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【Ⅸ】#8 Now that the “Queen” is missing, the “Bishop” begins to move



 未だにあちこちから硝煙の匂いが漂う街──ジアにある探索者ギルド「薄氷」。

 幸いなことに、比較的被害が大きくなかった「薄氷」は探索者有志によって早々に修繕され、早くも活動を再開しつつあった。

 そんな僥倖に預かろうと臨達「喪失」と楓達「獅子喰らう兎」の合同レギオンは、屋根のある宿屋で各々羽根を伸ばすことにしたのだった。

 二階に用意されている部屋はどれも前と変わらない物で揃えられていた。記憶と変わらないベッドに臨は飛び込み、枕に顔を埋める。

 随分遅い時間だったにも関わらず、女将は部屋を三つも用意してくれた。これが幸せと呼ばずに何を呼べば良いのか。


 「あぁ、懐かしい。久方振りの平穏かもしれない」

 「それはどうかなァ?俺が居るのにまだそんな事が言えるのかァ?」


 臨が不満そうに枕から顔を上げ、声の方向を向くとそこには悪戯っぽく舌を出して厭らしい笑みを浮かべている男──「獅子喰らう兎」のリーダーである白月楓がもう一つのベッドに座っている。

 臨はどうしてこいつが同室なんだ……と嫌味の一つでも言いたい所だが、正直な所言えずに居た。

 現状のメンバーは臨、楓、“雪奈”、“虚華”、琴理、依音の六人。イドルはジアの入口付近でそっと置き去りにした。あいつがメンバーに居ると何かと面倒事に巻き込まれるからだ。

 しのは別でやることがあるらしく、ジアに到着した頃には別行動を取っている。

 残った六人で一部屋二人ずつ割り当てるとなると、琴理と依音は固定になる。“虚華”と“雪奈”に塵積な話があるのかまでは分からないが、女子二人で一緒に居たほうが良いだろう。

 そして消去法で男が二人残っているのだから、必然的にこうなる訳だ。

 臨自身、正直なことを言えば一人部屋が良かったのだが、金銭を此処で無駄にしたくはないし、部屋数も限られている中で三部屋も貸してくれている「薄氷」の女将に迷惑を掛けたくはない。

 

 「おい、バカ野郎。話聞いてんのかァ?俺が居るってことは安眠させないぜェ?」

 「……なんだ?遠回しにボクを誘っているのか?」

 「なっ……なっ……」

 

 臨は無視を決め込んでいたのにも関わらず、話し掛けてくる楓に角度がキツめの返答をすると、楓は顔を真っ赤にした挙げ句に、言葉を詰まらせる。

 どうやらそういった方向には若干疎いようだ。また一つ興味の無い見識を深めてしまったと臨は落胆する。

 未だに真っ赤な顔でこちらを見ている楓に、臨は呆れ顔を見せると振り向き、鞄の中に入れていた愛読書を開く。中身を読む気などはない。彼の視線を遮るための偽装(デコイ)だ。


 「言っておくが、ボクにそういう趣味はない。そういうのをお望みならトワル・ボレアラにある娼館でも行ってくれば良い。白の区域では最大規模らしいからな」

 「はっ、別に興味ねェ。それに今の状況で娼館行こうとしてる平和ボケなんて居ねェだろうが」

 

 白の区域は先日の【蝗害】による襲撃の影響が各地に色濃く残っている。白の区域内で大きな影響を及ぼしていた宗教の一つである月魄教の宣教師や司教なども大幅に数を減らしている上に、ジアの教会は見るも無惨な姿を晒している。

 未だに教会が再建されていないままになっているのは、ジア内での優先順位が低いのが大きな原因だろう。


 (この世界では(すが)る者は多くないのに(すが)れる物が多いんだろうなきっと)


