表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第8話【親友との別れ方】



 電話で呼び出しを受けた美月は指定場所を訪れていた。そこは美月の通う大学と隣接する付属高校との間にある広場で、待ち合わせた時刻は20時。日は既に落ち、元々人通りが少ない場所である事もあり、辺りに人の気配は一切感じられない。

 夜闇に覆われた広場のベンチには、呼び出し人である優花が一人、俯きがちに座っていた。


「やっほー、優花」


「あ、美月ちゃん。ごめんね、こんな時間に」


 顔を上げた優花を見て、美月は一瞬たじろいだ。夜闇の中においても判る顔色の悪さ、その瞳からはおよそ生気など感じられず、彼女の背後にある空と同じ深い闇色を宿していた。


「う…うん。それは全然いいけど……どういう意味かなぁ? “秘密”を知ってるってのは」


「……うん。やっぱりそういう事、なんだよね……」


 どこかズレた返事をしながら、ゆっくりと頷く優花を見て、美月は眉を顰めた。


『美月ちゃんの()()について話がしたいの……今から出て来れる?』


 優花は美月を電話で呼び出す際にそう言った。彼女の言う秘密が何を指しているのかは不明だが、状況が状況なだけに、美月は優花からの呼び出しを無視する事が出来なかった。

 龍造寺議員は逮捕され、息子である龍造寺雅史は()()()()()できたと聞いている。全ては美月の思惑通りに動いている……はずだったのだが、ここに来てイレギュラーな要素が発生した。

 美月の描いたシナリオにおいて、既に退場していなければならない人物が今、目の前に立っているのだ。



「あの動画……知ってるよね?」


 その質問に一瞬、目を見開いた美月であったが直ぐに一転、いつもの朗らかな笑みを浮かべた。


「え? 動画って何の事?」


 優花の言う“あの動画”とは、テニスサークルの新歓コンパで泥酔させられた彼女が雅史から身体を弄ばれ、その様子を撮影された動画を指している。その動画の撮影を依頼し、圭一や優花の通う大学のネットワークへ流出させた張本人である美月がその事へ思い至らないはずはないのだが、彼女はその胸の内を悟られないよう、優花の良き友人を演じる。


「よく分かんないんだけど……優花、何かあった?」


「……私達、テニスサークルの新入生女子が新歓コンパで泥酔させられた後、先輩達から慰みものにされる様子を撮影した動画が大学内へ出回ってるの。しかも、その動画を誰かがSNSにもアップしたみたいで、既にネットにも広まってて、警察も動いているみたい」


 優花は何処か他人事のように語った。それもそのはず、彼女は件の動画を観て以来、誰とも会わず、電話にも一切出ず、ずっと一人で街を彷徨っていた為、大学へ捜査が入った事も、事件に関与した疑いのある先輩部員達が事情聴取を受けている事も、雅史が行方不明になった事も詳しくは知らないのだ。



「……そうなんだ。何と言っていいか判らないけど……相談には乗るからね?」


「うん、ありがとう。それで早速相談なんだけど……あの動画、流出させたの()()()()()だよね?」


「……は? な…何を言ってるの? 優花」


 狼狽する美月を暗い瞳で見据えたまま、優花はゆっくりと口を開いた。


「美月ちゃんが、私の呼び出しに応じてくれた理由は何かな……?」


「それは……親友からのお誘いだよ? 別に理由がなくても付き合うよ~」


 優花の放つ異様な雰囲気に多少気圧されながらも、美月はケラケラと笑った。


「誤魔化さなくてもいいよ。本当はね……最初からちょっと変だな、とは思ってたんだ」


 夜空を見上げた優花。見上げたその瞳に映るものは瞬く星々ではなく、どこまでも続く虚空であった。


「美月ちゃんは『自分がお世話になった高校時代の先輩が入ってるから』という理由で私にテニスサークルへ入る事を勧めたよね? そこには雅史くんも入部していて、何故か彼も美月ちゃんの知り合いだった」


