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【Ⅸ】#10 Stringuser carried out genocide with a smile


 日が暮れ、夜も更ける頃、臨達は普段ならば少しだけ離れて設営するテントを隣接させる。

 各々が夜を過ごす準備をしている中、臨は薪を集めるべく、少し離れた場所で木をぼうっと眺める。

 今回ばかりは、合同レギオンとして作戦会議をして置かなければならないだろうと依音から打診があったからだ。確かにそれは間違いない。この可能性は捨て置いては行けない類の物だ。


 (虚が捕虜になっている可能性。高いだろうけど……、彼女は救出されることを本当に望んでいるのか?)


 そもそも自分達が「七つの罪源」に挑んで果たして勝つことが出来るのか?この世界に訪れてそれなりの時間が経った。

 数多の辛酸を舐め、屈辱を受け、自身の弱さを知り、新しい力を得た。

 今、臨の右腕には、糸を操作する特殊な武装を施している。これのお陰で普通は武器として扱えない極々細い強靭な糸を、様々な用途で用いることが出来る。

 今回、薪集めを担当しているのもそれが理由だ。臨は右腕の射出機構から糸を伸ばし、自身よりも大分高い木々の枝を切り落とし、重力に任せて落ちていく枝達をいとも容易く集める。

 ある程度の量を集めると、臨は額に滴る汗を拭い、ふぅと白くなった息を吐く。

 

 「これぐらいでいいかな。どうも今日は長くなりそうだし」


 臨の両手には糸で括られた枝がたんまりと乗せられている。量で言えば普段の三倍になる。夜に会議をする以上、あまり時間は取りたくないが、薪がなくて凍えることはあってはならない。

 応用性が高く、自身の考え一つで色々な使い方が出来るこの武器は本当に利便性が高い。まだまだ扱いきれている自信は無いが、もう使い始めて一年が経ちそうになる。譲ってくれた武器屋の店主には感謝してもしきれない。

 心の中で店主に感謝を捧げていると、後方からザクリ、と足音がする。人にしてはどうにも軽い上に数が多い。恐らくは魔物だろう。

 臨の得意分野である索敵魔術の方角を全方位に展開させ、足音の方向に居る物を探る。

 

 「四足歩行の魔物……狼型?雪狼(スノー・ウルフ)か……?群生するとは聞いていたが、この量を一人で相手取るのはちょっと厳しいな……」


 時刻はもう間もなく日没、まだ目が効く時間帯だが、あまり長引くとどんどん夜目が効く魔物側に均衡が傾き始める。

 臨は集めていた薪を地面に置き、ナイフを構える。相手はこちらの退路を塞ぐように囲み始めている。どのみち逃げることは困難。ならば討つしか無い。

 臨が周囲の様子を窺っていると、一匹の雪狼がのそのそと臨の前に歩み出る。こちらを今にも襲いかねない。威嚇し、臨戦態勢と言った形を見せる。

 

 「グルルルルルルル……」

 「お前がリーダー格か。……リーダーってのは大変だな。自分の行動一つで一つの集団が路頭に迷うこともある。そう考えると、アイツは存外優秀だったのかもしれないな」


 臨が雪狼のリーダーと自分を憐れむような事を呟きながら、左手で構えたナイフを遊ばせていると、周囲の雪狼達が我々を馬鹿にしているのかと、怒りを露わにした雄叫びを上げ始める。

 もしかしたら仲間を呼んでいるのかもしれないが、臨には獣の叫び声を聞き分けることは出来ない。

 命が懸かっているのにも関わらず相変わらず哀愁を漂わせた目で、雪狼のリーダーを見つめている臨は右手の甲を振り、リーダーを挑発する。


 「掛かってこい。お互い、リーダーのお役目を果たそうか」

 「アオーーーーーン!!」


 雪狼のリーダーの雄叫びと共に臨は右手の装備を横に一回、縦に一回力を強めて振るう。

 臨の腕の振りから放たれた十本の糸は五本ずつ、縦と横に飛び、こちらに向かって走っていた雪狼の一匹を賽の目状の肉片と変える。

 勢いよく走ってきていた雪狼の群れは、一匹の雪狼が賽の目状に切り刻まれているのを見て、勢いを止める。

 直ぐ様、臨から距離を置き、各自が各自を牽制している。


 (人間も魔物も似たようなもんか。無知は勇敢って言うもんな)


 先程まで雪狼達は、臨がどういう攻撃をするのか知らなかったのだろう。

 手持ちの武器も小さな短剣一本だけに見えていた筈だ。彼らはきっと夕暮れ時に単独で動いている探索者等を群れで狩っている狩猟形態を取っていた可能性が高い。

 先程まではあれ程までに連携が取れていたのに、今では見る影もない。互いが互いを牽制し、お前が先に行けよと言わんばかりだ。

 臨は悲しそうな目でリーダーを見る。リーダーだけはこちらに向かって威嚇しながら、周囲を鼓舞するような行動を取っている。

 

 「グルルルルル……」

 「お前も災難だな……、今楽にするから」


 臨が右腕の射出機構の出力を引き上げると、キュルキュルと機械が音を上げ始める。左手で指をパチンと鳴らし、右腕を罰点に振り下ろすと、その腕の動きに従って大量の糸が飛び交う。

