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【Ⅸ】#13 Who are “Gnik”?


 虚華達は日が落ちた頃合いに、集合場所としてパンドラに指定されていた宿屋に足を運ぶ。

 外装は他の建物と同様に塩害を避けるべく、無骨なデザインを模していたが、中に入るとそのイメージは一気に払拭される。

 レッドカーペットと呼ばれる貴賓を饗すために用いられる敷物に、壁には様々な賞を獲得したのだろう、沢山の賞状が額縁に収められている。

 虚華はあちこちに目移りしながら、中央にあるカウンターへと歩き、ふと受付にいる人物を見ると目を見開いて驚く。

 依音の方を見ずに、虚華は依音の肩をてしてしと叩く。


 「ええっ!?私ぃ!?ねぇイズ!受付に私が居るんだけど!?」

 「な、な、何を言っているのかしら。受付に居るのは私よ」


 どうやら、依音は受付にいる存在のことを依音だと認識しているらしく、虚華と同様に信じられないようなものを見るような目で見ている。

 依音は足をぷるぷると震わせており、目の前の存在に恐れ慄いている。

 昔、「エラー」と出会った時の自分もこんな感じだったのだろうか。

 虚華は依音の言葉を受け、再度受付の方を見る。うん、やはり目の前に居るのは自分だ。

 眼の前に居る自分に見える何者かは、にこやかに料金プランを提示せんとメニューを取り出す。


 「こんにちは、本日はどのようなご要件で?宿泊ですか?休憩ですか?」

 「あ、普通に接客するんですね、私と同じ顔で」


 虚華が冷静にそう言うと、虚華もどきはにこやかに虚華の言葉をスルーする。

 変な所で自分に似ているのが余計に腹立たしいなと感じながら、宿屋の主人と思い込む事にした。

 依音は未だに、あわわといった様子で宿屋の主人を見ている。自分が対応するしか無いのだろう。

 

 「えーと、四人で宿泊したいんですけど、大丈夫ですか?」

 「大丈夫ですよ。残りお二人は……見られないようですが、どちらに?」

 「妾じゃ。何巫山戯て姿変えとるんじゃ、ドゥーラン」


 後ろから聞き慣れた声がしたので、振り返るとそこには白黒混じり合った髪色のパンドラが満足げな顔をしてうっとりしている「カサンドラ」を連れながら不機嫌な顔をして立っていた。

 パンドラは反応の薄い「カサンドラ」を虚華に押し付け、ドゥーランと呼んだ者にずいっと近寄る。


 「おや、これはこれは。随分と久しいですね。なんてお呼びしましょうか?」

 「そうじゃな……。此処では「ラズリ」とでも呼んでもらおうかの?」


 虚華もどきはパンドラが言う「ラズリ」という言葉を何度か口に馴染ませるように呟くと、ふふっと小さく笑う。

 自分が笑った時もこういう顔をしているのだろうか、と不思議な気持ちになりながら二人のやり取りを見守る。


 「貴方はもっと黒いと思うのですが、まぁ良いでしょう。では「ラズリ」様。本日は四名で宿泊という事をそちらのお嬢さんから聞き及んでいますが、間違いはございませんか?」

 「うむ、相違は無いが……そろそろ擬態を解除して貰っても良いか?わざわざ『鏡の中の私(ミミクリー・リチュア)』で新規客を驚かさくても良いだろうに……」


 悪戯っぽく笑うドゥーランとは対象に、パンドラははーっと大きく溜息を吐く。

 「鏡の中の私(ミミクリー・リチュア)」という魔術は術師が一度でも認識した相手の姿を模倣する魔術。

 無属性の中でも中級に位置してるのだが、姿形を変えただけで戦闘能力を有していないそれを覚えようとする術師は少ない。

 そんな魔術をまさか宿屋の主人が使うとは思っても見なかったので、虚華は正直驚いている。

 ドゥーランは自分の顔を手で覆うと、顔からポロリと仮面のようなものが外れる。持っているそれはお面に酷似したものだったが、よくよく見てみると自分の顔を形どったものだった。

