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【Ⅷ】#Ex-1 努力家の少年、心優しきヴィラン


 虚華が「歪曲」の館でパンドラ達と過ごしている中、【蝗害(アバドン)】のリーダーである夜桜透は、青の区域にある【蝗害】の拠点で書類とにらめっこをしていた。

 鈍色のマッシュからちらりと覗く昏い灰色の瞳は、大量にある構成員が過去に起こしたという問題行動の報告書に向けられていた。

 途中までは透も真面目に読んでいたが退屈してきたのか、事務所でこちらを楽しそうに見ている一人の女声にちょっかいを掛けようと立ち上がる。


 「あら、もう書類に目を通し終わったん?偉い早いなぁ、リーダー?」

 「見ても無駄だろ?過去の事例(ケース)なんて、僕が知ったことじゃない」


 妖しげな笑みをこちらに向けているのは【蝗害】の幹部である玄緋綿罪(くろひわだつみ)。一月程前にジアの街を焼き討ちにした主犯格の一人とされており、中央管理局に目をつけられている人物の一人。

 毛先が黒く、頭頂部に向かうに連れて髪色は赤くなっている特徴的な髪を今日は、透の書類整理を手伝うつもりだったのか後頭部で括り、動きやすいように纏めている。見る人が見れば可憐だの何だの言うほどの容姿ではあるが、既に想い人のいる透には何の関心もなかった。


 「そないいけずな事言わんとってやぁ。折角終わっとるトライブ(素行不良の集まり)の頭張る事になったんやし、少しは目ぇ向けてくれてもええやんか?」

 「はーっ、なぁ。僕がリーダーになってから、何人殺したと思う?」

 

 相変わらずの特色的な訛りを聞く度にうんざりとした気分になる透は、今日は綿罪だけであることに感謝しながら、再び書類に目を向ける。

 透の問いに綿罪は視線を上に向け、考え込む。そして、本当に考えたのか怪しくなる程、彼女が口を開いた速度は速かった。


 「さぁ?覚えてへんねぇ。ジアでの死者なんて関係ないしなぁ。三桁位とちゃう?」

 「お前、馬鹿か?……いや、良い。僕が【蝗害】の構成員(メンバー)を殺した数は幾つだ?」


 透は綿罪の返答に口を挟もうとしたが、すぐに飲み込み、再度聞き直す。その透の仕草の一つ一つを楽しむように見ていた綿罪は、にこやかに透を眺めている。

 視線に気づいた透は「早く答えろ」と答えを催促すると、綿罪は何処からか取り出した扇子で口を覆う。


 「んもぅ……壱拾五人やね、名前も顔も覚えとらへんけど、数はまちごうてへん筈や」

 「そうだ、十五人。それも全部、僕が定めたルールを破った奴だけ」

 

 綿罪は透に近づくと、近くで跳ね除けられていた書類を一枚拾い上げる。中身は過去の構成員の問題行動の報告書だったが、実際に問題を引き起こした張本人は既に他界している。

 その他もそうだ、透が跳ね除けたものは全て犯人が死亡している物だった。

 綿罪は続いて、視線を丁寧に積み上げられている書類の方に移す。こちらの一番上に置かれていた書類を一枚、拾い上げる。

 報告書に目を通し、「ほほう」と小さく感嘆の吐息を零した後、細目で透のことを見る。

 

 「これ、うちに関する報告書やねぇ。随分と綺麗に纏めとるわ、これ編纂者誰なん?こんな綿密な報告書書けるやつなんて、うちらに居ったん?」


 彼女の言っていることは最もだ。透や玄緋兄妹が所属している【蝗害】には参謀と呼べる存在が居なかった。実際には居るには居たのだが、組織の為に動こうとしている訳ではなく、私利私欲の為に「七つの罪源」と接触しようとしていた打算のある痴者が数人居た程度だったのだ。

 だから、今まで綿罪が見ていた報告書は見るに堪えない物ばかりだった。中身もやれ誰が何を殺しただの、「罪源」の一人の通称が何だの、と報告書にも私利私欲が滲み出ていた。

 けれど、今透の机の上にある報告書はどれも事細かにその人物が分かるように書かれており、それ一枚を読むだけでもある程度その人物が過去に何をしたのかが分かるように作られている。


 「それを作ったのは僕だ」

 「……ほんまに言うてる?此処にあるだけでも数十枚はあるけど、これ全部?」


 綿罪は一枚一枚を机から拾い上げては急いで目を通す。どれもがキチンと纏め上げられているものだ。一枚書き上げるだけでも相当その人物のことを調べ上げないと書けないものを、構成員全員分となると、相当の時間を書けられている筈。

 信じられない物を見るような目で綿罪は透のことを見るが、当の透はふんと小さく鼻を鳴らすだけして、何処からか取り出したヰデルヴァイス──「スパクトロ・ギア」を磨いている。

 しかし、先程まで透はこの書類とにらめっこしていたはずだが、自分が書いていたのなら目を通す理由がないことに気がついた綿罪は、透の肩を小突く。

 