 臨の腕から罰点状に射出された糸は、雪狼リーダーの身体を背後にあった大木へと縛り付ける。

 未だにグルルと低い唸り声を上げているが、そのリーダーを助けようと、動き出す雪狼は一匹たりとも居ない。

 もはや雪狼リーダーは生贄だ。彼を殺せば、この群れは解散となり、臨も助かる上に他の雪狼は逃げ出すだろう。雪狼リーダーは最期まで抗っているが、群れの面子はそれを見ているだけ。


 (此処まで人間臭いと、不快を超えて関心すら覚えてくるね)

 

 臨は周囲を見回し、小さく息を吐くと、右腕をくるくると回す。糸もそれに伴い、キュルキュルと飛び出すと、周囲でこちらを見守っていた雪狼達を(すべか)らく捕縛していく。

 捕まると思っていなかったのか、先程まで沈黙していた群れの雪狼達はキャインキャインと可愛らしい犬のような鳴き声を発する。


 「アオン!!アオン!?」

 「同情するよ、リーダー。独り善がりかもしれないけど、これは僕からのプレゼントだ」

 

 一頻り捕縛し終えると、臨は雪狼リーダーが縛られている大木へと一歩ずつ歩み、雪狼リーダーの目の前で、右腕の拳を握り締める。

 臨が拳を握り締めた途端、周囲の雪狼達がまるで膨張していた風船に針を刺されたかのように弾け飛んだ。

 あちこちから破裂音が鳴り響き、木に縛られていた雪狼リーダーの瞳孔が大きく開く。言葉は分からずとも、臨には彼の気持ちが痛いほど分かる。絶句しているのもその証拠だろう。


 「()()()か……良かった。僕がこうして鏖殺しないと君は解放されないもんね」

 「…………」


 臨がもう何も言わなくなってしまった雪狼リーダーの頭を一つ撫でて、そのままその場を去ろうとした時だった、後ろから誰かの声が聞こえてくる。今度は恐らくは人間か非人だろう。

 臨は声のする方向に注視する。雪を踏み分ける音と、「おーい!」と言う呼びかけの声。


 「こっちで物凄い音がしたんだが……、……おい、ノワール。この惨状は何だ?てめぇ、一体何しやがったんだ!?」

 「何って……、見ての通り、雪狼の群れに襲われたから精一杯反撃して倒しただけだよ。ほら、他の全部は破裂させちゃったけど、一匹だけは身体が残ってる。確か美味しいんだよね?雪狼って」


 声の主はどうやら“雪奈”のようだった。

 彼女は怒り心頭といった様子で臨の胸ぐらを摑み上げているが、臨はそんな事をされる筋合は無いのになぁと、薄い笑みを貼り付け、“雪奈”の詰めを躱す。

 臨を毛嫌いしているにも関わらず、薪集めをしているだけにしてはどうにも時間が掛かり過ぎていたことと、臨が向かうと言った方角で大きな爆裂音が連続したので、流石に様子を見に来たと言った感じだろうか?


 (お優しいことだ。その優しさを、クリムからも感じれたら良かったのに)


 「別に僕が好き好んで彼らと戦いを挑んだ訳じゃない。逃げるに逃げられなかったんだよ」

 「はーっ。だろうな。もう良い。薪だけ回収して戻ってこい。お前以外の皆は既に設営まで終えてる」

 

 何を言っても暖簾に腕押しといった様子だったからか、“雪奈”は掴んでいた臨の胸ぐらを離し、雪の深い所へと投げ飛ばす。

 臨は受け身を取ることも出来たが、敢えて取らずに頭から雪へと飛び込み、足だけ残されるなんとも情けない姿勢で雪に埋もれた。

 なんだかんだ“雪奈”は興味無さそうにしていたが、珍味ともされている雪狼の肉の味は気になっていたのか、気絶してしまっていた雪狼リーダーを糸から外し、背負って先に戻って行った。

 “雪奈”の足音が消えた辺りで、臨はゆっくりと身体を雪から抜き、ぶはぁと空気を吸う。

 

 「雪に顔を埋めてたからか、霜焼けみたいな症状になってる……顔と一緒に薪も乾かすか……」


 索敵魔術を展開しながら、火と風の複合魔術を発動させ、薪と自身の体を乾燥させる。暖かい風が自身の体の凍えなども解消してくれることから、大分身体が動きやすくなる。

 臨は敵が居ないのを確認すると、周辺に散らばっていた薪を糸で縛り直し、再び担ぐ。

 周囲は雪狼の血があちこちに飛び散っており、腥さが乾いた空気に混ざって立ち込めている。

 かつての世界で何度も見た光景を今度は自分一人で再現することになるなんてなぁと、なんとも言えない感傷に浸りながら、臨は雪道をザクザクと歩いていく。


 「帰ったらまた“緋浦”とか葵とかに嫌な顔されるんだろうなぁ」


 臨の呟く独り言も一割ほどネガティブな物になりながら、暗くなりかけの中、テントへと向かう。



 

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