 そう言えば彼らの襲撃から、【蝗害】の面々をめっきりと見なくなった。彼らの目的は一体何だったのだろうか。

 あくまで話を聞いていた限りでは何かしらの目的があって動いていたようだったが、肝心の目的が一切掴めないまま消息が絶たれたと臨は聞いている。

 また一人で色々と考え事をしていると、扉をノックする音が聞こえる。臨は見向きもしていなかった本をパタリと閉じ、返事をする。


 「私だけど、入るわよ」

 「出灰か。随分遅い時間だが、白月にでも用があるのか?」

 

 各々が自分の部屋へと案内された時点で日付が変わろうとしていた程だった。彼女の様子を見る限りはもう寝る直前と行った様子だ。普段は纏めている髪も解き、格好も可愛らしくも質素な寝間着。

 そんな彼女が一体男が二人居る部屋に何の用なのかと臨が首を傾げていると、依音は備え付けられたソファに遠慮なく深々と座る。

 部屋に入ったにも関わらず、何も言わずにソファを堪能している依音、ベッドで顔を真っ赤にしている楓、その二人の対応に困っているが顔には出さない臨の三人が一同に期しているが、誰も口火を切らない。

 しばしの間、沈黙が続いたが、沈黙に耐えかねたのは臨だった。


 「出灰。こんな夜更けに何の用だ?ボクじゃなくて白月に用事があるならボクは離席するが」

 「そいつに用事なんて無いわよ。あるのは貴方よ、ブルーム」


 出灰依音。確かにこの少女のことは知っている。かつての臨達が居た世界であるディストピアでともに行動していた一人だ。彼女が死んでから数年経っているせいか、かなり目の前に居る依音は大人びて見える。

 そんな彼女を見ると、久方振りに取り戻した感情が些か揺さぶられる感覚に陥る。


 「ボクに?……なら彼は席を外させた方がいいか?」

 「あら。貴方は女とこんな夜更けに部屋で二人っきりになりたいのかしら?不埒ね」


 出灰ってこんな面倒な女だったっけと頭の中で考えつつ、臨は手をパタパタと振る。対応に困った臨がもう好きにしてくれという際に使う仕草だ。依音がその仕草を見たら分かることを見越して、臨は何も言わずにベッドに腰掛けたまま、言葉を投げ掛ける。


 「それで?話があるって言ってたけど。これからの動向でも聞きたいのか?それとも何だ?虚についての話か?」

 「いいえ。私が聞きたいのは、琴理の事よ」


 臨は訝しげな表情で首を傾げる。その姿を見た依音は顔色一つ変えずにじぃっとこちらの顔を覗いている。

 依音が葵の事を聞きたいと自分に聞いてくるのは正直、想定外だし理解不能だ。今の合同レギオンの中で一番関係値が低いのが自分だと言ってもいいだろう。それなのにどうして自分に聞くのだろうか?


 「言っておくが、ボクは彼女のことをよく知らない。なにせ彼女と会ったのは君と一緒に現れた時だぞ?……それとも、まだボクが君の知る黒咲臨だと思っているのか?」

 「いいえ、それはないと思ってる。私の識る彼は私を陥れようと画策するもの。私が聞きたいのはね?琴理の作った人工ヰデルヴァイス──「罰槍ジェルダ」の行方よ」 


 「罰槍ジェルダ」──琴理が生み出してしまった人工ヰデルヴァイス。持ち主に強力な再生能力と信仰心を抱かせる代わりに、一振りする度に理性を蝕んでいく曰く付きの十字槍。

 琴理が依頼者不明にも関わらず報酬と材料を先払いで貰った事から作成してしまった禁忌の武具。

 雪奈の日記に一部記述があった以外は何も知らない代物だが、なぜそれを自分に聞くのだろうか。


 (意図が読めない。知らないという解答を想定した上で聞いている可能性が高いが……彼女の思考が理解出来ない。ボクへの嫌がらせか?)


