表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/246

【Ⅸ】#7 She gets ready for losing you


 虚華が鍛錬を開始してから概ね一ヶ月を過ぎた頃。

 成果はそれなりにあった。ようやく火球を射出することに成功していた。しかし、目標であった五メートル先の人形を破壊する事は出来ていない。本来であれば焦りを感じていてもおかしくはないのだが、今いる場所は時間の感覚がフィーアともディストピアとも違う──歪曲の館に居る。

 前回一月ほど滞在していた時は数時間程しか経っていなかった。何か時間の掛かることをしたい際にはここ程適している場所などは早々ないだろう。

 最初の方は律儀に戦闘着を着込み、魔導杖を固く握り締めていた虚華も、今では動きやすい運動着に着替えて、魔導杖を使わずに魔術を発動させんとぶつくさと詠唱をしている。


 「『火球(ファイアーボール)』」


 詠唱を終えた虚華が指をパチンと鳴らし、火球と呟くと反対の手から直径十センチ程の火球が発生する。そのまま、目標である人形めがけて射出するも、人形が置かれている周りに備えとして配置されている水溜りにボトリと落ち、火が消える音がする。また失敗だ。


 「くそっ……どうして飛ばないのっ……血でも肉でも自分の物なら飛ぶのに」

 

 焦りは全く無い。“琴理(アズール)”が命の危険に晒されているのは分かっている。けれど、此処に居る限り、時間は限りなく伸びていく。しかし、虚華の表情には焦燥が浮かび上がっているのだ。

 今練習しているものはあくまで初歩の初歩。魔術の才能があった依音や雪奈は一週間も経たずに次のフェーズへと進んでいたレベルだ。

 正直言うならばこんな事をしている場合ではない。悔やんでいる時間すら惜しい。

 虚華は額から流れる汗を手で乱雑に拭い、再度詠唱を開始する。


 (今の私には……顔を隠すだけの才能が無い)


 呪や闇属性を主体とした魔術師は少なからず存在はする。しかし、その二属性は魔力以上の代償を求める事から長期戦や対多数向きではない。

 そんな有象無象相手に、一々血を流していては失血死するのが目に見えてしまっている。

 相手はこの世界における秩序、正義だ。悪役が一撃しか攻撃出来ないなんて、とんだ笑い草だろう。

 常人より時間を掛けて詠唱を終えると、虚華は指をパチンと鳴らす。

 昔、依音が言っていた魔術発動の際にルーティンを組んでおくと魔術が発動しやすくなる、なんて世迷い言を未だに信じている自分を嘲笑しながら、反対の手を人形に向ける。


 「『ファイアー』……」


 発動しようとした直前にふと気づいた。血でも肉でも“自分”の物なら飛ばすことが出来る、という自分の言葉にヒントが有ることに。

 確かに考えてみたらおかしな話だと思う。自分の血も肉も質量がある。重さがあるのだ。それに比べて今、自分が発動させている火球に大した質量はない。

 飛ばしている物が魔術や物質である前提は一度置いて考えてみる。基本的に闇属性を行使する際に、一番使い勝手が良いのは血だ。理由は簡単。量も多く、勝手に再生する。しかも軽いから応用が効きやすい。

 しかし、時には──血では代償が足りぬと騒ぐ何者かの為に自身の肉片や、体の一部を代償に使用することもある。

 だが、それらは完全に自分の身体なのかと言われたらそうではない。何故なら、自身の“嘘”で生成した肉体を代償に使用している事が大多数だからだ。

 例えば、眼球を捧げることで相手の視界を消失させる魔術を行使することもあるが、流石に二回しか使えない魔術を使用するのは躊躇う。その際に使用するのは決まって己の“嘘”なのだ。

 痛みは“嘘”では拭えない。眼球は何度でも産み出す事が出来ても、眼球を喪う痛みだけは消してはならないと虚華は考えているのだ。

 痛みさえも喪ってしまえば、代償を支払う行為が、効率面だけを見ているだけな気がして、自分への嫌悪感が色濃くなっていくことを忌避している事に虚華が気づくことはない。

 

 ──話を戻そう。要は質量の無い火を飛ばせないのは意識の問題か、それとも自身の物ではないという事実の問題なのかを確認する必要がある。

 詠唱を終えた虚華は右手に火球が轟々と燃えている状況で射出していない状態だ。このタイミングで虚華は左手で右手の甲をナイフでさっと掻っ切る。

 斬られた部分からは真っ赤な血がボタリボタリと滴り落ち、小さな火球に染み込むように吸い込まれていく。

 虚華の血を取り込んだ火球は、より強く燃え上がり、色も黒く変色してしまった。


 (これ飛ばせたからと言っても禍津さんからの拳骨は避けられそうにないなぁ……)


 心の中で禍津への風招被害を拡散しながら、虚華は改めて指をパチンと鳴らす。


 「『火球』っ!!!」


 虚華の右手に留まっていた火球は目標であった人形へ目掛けて物凄い速度で射出され、あっという間に周囲ごと燃え上がる。

 黒い炎が消える頃には人形どころか周囲の水まで干上がっているのをまじまじと見た虚華は、今まで自分が使用していた魔術の火力が如何に高いかを再度実感する。

 自分の血って凄いなぁと感心しながら、まずは自分の仮説の最初の部分が正しいことを実感する。


 「やっぱり自分の物(血液)が混じっていると飛ぶんだ……。じゃあ今度は意識だけで行けるか実験しなきゃ」

 

