが、この世界にも居るとは思っていなかった。


 《ディストピア内の黒咲夢葉は既に自分達との争いで命を落としてる》。それは絶対の事実。

 その戦いの中で、自分達の仲間も大幅に数を減らしてしまっているので、彼女の死は、自分達側の陣営からも、「世界」率いる中央管理局側からも、様々な方向から喜ばれたことだろう。

 生き残った双子の妹、現葉は夢葉の死後、姿を表さなくなった。恐らくは夢葉が死んだ影響で役職の位が上がって、現地に赴く必要がなくなったのだろう。勿論推測だけど、合っているだろう。

 あの頃の夢葉は正直、虚華の心を恐怖の方向で支配していると言っても過言ではないほど、畏怖の対象だった。アイツと出会ったときから、死ぬ瞬間までの全ての記憶が脳に焼き付いている。

 今思い返せば、どうしてあの時は夢葉が死んでも何も思わなかったのだろうって、仲間の方が大切だったから、敵の死なんて喜んでいる場合じゃなかったのは理解できているけど。それでも、こうして再度名前を聞くと嫌でも思い出す。


 “憎悪”だ。彼女からは憎悪の感情しか生まれない。生み出せない。虚華は彼女を心の底から憎んでいる。



__________


 あの女は、彼女はあの時、笑っていた。

 

 「ほらほらぁ、虚華ぁ!!あんたの母親はあたしが殺したわよぉ!!あはははは!!!」


 母さんを殺した時、銃で頭を撃ち抜いていた時。

 嬉々とした表情で虚華の名前を呼び、亡骸を弄んでいた。

 彼女が去った後の亡骸の周りには、彼女の高笑いの声に呼応してか、炎がメラメラと燃えていた。


 あの女は、彼女はあの時、喜んでいた。


 「まだ出てこないのかよぉ、虚華ぁ。もうお前の父親は生焼けじゃ済まないぜぇ??ひゃはは!!」


 父さんを殺した時、雷の魔術で全身を丸焦げにして絶命させた挙げ句に、

 まるでウェルダンステーキだなぁと唾を吐き捨て、灰になりかけていた亡骸を蹴り飛ばした。 


 虚華を自分の物にして何かをなそうとする目的があるとはいえ、凄惨なことを楽しそうにやる女の事だ。

 もし仮に、「異界」に存在したとしても、その本質は大して変わらないだろう。

 彼女は既にディストピアでは死んでいる。自分とその仲間が決死の覚悟で彼女を斃した。

 残る現葉はもう暫くは姿を見ていないが、此処に逃げ込んだことは知らないはず。


 (此処に夢葉が居る……そうだよね、透が居るならいてもおかしくはないよね)


 ディストピアでの夢葉はそれこそ、悪夢のような存在だった。臨が激昂してもおかしくはない。

 それでも、彼女は既に斃れ、もうこの世には存在しないからと抑えていたものが溢れたのだろう。

 彼女が斃れた際にも、犠牲は多かった。その当時付近に暮らしていた無辜の住人が沢山巻き込まれ死んでいった。屍の山ができる程には、犠牲者が多かったのを未だに覚えている。 

 透もその犠牲者の一人で、命こそ落とさなかったものの、利き腕を怪我して武器を握れなくなってしまった。

 そのせいかもしれない、今の透を見ていると、虚華は複雑な気持ちになってしまう。

 そんな二人が繋がっていて、「異界」の雪奈を殺したと言う。


 (心の中で何かが欠けているのは私の方なのかも知れない……)


 今目の前で雪奈が生きているから良いではないかと、そう思ってしまうことが間違っているのかは分からないが、今は目の前の出来事に対処しなきゃならないと、虚華は現実逃避から戻る。


 「なんで……雪を殺したの?私や臨も殺す気なの?」

 「な、何で僕が虚華ちゃんを殺すんだよ!?ありえない!!」

 「じゃあ何で雪をころしたの!!!!」


 目の前に生きている雪奈が居るのに、どうして雪奈を殺したの。と数時間前に失ったはずの知人を問い詰めている。文面に書き記してみたらきっとかなり滑稽なことになっているんだろうなぁと虚華は心の中で苦笑しながら、透の方を見る。

 彼は何も答えない。ただ乾いた声と金切り声を合わせたような醜い声でひたすら笑っている。

 臨も雪奈もそんな透を見て、ただただ硬直しているだけ。否、出せないのだろう。

 目の前で起きていることの異質さは異常だ。脳が混乱しても何もおかしくはない。


 「あああああああああああああ、煩い煩い煩い!!!僕は命じられただけだ!悪くない!!」

 

 気が動転してすっかりおかしくなったのか、自分達が何も言ってないときにも幻聴が聞こえだしたのかは、もう分からないが、遂に透が発狂して叫びだした。

 こんな人通りの少なそうな路地裏ではあるが、徐々に何事だとギャラリーが増えてきた。

 まるで、投げられた餌に群がる鳩のように。この状況は虚華達にとっては芳しくない状況だ。

 先程までは精々子供の喧嘩程度に見られていただろうが、此処まで騒ぎが大きくなると止めに入る人間も居るだろう。

 変装していたとはいえ、透にはバレていたし、素性を明かすのも好ましくない虚華達は、この場から離れることを選択した。


 「雪、お願い」

 「ん。眠りに落ちて。「落ち往く意識」」


 雪奈が詠唱をさっと唱え、周囲に居た人間全員を眠りに落とした。勿論、数分もしたら起きられる程度の強さに調節もしてもらったから、大した影響はない。

 逃げることさえ出来れば、後は特に誰かに怪我をさせたり、負ったりする必要なんてないのだから。


 (後は私の“嘘”で事後処理をしたら大体は問題なく終わる……かな)

 「“今の騒ぎは全て泡沫の夢。全部が幻”」


 そう一言、眠っている人達に言葉を添えると、体力が尽きかけているのか、意識が朦朧としてきた。


 「あ、倒れるかも……」

 「虚!!!ねえ、しっかりして!」

 「虚……」


 そう一言だけ言った虚華はその場に倒れ込んだ。虚華が倒れる直前に見たのは、どうするかを慌てながら臨に相談している雪奈と、取り敢えず背負おうとこちらに駆け込んできた真剣に心配してるような表情の臨だった。

 背負おうとはしていましたが、臨の筋力では虚華を背負うことは出来ませんでした。

 虚華を何処かへと運んだのは、全て雪奈の魔術です。臨は歯ぎしりしている間に、雪奈はやれやれと言いながら、楽しそうに虚華と一緒に空を飛んでいました。

 

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