【Ⅱ】#4 再来する“Pawn”に、“Queen”達は気付け無い
目の前の大きな街には特に門番などが居らず、ジアに入ることは容易だった。はしゃぐと不審者に見られるかも知れないという懸念点から、虚華達は静かに、いつもどおりを演じて大門のような場所から中に入る。
(こんな簡単に街に入れるなんて、やっぱりディストピアとは違う気がする……)
虚華達が暮らしていたディストピアでは各セクター事に重大に管理されていた為、移動なども一苦労だった。それが今では誰も大門に居らず、自由に入ってくださいと来た。
だからこそ、虚華は少し不安になる。気にしても仕方ないとは分かっていても。
ジアの大門の周囲と外壁全般は煉瓦のような物で囲われており、かなり重厚な気配を漂わせている。しかもその煉瓦一つ一つに魔術を付与させられていると雪奈が言っている。
何の魔術か詳しく見てみなければ分からないが、恐らくは防護強化系の物だろうと冷静に分析していた。
(私にはさっぱりだけど、やっぱりあぁ言うのに雪は興味あるのかな……?でも何で煉瓦なんだろう?)
煉瓦の材質は基本的に粘土や石灰といった天然由来の素材だ。そんなものに魔術を付与させて作らせた防護壁などは簡単に打ち破られるのではと、虚華は邪推したが、二人が先に行ってしまいそうになり、先を急ぐ。
三人でジアの内部に入ると、今までに見たことのない光景が飛び込んでくる。
普段は仏頂面で、虚華には冷静な一面しか見せない臨の顔に少し綻びが見えた気がする。勿論、気がするだけで虚華にはそんな気がするけど、気の所為かなー程度にしか思われていない。
嬉しいなら私も嬉しいけどなぁと虚華が、少しだけ機嫌が良くなっているのを臨は見逃しては居ない。
大門を潜り、三人の視界を支配した光景は、昔のディストピアに酷似……というよりかは歴史の教科書でしか見たことがないような物が沢山ある……という風だった。
過去に大通りと呼ばれていた大きな道路があり、その大通りには八百屋から米屋、雑貨屋に武具屋に質屋等の遠い過去にディストピアでは葬られた文化が散見された。
それらの屋台はとても賑わっており、人々の表情には活気が溢れている。そんな人々を見て、虚華は独りでに涙が溢れてくるのを感じた。
(皆、私と同じで感情がある。皆笑ってる。そうだよね、これが普通なんだよね)
「虚、何で泣いてる?」
「えへへ、私以外にも皆笑ってるのが嬉しくてさ」
雪奈が不思議そうに虚華に聞いてきたので、虚華はにへらと頬を緩ませながら笑顔で返す。
「コレは凄いな」
「どう凄いの?確かに凄い活気があって楽しそうだよね皆」
違う、そうじゃないと言って、普段は口数が多くない臨が目を輝かせながら口を開く。
「ジアの様相を見るに、此処は蒸気機関等が流行った……の時代に酷似しているけど、そうじゃなくて、それに加えてスチームパンク調に街が構成されている。この素晴らしさが分かる?虚。金属製の建造物に蒸気機関が加わって、更にはセピアカラーで纏められている感じが最高だ。神秘的であり、この歪さがこの街らしさであり、それでいて住人の服装等にもそれが反映されている。あぁ、コレほどのものをこんな場所で見られるとは思わなかったよ」
「の、臨?どうしたの……?」
普段見せないような興奮した様子でこの街の魅力を語りだした臨を見て驚いたのか、虚華がおずおずと臨にそう聞いた時に、臨は心の中でしまったと思ってしまった。
ただ、それと同時にいつもの癖で顔には出していない(はずな)のでなんとか誤魔化す方向にシフトしようと、隣で同じくぽかーんとしていた雪奈に目配せし、何とか状況の解決に向かわせる。
