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第7話【彼女との別れ方】



 意識を取り戻した雅史は自身が両手両足を縛られ、床へ転がされている事に気が付いた。冷たいコンクリートの感触、薄暗く広い空間、仄かに臭う油の臭い……何処かの廃工場であろうか。


「どうなってんだ!? 放せゴルァアアア!!」


 何者かに拉致された――それを理解した瞬間、雅史は怒り狂い、床の上をゴロゴロと転がりながら喚き散らした。その額には血管が浮き、血走った眼は周りを威嚇するかの如くギョロギョロと動いている。

 必死の形相で怒号を上げる雅史であったが、この場に居る()()()()()はその剣幕に圧される事はなく、冷淡な瞳で芋虫のように転がる彼を見据えていた。


「いくら叫んでも構わないが……助けは来ないぞ」


 低く太い声が響き、薄暗い影から大柄な男性が一歩踏み出して来た。その男性を見て、雅史の目が驚きに見開かれる。


「テメェ……いや、貴方は吉田先輩……でしたっけ? 何で空手部の副主将が……?」


 その質問へ無言で応えた吉田はポケットからスマートフォンを取り出すと、ツカツカと雅史の元まで歩み寄り、しゃがみ込む。そして彼の眼前へスマートフォンを突き出し、徐に口を開いた。


「ここに居たのは……俺の彼女だ」


 突き出されたスマートフォンのディスプレイには泥酔する数名の女性達と、その女性達へ狂喜乱舞しながら群がってゆく男性達の様子が映し出されていた。その動画を見た瞬間、雅史の表情が明らかな狼狽へと変わる。

 何故ならそれは、()()()()()を撮影したものであると同時に、SNSなどへの流出を恐れた雅史が、先輩部員達へ消去するよう厳命した動画であったからだ。


「な…何でそんな動画(もの)を……?」


「貴様が主催した新歓コンパであろう? 忘れたとは言わないよな?」


 口調こそ穏やかではあるが、その細められた瞼の奥から覗く瞳は有無を言わせぬ圧迫感を放っていた。

 下手な返答をすれば、無事では済まない――直感的にそれを理解した雅史は、如何に返答すべきか思案を巡らせる。しかし、その思考は上手く纏まらない。

 空手道で鍛えた筋骨隆々の体を誇る吉田を前にして虚勢を張り続ける気概など、雅史は持ち合わせていない。まして彼は今、手足を拘束されているのだ。もし吉田がその凶器のような拳を自身の顔面に振り下ろしたのなら……そう考えるだけで足が震えた。

 暴力という明確な恐怖の前に鈍る頭を必死に回転させながらも、雅史は何とか言葉を紡ぐ。


「た…確かに、俺が主催したコンパだ……それは認めます。だけど俺は何もやってねぇ。俺の知らねぇところで先輩共が勝手に暴走してヤったんです! ほら、動画にも俺は映ってねーでしょ?」


 苦し紛れに出た返答ではあるが、雅史の主張する通り、彼の姿は動画に映し出されていない。時折映り込む指や、男性にしては高過ぎる声から判断して撮影者は女性。つまり彼は撮影者でもない。実際にこの場へは居合わせなかったのだろう。

 しかしその主張を一蹴するかのように、吉田は鼻を鳴らした。


「フン……それはそうだろう。何故ならこの時、貴様は別の女性を襲っていたのだからな」


「なっ!?」


 狼狽する雅史を一瞥した吉田は、その頑強そうな指でスマートフォンを操作し、別の動画を彼の鼻先へ突き付けた。

 雅史はその動画に見覚えがあった。否、あり過ぎた。何せその動画を撮影した人物は彼自身であったのだから。



「この動画見たとき……最初は信じられなかった。今までずっと私達を騙してたんだね、雅史くん?」


 そう言って一歩踏み出して来た女性には見覚えがあった。涙を流しながら雅史を睨みつけるその女性は、彼の“セフレ”であり、電話で呼び出しを行ったあの女子部員であった。


「違う! これは……そう、美月だ! 優花の事は美月に頼まれて仕方なくヤったんだ。俺はお前達を“汚して”ねぇ! それどころか俺は、先輩連中から“汚された”お前らを救った……そうだろ?」