 自分の顔の仮面を外したドゥーランの顔は真っ黒ののっぺらぼうだった。きっと彼……彼女だろうか?あの存在こそが双影種(ドッペルゲンガー)と呼ばれる存在だろう。

 声を出すつもりはなかったが、のっぺらぼうのドゥーランを見て、虚華と依音は小さく悲鳴を上げる。

 

 「ひぃ……」


 虚華の悲鳴を聞いたドゥーランは興味深そうに虚華の顔を覗き込み、自身の顎を撫でる。

 その行為が尚更、虚華の恐怖心を増幅させるというのに。

 

 「おやおや、「ラズリ」様。彼女は双影を見たことがないのでしょうか?」

 「無いじゃろうな。白しか見てないからな、此奴は」


 白の区域には人間以外の種族が殆ど存在しない。区域が人間以外の種族を拒んでいたからだ。

 後からドゥーランから聞いた話だと、その結果、白の区域出身の探索者は人間以外の種族は皆魔物として扱うせいで、腫れ物扱いされるのだとか。


 (今思うと、皆が皆そうって訳じゃないんだろうけど、あの子の影響が区域にまで侵食してたってことだもんね)


 ドゥーランは、右手に虚華の顔を模した仮面を持ちながら、虚華に質問を投げかける。


 「お嬢さん。お名前は?」

 「……ホロウ・ブランシュ。ジア出身の探索者(シーカー)です。貴方は?」


 涙を目尻に浮かべながらも、虚華は質問を投げ返す。決して目の前の異形に舐められないように。

 顔色が読めない相手だと心理戦は非常に不利だ。それでも尚、逃げ出さないように。

 虚華がドゥーランに「貴方は?」と訊ねると、ドゥーランはピクリと動きを止める。

 性別も不明な彼は、一体どういう感情を浮かべているのだろうか。


 『未知こそが恐怖の根源なのだ。良いか虚華、未知を既知にしろ』


 遠い過去に誰かに言われた言葉を脳内で反芻させながら、目の前の存在に意識を傾ける。

 

 「そうですね。「ラズリ」様の前ですし、見ない顔が居るので名乗りましょうか」


 虚華に近づけていた真っ黒の顔をすすっと引き上げると、ドゥーランは着ていた奇妙な柄のスーツの襟を正す。

 ドゥーランは丁寧なお辞儀をすると、虚華の前に左手を差し出す。

 どうやらこれが蒼の区域での挨拶の仕方らしい。虚華はドゥーランの左手と顔を交互に見る。


 「初めまして、ホロウ様。私はドゥーラン・ディアム。ブラゥにて宿屋を経営しているしがない双影種でございます。以後お見知り置きを」

 「宜しくお願いします。ドゥーランさん」


 虚華が丁寧にお辞儀をすると、パンドラが不意に虚華の頭をポンポンと叩く。

 パンドラの顔を見ると、少しだけ満足げな表情をしている彼女の顔が虚華の瞳に写った。

 

 「顔合わせも済ませたし、もう良いじゃろう。ドゥーラン、一晩、一部屋貸してくれ。」

 「おや、一晩で宜しいのですか?]


 「あぁ、構わぬ。それに嵐はきっと明日来る」

 「畏まりました。では二階の角部屋を充てがいましょう」


 パンドラはドゥーランから鍵を受け取ると、未だにふわふわしたままの「カサンドラ」の手を引きながら、階段を昇って部屋へと向かっていった。

 ドゥーランとの邂逅の間、一切反応をしていなかったが、彼女のことをドゥーランは知っているのだろうか?