 魔術というのは感覚が物を言うと言っても過言だが、ある程度は過言ではない。

 魔力を成形し、それを動かす際にもイメージや想像、感覚で動かしていることが多い。なので、半端に理論的に物事を考えると却って痛い目を見やすいのだ。

 逆にその感覚の部分まで論理的に言える人間が存在するのならば、問題はないのだが、そんな人間は極一握りのものでしか無いだろう。

 そんな極まった理系のような考えを持っていない虚華は、今まで魔術を射出する感覚はボールを投げているような感覚、もしくは銃で弾丸を放つようなイメージを持っていた。

 しかし、虚華は自身の血を射出する際は、違うイメージで放っていた。自分の体の一部を伸ばすことで相手にぶつけるような感覚だ。時折槍や剣などを体の一部だという戦士職の人がいるが、正しく同じ感覚で射出していた。


 (もしかしたらそのイメージでやれば、上手く行くかも……)


 焼け野原になってしまった場所に人形を再配置し、虚華は再度集中しながら詠唱を開始する。

 今度は、血などを一切使わずに純粋な火球を射出する。何度も練習した詠唱が終わり、虚華の右手には真っ赤な炎の球が産まれる。

 握り締めた槍を相手に突きつけるような感覚で、虚華は指をパチンと鳴らし、「『火球』」と言い放ち、目標目掛けて火球を射出する。


 (お願い、ちゃんと届いてっ)

 

 目を瞑ってそう念じたせいで、結果を知るのに少し遅れたが、目を開くと先程よりは控えめに人形周辺が黒く焦げていた。

 成功だ。ようやく魔術の初歩の初歩をクリアすることが出来た。最後の最後まで課題だったのは自身の考え方だと言うことに気づけて本当に良かった。


 「あぁ、やっと出来た……これで初歩の初歩か……」


 自分の得意分野ではないことを習得する事がこんなに大変なのかと、虚華は成功を喜びつつも安堵のため息をつく。

 その後に、自分が魔力切れで一歩も動けないことに気づき、依音が差し入れを持ってくるまでの一時間の間、冷たい地面に身を預けることになった。



 ___________________________


 虚華がひぃひぃ言いながら自主練をしている頃、イオは禍津の私室に招かれ、優雅なアフタヌーンティーを嗜んでいた。

 イオは優雅に紅茶を淹れている禍津を見ながらほうっと小さく感嘆の息を吐く。不覚ながら見惚れてしまったのだ。あまりに洗練されたその所作に。

 イオの座っている席に香り高い紅茶が淹れられたソーサーを出される。この香りはダージリンだろうか?それともウバ?ディストピアでも紅茶というものが存在はしていた。けれど虚華の仲間になると決めてからは紅茶という単語を耳にすることすらなくなっていた。

 イオが紅茶を只々じぃっと見つめていると、向かいの席に座った禍津が呆れたような声を出す。


 「紅茶は香りを楽しむ物だ。見ても面白くはない筈だが?」

 「えぇ、そうでしょうね。けれど、紅茶を見ていたお陰で貴方の面白い反応が見れたわ」


 禍津の放った嫌味に嫌味で返したせいか、この部屋の主は露骨に顔を顰める。

 先に仕掛けたほうが悪いんだぞーとイオは舌を出し、意地悪気な表情を見せると、禍津は小さく溜息を漏らす。


 「それで、何の用で私を呼んだの?もう彼女の鍛錬の報告は済んだはずだけれど」


 イオは禍津が用事で鍛錬を見ることが出来ない際に、監視役として虚華が何をしてどうなったかの報告をしていた。その報告は既に完了しており、今日はもう話すことなど無いと思っていた。

 完全にオフの気分だったので、イオは化粧などもしておらず、髪の毛も雑に括っているせいか普段と様子が違うのだろう。禍津が興味深そうにこちらをジロジロ見ている。

 イオは若干不機嫌気味に、禍津の行為を咎めんと口を尖らせる。


 「あのね。女の子は興味のない男にジロジロ見られるといい気分しないの。知らないの?」

 「別に俺も興味はないが。何の話をしているんだ?」


 会話の噛み合わなさに苛つきを隠せないイオは、禍津の淹れた紅茶をグビッと飲み干すと部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。

 その行動に慌てたのか、禍津が、おいと声を掛ける。


 「何よ。用なんて無いんでしょう?」

 「いや。お前に聞きたいことがあるんだが」


 禍津の表情には一切出さない癖に、煮え切らない態度を取っているのがどうにも気に食わず、イオは更に顔を顰める。

 

 「ホロウの事なら報告済みじゃないの。他に話すことなんて無い」

 「聞きたいのはお前の事だ、イズ」


 想定外の言葉にイオは目を丸くする。今の今まで自分に興味のきの字すら見せていなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか?

 イオは仕方無く禍津の前の席に着席し、言葉を促す。

 どうせ、碌でもない内容なんだろうと、高を括りながらも多少の興味を持ちながら。


 「聞いてあげるから、ゆっくり話してみれば良いんじゃない?」



投稿が二週間以上空いてしまって申し訳ございません!!

現在リアルが多忙で中々時間が取れない現状でございます……早く落ち着くことを祈りながら話の展開を考える夜でございますので、これからも応援の程よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