表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/246

【Ⅸ】#4 Operation begins, we are sinners


 依音との話し合いを終えた翌日、虚華達は再び大広間にて「七つの罪源」の面々と顔を合わせる。

 退屈そうな顔で本を読んでいる禍津、テーブルに備えられたお菓子をちまちまと口に運んでいる「カサンドラ」

 今回参加する予定の罪源はパンドラ以外は全員揃っている。彼女らはテーブルを跨いで反対側に座り、虚華と視線を合わせると各々反応を示してくれる。


 (ふぁあ……なんでこんなに眠いんだろう……)

 

 緊張して眠れなかった、と言う訳ではないのだが、どうしても頭の片隅には睡魔が攻撃を仕掛けてくる。

 本人は必死にキリッとした顔を演出してはいるが、どうしても若干のだらしなさが滲み出していた。

 そんな虚華を見兼ねたのか、依音は虚華の脇腹を左肘で小突く。虚華は咄嗟の攻撃に「へあぁ!?」と変な声を出しそうになったのを堪え、目尻に涙を溜めながら依音を睨む。


 「な、何するの……?これから会議が始まるんだよ?」

 「だからこそよ。そんな眠そうな目をしてたら貴方のバカさ加減に拍車が掛かるでしょう?」


 今日も今日とて依音の毒舌は留まるところを知らないようだ。楽しそうに虚華のことを罵ってはいるが、その実、眠気を覚ますことには成功した上に、虚華は相手方の事をキチンと再確認した。

 これから話すことは、この世界にも影響を及ぼすこと。葵琴理は残念ながら、この世で行ってはいけないことに足を踏み入れたのだ。その処罰を下す者が中央管理局か、自分達か。

 その違いが大きな違いになることを祈りながら、このトライブのリーダーであるパンドラを待つ。


 「ん?妾が最後か。やはり遅刻魔のアラディアが席に居らぬと毎度、重役出勤の様になるな」

 「実際、時間ギリギリだ。お前はもっと早く来るべきだろうな。そうでなくては一番最初に来たであろうヴァールが報われん」


 いきなり禍津に名前を呼ばれた虚華は、ビクぅとする。

 何故最後から二番目に来た禍津に、虚華が一番最初に来たことが知られていたのだろう。

 拍子抜けしている虚華をよそに、パンドラは申し訳無さそうに眉を下げながら、自身の席につく。


 「そうか、すまぬな。ホロウ、今回はそなたのために義を開いたというのに。では早速話を進めよう」


 パンドラの一言で、空気が一気に変わった気がした。先程までほんわかとした空気を演出していた筈の「カサンドラ」もお菓子を食べるのを止めて、パンドラの方を向いている。

 隣の依音も固唾を呑んでいる様子から、らしくもなく緊張しているのだろう。

 それも当然だ。この会議次第で葵琴理を「七つの罪源」内でどうしていくのかを決定するのだ。


 「さて、議題は確か「葵琴理」をどうするかじゃったな。彼の者は鍛冶師の系譜「葵家」の末子じゃが、終ぞヰデルヴァイスを作成するにまで至った。どうやらその功績を見兼ねた中央管理局が彼女を捕縛しようとしているらしいのじゃが……、まぁ良い結末は望めないわな」


 小さくため息を付いたパンドラは、虚華の方を見る。

 

 「妾達……いや、妾は正直に言えば彼女自身に興味はない。奴が中央管理局(セントラル)の手に渡ろうと現状は痛くも痒くもない。彼女の行く先は恐らくは感情剥奪の後、疑似ヰデルを作成する人形と化すか、自らの意志で中央管理局の為に武具を製造する専属鍛冶師になるかの二択じゃ。どちらにせよ、中央管理局に利がある。そこでじゃ、ホロウ」

 「は、はいっ」

 

 彼女の視線と言葉に合わせ、全員の視線が虚華へと向けられる。

 普段から大勢の人間に視線を向けられる事に耐性が無かった虚華は声が上ずりそうになりながら、返事をする。

 

 「世界が違うとは言え、彼女はお主のかつての仲間だったと聞く。更には仲間の一人が|人格変転している《人格が入れ替わっている》と言うじゃないか。つまりは彼女をこの手にすれば、妾達の戦力になる上に、お主はかつての仲間が戻る。そんな人材をむざむざ中央管理局になどくれてやる義理はない……と考えたが、どうじゃ?妙案じゃろ?」

 「……そうですね。私も同意見です。ですが、私の知る琴理になってしまえば、疑似ヰデルを作成できる能力を喪ってしまう可能性があります。それでも構いませんか?」


 実際に、雪奈が“雪奈”になった際に、雪奈が使えていた魔術の大半は使用できなくなっていた筈だ。それだけじゃない、知識も恐らくは人格本来のものしか無い可能性が高い。

 つまり、“琴理”が琴理になれば、疑似ヰデル作成能力は喪われる可能性が高い。そうなってしまえば、パンドラが琴理を此処に匿う理由がなくなる。虚華はその一点だけを心配している。もし仮に蘇生が成功しようと失敗しようと、琴理が一人で生きていけるほど、この世界も優しくはないだろう。


 (私は世界に追われる苦痛を知っている。だから琴理には知って欲しくない)

 

 虚華がじぃっとパンドラの反応を待っていると、パンドラは何を言っているのじゃ?といった表情を見せて言う。


 「お主の仲間は妾の仲間も同然……とまでは行かぬが、妾はそなたが紡ぐ物語を眺めていたいだけじゃ。その為に宿屋の女将だったり、レギオンの主を演じるぐらい造作もないわ」


