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【Ⅸ】#15 The end of the world,Her shrieking won't stop


 虚華はふと空を見上げる。新月なのか、月の光が一切無いが、もう間もなく夜が明ける。

 夜更け過ぎに宿を出たが、それから一時間は此処で過ごしてしまったのだろうと推察する。

 辺りは静かだ。動物の鳴き声一つしない。夜はこうでなくては。

 喧しい生き物の鳴き声で、折角の夜の静寂を蝕まれては困る。

 虚華がそろそろ帰ろうと足を動かすと、全身に違和感を覚える。どうにも動きにくい。

 暗くて何も見えないが、自身の足に何か付いているのだろうかと足元を見ると、深いスリットから自身の白い太腿が垣間見えている。


 「あれ。なんで罪纏(ツミマトイ)の状態になっているんだろ?」

 

 どうやら虚華は罪を纏っていた状態を維持しているようだった。戦闘なんてしただろうか?

 自身が危機感を覚えた時でない限りは、あの状態になろうとは思わない筈だが。

 罪纏状態を解除をしようと、虚華は愛用のホルダーに収めている黒い銃を取り出そうと腰の辺りをガサゴソと弄ると、何箇所か血が滴り落ちている箇所がある気がした。

 知らない間に罪纏になって、知らない間に怪我をしている?この直近で何が合ったのか。

 虚華は罪纏状態を解除せずにひとまず、うーむ、と暗がりで考え込んだが散歩をしていたら夜風が気持ちよくて歩き過ぎた。位しか思い出せない。

 とにかく状況が思い出せない。しかも真っ暗だから此処が何処かも分からない。


 「明かり明かり……持ってきて無いや……しょうがない。「火球(ファイアー・ボール)」!」


 虚華はさっと早口で魔術を詠唱し、指を鳴らすと自身の近くに火の球をふよふよと浮かせる。

 形成した魔力の射出が出来るようになってから、こういった魔術の応用も少しずつ出来るようになってきたのだ。

 虚華は自身を火球で照らしながら、他に怪我をしている場所が無いかと確認する。

 

 「どれどれ……、うーん、随分と激しい戦闘したのかな、私。あちこち怪我してる」


 切り傷に刺し傷、打撲痕に火傷や凍傷に似た症状が全身に見られる。アドレナリンと罪纏の状態になっているお陰で痛みは殆どないが、解除したら相当重症だろうな、と苦笑する。

 両手は誰の血かは分からないが、血まみれ、あちこちから血の匂いがする。これでは普段から匂い消しで使っている香水では誤魔化しきれないかもしれない。

 情報を整理すると、全く記憶は無いが、虚華は複数を相手に戦闘をしたという事だろう。


 「全く覚えがない。本当に私、誰と戦ったんだろ?魔物とかかな?此処らへんの魔物の分布とかまでは詳しく調査してなかったけど、異常繁殖(ハザード)とか異常個体(イレギュラー)でも居たのかな?」


 虚華の仮説が正しいと判断するには、付近にあるはずの死骸を探せば良い。

 虚華は深呼吸すると血の匂いが鋭く鼻孔を刺激するが、この匂いが自分から漂っているのか、はたまた周囲から漂っているのか、判断が付かない。

 一つの小さい火球じゃ、周囲の様子までは判別出来ないと思った虚華は、火球を消し、再度魔術を詠唱する。今度はもう少し大きいものを二つ生成する。

 一つは虚華の近くに、もう一つは虚華の進行方向へ自動的に動くように生成する。

 足元を照らすと、薄っすらと水溜りができている。虚華はあれ?と首を傾げる。

 雨なんか降っていたのだろうか?この辺りの土地は海が近いことや、よく雨が降るということもあり、水捌けはそこそこ良かった筈だ。

 しかし、自分の記憶では雨は降っていなかった。それに自分の体も雨に打たれた形跡がない。

 なんだか嫌な予感がして、虚華は水溜りに手で触れてみる。サラサラな液体が自分の手を濡らす。

 

 (もしかしてこれ、ただの水溜りじゃない?)


