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【Ⅸ】#6  Resonance of pain, pain of the leader


 虚華の魔術の鍛錬の監視を終えたイオは、パンドラの居る私室の扉を叩く。普段であれば関わるのは最小限に留めているのだが、今回は呼び出されてしまった。

 どんな話を聞きたいのかは分からないが、ある程度の心の準備をしていれば何とかなるだろうと、イオはいつも通りの格好でパンドラに会いに行った。

 コンコンと控えめな音でノックすると、部屋の中から声がする。


 「イズか、入れ」

 「失礼します。夜分遅くにお誘い頂き、ありがとうございます」


 虚華達と居るよりも二人共、低めの声で会話している。お互いに警戒している証だろう。

 丁寧な素振りでお辞儀をすると、パンドラは若干不満げな表情で手を振る。


 「あー、良い良い。確かに妾は此処の主じゃが、今はオフ。ホロウや他の友人と同じ様に接してくれるか?勿論、オフとオンは切り替えて考えて欲しいがのぅ」  

 「……まぁ。貴方がそう言うのなら、分かったわ。こんな話し方の子供なんてそうはいないと思うのだけれど」


 イオが虚華と話すような口調に戻ると、ぱぁっとパンドラの表情が明るくなった。

 どうやら堅苦しい口調が嫌いだったようだ。イオは心の中にあるメモに記帳しながら、言葉を続ける。


 「それで?パンドラさんはこんな夜更けに幼気な少女を呼び出して何の用かしら?」

 「自分の事を幼気な少女って言うかぁ……?普通……。まぁ良いわ。して、ホロウの様子はどうじゃった?」


 確かパンドラは虚華の事を遠くからでも観察できると、虚華が言っていた。じゃあ何故彼女は虚華の状態を自分に聞いてきたんだろうか?

 気を利かせるのもありだが、今回は素直に聞き返しておこう。あまり詳しく知らない相手に奇を衒った動きをすると、却って痛い目を見るのは、過去に何度も体験していた。

 

 「どう……とは?パンドラさんは見れるんですよね?うつ……ホロウの事を」

 「見れるのはホロウが許可した場面(シーン)だけじゃ。今回の魔術の鍛錬は全て非公開(オフレコ)なんじゃ。禍津は何も言ってくれぬし、途方に暮れていた所だったんじゃが、ならばお主に聞いてみようと思ってな」


 なるほど。全部が全部見れるわけじゃないのは知っていたが、公開権は虚の方にあったようだ。

 それも当然だろう、見られたくない部分なんて人間には幾らでもある。イオが思っていた以上に虚華の人権が残されていることに安堵しつつ、今は目の前の質問に答える必要がある。

 どう答えるのが正解だろうか。虚華が隠したい部分が何か、今のところ釈然としていない。

 ならば、今は回答を濁しておくのが虚華サイドから見れば正解な筈だが、それをパンドラサイドは納得しないだろう。


 (此処は濁して、後日虚に聞いておこうかしらね。そもそも彼女が何を知りたいのか、釈然としない間は黙っていた方が良いわ)


 「あの子なら、今は魔力切れで休んでる。普段なら使わないレベルまで消耗している辺り、相当数を熟したんじゃないかしら?あの子に言われて気づいたけれど、此処と彼処では魔術の感覚が違うから、中々補助無しで使うのは苦労するだろうと思ったわ」

 「ほう?ディストピアとフィーアではそこまでの違いがあるのか?妾には分からなかったが」


 不思議そうな表情で自分の言葉にパンドラはあっけらかんとした感じで言葉を返す。

 あくまでイオ自身の感覚だが、ディストピアとフィーアでは魔術に使用する魔力のある場所が違う気がするのだ。

 感覚的に言えば、ディストピアの魔力は地面に広がっている物を吸い上げて発動する感覚、フィーアの魔力は大気中に漂っている物をかき集めて形にする感覚と言える。

 この違いが感覚的に分かるせいか、イオはこの世界でもそれなりに魔術を扱えるのだが、それが理解出来ていないと、恐らくは魔術を行使するのに苦戦するだろう。

 それに加え、今回虚華は“嘘”という補助輪を使用せずに魔術を行使する特訓をしている。最終的に補助輪無しで魔術を使えた方がいいのは間違いない。

 燃費が良くなるのもあるし、“嘘”を展開しながら魔術を使えるのと使えないのとでは雲泥の差がある。そこら辺を加味して、“嘘”無しで使用するように言っているが、やはりどうにも難しいらしい。

 現に初歩の初歩である火球ですらままならない。五メートル先の人形を破壊するという目標は未だに達成できていない。

 

 (彼処でさえ、中々使うのに苦戦してた上に鍛錬嫌いだったから、時間掛かるでしょうね)


 「それよりも気になるのが、彼女の得意属性だと思うわ。ホロウ曰く闇と呪が得意だって言ってた。確かにあの二つの属性の魔術の精度は正直桁違いだと感じたもの。あれは此方に来てからの物よね?パンドラさんはなにか知ってる?」

 「あー……、ホロウの奴がとにかく威力の高い物を練習したいと言ってな?とりあえずそういう物があるといった程度で教えたら、いつの間にか習得しておったんじゃ。彼処までの練度の使い手はそうは居らんが故に、普通の魔術も使えた方が良いんじゃがな」