「……あぁ、それは偶然よ。ぐ~ぜん! 私って案外顔広い系だしさ~」


 ヒラヒラと手を振り、優花の抱いた疑惑を否定してみせる美月であったが、その表情には余裕がない。優花が発する異様な雰囲気が彼女の潜在意識に恐怖の感情を呼び込んだ。



「美月ちゃん……○学生の頃から、援交やってたでしょ」


「なっ――?!」


 何故、その事を優花が知っているのか――その疑問も然ることながら、淡々と人の過去を掘り返す彼女の様子があまりにも普段のおっとりとした雰囲気と違い過ぎて、美月に目の前の()()が本当に彼女の知る人物であるのかという疑問を抱かせた。


「その売春相手の中には、龍造寺議員……今日、逮捕された雅史くんのお父さんもいた。これって偶然かな?」


「ぐ…偶然よ。それよりも、それが優花の言う“秘密”なの? 私はもう売春(ウリ)は止めたの。その話は止めてよ」


 余裕を失くした美月を見て、優花の頬が緩む。


「圭くんと違って、美月ちゃんは汚いよ? 私と同じ。薄汚れている……」


 一瞬、自分が何を言われたのか理解できずに呆けた表情を浮かべた美月であったが、投げつけられた言葉を反芻し、鋭い眼光で優花を睨みつけた。


「言ってくれるじゃん? 何? 自分なんて彼氏(けいいち)そっちのけで雅史とヤりまくってた挙句、ヤリサーの先輩達とも乱交してたくせに……!」


 怒りで息を荒げながら、美月は続ける。


「優花、アンタには解らないでしょ。私の家は修学旅行に行く金も用意できない貧乏……離婚して父親は居なくなったし、母親はアル中。生活費なんて私の養育費頼みだよ? アンタみたいなお嬢様育ちで真っさらなまま居られたなら、私だって――「それが、理由?」」


 いつの間にか至近距離にまで来ていた優花が、暗い瞳でジッと美月の瞳を覗き込んでいた。


「つまり妬み……かな? 私と圭くんが美月ちゃんには眩しかったんだよね?」


「ア…アンタ、気付い――「気付くよ……。私だって女の子だもん。美月ちゃんがずっと圭一くんを目で追ってたの……ずっと気付いてた。凄く申し訳なかったけど、ちょっとだけ気分良かったなぁ……」


 優花は美月が圭一に懸想している事へ気が付いていた。それでも表向きは自分達を祝福してくれる美月へ対し、罪悪感を抱いていたのだが、同時に少し……ほんの少しだけ優越感も抱いていた。


 誰とでも別け隔てなく接する美月は学校でも人気のある女子で、あまり友達の多くない優花から見れば、憧れの存在であり、自慢の友達でもあった。そんな彼女を差し置いて、圭一が自分を選んでくれたという事実が優花の承認欲求を満たしたのだった。

 確かに優花が育った家庭は裕福だ。両親も優しく、何不自由無く育ってきたが、引っ込み思案で潔癖気味の性格は長い年月を掛けて彼女のコンプレックスをも育んだ。



「優花、アンタ……クズね」


「美月ちゃんも……ね」


 表情を和らげた優花の手がスッと伸び、美月の腹部へと吸い込まれた。

 無駄のない動き、躊躇いもなく差し出されたその手には刃物が握られており、夜闇の中においてもギラリとその光沢を湛えていた。



「え……?」


 自らの腹部に差し込まれた異物を見て、場違いな程に間抜けな声を上げた美月。その瞳は驚愕と混乱から見開かれており、よろよろと数歩分後退った後、ドサリと尻もちをついた。


「美月ちゃん、気が付いて無かったでしょ……。私ね、本当はずっと違和感を覚えていたんだ。私が圭一くんと付き合った事、テニスサークルへ入った事、雅史くんと出会った事、美月ちゃんの先輩や他の女子部員達と一緒に快楽へ溺れるようになった事……思い返せば全部、美月ちゃんが中心に居たよね。なのに、美月ちゃん、自分は何も知らないって……逆に不自然だったよ?」