 水溜りを触れた手を火球で照らすと、虚華の予感は的中した。

 虚華が触れた水溜りだと思っていたのは血溜まりだった。ならば、血溜まりを産んだ原因もこの近くにあるのだろう。

 虚華はどんどん嫌な予感が現実になっている感覚に襲われる。

 何故か心臓の鼓動が喧しく鳴り響き、早く此処から逃げろと、本能がそう訴える。

 知らない方が幸せだと、見て見ぬ振りをしろと。


 (でも、逃げちゃダメな気もする。目を逸らしちゃきっといつか後悔する)


 虚華は己の心に精一杯の鼓舞をした後に、進行方向へ動かしている火球の大きさを少し大きくする。

 何かが見えるまで、血溜まりへと流れていく血を追いかけていくと、虚華は何やら脚のようなものを見つけた。

 どんどんと心臓の鼓動が喧しくなる。ドクンドクンを脈打つ虚華の心音は静寂な夜を煩くしていく。

 震える手を必死に制止し、落ちていた脚を拾い上げる。かなり使い込まれた探索者用のブーツを履いているその脚は、太腿の辺りで何か牙や爪のような物で千切られた跡がある。


 「摩耗している靴底、幾つもある傷跡、かなりの手練だったんじゃないかな……」

 

 惨い。若く、しなやかな足から推測するに、十代後半の女性の物だ。生死は分からないが、きっと、異常個体が周囲の探索者を襲って回っていた可能性が高い。

 そうか、ならば自分はその異常個体を討伐する依頼を受けて、この辺りを散策していたのだと。

 もう少し情報が欲しい。他にも何か落ちていないのかと、火球の明かりを頼りに虚華は地理の分からない土地をスタスタと歩く。


 「今度は腕……一体何人が犠牲になったんだろ……」

 

 今度は腕が落ちていた。男の指先から肩口までが鋭利な刃物のような物で切り落とされた跡がある。虚華は腕を拾い上げ、まじまじと観察する。

 此方も随分と逞しい腕だが非常に若い。先程の女とさほど歳は変わらないだろう。

 一つ、気になったのは、この腕の持ち主は軽装甲(ライトアーマー)を着込んでいるようだった。

 重装甲ではないとは言え、ここまで綺麗に鎧ごと斬る事が出来る魔物など居るのかと、虚華は思わず身震いする。

 虚華は落ちていた腕を木の近くに置くと、黙祷を捧げる。自分なんかの祈りで安らぎなどは得られないだろうが、少しでも足しになればいいなと思った。

 暫しの沈黙の後、後を去ろうとした際にもう一度男の腕を見る。

 すると、虚華は目を見開いて驚く。この腕を拾わなきゃよかったと心底後悔する。

 虚華の心臓の鼓動がより激しくなる。呼吸も荒くなり、自分でも精神的に不味いことに気づく。


 (ダメだ、これ以上進むのは不味い……でも知らなきゃダメだよね)


 地面に流れている血はまだまだ先へと続いている。

 落ちていた腕の肩には物珍しい魔術刻印が刻まれていた。一匹の兎が獅子を打ち負かし、喰らっている物だ。

 獅子を喰らう兎の刻印を肩に刻んでいる人間を虚華は一人だけ知っていた。

 虚華の忘れていた記憶も、どんどんと色鮮やかな物が脳裏に描かれるように思い出していく。


 (そうだね、これはきっと私が殺したんだろうね)


 まだまだ思い出せているものは記憶の断片のような物ばかり。さしずめ夢のようだ。

 心臓が、本能が進むなと叫んでいるが、虚華は無視して歩く。もう夜が明ける頃だ。

 太陽が地平線から顔を出す。その光が虚華にとって最悪な物を照らし出す。

 少し開けたそこには五人の死体があった。どれも見覚えのある顔だ。


 「あ、あ……あぁ……これは」

 

 そのどれもが四肢欠損している、近くにはそれらしく肉塊が在るが、随分と趣味の悪い飾り方をしている。

 とある者は自身の愛用する刃に四肢を刺し、身体の近くに飾られている。

 またとある者は、心臓をその得物で一突きにされ、木に磔になっている。

 またとある者は、あちこちを殴打されており、顔はもはや原型を留めていない。

 またとある者は、全身滅多刺しにされている。勿論四肢は身体とは切り離されている。

  

 「酷い、何てこと……皆、皆……」

 

 虚華はへなへなと地面にへたり込む。視線は釈然とせず、あちこちを行ったり来たりする。

 全て思い出した。さっきの脚が誰も物だったのかも、あの腕が誰だったのかも。

 あんな惨たらしく殺したのは誰だって、そう思っていたのに。何の悪夢だろうか?