 「ボクが識るわけがないだろう。現物を見たのは制作者の葵とその近くに居た出灰、そして持ち主として使用していた「エラー」、その「エラー」と戦っていた虚、観戦者の雪奈とフィルレイスの六人に聞くべきでは?……あぁいや、違ったな。使用者本人は覚えていないと宣い、葵と出灰は納品後の消息までは把握していない。観戦者の雪奈は死に、フィルレイスには立場上聞けない。虚は消息不明……」


 此処までの長文をサラリと言い切った臨は、困り顔で依音の方を見る。瞳には複雑な感情を表情に見せている依音を写しながら。

 依音も分かっていたのだろう、臨に聞いても自身に納得の行く回答が得られないことを。

 だから、自分なりの答えをぶつけてやろう。きっとそれが望んでいる物だと信じて。


 「じゃあ最終的に誰が知っているのかという話だけど、一人だけ正体不明な関係者が余っているよね?そいつが葵を陥れたかったのかは分からないけど、そいつは中央管理局と繋がりがあるか、もしくは中央管理局の人間だろうね」

 「へぇ、私と同じ考えなんだ。流石「喪失」の参謀を名乗っているだけはあるね、「絶糸」」

 

 そりゃどうもと、臨がそっけない返事を返すと、依音は口角を吊り上げる。あぁ、その顔は懐かしい。臨の識る依音も公衆劇場へとあいつを誘い込んだ時、そんな顔をしていた。

 臨は話しながら情報を纏めているが、やはり答えには辿り着けない。どうしてもXの首を掴むには材料が足りなさ過ぎる。

 

 「話を戻すが、フィルレイスが気絶している間に葵の処分検討の話が浮かび上がってきた。ならフィルレイスも一旦は可能性から外そう。勿論、一枚噛んでいる可能性はあると思うけど。なら、葵と接触した中央管理局の人間は?」

 「人工ヰデルヴァイスの作成を依頼した本人、もしくは依頼させた人間のどちらか、でしょう?」


 臨は無言で頷く。どうやら彼女は自分の考えを共有したいだけだったようだ。女子特有の思考だが、男である臨には理解出来ない物だ。

 次に臨が起こすべきアクションは、この合同レギオンをどう動かすかの指示。

 リーダーである虚華を探すのは勿論、最優先事項だが、それよりも今は琴理関連の事件を解決しなきゃならない。そうしないときっと──虚が望んでいる光景を得られはしないだろうから。


 「あぁ、そうだ。その情報を掴む為にこれから蒼の区域の葵のアトリエに向かおう。そこには何かしらの情報が残っている筈だ」

 「……そうね、危ない橋だけど、時間を掛ければ掛けるほど、私達が不利になるでしょうから」


 依音が小さく首を縦に振り、レギオン内での行動指針はある程度同意を得ることが出来た。後は何時から動くか、と葵をどうするか、「獅子喰らう兎」はどう動くのかを確認しておきたい。

 

 「移動は夜明けから動こう。……葵はどうする?随分と憔悴しているが」

 「連れていきましょう。此処に置いて行っても危険だし、戦力は分散させたくない」


 葵は連れて行くことで確定。なら後確認するべきなのは、「獅子喰らう兎」の動向だけ。

 未だにベッドで芋虫のように転がっている楓に、臨は夜にしてはやや大きめの声で問い掛ける。


 「白月。聞いていたか?君らはどうする?」

 「俺も行くに決まってんだろォ。出灰も緋浦も学園の友達だしなァ。ただ、しのは置いていく。まだ身体が完全に癒えた訳じゃない。それにパーティのバランスを考えると後衛が多過ぎる」

 「分かった。じゃあ今日はもう休もう。明日から行動開始だ。速戦即決で行こう」


 臨のその言葉を聞いた依音は少しの間、臨と雑談をした後、部屋を後にする。いつもなら口喧嘩が絶えない臨と楓ではあったが、この日は恐ろしい程に静かな夜になった。

 護るべき相手は違えど、女性のために動く男は、時には悪辣な仲をも中和するのだ。







 

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