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【Ⅷ】#Ex-2 思惑が絡み合う、白き巨塔にて


 フィーアと虚華が呼称する世界には五つの区域と、それらの中央に聳え立つ白い巨塔がある。

 そんな巨塔には中央管理局という組織があり、中央管理局は直接的には関与していないものの、何か問題があれば口や顔を挟んだりしている。

 中央管理局にも色々な部署があり、管轄している範囲が違う。白の区域を管理している白の区域長と連携し、白の区域の統治をするのは「中央管理局:白の区域管理課」であり、他の色も色の部分だけが異なる。

 大半の職員は大抵何かしらの色の管理課に所属しているのだが、中には例外も居る。

 

 ──そう、イドル・B・フィルレイスである。


 屍喰(コラプス・イーター)と呼ばれ、運び屋に似た組織にも所属している彼女だが、普段着ている制服が示すように列記とした中央管理局の職員なのだ。どれだけちゃらんぽらんな立ち回りをし、白雪の森で臨と“雪奈”にボロボロにされていても、彼女は格式高い職業でもある中央管理局の職員なのだ。

 そんな彼女も今までは何処の課にも所属していなかった。イドルが運び屋としての仕事をする際に、同じ区域にずっといるとは限らない上に、同じ所にずっと滞在するのも嫌っているが故だった。

 中央管理局もイドルの所属先をなんとしても決めておきたかったのもあってか、先日遂にイドルの配属先が決定した。


 「それが此処。【中央管理局:七罪源捜索課】って事ですか?課長」

 「まぁ、そうなるな。非常に頭が痛い話にはなるが」

 

 ピンク髪を二つに括り、課長のデスクに置かれているイドルの辞令をまじまじと見ているのは、イドルと同時期に中央管理局に入った謂わば同期と呼ばれている少女──スメラ・L・イジェルクトだった。

 隣で課長と呼ばれた男性は、小さくため息を付いた後、メガネをくいっと直すとスメラを見る。スメラは課長とは長い付き合いだ。なにせ、此処に所属することになる前から、同じ課に所属していたのだから。だから分かる、彼の苦悩を。それでも苦言を呈したっていいじゃないか、どうしてよりにもよってアイツと同じ課に飛ばされるのだと。

 この場に居ないイドルを呪いながら、課長が口を開くのを待つ。


 「納得は出来んと思う。実際俺も抗議した。が、結果は却下だ。俺とお前、それとフィルレイスの三人でこの課を運営しなければならないようだ」

 「……今は何も言わないでおきます。当の本人も居ませんし。それで?此処は何をする課なんですか?前居た部署と違って、区域長やその側近を煽てて傀儡にする必要とかはないんでしょう?」


 スメラは小さな事務所に置かれた少し豪華なソファに腰を下ろし、事務所をキョロキョロと見回す。

 随分と簡素ではあるが、急拵えにしては随分と良く出来た部屋だ。必要な物は全て揃っており、文字通り「七つの罪源」の数少ない情報源である資料も沢山用意されている。

 執務用の机や、椅子はそんな簡素な部屋でも異彩さを放っているのは、恐らくは課長の趣味だろう。特に気にするまでもない。それなりに長い付き合いなのだ。今更そんな部分に目くじらを立てていては、あの問題児の相手などはしていられない。

 スメラが着席したのを見た課長も、随分と良く出来た椅子にどかりと座る。


 「そうだな。俺らは白の区域管轄課だったから、結白区域長とかその側近、直近で言えば月魄教会の連中らに胡麻擂(ごます)ってたが、それがなくなっただけだいぶ楽だな」

 「けど、その代わりにフィルレイスの相手をしなきゃならないんですよね?それが憂鬱で堪らないんですよぉ。課長〜」

 「滅多に顔を出さない上に、俺らが見つけられなかった「七つの罪源」の目撃情報だって確保してきたんだから、文句言うな」


 課長は机の上に置かれていたイドルの報告書を手に取る。

 お世辞にも良く出来た報告書ではなかったが、それなりに有意義な情報が沢山書かれている。実際の所、この課が出来て「七つの罪源」の情報を掴んだのはイドル一人なのだ。

 他の課とのやり取りや情報交換で情報のやり取りやイドルの管理も任されている課長は、この事務室から出れず、習得が困難とされる飛行魔術を扱えず、準禁術である転移魔術の使用が出来ないスメラも足で情報を稼ごうにも範囲が広すぎるのだ。その結果、好き勝手に区域間を行き交っているイドルに軍配が上がっている。

