第3.5話【間違った別れ方】
ifストーリーです。
「分かった……」
僕は龍造寺達の提案を受け入れる事にした。でも、それは彼らから煽られて躍起になったからではなく、一度同じ土俵に立ってみれば、少しは優花の気持ちを理解出来るのではないかと考えたからだ。
それに龍造寺と優花の逢瀬を目撃してたあの日、彼女の言い分を聞かず一方的に別れの言葉を突き付けてしまった後ろめたさもある。
優花の懇願に肯定で答えると、彼女は僕の手を握り、花の咲くような満面の笑みを浮かた。
「ありがとう、圭くん! これで私達、また一緒だね」
◇ ◇ ◇
優花の望んだ通りに僕が自分を曲げれば、少しは彼女の事を理解出来るかもしれないと思っていた。そうすれば、あるいは彼女は目を覚ますかもしれないと……。
龍造寺辺りには「童貞臭い」と小馬鹿にされそうな考えだが、親公認で付き合っている以上、僕には恋人である優花を守る責任があったのだと思っている。
優花の両親は大切な一人娘と僕が交際する事を認めてくれた。だから、僕はその信頼へ応えなければならないはずだった。でも、それは叶わなかった。
「いやぁ~、ヘタレっぽいとは思ってたけど、まさかの不能君だったとはなっ!」
ホテルを後にした僕達は、夜の街を歩いていた。
龍造寺達の提案に乗り、彼らと共にホテルへ向かった僕だったが、そこでの経験はとても陰鬱で辛いものであった……少なくとも僕にとっては。
「雅史くん、そんな事言わないでっ! これから圭くんには私が色々と教えてあげるんだから、直ぐに上手になるよっ!」
「…………」
先程まで龍造寺と一糸纏わぬ姿で淫行に耽っていたにも関わらず、優花に変わった様子は見られない。おそらく彼女にとって、複数人による性行為などはもはや日常茶飯事であり、買い物に行ったり、カラオケに行ったりする事と大差無い行為なのだろう。
僕は……ただ、ひたすらに苦しかった。
初めての経験。初めて身近に見る異性の身体。そこには興奮も感動も無かった。いつか本当に優花と結ばれた時の大切な想い出になるはずだったそれは、酷く薄汚れてしまい、どこまでも無機質で冷たいものとなってしまった。
僕は独り部屋の隅で縮こまり、虚ろな瞳で淫靡な宴を傍観する事しかできなかった。
――このままでは自分が嫌いになってしまう。
サークルの新歓コンパが開かれた日、優花も意に沿わぬ性行為を強要され、同じように空虚な想いを抱いたのだろうか。
否、きっと優花はもっと激しく絶望しただろう。それこそ、心が壊れてしまうほど。
僕は自分の貞操に大した価値があるとは思っていない。だから、自分が“汚れた”などという感情を持たないと思っていた。だけど……僕は自分が汚れたのだと感じている。
身体ではなく、心が穢れたとでも言うべきか。自分の倫理観、価値観を歪める事はこんなにも苦しく、僕を形作っている大切な何かが崩れていくような虚しさを伴うものだった。
僕は立ち止まり、夜空を見上げた。
今日は曇っていた為か空に星明りはなく、月も隠れている。その代わりに街灯や華やかなネオンが僕ら4人を照らし出していた。
優花は言った――これで僕らは一緒だと。
確かにネオンに照らされながら歩く僕らは同じ“日本人”であり“大学生”であり、行動を共にする一つの集団として行き交う人々の瞳には映るのだろう。でも僕は今日の経験で、より一層優花との距離を感じた。
物理的な距離じゃない。同じ場所に居ても決して交わらない道を歩いているような感覚。
受け入れるべきではなかった。こんな方法では優花に救う事は勿論、彼女を理解する事すら出来ない。
「優花、君はこのままで幸せになれるのか……?」
立ち止まり、呟いた僕を振り返る3人。
「おっ、おっ? 圭一くん、初体験を終えた感想を語っちゃう感じ? 今回は失敗しちゃったけど、次は頑張ります的な?」