少し遅れてこちらの視線に雪奈が気づく。やれやれしょうがないですなぁみたいな顔で了解と返してくれた雪奈に感謝しつつ、臨は普段は索敵や作戦の遂行などに使うべき脳みそをフル回転させて言い訳を構築する。
「違うんだ」
「うん?どう違うの?何が??」
一言だけ、普段の冷静さを兼ね備えた表情で臨がそう言うと、虚華は首を傾げてこっちをじっと見ている。
そんな虚華の視線が臨にはとても痛く感じる。
ついでにどーするのかねぇ、臨くぅん?と面白いものを見ているような視線を投げつけてくる雪奈のも結構痛い。
(逆の立場になったら覚えてろよ雪ぃ……)
虚華のちゃんと話を聞いて判断しようとしているスタイルは、普段の臨なら称賛している程、良いものではあるが、事この場においては真綿で首を締められている気分になる。
誤魔化すために言葉で時間を稼ごうとしてはいるが、何分何も思いつかない。頭が働かない上に、こんな興奮してしまったのも随分久々だったからつい素が出てしまった。
(どうしよう、虚に凄い怪しまれてる……、困ったな。なんにも思いつかない)
いつもの顔をしながら内心困りきっている臨に見かねたのか、気怠げな表情のまま、雪奈が虚華に抱きつく。
「わっ、びっくりした。雪どうしたの?」
「臨は、昔から機械好き。だから少し饒舌になった」
男の子なんてそういうもの、と虚華に抱きつきながら器用に小声で耳打ちをすると虚華はなるほどなぁと納得したような顔をし、こちらを再度見やる。
「臨も男の子なんだ、好きな物があるのは良いことだねっ」
そう上目遣いで虚華に小声で言われた臨は、此処最近で一番顔が赤くなっていたと、傍から見ていた雪奈はクツクツと笑っていた。
何とか雪奈の協力もあり、虚華を説得出来た臨はふぅっと一息をつく。今回はかなり危なかったなぁと冷や汗もかいたが、やはり持つべきものは協力者であると痛感した。
その後も、臨の目を引くものは沢山合ったが、虚華に怪しまれないようにこっそり目に焼き付け、自分の仕事に集中した。
「衣服や建物にも魔術が付与されてる。武器はあっちより優れてるかも」
「へー!本当に目聡いね雪は〜。武器屋もあったはずだし、後で見に行こっ」
臨自身が思ったことを雪奈が普段より饒舌めに虚華に話す。それに素直に感心している虚華は如何にも幼子のような感じがして初々しい。
「大体この街の大通りは見終わったかな、じゃあ聞き込み……してみよっか」
「了解。三人一緒でだな」
「了解」
本当はもう少し見て回りたかったんだろうなぁと虚華は臨の方をちらっと見て思うが、もう日が少し沈む気配を見せている。
この街にも日没という概念が存在するのなら、もう幾ばくも猶予はないだろう。
__________
幸い、言語や文字がディストピアと同じものなのは既に把握している。だから、知りたい情報を得ることは容易だった。
薄暮に差し掛かりそうな頃には、大通りの人から話は聞けたのは上々だった。
髪色を変える程度の変装ではあったが、自分達の本名を聞いてくる人は一人も居なかった。
(少し警戒しすぎたかな。でも私を知っていた透が此処に居た。それだけで警戒に値するし……)
此処に住む人達も概ね気さくな人が多く、会話大体応じてくれた上に子供が三人で歩き回っていることに対して心配までしてくれる人まで居ることに虚華は心の中で感涙極まって、少しうるっとしてしまったほどだ。
(もし、ディストピアみたいな人ばっかりだったら“嘘”で無理矢理引き出さざるを得なかったかもだし、良い所なのかも?)
