【Ⅸ】#2 She's my brain, so she died once
ある程度再会の喜びを享受した依音と虚華は、大広間でパンドラら「七つの罪源」の面々と顔を合わせ、改めて対談の形を取る。虚華の隣には依音。向かいにはパンドラ、禍津、「カサンドラ」の三人が各々違った顔つきでこちらを見ている。禍津は興味もなさそうに読書をし、「カサンドラ」は微笑ましそうに虚華達を見ている。
しかし、どうやら眼の前で目尻辺りをヒクヒクとさせているこの屋敷の主は現状に不満があるようだった。
「のぅ、ホロウ」
「はい」
若干の苛立ちを声色に織り交ぜながら虚華にそう問い掛けるが、虚華は默まって返事を一つするだけしか出来ない。理由も概ねは分かっている。けれど、虚華にはどうすることも出来ないのだ。
「隣のちびっ子をどうにかせんか。誰だか知らぬが懐き過ぎじゃろうが、何ならこれからの会議の邪魔じゃ」
「そう言われましても……久方振りの再会ですし、今回は大目に見てくれませんか?」
虚華は苦笑し、自身の毛先を弄びながらパンドラに嘆願する。
何時蘇生されたのかまでは分からないが、生き還ってからそれ程時間が経っていない依音は、虚華の腕に自身の腕を絡ませて離そうとしない。しかも、その様子を虚華が嫌がる素振りすら見せないことに、パンドラはご立腹なのだろう。
普段の虚華ならば、多少強引に引き剥がしていただろうが、今回だけは事情が違った。喪ったと思っていた物が帰ってきたのだ。もう取り戻せないと思ったものが再び自分の元へと帰ってきてくれたのだ。
こんなに嬉しいことが有るのだろうか、いや無い。
フィーアに居る依音と会った時にもそれなりに感情が揺さぶられたのだが、あの時は雪奈の命を狙われていたせいで、話すらも録に出来ない状況だった。
それ以来虚華自身は顔を合わせていないが、お目当ての“雪奈”が現れてからはちょこちょこジアに顔を出していることは把握している。だから、フィーアの依音の事はどうにも好きになれなかった。
しかし、先程劇的な再会を遂げた彼女は違った。
──私のことを識っている彼女と再会することがこんなに幸せだとは思わなかった。
何はともあれ、この状況で依音が歪曲の館から追い出されるときっと生きていけないだろう。ディストピアに帰ることも出来ず、フィーアでは同姓同名が存在しているのだ。さぞ生きにくい筈だ。
年齢も三年前に死んでから時間が経っていないのでまだ13歳。探索者になって、傭兵の真似事をすることも出来ない。
(私が守らなきゃ。今度こそ)
虚華が拳を固く握り締めていると、それに気づいたのか依音がパンドラの方を向き、口を開く。
「パンドラ、さんとお呼びすればいいでしょうか。初めまして、彼女の作った組織「喪失」の参謀を任されておりました出灰依音と申します。無礼を承知でお願い申し上げます、私も彼女と共に行動することを許しては頂けないでしょうか?」
「イオと言ったな。そなたの遺骸を持ち帰ったのはホロウの願いじゃ。じゃが、そなたを此処に置く理由など妾には無い。違うか?」
パンドラが依音に向ける目は相当厳しい。小さな躰にパンドラ達の災禍の影響を受ければ依音も多少なり体調を崩したりするだろうと虚華は思っていた。
しかし、依音は臆することなくパンドラに意見を述べる。彼女の瞳には巫山戯や躊躇など一切無い。
「私がこの場に残るのも虚──ホロウの願いです。見るに、どうやら私の行動に目くじらを立てている様子ですが、御安心ください。久方振りの再会で人の温もりを求めただけですので、直ぐにお返ししますよ」
「えっ、一過性の物?というか依音、災禍の影響を受けていないの?」
本来、パンドラと会話をしたり、存在を認識され触れられたりすると大半の人間は気分が悪いと訴え、最終的には全身が言うことを聞かなくなる。悍ましいほどの吐き気に見舞われ、その場で嘔吐する人間も少なくない。
しかし、依音は「七つの罪源」に囲まれているのにも関わらず、災禍の影響を受けていない。
パンドラと会話していてもケロリとしている上に、意見まで述べている。依音を見ながらパンドラは顎を撫で興味深そうに身体中をジロジロと見る。
「一度死んだせいで、この世界では人間判定を喪っているのかも知れぬな。種族で言うなら「不死者」辺りになるんじゃろうか?興味深いことに変わりはないが……、ホロウ。お主はどうしたいんじゃ?」
「ほえっ?」
二人のやり取りをぼんやりと聞いていた虚華は、いきなり自分に話を振られたせいで変な返事をしてしまった。話自体は聞いていたのだ。
依音が人間じゃなく非人判定を受けているから、パンドラ達の災禍を受けていないのだろうという憶測を言っていたことや、依音が一歩も引くことなくパンドラとやり取りしていたことなども全部覚えていた。
急に話を振られたのが予想外過ぎたのだ。咄嗟に出した返事があまりにも情けない物だったせいで、パンドラと依音は声を出して笑う。
「『ほえっ』は流石に狙い過ぎよ。貴方を想ってる人が聞けば、ハートを撃ち抜かれちゃうわよ」
「そうじゃそうじゃ、あざといにも程が有る。良い分かった。同好の士として滞在を許そうぞ」