下卑た笑いで揶揄う龍造寺には目もくれず、僕は真っ直ぐに優花を見つめる。
僕の視線を受けた優花は瞳を泳がせた後――
「勿論だよ。だって、これでまた圭くんと一緒に居られるんだから」
そう言って、ぎこちなく笑った。
◇ ◇ ◇
僕は優花という一人の女性について、どこまで理解出来ていたのだろうか。
純真な笑顔が可愛らしく、真面目で大人しい。小説を読む事が好きで、密かに作家を目指している。そして、何より臆病で寂しがり屋。
あの日、僕は密かに決心を固めた。
優花を受け入れる事は出来ないが、堕ちてゆく彼女を見捨てる事も出来なかったから。
僕にとっては爛れた無機質なものに感じられる日々が、優花にとっての幸せだったとしても、この関係は精算しなければならない。これ以上、自分と優花を嫌いにならない為にも……。
優花と龍造寺が所属するテニスサークルへ出入りするようになった僕は、学内で行われる不健全なサークル活動の証拠を集めようとした。
表向きの入部動機は「僕も“ヤリサー”の恩恵に預かりたい」という最低最悪のものであったが、その歪み切った動機を優花はとても喜んだ。
『やっぱり、圭くんは私を受け入れてくれたんだね』
その笑顔はどこまでも薄汚れていて……見ているだけで胸が痛んだ。
サークルに所属して直ぐに分かった事の一つが、ここには明確な力関係が存在するという事だった。そのヒエラルキーのトップは一見、4年生の先輩達に見えるが……実際には龍造寺雅史である。
どうやら、うちのテニスサークルが今のような犯罪行為すら厭わない“ヤリサー”になったのは、龍造寺が入部してからの話らしい。
それまでは酒を飲んで騒いだり、温泉旅行へ行って羽目を外し過ぎたりする事はあっても、新入生を泥酔させて襲うといった悪質な犯罪行為へ手を染める事はなかったという。
『大丈夫、大丈夫。何があっても揉み消せっから』
龍造寺はそう言って先輩部員達を焚き付け、自分は高みの見物をして来たようだ。
サークルへ所属する新入生女子の中には、優花のように自ら肉欲に溺れる女性もいるが、新歓コンパの日にあられもない写真を撮られ、無理矢理肉体関係を強要されている女性もいる。だけど、僕がサークルの部室へ仕掛けたカメラには、龍造寺自身が嫌がる女性へ手を出す様子は映し出されていなかった。
もし仮に龍造寺が「合意のない性行為をしない」と決めているのならば、サークルの先輩達が行う性暴力を止めるはずだ。そうしないという事は、奴はそれを容認しているという事に他ならない。
しかし何より不可解なのは、龍造寺が優花を初めとする他のサークル女子達から信頼されているという事だ。
その理由は……正直、よく解らない。
いずれにせよ、肉体関係を強要され、涙を流している女性がいる以上、僕は躊躇うことなく集めた証拠映像を大学と警察へ提出した。
警察に提出する事で事件は明るみになり、脅されて肉体関係を強要された女性達の証言もあり、サークルは取り潰し。強姦に関係した先輩部員達は逮捕される事となった。
しかし、龍造寺だけは不起訴処分となった。
警察へ証拠を提出する際、僕は龍造寺雅史という男こそが主犯格である事を訴えのだが、その訴えは見えざる力によって、握り潰されてしまったようだ。
サークルに所属していた女子達からも、龍造寺に対する訴えは出なかったらしい。
僕は……優花の実家を訪ね、改めて彼女を守れなかった事への謝罪と、今後は彼女と別々の道を歩いて行くつもりである事を優花の両親へと告げた。
そしてその際、僕は優花の両親から彼女が失踪した事を告げられた。
サークルの崩壊と共に姿を消した優花。そして同じく姿を消した美月ちゃんとも、未だに連絡が取れないでいる。
優花の安全を心配する両親に真実を告げられずに背を向けて1年後が経った頃、彼女は戻って来た。
――もう二度と話す事も、触れ合う事も出来ない姿となって。