第6話
龍造寺雅史からの執拗な着信。その全てを無視し続けた美月は、一夜を明かしたネットカフェの個室で、ニュース記事を読みながら盛大に溜息を吐いた。
「うっざ……。マジしつこいっての」
先程から引切り無しに掛かってくる電話にうんざりしながらも、美月の表情は呟いた悪態とは裏腹に晴れやかなものであった。
その理由は閲覧中のニュース記事が目的の達成を裏付けるものであったからだ。記事には「龍造寺議員、青少年保護育成条例違反や児童買春などの疑いで逮捕」と書かれている。
「こうやってみると、呆気なかったなぁ……」
目的の一つが見事に達成された事を確信し、美月が口端を吊り上げた瞬間、再びスマートフォンが雅史からの着信を告げた。
「雅史はマジでしつこ過ぎ。そもそも色々と遅過ぎでしょ。まぁ……明け方まで猿みたいに優花とヤりまくってたんだろうけどね~」
数秒のコールの後、着信の表示は消えた。そのタイミングを見計らい、美月は鼻歌交じりにスマートフォンを操作して、アドレス帳から目当ての電話番号を呼び出す。
「あっ、もしもし? 私です。美月です。」
「……吉田だ。奴から連絡、あったか?」
「はい。先程から執拗に着信が続いてて……私、怖いです」
「安心してくれ。君に被害が及ぶ事はないはずだ。それで……君の名前を使って呼び出せば、奴は本当に現れるのか?」
「はい。間違いないはずです」
「そうか……。君にばかり負担を掛けてすまない。見たくもない動画を送られて脅された挙句、このような計画の片棒まで担がされて……」
「そんな! いいんですよ。私にとっても龍造寺は親友の仇ですから……」
次なる目的の協力者である吉田との通話を終えた美月は、スマートフォンを机へ置き、すっかり温んだカフェオレに口を付けた。
「……これでチェックメイトかな? 圭一も迅速に動いてくれたし、後は吉田先輩達に任せとけば万事OKしょ」
カフェオレをちびちびと舐めながら机上のコンピュータを一瞥すると、画面には金銭という見返りの為、幾度となく身体を重ねた初老の政治家――龍造寺議員が連行されてゆく無様な姿が映し出されていた。
金銭目的の性交。汚らわしい関係……それも今日で全てが終わる。
昨日、美月が圭一へと渡したSDカードにはいくつかの動画ファイルが収められている。その一つは龍造寺雅史の父親である龍造寺議員が未成年者と淫行を繰り返す様子を撮影したものであり、今朝から続く一連の報道は、圭一がそのSDカードを警察へ提出した事に起因していると思われる。
SDカードには他に、圭一の彼女である優花がテニスサークルの新入生歓迎コンパで泥酔させられ、雅史から強姦される様子や、サークル内で度々行われる乱交。弱みを握られた女子部員が望まぬ性行為を強要される様子などを撮影した動画も収められている。警察は現在、こちらの捜査にも追われている頃であろう。
美月がそれらの動画を圭一へと託した理由。それは圭一を逆恨みして傷付けてしまった事への罪滅ぼしや、優花への罪悪感から……も多少なり有るが、最たる目的は圭一をスケープゴートにしつつ、龍造寺家を貶め、縁を切る事であった。
何せ龍造寺議員は裏社会とも繋がりのある大物政治家だ。そんな彼を社会的に抹殺しうる情報を警察へ下手にリークして、もし証拠不十分で失敗、又は握り潰されでもしたら……それこそ命が危ないかもしれない。
そこで美月は圭一へ数々の証拠が収められたSDカードを託し、圭一から警察へ通報するように仕向けたのである。
今も尚、ニュースの見出しを飾り続ける事件から、圭一が美月の思惑通りに証拠を警察へ提出した事は間違いがなく、雅史の反応から、テニスサークルで行われた犯罪行為についても既に捜査の手が及び初めているとみて違いがないだろう。
後は最終処理を残すのみ……。
◇ ◇ ◇
龍造寺雅史は息を切らしながら、とある運動施設の駐車場を目指し走っていた。額には汗が浮かび、その表情には余裕がない。
「クソが! 美月の奴、面倒くせぇところに呼び出しやがって!」
何度も掛け続けたが、終ぞ繋がる事のなかった美月への電話。その代わりにテニスサークルへ所属する女子部員から一本の電話が掛かって来た。
その内容は「美月と一緒に事情を説明するから、指定場所に来て」というものであった。
焦りから熟慮する事なくホテルを飛び出し、指定場所である県民運動公園、そこに備えられたテニスコート脇の小さな駐車場へ向かいながら、雅史は思索に耽っていた。
雅史に電話を掛けて来た女子部員は、雅史の僕……言い換えれば“セフレ”であり、その中でも、最も彼に心酔している人物であった。
故に彼女が雅史の身を案じ、コンタクトを取ろうとする事自体には何ら違和感を覚えないが、不可解なのはその女子部員と美月の間に接点がほぼ無いという点だ。
――いつの間に彼女は美月と知り合っていたのだろうか。何故、美月は電話に出ないのか。
雅史は言い知れぬ不安を抱えながら、目的地へとひた走る。
(今は兎に角、取返しのつかなくなる前に美月をこっち側へ引き込まねぇと……)
目的地へ辿り着いた雅史が肩で息をしながら周りを見渡すと、見慣れない商用車の前に彼をこの場所へ呼び出した女子部員がいた。
「あ、雅史くん……来てくれたんだね」
「お前からの呼び出しだ。飛んで来るに決まってんだろ?」
反射的に歯の浮くような台詞を返す雅史であったが、その表情には一切の余裕がなく、視線はキョロキョロとせわしなく動き回っていた。
「……とりあえず乗って? 事情は車の中で話すから」
「あ…ああ」
そう生返事をし、車のスライドドアを開けた瞬間、雅史の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
「作戦成功! ……みたいだね。」
吉田から雅史の拉致に成功したという連絡と、簡素なお礼の電話を貰った美月は、一仕事終えたとばかりに大きく伸びをした。
ちょうどその時、スマートフォンが新たな着信を告げ、美月はやれやれと肩を竦めた。
「今度は一体、誰……って、優花?」
ディスプレイに表示された発信者名を見て、少し表情を曇らせた美月であったが、一呼吸置き、通話ボタンに指を乗せた。
「もしもし、優花?」
……はい。
もはや「あと1話」が終わらないフラグになりつつあります。ごめんなさい……。
この辺りからが所謂「ざまぁ」パートになるかと思いますが、大幅に加筆した事で文字数が3倍近くに膨れあがりました。当初は3話+後日談くらいで終わる予定だったのですが、相変わらず当てにならない見積りで申し訳ないです。