「ありがとうございます。では早速なのですが、現状の把握が全くできていないので、一度虚から話を聞いても宜しいでしょうか?」
「構わぬ。確かにお主は蘇って間もないものな、良い。一度解散し、明日再集合じゃ。良いな?ホロウ、禍津、カサンドラ」
各々、パンドラの言葉に賛同し、大広間を後にする。この広い部屋に残されたのは虚華と死んだ時と同じ大きさの依音だ。
虚華以外誰も居なくなったことを確認した依音は大きく息を吐いた。
虚華も気を張り詰めていたのか、依音と同じ様に息を吐き、ふかふかのソファに全身を投げ出す。
「ほあぁ……それにしても、まさかまた依音と会えるなんて思ってなかったよ」
「それは此方のセリフ。だって死んだと思ってたのに気がついたらこうして貴方が目の前に居るんですもの。今でも夢だと疑っちゃうレベルね」
依音はソファに寝転がっている虚華に軽いお小言を言った後、虚華の頭の隣に腰を置く。
先程までとは大きく違い、依音は年相応の笑顔を見せる。もうこのやり取りだけでも懐かしさと嬉しさでどうにかなりそうになる。
数は経験していないが、やはりディストピアの人間とフィーアの人間では同姓同名でも微妙に違う所がある。その小さな違和感が、虚華の中でやっぱり彼らは別人だと思わせるのだが、目の前に居る依音は紛れもなく自分の知る依音なのだ。
その事実がどうにかなってしまいそうな程、嬉しいのだ。
もう会えないと思っていたから、別世界の存在を知った時、嬉しかった。別人だと分かっていても、それでも会いたいと思っていた。
でもいざ会ってみたら、仲間の命を狙われ、結果として大切な仲間は別人になってしまった。
絶望の中、仲間の元を離れ、行動していたらこうして依音と再会することが出来た。彼女の作戦立案能力があれば、もしかすれば雪奈を取り戻すことすらできるかも知れない。
虚華が思考の海に溺れていると、急に頬の辺りが痛み出した。
「……いふぁい、ふぁにふるほ」
「私の事放って置いて考え事なんてするからよ。さぁ、話して貰おうかしら?私の居なかった三年で一体何があったのかを。事細かに聞くからね」
「ひえぇ……お、お手柔らかに……じゃあ、あの戦いの後からだよね」
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パンドラが解散指示を出してから数時間が経った頃、依音はすっかり話し疲れてしまったのか、眠っている虚華に毛布を掛け、隣に座る。
キョロキョロと辺りを見回しても、特に監視装置などがある気配は見られない。窓の外を覗いても、此処が何処だか検討もつかない。
虚華の話は一挙手一投足、一単語たりとも聞き逃したつもりはない。人に説明し慣れていない虚華の辿々しい説明も、依音は楽しく聞いていた。中身はあまりにもぶっ飛んでいるなぁと思いながら。
すぅすぅと年頃の娘が発するには些か可愛らし過ぎる寝息を聞きながら、天井を眺める。
「何処が現実で、何処が虚構か。虚はきっと嘘はついていないのでしょうけど、俄に信じ難い話ばかりね……」
豪華絢爛なのに、白と黒のアンバランスさが不快感を抱かせる屋敷「歪曲の館」
この世界は自分達が居た世界ではない平行世界「フィーア」
各地を五色領域と中央の六つのエリアに分け、各地を色の名前が入った人間が管理している。しかもその一つは虚華の苗字とかなり近い“結白”家。
更に中央を管轄しているのは、自分達の敵でもあった「中央管理局」
現在虚華が確認出来た同姓同名は夜桜透、出灰依音、葵琴理、葵薺、緋浦雪奈、黒咲臨の六人。
「どうして葵薺の事を知っているのかと思ったけれど……。他にも解らないことだらけね」
存在を教えたことのない葵薺の事を知っていたり、自分が死んでから三年は経っている筈なのに、どうして死体が綺麗なまま保存されていたのか等、謎は謎のままで解決されることを拒んでいる。
いっそのこと、全てが嘘で、此処が死後の世界で、虚華が御伽噺を喋ったとでも思ったほうがまだ理解に掛かる時間は短いかも知れない。
幼い頭でそれなりの時間を掛けて考えたが、解らないことが多過ぎる。次第に嫌気が差したので、寝息を立てている虚華のほっぺをむにぃっと引っ張る。
「んぅぅ……もうフィナンシェは良いって……」
フィナンシェが何かは知らないが、随分と恍惚とした表情で虚華は口をもぐもぐさせている。
「はぁ。兎も角、生き還った以上、私はキミの参謀だ。死なせない、例え誰が敵であろうとも」
虚華と二人っきりの部屋で、誰にも聞かれないように。
依音は決意表明をした後に、二人で横になるには少し狭いソファに虚華を押し込んで、二人で毛布に包まる。一枚の毛布を分け合うことにすら、多少のノスタルジーを感じながら、一晩を過ごした。
依音「それで、最近はどんな魔術を使ってるのかしら?」
虚華「うーん、最近の個人的トレンドは血を使ったものかなぁ」
依音「血!?Blood!?何でそんなものを使ってるの!」
虚華「えっ、自分の血を使った魔術が思ったより強力だから……?」
依音「パンドラさーん?ちょっとお話があるんですけどー?」
この後、謂われのないパンドラ(合法ロリ)が依音(脱法ロリ)にお説教されているのを罪源メンバーは見ていた。