 「……なんだ。お前も腐り落ちたいのか?」

 「ちゃうちゃう、気になってたんよ。なんで自分が書いた報告書に目を通しとったんかなって」


 透は視線を机の上に戻し、書類を一枚つまみあげる。


 「これは自動更新する書類なんだ。だから、もし仮にこの書類に処刑されるべき事実が書かれていたのなら、僕はその人間を処分する必要がある」

 「あー。なんやったっけ。リーダーの定めた規律文……えーと」


 綿罪は考える素振りは見せているが、その実一切考えていないことを知っている透は頭を抑える。


 「『殺すなら、殺すに足る状況を作れ。作れぬ無能に殺す価値無し。無能の殺戮は、死を持って贖え』」

 「おー。せやったせやった。流石リーダーやなぁ」


 無駄なおべっかを透に向けて言っているが、透はこめかみに青筋を浮かべながら綿罪に近寄ろうとする。


 「お前なぁ……」

 「あ、うち、用事思い出したわ!ほなな〜!」

 

 危機を察したのか、綿罪は手を振りながら事務室の部屋から出ようとしたその時だった。

 ガチャリと扉が開かれる音がした。事務室に入ってきたのは綿罪と同じ毛色をしている兄、玄緋疚罪だった。

 若干興奮気味にドアを開けたせいで、ドアから出ようとしていた綿罪をドアと壁にサンドイッチしてしまった形になるのだが、綿罪に気づくことなく、疚罪は透の元へと颯爽と歩く。

  

 「?どないしたんや?リーダー。そないな怪訝な顔して。まるでワイがなんかしでかしたみたいやん」

 「……嫌、何でもない。それで?どうかしたのか?そんな足取り軽くして。お前がそうだと嫌な予感しかしないんだけど」


 肩を小さく震わせている透の意図が理解出来ないまま、疚罪は持ってきた一枚の書類を透に手渡す。随分と面白そうな表情をしていた疚罪を見た透は、怪訝な顔をして書類に目を通すと、目を丸くした。


 「これ、情報元(ソース)は?」

 「屍喰(コラプス・イーター)。ま、他にもそれっぽい情報漏洩者(リーカー)は居るっぽいけど、皆して出す名前は屍喰やわ。どんだけ異端なんやろなアイツ。多分何も知らんと思うで?」

 

 「信憑性はどのぐらいだ?」

 「まぁ、もし仮に開発が成功してんなら、そらせやろなって感じや。あんなけったいなもん、あちこちの探索者が使っとったらド偉い事やで?戦争ん時の死者数数倍じゃ済まへんやろなぁ」

 

 「試作品──『罰槍ジェルダ』の使用者と目撃者、現在の所在は掴んでいるか?」

 「使用者と目撃者は分かんねんけど、現在の所在は分からんねん。多分使用者がずっと持っとるんとちゃうか?」


 ふーむ、と透は考え込む。疚罪が持ってきたとっておきの情報というのが、『葵琴理の捕縛、及び処分の検討について』の機密資料だった。

 此処までの機密情報は本来外に漏らしてはいけない物だ。当たり前だろう。この資料を当の本人が見ればすぐさま別の区域に逃亡し、肝心のブツを持っている使用者は直ぐ様ブツを処分するに決まっている。

 しかも、情報と資料を流したとされる屍喰は、ある程度使用者と目撃者に加え、葵琴理とも関係がある。だからこそ、(デコイ)として屍喰が選ばれたのだろう。


 (多分、この情報が流されてる事自体、あの阿呆は知らないんだろうけど)


 正解である。琴理の捕縛計画情報が流出する前後、イドル・B・フィルレイスは“雪奈”と臨によって、ビヨンビヨンに伸ばされているので、情報を知る由もなかった。


 「で?どないするん?ワイ個人としては葵には世話になってるし、助けたってもええんやけど」

 「まずは情報の真偽を確認しろ。疑念が確信になれば動く。ただ、葵を助けるとなると」


 透は椅子から立ち上がり、机の向かいに居る疚罪の瞳を覗き込む。

 透の昏い灰色の瞳からは感情は汲み取れないが、身体から深い絶望に似た空気が周囲に溢れ出す。


 「アイツは二度と「喪失」の面々どころか、表の世界の住人とは逢えなくなる。それが果たして彼女にとっての幸せかどうかは判断しかねる。制限された生に価値を見いだせるのかな?」


 まるで死とは自由だと言わんばかりに、透は意気揚々とそう言い残し、部屋から退室した。

 残された疚罪は額に脂汗を滲ませながら、透の言葉を反芻するように復唱する。


 「制限された生に価値……なぁ。ワイは行きてるだけで儲け物、中央管理局の管理下なんか死んでるも同然やと思うけど、肝心なんは葵の気持ち……か」


 部屋に一人残っていた疚罪は、窓の外の景色を眺めながらそう言うと、閉じられた扉にへばり付いていた綿罪が鼻を押さえながら、疚罪を睨み付けている。

 

 「あの、うちをドアと挟んだまんまシリアスな空気で独り言言わんとってくれへん……?」

 「あ。居たん?何しとんの?そんなとこで」


 「…………」

 「…………」


 透が退席した後、事務所から男の悲鳴が聞こえてきたと通報があり、【蝗害】の構成員が部屋に入ると、そこには十代後半の男子の無惨な姿が目撃された。

 ギリギリ一命を取り留めたものの、何があったのかは被害者と犯人以外知る由もなかった。


 

今話で100話になりました。

最近の更新頻度が酷いのは重々承知ですが、これからもゆるりと応援してくれると幸いでございます。

後数話閑話を挟んだ後、第九章に入ります。

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