大通りで聞き込みをしながら、自分達を知る透や顔見知りなどが居ないかもそれなりに警戒はしたが、見当たらなかった。
気の所為なら気の所為でいい。あれは泡沫の夢だった方がお互いに幸せだろう。
例え、虚華の中に彼に対する未練があったとしても、話をした所で解決などしないだろうから。
ただ一言だけ、「私のせいで死なせてしまってごめんなさい」そう、墓前の前で謝る程度のことがしたかっただけだ。
「今回の聞き込みで分かったのは大体こんな感じかな……二人も何かあったら言ってね」
「ん、了解」
気を取り直して、少し大通りから外れた人通りの少なそうな裏路地で、三人は集まって各々の座り方で地面に座る。虚華は二人の情報をもとに聞き込みの成果を簡単に纏めた。
虚華はディストピアと同じと思われるもの、ディストピアとは異なるものの二項目に分け、大まかにリストアップしたものを二人にも見せる。
二人の反応はいつもどおりの無表情と言った感じで、あまり手応えなどを感じない不出来なものでは合ったが、臨がふと口にした。
「この感じだと、ジアはディストピアでは無い。と結論付けても良い」
「うん、でも……これだと……」
そうだな、と臨が相槌を打つ。そう。大まかに違うものは、貨幣や、地域の形態、魔術などの影響、「探索者」という初めて聞く職等など。
言語等は一致する上に、見たこと無い食べ物や衣服、建造物こそあれど、自分達の常識の範疇に収まる程度の物だった。
「此処が「異国」なのか、「異界」なのかの判断がつかない。でも「異界」たらしめる根拠になりそうなものはある」
「虚が見た、死んだ少年」
「透ね、雪は本当に興味ないのね」
興味のないものにはとことん無関心、興味があるものだけには熱意を持つ雪奈には、透の存在が「興味のないもの」カテゴリに入っていたらしく、名前すら覚えていなかった。
自分しか見ていない透の存在は先程のリストアップには入れていない。自分の幻覚だった可能性を捨てられないからだ。だから彼の存在をもう一度、出来れば三人全員が目撃することが出来れば、此の空間が「異界」であることが確定する。ただ、それまでは……。
(シュレディンガーの猫箱って訳だ……。私だけは限りなく異界だと思ってるけど、二人を説得できる根拠が無いうちは黙ってるしか無い)
此処が何処かという議題は一時保留ということで終わらせ、次はこれからどうするか、という議題に移り変わっていった。
結論から言えば、先程議題に上がった「探索者」なるものになるのが一番自分達の中で可能性が高いと臨が提案した。
「探索者」とは、この近辺の街や森などをある一定の間隔で区域という名前で区切っており、その区域ごとに起きている面倒事や傭兵紛いの事などを、「依頼」という形でこなし、日銭として受け取る仕事らしい。
ジアは“白の区域”と呼ばれており、聞き込みによると、白以外にも碧、赫、黑、黄の五色の区域が存在しているらしい。
そんな白の区域の「探索者」になることで、見聞を深め、この場所について知りながら生活をしていこうと言う考えだ。
他にも自分達のような異邦人が、直ぐに日銭を稼げそうなものを探したのだが、三人全員で活動できて、尚且周囲の環境のことなどを知る機会を得られるような物は見つからなかった。
ジアで一般的に普及している貨幣さえ得ることが出来れば、自分達の生活に必要な物……。宿屋に食事に衣服などを揃えることはこの街の設備だけで充分賄う事が出来る。
最悪の場合、食事分だけしか稼げなくとも、少し前まで居た鬱蒼な森にあるログハウスまで戻って寝泊まりすれば費用は浮くが、そんなに歩きたくはない。労力の無駄になってしまう。
それに、「探索者」とやらの利点はそれだけではない。
どうやら身分証明証のようなものを発行して貰えるらしく、それ目的で「依頼」等は受けずとも登録する人も少なくはないとの事だ。それならば、虚華達でもお誂え向きなのではないかと、虚華は判断した。
更に聞き込みを続けていくうちに、先程まで居た鬱蒼な森……名前を白雪の森と呼ぶ森らしいが、あそこには魔物……人に仇成す害獣や、知性を持つ悪意のある生物などの総称。が跋扈しているらしい。その魔物が存在しているので基本的に、一般人は立ち入らないし、人も住んでいないとのこと。
あれ……?