 だから、課長もスメラも何も言えずに居た。自分勝手にしている奴が成果を上げていたら何も言えない。社会人の闇を感じながら、スメラは課長の手にある報告書に視線を向ける。


 「「カサンドラ」……ねぇ。偽名もしくは通称なのかは知らないけど、随分と高尚な名前を使ってるのね。リーダーの「パンドラ」も災厄の箱が語源だろうし、もしかしたらそっち系の名前を使ってる人を洗うのも良いかも知れない……?」


 イドルが書き上げた報告書を課長がスメラに手渡すと、スメラは小さく感謝の言葉を述べると再び報告書へと目を向け直す。


 「「カサンドラ」っつーと、昔の神話に出てきた王女だったか?」

 「そうですね、予言者だったカサンドラが主神の愛を否定した結果、その怒りを買ったカサンドラは主神に呪いを掛けられた。その結果、誰からも信用されなくなった。そんな逸話から「カサンドラ」という言葉には「不信」という意味が込められることがあります」


 だから何だって言うんですけどね、とスメラははにかみながら読み終えた報告書を課長のデスクに置く。乱雑に見せかけて、その実、課長なりのこだわりがあった配置を乱された課長は頭をポリポリと掻きながら、配置を元に戻さんと整理を始める。


 「ったく……最近の若いもんは、ちゃんと元の場所に戻せよな……」

 「課長のデスク、ごちゃごちゃしててよく分かんないんですよね〜。もう少しわかりやすくしてくれると助かるんですけど」

 「あぁ……?別に良いだろ。こういうのは俺が分かれば良いんだよ。ん?」


 自分なりの拘りを若い子に一蹴され少し、気落ちしていた課長はこちらへと向かっている足音に耳を傾け、誰が来たのかを察した。

 これから訪れるであろう嵐に備えてヘルメットを被ると、隣りに居るスメラが顔を顰める。


 「何してるんですか?課長」

 「おう、これから嵐が起きそうでな。窓から脱出しようと考えている」


 こいつ本気で言ってんのか?と今にも言いそうな顔をしながら、スメラは課長の腕を引く。

 

 「待ってください。課長、飛行魔術か重力操作魔術使えましたっけ?」

 「いいや。決死の覚悟だ。でもヘルメットがあったら大丈夫だろ?」


 あ、この人マジだ。恐らく本気で此処から逃げ出そうとしている。けれど、付き合いが長いから分かる。スメラを連れて逃げない辺り、本当に逃げなければならない状況ではない筈。

 しかし、課長は逃げたいと考えている。しかもドアからではなく、決死の覚悟で窓から。

 ヘルメット被ったら何でもダメージ抑えられると思ってるのかは分からないが、ドアから何者かが来るのだろう、そう判断したスメラは、課長を腕を強めに掴み、満面の笑みを浮かべる。

 

 「課長、誰が来るのか知りませんけど、死なば諸共です」

 「俺はまだ死にたくなかった……」


 部屋の中には膝から崩れ落ちる中年男性と、中年男性の腕を掴みながら扉の方を見ている十代後半の女性が二人でやり取りしている奇妙な空間ができあがっていた。

 そんな空間をぶち破るが如く、いきなり扉が物凄い勢いで開かれた。課長が寸での所で躱し、ドアの扉が外れる程の勢いで開けるなよ、と苦言を呈そうとすると、来訪者が怒声にも近い声を上げる。  

  

 「オルテアさん!葵琴理の処分計画ってなに!?僕何も聞かされてないんだけ……ど」

 

 中央管理局:七罪源捜索課の扉をぶち破った犯人は二人の状況を見ると、ニマニマしながら壊れた扉をドアの合った場所に立て掛けて、立ち去ろうとした。

 それを逃すまいと、課長は全速力で加速魔術を足に付与し、犯人であるイドルを捕縛した。


 「こいつ逃がすと碌な事にならんからな……」

 「なにさー!僕が居ないことを良いことに二人でしっぽりしてたんだろ〜!?別に誰にも言いふらさないって!」


 ケラケラと笑いながらそういうイドルの背後に、スメラがゆらりと近づく。課長に気を取られていたイドルが真後ろにスメラが立っている事に気づいたのは、思い切り後ろから殴られた後だった。



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