「ぐっ……アンタ、こんなことして、警察に――「美月ちゃんは警察に頼れない。そうでしょ?」


 美月を嗤うように見下ろした優花の手には、再び刃物が握られていた。



「――ぃ!? ああああああああ!!」


 星明りを反射しながら振るわれた刃は、美月の瞼を切り裂き、広場の地面に鮮血のアートを作り出す。


 片目を押さえ、痛みにのたうつ美月へ近付いた優花は、彼女のポケットを弄り、中からスマートフォンを奪った。


「多分、この中に件の動画が入ってるんだよね? 動画の出所や雅史くんとのやり取り……調べられたら、マズいものが色々入ってる。違う?」


 夜空へ翳したスマートフォンを空虚な瞳で見つめながら、優花は嗤った。



 優花の憶測は当たっていた。しかし、それはほぼ偶然であると言える。

 確かに動画の出所は美月のスマートフォンに間違いはなく、一連の事件にも美月が一枚噛んでいたが、それを一介の女子大生である優花が突き止め、ましてや証拠を集め、確証を得る事など不可能なはずである。

 実際、優花は動画の流出や新歓コンパの事件の裏で、美月が糸を引いていたという確証を得てはいない。彼女は“以前より美月の言動へ違和感を覚えていた”という漠然とした疑念を、“美月が全ての元凶に違いない”という思い込み、それのみを信じ行動している。もはや正気ではなかった。


 新歓コンパで純潔を失った優花は自身が“汚れた”と感じた。元々、潔癖であった優花には耐え難い事であるそれは、彼女の心を押し潰そうとした。

 そんな絶望の中、優花を救い、道を指し示してくれた存在が居た。龍造寺雅史だ。

 優花は染まる道を選んだ。人によってはそれを“堕ちる”と言うであろうが、彼女は自身の心を守る為にその道を選んだ。

 いつしか優花にとって性行為は愛を確かめ合う“特別”な行いではなく、男女間コミュニケーションの一つとして“普通”な行いとなった。

 そう思い込み、自身の価値観を歪ませる事で心の均衡を保とうとしたのだった。


 しかし、変わった優花を圭一は受け入れてはくれなかった。彼とはもう“一緒”ではない。共に歩む事が出来ない……そう絶望する中、再び縋った存在である雅史は優花の純潔を奪った本人であり、自作自演の救世主に過ぎなかった事が発覚した。


 行き場を失くした暗い感情は優花の視野を狭窄させ、思考を一つの解決策へ固執させた。その解決策とは極めて歪であり、何処までも生産性に乏しいものであるが、優花にはもうそれに縋る他なかったのだ。

 全てをリセットする為には、元を絶たねばならない――それが優花が固執する解決策だ。


 優花には美月が実際に裏で糸を引いていようがいまいが既に関係なく、彼女の存在を絶たねば自分はいつまでも“汚れた”ままであると思い込んでいるのだ。




「ぐっ……が……げぇ……」


 優花は隠しておいた縄で美月の首を締め上げながら、歌を口ずさんでいた。

 その歌は高校生の頃、圭一と美月が所属していた吹奏楽部で演奏した曲であり、優花にとっても思い出深い曲であった。


(あの時の圭くん、格好良かったなぁ……)


 ぼんやりと昔を懐かしみながら、優花は美月を見下ろした。苦しそうにのたうち回る美月の額には血管が浮き上がり、充血した頭は真っ赤に膨れ上がっている。口からは泡を吹いており、どう見ても苦しそうだ。しかし、優花はそれを何処か他人事……現実味のない出来事として捉えていた。


「安心してね。美月ちゃん……私も()()()()()()()、一緒に逝くから……」


 そう微笑んだ時だった。

 優花のスマートフォンが着信し、今しがた歌っていたメロディを鳴らせた。その着信音が鳴る事の意味、それは……。


「圭……くん?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  ドロドロゆえに見事なる人の劣情を活写(´Д` )ただただお見事。 [気になる点]  この場合もしも美月が完全に無実だったとしても優花は凶行に及んだだろう点で優花はザマァされてるワケですな…
[良い点] NICE BOAT!
[良い点] 元凶ががっつり顔に傷が残って売春してた過去を越えるコンプレックスになりそうな点 [一言] 優花も誘導されたとはいえ自業自得な点もあるので罪はないなんてことはないけど昏睡レイプと絶望して死…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