 イオの心の中で、虚華が銃をメインとした戦い方をしていなかった理由が腑に落ちた。

 この世界には銃を使う人間があまり多くはない。その中で「ホロウ・ブランシュ」は銃使いとしてそれなりの探索者になってしまったのだろう。

 ならば「虚妄のヴァール」として活動する中で、銃を多用することは出来ない。

 だからこそ魔術を使用しなければならない状況下に置かれて魅力に感じたのが、代償がある代わりに、威力も大きい闇や呪といった物だったのだろう。

 

 (悪の組織だから、闇属性を習得しようとでも思ったのかしら?馬鹿な子ね、本当に)


 虚華の考えに半ば呆れながらも、イオはふと疑問に思った。パンドラは知っているのだろうか。

 

 「今の話を聞いてて気になったのだけれど。ホロウの今行っている特訓の内容をパンドラさんはご存知かしら?」

 「いや、知らぬ。禍津もホロウも教えてくれなかったからな。して、ホロウはどんな魔術を練習しているのじゃ?対象の心臓を掌握して握り潰す魔術か?それとも対象に呪印を刻みつけてそのまま全身を壊死させる魔術か?」


 パンドラがウッキウキで物凄いことを言っている。イオは一瞬自分の頭がおかしいのかと錯覚したが、どうやらおかしいのは自分の耳でも頭でもないらしい。

 何それ怖い。そんなハイレベルな魔術を練習させてると思っていたのか、此処の主は。

 イオの顔面はお世辞にも優しい表情をしていない。表情筋が全部硬直してしまっている。

 

 (どうしよう。心臓掌握(グラスプ・ハート)崩壊呪印(コラプス・ペイン)なんてハイレベルなものを勉強していると思っている人に、現在練習しているのが火球(ファイアー・ボール)なんて知ったら失神するんじゃないかしら……?)


 イオは熟考した結果、此処は誤魔化しておいた方が良いと判断する。きっとパンドラは虚華にそれなりに重い幻想を抱いている。

 そんな彼女に現実を見せるのは避けた方がいい。少なくとも自分が正直に話して殺される気がしてならない。

 イオは強張った顔を無理矢理歪ませ、作り笑顔を貼り付けてパンドラに優しい口調で言った。


 「そこまで難易度は高くはないけれど、彼女がこれから「虚妄」として活動していく上で必要な物を禍津さんから教わっているわ。でも努力しているのを見られるのが恥ずかしいんでしょうね。だからゆっくり見守ってあげましょう?」

 「ふむ、イズの言う通りじゃな。成長した子の姿を見るのも主の努め。幸い此処は時間の感覚が歪んでいる故、此処で待っていても退屈じゃ。そうじゃ、偶には妾も外に繰り出すのも一興ではないか?イズ、妾の共をせぬか?」


 精一杯のハッタリを信じてくれたのか、パンドラは外に出て時間の歪みのない場所で時間を共に潰さないか?とイオを誘ってくる。

 本来ならば、館の主の誘いならば一緒に行動しなければ行けない所だが、正直な所、今は外に出たいと思わない。それ以上に今は虚の側に居てあげたい。

 きっと、彼女の側にいれば危険に晒される事はないと言えるだろう。ただ、彼女と共に居るということがどういう事なのかを理解した今、控えるべきだ。自分にはやるべきことが残っている。

 パンドラの誘いに、イオは眉を下げながらペコリと頭を下げて、謝罪する。

 

 「ごめんなさい、今はホロウに着いていてあげたいの。代わりにさっき、アラディアさんが退屈そうにしてたから誘ってあげたらどう?最近は蒼の区域にあるブティックに興味があるらしいの。着せ替え人形にして上げたらさぞ楽しいんじゃないかしら?」

 「おぉ!そうかそうか、なら久方振りに蒼の区域に繰り出そうかのぅ。良い話を聞けた、イズ。感謝するぞ」


 軽やかな足取りでステップを踏みながら、パンドラは全身に黒い靄を纏わせると、姿を変貌させる。先程まではイオと同じぐらいの年頃の子供の容姿だったが、靄が晴れると一気に大人の女性の姿に変わる。

 イオはその変貌を初めて見たので、ヒュゥと息を呑んで見てしまう。

 彼女ら「七つの罪源」は全員人間を捨てていると虚から話には聞いていたが、いざこうして人間離れした技を見ると、魔術師としての人生を歩んできたイオには否が応でも興味を惹かれる。

 

 「それじゃあ、また後での。ホロウの鍛錬、しっかり見てやるんじゃぞ〜」

 「ええ、勿論。パンドラさんも楽しんでいらっしゃい」


 パンドラが部屋から出ると同時に、イオもパンドラの私室から出る。

 その足で、イオは虚華が仮眠を取っている魔術鍛錬室へと戻ろうとするも、はっと思い出す。


 「そうだ、毛布があの部屋にはなかったのよね。私にあてがわれた部屋に確かあったはずだし、鳥に戻らないと」


 足早に毛布を取りに戻る彼女の足取りはそれなりに軽い物だった。

 その足取りを見ている者に、気づく様子がないことを、見ている者はどう思うのだろうか。


 

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