「ふざけるなぁ!!」


 頬に強い衝撃を受けて、雅史の頭が硬いコンクリートの床へ打ち付けられた。

 一瞬、目の前に星が飛び、意識を失いかけた雅史であったが、直ぐに頬から焼けるような熱さを感じて、呻き声を上げた。


「ぁ……ぃてぇ……」


 雅史の悲痛な呻き声など意に返さず、吉田は彼の髪を掴むと強引に自身へと向き直させた。


「貴様、この動画を使って美月さんを脅していたそうだな。彼女……親友である優花さんを想い、ずっと涙を流していたんだぞ? 貴様のようなクズの所為で俺の彼女も……」


 朦朧とする意識の中にあっても、その言葉に異様な引っ掛かりを覚えた雅史は、髪を掴まれた状態のまま、ブンブンと首を横に振った。


「ち…違う! 俺が無理矢理ヤったのは優花だけで、他の女共は合意の上だった! 優花だって、美月に頼まれたから俺は――「まだ言うか!」」


 今度は顎に強い衝撃を受け、仰け反りながら後方へ大きく吹き飛んだ龍造寺。脳震盪を起こしたのか、目線は定まらず、虚空を漂ってる。


「合意の上? 貴様は自作自演の救世主ごっこの末に、被害者を自身に依存するよう仕向けた。その上で行う性交渉が“合意”だとでも言うつもりか?」


「私、ずっと信じてたのに……」

「結局、私達は都合の良いように弄ばれていたんだね」

「クズ野郎が……お前の所為で私は……」


 吉田に続き、次々と浴びせられる罵声に雅史は首を起こす。


「お前ら……何で……?」


 雅史を見据える3人の女性達……うち2人は彼の“セフレ”であり、彼が絶望の淵から救い出し“真の愛”を確かめ合った女性であった。

 確かにテニスサークルの先輩達を唆し、彼女達を強姦させるように仕向けたのは雅史だ。しかし、あくまで直接手を出したのは先輩達。彼が直接手を下した対象は圭一の彼女、優花のみであった。

 故に雅史の主張も完全な虚偽であるとは言えないが、泥酔させた優花を眠姦する動画を見た彼女達にその言い訳は通用しなかった。何より、直接手を出していなくとも、雅史が彼女達を騙していた事に変わりはないのだ。


「なぁ、吉田さんよ……そろそろ、俺らにもこのクズ、ボコらせてくれよ」


 これまでずっと黙ったまま静観していた男性が手に持った鉄パイプを肩に担ぎ、雅史へ歩み寄ってきた。

 この男性と女性の1人――雅史のセフレに()()()()()()女性は、姉弟であり、この廃工場の所有者である男性の身内である。


「なっ……やめっ!?」


 振り下ろされた鉄パイプが、鈍い音を立てて雅史の顔面へめり込んだ。


「――――?!!」


 その一撃で鼻骨が砕け、雅史は声にならない悲鳴を上げる。

 脳震盪で朦朧としていた意識を痛みによって無理矢理覚醒させられた雅史は、己が今、本物の暴力へ晒されている事を理解し、恐怖に顔を引き攣らせた。


「やぇっ……」


 止めてくれ――そう訴えようとする雅史だが、噴き出した鼻血が喉へ流れてゆき、上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。顎や頬も尋常ではない腫れ方をしている事から、吉田から殴られた際に、どうやら骨にヒビが入っているようだ。

 アドレナリンの分泌により抑えられてはいるものの、その痛みは雅史に己が死を連想させるに十分なものであった。人気のない廃工場、周りには自分を恨む人間しかおらず、時間が彼に救いを(もたら)す事はない。


「ひっ……ひぃいいい?!」


 再び鉄パイプを肩に担いだ男性と、その後ろで拳を固めた吉田を見て、雅史は断末魔の叫びを上げる。

 股間には濃い染みをつくり、極度のストレスから涙を溢れさせ、顔は彼の涙と鼻血でびしょびしょに濡れていた。


「後は俺達が絞めておく……君達は帰りなさい」


 不意に吉田が振り返り、女性達へ声を掛けた。


「そうよ……後は私と弟、それから吉田さんで()()()()やっておくから」


 女性と吉田が促すと、雅史の彼女(セフレ)達は頷き、背を向けた。雅史はその背中へ救いを求めて視線を送るが、彼女達が振り返る事はない。


(何故だ? 俺はお前らを救っただろ? 何で俺を助けてくれねーんだよ……)


 涙が溢れて止まらない。真実の愛を手に入れた……そのはずだったのに。




 雅史の両親は家庭を顧みない人達であった。父親も母親も外で愛人を作り、家に帰らない事も多い。金と地位の為、打算で結婚した夫婦であったのだ。

 幼い雅史の世話は家政婦に任された。家政婦達は彼を一生懸命に世話したが、愛を与えてはくれなかった。


 雅史は憎いと思った。普通の家庭に生まれ、父親と母親に愛され、一緒に誕生日を祝ってくれる家族がいる級友達を。だから、彼はイジメを始めた。

 罵り、殴り、貶め、最後には許しを請わせる。その惨めな姿を見れば、満たされた。自殺未遂をするほどまでにイジメて追い込んだ事もあったが、良心が痛む事などなく、寧ろ優越感を感じていた。

