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【Ⅸ】#5 Unimaginable torture, painfully distorted faces


 パンドラ達との会議が終わってから早一週間。

 虚華は禍津に魔術の指南を受けている間、歪曲の館の中にある魔術鍛錬室という大きな部屋で毎日特訓をしていた。

 天気も時間も歪み切っているせいで、今が昼なのかすら判別出来ない歪曲の館にて、虚華は「七つの罪源」の一人である禍津に魔術の基礎から学んでいた。

 最初は依音やパンドラなども観覧していたが、現実時間で大凡三日を過ぎた辺りから指導役以外は誰も来なくなってしまっていた。

 虚華はタオルで汗を拭き、ぜぇはぁと乱れた呼吸を整えながら、地べたに座り込む。


 「相変わらずの天気ですね……、此処は。ずっと暗雲が立ち込めているせいで昼か夜かすら分からないなんて、禍津さんは怖くないんですか?」

 「同じ会話を何度も何度も繰り返す、お前のほうが怖い」


 虚華はしまったという顔を一瞬だけすると、直ぐに立ち上がる。少し休みたい(サボりたい)時に用いる会話のバリエーションなど、人と話す機会が圧倒的に少なかった虚華には皆無であり、絞り出した会話もこの一週間で全て使い切ってしまっていたのだ。

 呆れた表情を見せる禍津の事などお構いなしに、手にしている練習用の魔導杖に魔力を集中させる。


 (火属性、火球生成、威力──火が付く程度、目標──距離五メートル先の人形……)


 虚華が禍津から最初に指示された物は、自身の扱える魔術で五メートル先の人形を破壊することだ。

 勿論事前に課せられた制限もある。そのせいで虚華は苦心しているのだが。

 

 一つ、自称得意属性の闇、呪属性魔術の使用禁止。

 二つ、“嘘”関連の力の使用禁止。

 三つ、魔術以外で人形を破壊する行為の禁止。


 当たり前のことではあるのだが、人形を破壊する方法は、キチンと自身の力で放った火球でないといけない。

 依音曰く「あの子は制限を課さないと、抜け道を探して脱走するのよ。だからギチギチに束縛してあげて」とパンドラに耳打ちしたせいだ。許せない。

 あの時ほど依音の事をどうにかしてやりたいと思った日はないかも知れない。

 普通の初級の魔術を使える人間であれば、一日も経たずに次のステップに進めるのだが、未だに進めていないのを見れば、虚華の魔術の才能が無い事がよく分かるだろう。

 虚華が詠唱を終え、杖に込められた魔力が炎へと形を変えてゆく。その炎を見た禍津がため息混じりに呟く。

 

 「そうだ。そのまま人形に向けて火球を放て。燃やし尽くせば良い」

 「ッ!」


 虚華が現在練習しているのは、火属性の初級魔術の基礎である火球(ファイアーボール)である。比較的初歩の部類にはいるこの魔術は、「魔力を火に変換」「球形に形成」「目標に向けて射出する」の三つを要求される。

 虚華はこの一週間で、球形に形成する事までは掴むことが出来たが、肝心の目標に向けて射出する。という最後のフェーズで苦戦していた。

 「魔力を火に変換」の部分はどうにか形になり、「球形に形成」まではなんとかなるのだが、虚華の魔導杖から放たれた火球は、空へ飛ぼうとするもそのままボトリと地面に落ち、鎮火される。


 (魔術には問題ない。でも、うーん。全然飛ばないなぁ。なんでなんだろ?理由が分からないや)


 虚華は元々、弾丸に魔力を付与することは出来ていた。魔力操作能力は申し分ない。けれど、最後のフェーズ、形成した魔力を目標まで飛ばす力が足りていなかった。

 この一週間で魔力が空になるまでひたすら火球を発動させているが、どうにもコツが掴めないまま、時間だけが過ぎていた。

 失敗を重ねている虚華に、禍津は呆れたような声色で言う。


 「お前は分からない奴だ。闇や呪って言う物は基礎が出来ている奴ですら、習得が困難な物だ。現に俺も得意かと言われたら、断じて否だと言うだろう。試しに魔術なら何でも良いという条件でやってみろ」

 「は、はいっ。やってみます……」


 禍津の言葉にコクリと頷いた虚華は、すかさず自身の人差し指をナイフで深く傷つける。

 ポタポタと滴る血をそのままに虚華は詠唱を開始し、虚華の指先から垂れた血は、たちまち真紅の炎の燃料として燃え上がる。

 虚華は、傷つけていない方の指をパチンと鳴らし、魔術を発動させる。


 「鮮血の衝動(ブラッディ・レイズ)

 

 闇属性の定義は「自身を代償に」。自分が犠牲を払えば払うほど効果の強い魔術を発動できるが、常人には、払うべき代償が重すぎて支払うことが出来ないせいか、使う人間は少ない。

