【Ⅸ】#12 Shopping of the Two Witches of Calamity
昼頃から四人の大罪人達は各々でブラゥの各地を回っている。
パンドラと「カサンドラ」が何処で何をしているのか、虚華達は知り得なかったが、それなりに楽しい休暇になったとは思っている。
如何せん、此処数週間はずっと歪曲の館に籠もって魔術の鍛錬をしていたのだ。
成型した魔力を飛ばすコツを掴めたお陰で、虚華は魔術師としてかなりのレベルアップを図る事が出来た。それでも、偶には羽根を伸ばしたいと常々思っていた。
だからこそ、虚華は来た事が殆ど無かった蒼の区域内の首都であるブラゥを散策するのがとても楽しみだったのだが、生憎の各自自由行動で、少しだけ気分が沈んでいる。
隣りにいる依音が居るだけでも充分なのだが何分、二人共、土地勘がないので行動するにも時間が掛かって仕方ない。
「折角なら皆で美味しい物を食べてみたかったんだけどなぁ。「カサンドラ」さんならそういうの詳しそうだし」
「あら、私と二人きりじゃ不満かしら?」
虚華が若干落胆しているのを感じ取ったのか、依音は妖艶さを含んだ笑みを浮かべてこちらを見ている。
これで自分より三つも下だとは思えない。女性である自分ですらちょっとクラっと来るその笑顔に若干当てられながら、虚華は口を尖らせる。
「そういう訳じゃないけどさ。ほら、私達って蒼の区域はおろか、ブラゥの事も知らないじゃない?だから詳しい二人と一緒に行動したかったな〜って」
「なんだ、そんな事ね。ブラゥの地理やお店ぐらいなら既に頭に入ってるから何処でも案内できるわよ。なんなら白の区域から来たばかりなら、周りの人にも違和感を覚えるんじゃないかしら?」
周りの人に違和感を覚える。依音が言う言葉に一番違和感を覚えるんだけど、とは流石に言えないので、虚華は辺りを見回す。
すると、虚華はあっ、と小さく声を漏らす。
先程までは「カサンドラ」が夢魔だという事実を理解するのに、何度も彼女らの言葉を反芻していたせいで周りを見れていなかったが、虚華は目を見開いて驚く。
「此処……非人と人間が共存してる……。イズに言われるまで気づかな……痛ぁ!?」
虚華が思ったことを言うと、依音が目に怒りを滲ませて肘鉄を脇腹に食らわせる。
あまりの痛さに、痛ぁ!と呻いたせいで周りの通行人がこちらに注視する程だった。依音はさり気なく周囲の人々に「気にしないでください。彼女はそういう性癖があるだけですので」と弁明していた。
そういう性癖がどういう性癖なのか、虚華は分からなかったが、取り敢えず小さい声で依央に抗弁する。
「ちょっと!イズ!私を……変態扱いしないでよ!」
「あら?別に変態扱いなんてしてないわよ。ただ公衆の面前で殴られるのが良いってだけじゃない」
それが変態でなければどれが変態なんだろうと、言おうとしたが止めた。
どうせ、何を言ってもこの参謀様に口喧嘩では勝てないのだ。得意顔でこちらを見ているが、あちらも自分が反論しないことに既に気づいているのだろう。此処は話を切り替えるのが得策だ。
虚華は周囲の視線を避けるべく、依音の歩幅より少しだけ広めに歩くことで、依音への意表返しにしておく。
「ねぇ、ホロウ?ちょっと歩くの早くない?」
「えー?そうかなぁ。私は依音の案内してくれるお店で色々なブラゥの話が聞きたいだけだよ。あ、もしかしたら楽しみ過ぎてちょっと駆け足になってたかもしれない。でも早く聞きたいし、急いでもいいよね?」
「え、えぇ……?」
現在向かっているのは、人気の少ない喫茶店だという。依音が自慢げに道のりを教えてくれたお陰で、依音が先導していなくとも、虚華は道が分かるので、多少の意地悪をする。
案の定追いつくのが多少困難なのか、依音は早足で付いてくる。
そこまで身長差があるわけでも、体力差があるわけでもないのだが、虚華にはそれなりに歩く速度には自身があったのだ。
「相変わらず、逃げ足と早足は得意なのね。私は苦手だってのに」
「うーん。ディストピアじゃ私は逃げることしか出来なかったからね、それが生きてることは良いことじゃない?あ、付いた。此処でしょう?」
虚華がスタスタと歩みを進めていた足を止め、店の看板を見る。
煤けた看板に人気のない店内、通行人も先程と比較して大分減っている。外装はかなり年季が入っているこのお店が依音が提案した話をするのにもってこいな喫茶店だろう。
少し遅れてから、息を切らしながら小走りで追いついてきた依音がハンカチで汗を拭いながら、煤けた看板を見る。
そこまで目が悪いわけでもないのに、看板の文字が読めないのか、依音は目を細めて看板を見つめる。