 「私が鏖にしたんだ……「喪失」の皆を」

 

 明るくなる現実とは対称的に、虚華の視界は真っ暗に染められていく。

 虚華の瞳に最後の最後まで写っていたのは、四肢と首を全て切断され、全部をバラバラに木に杭で打ち付けられていた臨の死体だった。


______________________


 「……ル……、て……、……い!!」

 

 全てを思い出した虚華は、意識を手放そうとしていた。けれど、誰かが自分を呼んでいる。

 何処か懐かしい声が、深い沈んでいく水底へと落ちていく自分を掬い上げてくれる気がした。

 なんとか、最後の力を振り絞って、差し出された手を掴もうと、虚華は手を伸ばす。

 相当弱っていた虚華の手は寸での所で届かなかったが、差し出された手は虚華の手を掴む。


 「ヴァール!しっかりしなさい!私一人じゃこの場を切り抜けられないわよ!」

 「え……?」


 虚華の視界がはっきりして、最初に写ったのは武装状態のイズだった。あちこちに傷があるのを見るに、現在も戦闘中な事が伺える。

 息が荒くなっているイズは虚華を魔術防壁で守りながら、ずっと声を掛けていたらしい。

 恐らく攻撃しているのは「喪失」の彼らだろう。今度は最初から覚えている。

 自身の身体に傷がないかあちこちを見てみたが、傷一つ付いていない。更には、既に自身の身体は罪纏状態になっている。これならば、いつだって彼らと戦えるだろう。

 しかし、先程までの情景がフラッシュバックして、吐き気が止まらない。胃の中に何も無いせいか、嗚咽を零しても、胃液しか出てこない。

 呑気に吐いているようだけの様に見られたのか、必死に魔術を展開しているイズが再び、虚華へと檄を飛ばす。

 

 「貴方がその姿になっているということは、彼らと戦うつもりだったのでしょう!?」

 「そ、そうだけど……」


 虚華は弱気な返事を返すと、イズは更に声を荒げる。

 彼女は昔からそうだった。自分が選択を渋っている時、悩んでいる時は背中を蹴飛ばすのだ。

 なんだか懐かしい気持ちが虚華の心を少しだけ温める。背中は痛いが。

 

 「彼らは間違いなく私達を殺す気よ。私も貴方も「七つの罪源(パブリック・エネミー)」の一員。討たれて当然のこの世の悪そのものだもの」

 「あはは、そうかもね、イズも随分と趣味の悪い格好してるし」


 もう一度背中を蹴飛ばされる。これは自業自得だ。甘んじて受け入れるが、やはり痛い。

 自分の罪纏もそうだが、依音も随分と扇状的な格好をしている。自身とかなり似ているが、違う部分といえば、太股部分のスリットが少ないかわりに、スカート丈が短く、背中がばっくりと開かれており、防御力に些か不安を覚えさせる所だろうか。


 「ねぇ、イズ」

 「何よ。こんな状況で」


 虚華が声を掛けると、苛立った声色でイズは返事をする。顔の半分以上は聖骸布のようなもので覆われているが、自分には分かる。

 ついこの間イズに刻んだ魔術刻印の一部が首元から見えながら、頭だけこちらに向けている。

 イズも会話に集中できる程の余裕はないのだろう、実際問題、彼らからの攻撃は苛烈さを極めている。

 彼らが抱く「七つの罪源」へと憎悪がこれほどまでに重いものなのかと、改めて痛感する。

 虚華は、意を決したのか、立ち上がり、イズと同じ方向を向いて彼ら()を見据える。

 

 「これから私は「喪失」を無力化する。でも殺さない。手伝ってくれる?」


 虚華が真剣な表情でそう言うと、イズはふっと笑う。久々に見た優しい笑みだった。

 虚華の言葉に、イズは静かに応じる。


 「当たり前じゃない。貴方が居る場所こそが、「喪失(私の居場所)」なんだから」

 

勢い余って連日投稿しましたが、基本的にゆっくり更新させていただきますので、気長にお待ち下さい

週一ペースで頑張りたいですね(頑張れるかどうかはさておいて

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