(じゃあ何であんな場所にログハウスがあって……)
ちなみにジアの周辺は「探索者」が定期的に魔物を「依頼」によって掃討しているらしく、治安や潤沢な資金がある区域や街ほど、魔物とは無縁の生活が出来るという物らしい。
だからこそ、何とかお金を稼いでこの街で寝泊まりをしたいなぁと虚華はうんうん唸りながら思案している。
魔物が跋扈している森の中で寝てたら、神経が焼ききれてしまう気がして、今から不眠症を発症してしまいそうになる。
と、簡単に三人で聞いた話を纏め上げて、それを再度二人に報告し直した事で自分の仕事は一旦終わり、二人の意見を聞くフェイズに入る。
「どうかな、何か疑問とかある?この街で暫く滞在するなら「探索者」になるのが一番堅実だと思うんだけど」
「ん。それに鍛錬にもなるから、一石三鳥」
だから賛成、と雪奈は全面的に賛成の意思を示してくれた。
(後は臨だけど、何か考え事してるのかな……?)
虚華が次は臨の意見が聞きたいなぁと思い、ちらりと臨の方を見やる。臨は目を瞑って腕を組み、静かに瞑想(?)をしていた。そんな姿を見て虚華はどうしたら良いんだろうと思っていると、臨が目を開けてこちらを見てくる。
「ど、どうかな。臨。私達、この街でやっていけそうかな。皆を探すのにもお金がかかるし……此処で暫く滞在したほうが良いかなって思うんだけど……」
こちらをじっと見ている臨に少しだけ臆しながらも自分の意見を言った上で、臨にも意見を問う。
「暮らす?この街で?……そうだな、この街は素晴らしい。最高と言っても過言じゃない。和風スチームパンク調が良いってだけじゃなくて、此処ではボクらは襲われたり、狙われたりされることもディストピアと比較したら限りなく可能性は低い、透を見たって情報さえなければ、ディストピアなんてかなぐり捨てて、此処で一生を過ごすのも悪くはないと思う」
だからこそ、透と言う存在が危険分子だ。この街で暮らしていくのに大手を振って賛成はできないが、やむを得ないとは思う。と先程の弁明は何だったんだろうと思うほどに臨は饒舌に噛むこと無く自分の意見を述べた。
案の定、虚華はぽかーんと口を開き、雪奈は馬鹿なんじゃないの?といった視線を臨にだけ投げつける。それを見て、再度しまったとは思うが、もう何とかなるでしょと虚華に適当を言って誤魔化した。
その誤魔化しを真面目そうに聞いた後に、なるほど?と虚華はうんうん頷いていたが、臨本人は(リーダーがこんなんで大丈夫なのかな)と心の中で心配していた。
虚華自身は、臨が極度のリアリストで夢物語などを語るタイプではないと考えているので、この街で暮らしていくことに賛成すること自体にかなり驚いていた。なので、饒舌に語っていた部分に関しては、そこまで気にはしていなかった。
強いて言うなら今日の臨はよく喋るなぁと微笑ましい感じを出していたと虚華は思っている。
えほんと少し咳き込み、虚華と雪奈の視線を再度臨がこちら側に向けさせる。
「勿論、懸念点はそれだけじゃない。魔術の精度や威力などが落ちているのは確認できたが、他にも何かしらの制限や低下があるかもしれない」
「なら再度鍛錬すればいい、枷があるなら外せばいい。そうでしょ?」
雪奈がそう簡潔に言った。ここでなら、時間もある。と言葉を付け足して。雪奈は上目遣いで何故か虚華の方向を向いてそう言ったので、虚華は動揺を隠しきれずにうわっと転んでしまった。
正直同じ女の子なのに、雪奈の仕草が可愛いと思ってしまった。あんまり感情を表に出さないのに、そういった仕草でときめかせるのは何となくずるい気がして、虚華は頬をぷくぅとさせる。
臨は相変わらずの無表情でスルーしてるし、雪奈は虚華の方を見て、何で転けてるの?言わんばかりに首を傾げている。
こうしていると本当に彼女達に感情は残っていないのかと、時々疑問に思う時がある。それでも、この町の人間を見ていると、やっぱり奪われたものはあるんだなと認識を改めた。