 虚華の発動した闇魔術は瞬く間に人形を血に染め上げ、そのまま炎で燃え上がり、灰燼に帰した。

 禍津は灰になった人形を一摘みして灰を見つめた後、直ぐに興味をなくしたのか、指についた灰を手で払った後、虚華の方を見る。


 「“嘘”無しでこの力……自称得意属性は伊達じゃないな」

 「だから自称じゃないんですってばぁ……どうして自分の血は簡単に成形できるのに、炎ですら整形するのは難しいんだろ……」


 虚華は、魔力を成形する事、魔力の塊を飛ばすことを比較的不得手にしている。その不得手を補う為に、魔力を成形出来ない部分は血を成形することで、魔力を飛ばす部分は形を変えた血を射出したりするなどして対応してきた。

 しかし、それらを得意としているのは「ホロウ・ブランシュ」ないしは「結代虚華」であり、「七つの罪源」のメンバーである「虚妄」のヴァールが用いると不味いことが起きる。


 「何にせよ、基礎的な魔術、もしくは初歩的な武術が使えなければ話にならん。お前は今までのお前と同じ戦術を使う訳にはいかないからな」

 「私が武術とか有り得ないですから……消去法で魔術練習してますけど。禍津さん、何かアドバイスありませんか?」


 禍津は虚華の言葉を受け、腕を組み、しばしの間沈黙しながら思考する。彼の表情を見るに、それなりに考えていることが伺えたので虚華はその間、ちゃっかり休むことにする。

 虚華の呼吸が整い、身体の疲労が幾分か癒えた頃合いにずっと考え込んでいた禍津が口を開く。


 「得意属性という物は基本的に火・水・風・土のどれかが当てはまるのが定石だ。お前の過去の経験を聞く限り、火以外がからっきしだったのもあったから、得意属性が火だと思い込んでいた。だが、別世界の存在という因果の影響で、本当に得意属性が闇、もしくは呪だった場合は少し困ったことになる」

 「……と、言いますと?」


 虚華がゴクリと唾を飲み込み、禍津の言葉を待つと真剣な眼差しで禍津が虚華を見つめる。


 「その二つ以外の魔術の適性が全くない可能性がある。習得まで凄い時間を掛ければあるいは何とかなるかもしれないがな。出来なきゃびっくり無能だな。闇と呪属性しか使えない魔術師なんて珍しすぎるからな」

 「びっくり無能……。凄い言葉だ……。毎日魔力が尽きるまで鍛錬あるのみですか……」


 禍津の言葉の通り、得意属性と言うものは魔術師のあり方を大きく変える要素の一つだった。

 例えばではあるが、火や風といった質量のない属性の物は、成形や付与は不得手ではあるが、火球や風刃といったように射出することが得意。

 反対に土や水といった質量のある属性は成形や付与は得意だが、射出することが苦手だ。

 質量があるものは重さがある。つまり、同じ魔力量で形成したとしても質量が変わる。重いものを遠くに飛ばすには軽い物のほうが適しているのは自明の理だろう。

 水より更に重くした物に、氷や雹等があるが、あれらを飛ばすのは更に手間も魔力も掛かる。総じてコストパフォーマンスが悪いと言える。そんな魔術を得意としている人間は努力の塊だろう。

 そんな中、更に特異なのは光・闇・呪の三つだ。これら三つは質量がない上に、形成することも非常に困難だ。

 その上、射出することも少ないので正に虚華のような人間が扱うのに適しているが、それは基礎の基礎を抑えた上で習得することが出来るものだ。魔力成形能力も、魔力操作能力も無い人間が「じゃあこれでいいか」で扱えるものではない。

 だからこそ、禍津はどう教えたものかと考えあぐねていた。血や他の物質であれば操作出来る事から、別に魔力操作能力は低くないはずだ。血を操るのも、他の物を操作するのにも最低限でも魔力を介在する必要があるからだ。

 それどころか、先ほど説明したように魔力の塊を射出したり成形するよりも、物質を射出したり成形することの方が魔力をより消費する上に難易度が高い。


 (だからこそ、得意属性を聞いた際に一笑したのだが。どうやら嘘ではないようだ)


 では何故?“嘘”という彼女特有の現実改変能力もごく一時的なものでしか無い。そんな物を常時展開しているわけでもないだろうし、かといって魔術を発動させるためだけに逐一使用している訳でもない。

 基本的に彼女が戦闘などで“嘘”を用いる際は唇に己の人差し指を添えていることが多い。

 彼女曰く、その仕草をすることで魔力の消費量を抑えることが出来るらしいが、ならば“嘘”を使っている線も薄いだろう。

 

 「俺は少し席を外す。暫くは自主練してろ。心配しなくても見張りは付けてやる」

 「え、別に構いませんけど。ちなみに見張り役って?」


 禍津が指をパチンと鳴らすと、禍津の隣に魔法陣が浮かび上がる。そこからは依音が現れた。

 この屋敷に来てから、衣服を着替えたこともあり、見違えるようにキレイになったせいか、依音を見ると少しだけドキッとしてしまう。

 依音の顔には微笑みが浮かんでいるが、その手には表情とは見合わない物を携えていた。

 

 「えっと、イオ……さん?その手に持っているのは……?」

 「何だったかしら。安心して、貴方がサボらない限り振るうことはないわ」


 虚華は安心した結果、禍津が席を外している間に四度ほど、イオの持っている獲物の威力を味わうことになった。


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