 「カサンドラ」は、白の区域では名のしれたフードファイターという職業の人物らしいのだが。

 フードファイターという単語を未だに理解しきれていない虚華は、パンドラと「カサンドラ」がへやへと消えるまでの間、そんな事を考えていた。


 「ホロウ様は部屋に戻らないのですか?」

 「え?あぁ、戻ります。今晩はお世話になりますね。ディアムさん。ほら、イズ、行くよ」

 「ふえっ?え、えぇ、そうね。行きましょうか?」


 虚華達がパンドラの後を追い、部屋へと吸い込まれるまでドゥーランは礼の姿勢を崩さずに居た。

 

 「良い夜を。願わくば平穏に終えられるように」


___________________



 虚華が部屋に入ると、パンドラは髪の色をいつもの色合いに戻し、変装を解いていた。

 「カサンドラ」は未だに幸福感を全面に出した表情をしたまま、ベッドに寝っ転がっている。


 「「カサンドラ」さん……一体どうしたんですか?」

 「あぁ、喰らった反動で多幸感が全身を襲っているんじゃ。こうなると今日一日は動けない筈じゃろうな」


 虚華はパンドラの『喰らった』という言葉の意味は聞かないでおこうと思う。

 グレたフラメンコという男は、「カサンドラ」と共に何処かに行ってしまったっきり、姿を眩ませたという話だが、恐らくきっと何処かで楽しく食事をしているだろう。

 三つあるベッドのうち、ドア寄りの一つは既に「カサンドラ」が使用しており、部屋寄りのベッドにパンドラは寝転がる。

 四人居るのに何故あののっぺら坊の主人はベッドを三つしかない部屋に案内したのだろうか。


 (まぁ、私がソファで寝れば良いか。別に床でも良いし)


 虚華は依音に真ん中のベッドで寝るように促し、自分はどうしようか考え込む。

 すると、パンドラが自身が寝転がっているベッドをぽんぽんと叩く。


 「これ、ホロウ。こちらに来ると良い。妾の隣なら空いておるぞ?」

 「……?いえ、そのベッドはパンドラさんが使ってください。私はソファで寝ますから」

 

 野宿や劣悪な環境で寝食を続けていた影響で、誰かと一緒にベッドで眠るという考えに至らなかった虚華はソファに寝転がる。

 虚華がソファで一息ついているのを見たパンドラは虚華のことを信じられないようなものを見るような目で見ているが、虚華は気にせずに、先程のドゥーランについて訊ねる。


 「先程のドゥーランのいう方はパンドラさんの知り合いですか?」

 「……まぁ、知り合いじゃな。どちらかと言われたらアラディアの友人じゃが」


 葵薺を名乗っているだけあって、やはりアラディアは蒼の区域にはそれなりに関係性の深い人物が多いようだ。

 その他にもあの場所にはこの人間が、この場所にはあの人間が居る等とパンドラは楽しそうに話す。

 依音がすぅすぅと寝息を立て、「カサンドラ」が行動不能となっている今、パンドラの相手ができるのは虚華だけとなった。

 虚華は眠い目を擦りながら、パンドラの話に相槌を打ちながら夜更けまで過ごすこととなった。


 「明日には嵐が来る」

 

 パンドラが言っていた言葉をすっかり忘れていた虚華は、ソファで夜が明けるのを待った。



四章-Ⅱで『鏡の中の私』という魔術が初出されていましたが、今回も双影種が現れた際に、『鏡の中の私』が使われたと疑うことが出来る程には、虚華もフィーアに染まっている、馴染んでいるということが分かる回だったかもしれません。

次回(明日)から巻き起こる嵐とは何なのか。皆様は概ねお察しかもしれませんが、ここからが蒼の区域のお話になるかもしれませんし、ならないかもしれません。


この所大分私事で多忙を極めては居ますが、何とか定期的に更新していきたいと考えておりますので、応援の程、よろしくお願いいたします!!!

可能であれば、高評価やコメントなども頂ければ、大変励みになります!!!

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