街の人には笑顔や悲壮などといった、喜怒哀楽が顔から、仕草から、全身から常に溢れ出しているのに、臨と雪奈からは、感じる時とそうでない時がある。
(この街で暮らしていくことで、何かいい変化が起きればいいな)
「そんな事より、虚、その目はどうした?」
「ふえっ、目?私の目がどうかしたの?」
「ん、確かに変」
そう心の中で思っていると、臨が尻餅をついている虚華の目を近づいてみてくる。普段では中々無い距離感に更に驚いたのか、声が普段より更に上ずってしまった。
そんな臨の隣に先程まで上目遣いで虚華を困らせていた雪奈も、虚華の目を覗く。そして確かに変、と一蹴して臨から距離を置く。
痛みなどは特に無く、二人から変だと言われると流石に気になる。雪奈の手持ちの鏡で久方ぶりに自分の顔を見ると、確かにおかしかった。
「本当だ。右目だけ灰色じゃなくなってる」
「ん、綺麗なエメラルドブルー」
何かの病気かと思い、この「異邦」に来てからの自分の記憶などを辿っていても、特になにかした覚えはない。痛みもないし、治療する手段も無い現状では放置するしか無い。
二人から普段は感じ取れない心配の色が少しだけ出ている気がしたので、慌ててフォローする。
「今の所は何とも無いし、“多分環境の変化のせいだと思う”から気にしないで!そんな事よりやることは山積みだよ!」
「……そうだな、今はやるべきことをやろう。時間はあるけど、無駄にはしたくない」
臨は多少の空白の時間を費やし、虚華を凝視する。その後、諦めたようにはぁっと息を吐く。眉間に皺を寄せていないのに、どうしてそんなに怒ってる感じを出せるのか気にはなるが、虚華は目の前の臨が怖いので、聞くことは出来なかった。
(正直、何でこうなったのか分からないし、嘘ついたけど、“使ったわけじゃない”から怒らないで欲しいよぉ……)
多少の時間でこちらをじろりと吟味するような目で、臨に見られはしたが、糾弾はされなかった。
それだけで虚華はふぅっと胸をなでおろす。ここで臨に“嘘を使うな”と言われたらまたややこしいことになる所だったからだ。
(別に“嘘”なんて故意に使いたくなんか無いんだけどね)
虚華は、自分達が平穏に生きることが出来るなら、それに越した幸せはないと思っている。
それでも自分の仲間が求めるのなら、全力で戦うし、出来ることは何でもするつもりだ、それにどうせ、世界が、ディストピアが虚華の存在を許容しない。
それならば、全身全霊でディストピアに反抗し、抗い、仲間の為に命でもなんでも投げ出してやろうと考え、此処まで生き延びてきた。
その結果が、今の現状だ。何て愚かなんだろうと自虐するとは対象に、自分の行いが間違っていたとは虚華は思っていない。
こんな嘘があっても、自分は幸せになんてなれなかった。自分のこの力に絶大な価値があるのは分かっている。
現実改変能力に類する物を持っている人間を野放しにしている方が異常だ。ましてや自分自身に戦闘能力は限り無くない。悪用したい人間はいくらでも現れる。だからディストピアが間違っているとも虚華は思っていなかった。
虚華が抵抗したから、自分を甘やかしてくれて大好きだった母親は殺された。
虚華が逃亡したから、人質にされた顔も思い出せなくなった父親は殺された。
虚華が両親の仇を討とうと奮起し、仲間を集めてしまったから、六人居た仲間の内、四人が殺された。
全部全部、自分のせいだ。
自分の行いは間違っていないと、頭の中ではそう思っていても、そうやって自分の心を意味もなく傷つけてしまう。
この「異邦」に入ってから、自分が“嘘”なんて使えなければ良かったのにと考えてしまう。今まではそんな事考えることなんて無かったのに。
虚華は必死に理由を考えても、頭の中から答えが出てこない。
生きるのに必死だったから“見たくもない現実なんて”見ないふりをしてきた?そんな事を考える暇なんて無かったから知らないふりをしてきた?