「えーと、そうね、此処であってるわ。確か今日は営業しているはずだし、入りましょう?」
「此処、本当に入って大丈夫なの?」
「えぇ。問題無いわ。調べた限りだと、そういった輩の居る場所でもないみたいだし」
彼女に話した記憶はないが、どうやら【蝗害】の事も既に知っているらしい。
パンドラが話したのか、それとも禍津が話したのか、考えられる可能性は多々あるが、どうやら情報源について吐く気配は一切ないので、虚華は小さく息を吐くと喫茶店の扉を開く。
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「ご注文は?」
「私はレルラリアショコラのホットで」
「そうね……私はトロピカルマウンテンで」
内装も外装に違わず、かなり落ち着いた様子で自分達以外にはマスターらしき七十前後の男性が一人で本を読んでいた。
虚華達が着席したことに気づくと、お冷をテーブルの上に二つ置き、優しい見た目で優しい口調で注文を聞かれたので、各々気になるコーヒーを注文する。
ブラゥの建物の感想を率直に言えば塩害等を避けるために無骨な作りの物が多いイメージを抱いたが、この喫茶店は少し海岸線から離れているせいか、かなりおしゃれさを重視した作りになっていた。
虚華はキョロキョロと辺りを見回したが、こういった毛色のお店はジアには無かったので、とても新鮮に写っている。
「随分と落ち着いた雰囲気のお店だけど、此処は有名なの?」
「有名だったら閑古鳥は泣かないんじゃないかしら?」
お店の人が聞いていたらどんな反応をするだろうか。弱冠十三歳の少女にそんな事を言われた日には、人によっては泣き崩れて数日間はお店を閉めてしまうのではないだろうか。
「ははは、君は随分物事を冷静に捉えているようだね。そのとおりだ。もし此処が人気店だったら人々の話し声で溢れ返っていただろうね」
しっかり店主に聞かれていた上に、店主はにこやかな顔でコーヒーを二杯テーブルの上において、「ごゆっくり」とだけ言い残しカウンターの内側で、読書を再開している。
「けほん。さて、じゃあさっきの話の続きをしようかしら」
「聞きたいんだけどさ、非人って蒼の区域じゃ呼んじゃだめなの?ジアだと飽きるほど聞いた単語だし、皆言ってたから何の疑問も抱いてなかったんだけど」
珈琲の中でも一際焦がしたチョコのような風味を味わえるレルラリアショコラを一口含んで、虚華は依音に尋ねる。
依音は熱々の珈琲を必死にふぅふぅと冷ましながらちびちびと飲んでいたが、虚華の言葉にソーサーを置く。
「簡単に言えば貴方の事を疫と呼んでいるような物よ。この街の人を見たでしょう?」
「……うん、色んな種族の人が居た。機械種や、亜人種とか……。実在したんだって思うぐらい、白の区域には居ない種族の人が居た……」
白の区域では人間以外の種族を見たことはなかったが、蒼の区域に入った途端、様々な種族の生物と遭遇していた。
非人という言葉を使った途端に、確かにこちらを憎らしそうな目で見ている非人種も居た。
白の区域では区域長である結白家が、人間以外の種族を排斥している影響で、ジアにもハーミュゾロアにも雪華にもレルラリアにも非人は居なかった。
虚華が出会った非人も魔人や魔女と呼ばれているような「七つの罪源」や人間を捨てた透のような異質な存在だけだった。
(だからこそ、彼らは異質な存在だと思ってたけど、違ったんだ)
この世界では思った以上に人間種以外の存在が多かった。その誰しもが人間と同じ言葉を話し、コミュニケーションを取っていたのだ。
そんな彼らを差別することが許されるのか?過去に散々蔑称で呼ばれていた虚華が呼んで良いのかと言われれば良い訳がない。
虚華は自分がしていたこと、無自覚だったとは言え、言ってはいけない場所で言っていたことに気づき、唇を噛む。
「まぁ。貴方も白の区域で生活してた期間が大部分だったみたいだし、パンドラさん達も貴方が外の世界の人間だって分かってて言わなかったから同罪だと思うけれどね」
「……でも悪いのは私だよ。イズはこっちに来て短期間なのに、ブラゥの事凄い詳しいし……」
それは……と依音が小さい声でブツブツと何かを言っていたが虚華は聞き取れずに、言葉を続ける。
「……ともかく、イズの知ってるブラゥや蒼の区域の事について教えてくれる?」
「ふん、別に良いわよ。幾らでも教えてあげるわ」
虚華と依音は日が暮れ、集合時間になるまでの間、喫茶店で珈琲を嗜みながら色々なことを話した。
依音の鞄の中には沢山の伏線が貼られたガイドブックと、蒼の区域の歴史が綴られた書物が見え隠れしていたが、虚華はそれに気づくことなく依音との会話を暫しの間、楽しんでいた。