 正直言うと、拍子抜けだった。隣で硬い顔で話を聞いていた依音もぽかんとした表情で虚華と顔を見合わせる。

 どうやってパンドラの話の流れを、琴理を殺さずに持ち帰るかにシフトさせるかのシミュレーションを繰り返したせいで若干の寝不足を引き起こしているのに、此処までスムーズに行っては逆に腹が立つというのが世の摂理というものだ。

 虚華と依音はお互いに目の下に出来た隈が酷い顔を見て、破顔する。

 この時に見た依音の笑顔は、ディストピアでは見ることが出来なかった貴重な表情の一つだった。


 「なんかよく分からんが、お主らもそれで良いか?」

 「俺は元よりどうだって良い、中央管理局に先手を打てるならな」

 「わたしも〜。どっちでも良かったから参加する意味あったのかしらぁ?」


 禍津も「カサンドラ」も特に興味もなさそうに、席を立ち身体を伸ばしている。そこまで長い時間座っていたわけでもないのに、身体を伸ばしていることに違和感を覚えつつも、虚華はこの会議が上手く臨んでいる方向に向かったことに安堵する。

 大広間内の空気が会議の始まる前位緩くなった頃合いで、パンドラが両手を叩いて視線を集める。


 「なら、今回の会議は終わりで良いな?えーと、そなたはなんて呼べば良いじゃろうか?」

 「私ですか?そうですね……私もこの世界の人間ではないので……」


 自身の名前を尋ねられた依音は少し考え込む。

 恐らくは名前を聞かれることなど考えていなかったのだろう。

 参謀を名乗る割にはしっかり俯きながら考える時間を設けた後に、依音ははっと何かを思いついた様な顔で、パンドラの方を再度向く。


 「イズって呼んでください。イズリハの頭文字二文字を取っただけですけど、シンプルでしょう?」

 「そなたが良いなら、何でも良い。でじゃ、イズ。次の議題なんじゃが」

 「はい、例の件ですね?」

 

 (ん?次の議題?今回の議題って一つだけじゃなかったの?)


 依音がさも当然の様に再び席に付き、それに習って他三人も自分たちの席へと戻っていく。

 虚華はパンドラの言葉に再度ビクリとしたのに、依音は不安そうな表情を欠片も見せていない。これからパンドラが展開するであろう話について、虚華は一切何も聞いていない。 

 パンドラの方をぼーっと見ていると、パンドラから声を掛けられる。先程と違って優しい声色なのが、余計に虚華の恐怖心を煽る。


 「のぅ、ホロウ。妾はお主の許可を出した箇所の記録を遠距離からでも閲覧できるのは知っておるよな?」

 「え、えぇ。今現在も極力公開しているつもりですが、それが何か……?」


 依音との二人の時間や、単純に見せる必要のない部分以外は今もパンドラの遠隔操作の魔導具で虚華の動向を確認することが出来ている筈だ。だが、それがどうしたというのだろう?

 パンドラは舌舐めずりをした後に妖艶な笑みを浮かべているが、虚華の恐怖心をより掻き立てる。


 「お主、これから表舞台に出れないと言うのに、どうやって戦った行くつもりじゃ?」

 「え?それは銃と……いざという時は魔術を使ったり、“嘘”を絡める戦術で……?」


 パンドラは虚華の回答を聞くと、露骨に呆れた表情を見せる。依音もあちゃーと頭を抑えている辺り、自身の回答が間違っていることだけは理解出来た。


 「それはホロウ・ブランシュとしての戦術であり、戦い方じゃ。まぁ幸い闇魔術も呪術もそこまで多用しては居らぬからそれを主軸にするのは構わぬが……。四属性の魔術、何が使える?」

 「火の玉を飛ばすぐらいなら……?だいぶ小さいですけど」


 虚華はそう言うと詠唱を開始し、火の玉を射出する。

 初級の火属性魔術に類するものだが、虚華の出したものは精々、煙草に火をつけるのに丁度いい物だと称されるレベルのものだった。

 虚華の魔術を見たパンドラは信じられないものを見るような顔をしながら、虚華に詰め寄る。

 そんな二人のやり取りを見て、禍津は顔を抑えて全身を震わせ、「カサンドラ」はあらあらまぁまぁと微笑ましい物を見るような態度でお菓子を頬張り、依音は何かをメモ帳に書き記していた。

 一頻り、言いたいことを言い終えたのか、パンドラは若干げっそりした表情で肩を落とす。

 

 「お主には暫くの間、魔術の基礎の基礎から学んでもらう。まだ時間はあるからの。ヴァールとして戦える程度には鍛えるから覚悟しておれ」

 「あの……拒否権とかは……」

 「「あるわけない(じゃろ)(でしょ)」」


 虚華がおずおずと手を上げ、そう聞くと、依音とパンドラが同タイミングで口を開く。


 「ひぃ……」


 虚華の情けない声だけが大広間に木霊した。逃げられないことを悟った虚華はただただ早く解放されるために、今日から魔術の訓練を再開することになった。

 

魔術の訓練を再開することになった。という表記は、第一章で「ディストピアにいた頃に魔術の訓練をしていたが才能が無いせいか、火の魔術が少し使える程度にしかならなかった」といった過去の続きという意味合いで綴られています。

フィーアに来てからも魔術の鍛錬はしていましたが、闇と呪しか練習しなかったので、そこをパンドラと依音に咎められている訳です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