 問題を起こしても、父親が揉み消してくれる。金なら母親がいくらでもくれる。金があれば、仲間も買える。俺は“可哀想な奴”などではない、選ばれた存在なんだ――雅史はそう思い込んだ。


 ある日、龍造寺家に一人の少女が出入りするようになった。聞いた話によると、雅史の遠い親戚に当たる人物らしいのだが、彼女は雅史に()()()()()

 家政婦とは違い、人に迷惑を掛ければ雅史を叱り、叱った分だけ優しくしてくれた。


 いつしか雅史はその少女が好きになっていた。初恋だった。

 彼女の事をもっと知りたい――その欲求に突き動かされた雅史は少女が何故、家に来るのかを知りたくなった。少女は「龍造寺議員の手伝いをしている」と言っていたが、一体、父親の書斎で何をしているのか……。



 その光景はまだ幼く、性に疎い雅史が受け入れるには難しいものであった。

 優しいあの少女が非れもない姿で父親の上に跨り、舌を絡ませながら腰を振る姿。それはあまりにも無慈悲で残酷なものに思えた。


 雅史は少女を罵った「汚い女」だと。

 少女は酷く悲しそうな顔をして謝って来たが、雅史はどうしても許せなかった。受け入れられなかったから。好きになっていたからこそ、裏切られたと感じた。


 その後、少女は家に来なくなった。雅史から気付かれた事で父親が彼女を切ったのだ。

 その少女は未成年であり、本当に雅史の遠い親戚でもあった。故に秘めた関係が公になれば、龍造寺議員としても都合が悪かったのだ。

 少女の目的は金。彼女の父親が事業に失敗した為、金が必要だった。そこで無利子無担保で龍造寺家から金を借りる代わりに、身体を差し出す……そういう密約を交わした。




(あの時、俺が黙認していれば……彼女を“汚れた”と罵らず、受け入れていれば……)


 あの優しい少女の家庭は壊れてしまった。膨大な借金を返せず、父親は自殺。少女と他の家族の行方は未だ判っていない。当時は無理心中の可能性も囁かれていた。

 雅史にとって“汚れた”女性達へ手を差し伸べ救う事は少女への懺悔であり、あの日、失った愛を取り戻す為の儀式であった。貞操観念に縛られない愛こそが“真の愛”である。そう信じるようになった。だから、新歓コンパもその崇高な目的を達成する為に必要な儀礼であり、決して恨まれる行いでは無いはずだった。


(俺は間違ってねぇ……)


 冷たく硬い拳の感触を眉間に感じた瞬間、雅史の意識は飛散した。最後に浮かんだ光景は彼を蔑むように一瞥して去った彼女達の背中。そして優しい少女の笑顔。



 その後、警察は龍造寺雅史容疑者の身柄を確保する為、必死の捜査を続けたが、彼の足取りを掴む事は出来なかった。

補足:龍造寺のセフレ達は、吉田達が立てた計画の全容を知らされていません。なので、彼がその後どうなったのかも知りません。

言うまでないと思いますが、新歓コンパの動画を流出させたのは圭一……ではなく、美月です。しかも流出元が分からないようにワンクッション置き、偽装工作しています。


ちなみにですが、龍造寺のスマホは拉致した時に破壊されているので、GPSでの追跡は不可。通話履歴はセフレの一人とだけなので、吉田や廃工場の所有者へ捜査の手は伸びなかったようです。(他にも要因はありますが)

その他、警察が龍造寺の行方を掴めなかった理由については色々と考えておりますが、物語とあまり関係がないので端折っています。どうしてもそこが気になる方は、ご質問いただければお答えします。


そして、吉田の彼女ですが……例の新歓コンパで妊娠(本人は泥酔しており、ヤられた事に気が付いていなかった)しており、家族や恋人から浮気を疑われかねない状況で精神的に参ってしまい手首を切った……という設定です。廃工場の持ち主の身内である姉弟についても、龍造寺を恨むに足る裏設定がありますが、流石に割愛します。


龍造寺のその後はあえて書きませんでした。今も尚、監禁されて死なない程度にボコられているのか、島流しにされたか、地の底に沈められたか、あるいは……。ご想像におまかせします。

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[良い点]  よし!  (^∀^)و←どこまでも爽やかな小春日和のような笑顔♪ [気になる点]  雅史くんのその後はマンホールに投棄されたに1票! [一言]  意識がある間に『警察に出頭するんだった』…
[一言] 雅史のこういうエンドは、ifルートの方かと思っていました。 あっちだと父親が健在で、サークル員や被害者の証言を握り潰した形でしょうから。 そうなると被害者やその身内がこんな感じに暴走するかな…
[良い点] 屑すぎて末路がスッキリ☆ [気になる点] こだわりシンドローム先生の作品何個か読みました!そろそろ寝取られた女の人にも救いが欲しいぃ…•́ ‿ ,•̀
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