(何で?何で?何で?分からない分からない分からない)
思考の海で溺れていた虚華は、ふと目の前の現実に目を向ける。目の前では、腕を組んだ臨がいつもの仏頂面でこちらを覗いてくる。
先程の態度が虚華の心を乱したのではないかと思い、申し訳ないとは感じながらも、どう言葉を紡げば良いのか分かっていない感じを雰囲気から醸し出している。しかし、虚華にはそれを感じ取ることは出来ない。
「気を害したなら、悪かった」
バツが悪そうな顔をしながら、地面にへたり込んでいた虚華に臨は手を差し伸べる。
(そっか、私、尻もちついてたんだっけ。私がずっとそのままだったらそんな事言わせちゃうか)
「気にしないで、ちょっと考え事してただけだ……どしたの?臨」
臨の手を取り、臨が先程とは違った視線をこちら側に投げつける。なんだろう、この奇妙な感じは。
そう不思議に虚華は思っていたが、刹那、臨の視線は自分ではなく、自分の後ろの何かに向けられていることに気づいた。
何がそんなに怖いんだろうと思い、ふと虚華は後ろを向こうとした時に、背後から声がした。
「おや、虚華ちゃんじゃないか。どうしてこんな所で……って黒咲に緋浦さんまで居るのか。あれ?髪色変えたの?それも似合ってて良いね。この時間はまだ放課後じゃないはずだけど、虚華ちゃんも悪い子になったのかな?特に緋浦さんは……」
目の前の少年は楽しそうに虚華“だけ”を視界に入れ、饒舌な喋りと普段は見れない満面の笑みを貼り付け話しかけてきたのは、件の透だった。
彼が身に纏っているのは、ディストピアで支給されていた「住民用指定服α」ではなく、ジアの人々が来ているような重厚な見た目と、機能性に富んでいそうなトレンチコート。その上には革製品の軽鎧。腰には片手剣ほどの長さの獲物を帯刀している。
「なんで、緋浦さんが此処に居るんだ……?それにその髪色……別人……?」
先程までの楽しそうで軽薄な笑みは完全に消え去り、ありえないものを見るような表情で透は雪奈を見る。
臨は顔がひきつっており、雪奈もあんた誰だっけ?みたいな感じで首を傾げてはいる。しかし、二人共状況を把握し、すぐさま何時でも戦闘に入れるように戦闘態勢に入っている。
彼さえ、彼の存在さえ見なければ、此処は「異国」で、その「異国」で私達は平穏に暮らすことが出来たんだろうなぁと、そう虚華は目の前の透を憂いを含んだ瞳で見つめ、そう思う。
虚華は懐から、愛銃の一本を取り出しておく。臨も雪奈も既に目の前の驚異になりうる存在に対し、臨戦態勢に入っている。
撃ち殺す気などは更々無いが、目の前の彼が危険な存在であることに変わりはない。
(もう、仲間を失いたくないから……)
数時間前に死んでしまったはずの友人を目の前にして、愛銃を握り、殺す覚悟をしている自分に吐き気を覚えながら、透が発する次なる言葉を虚華は固唾を呑んで待った。
読みやすくするために、試験的に会話や心情の台詞の間に一行開けてみました。
こちらのほうが読みやすいのであれば、全てこの形式にしてみようかなと思いますので、コメントなど宜しくおねがいします!