第一章 四方式使い
ジリリリリリリリリリリ。
ばしっ。
「ふぁふぁふぁふぁ」
伊能清過はあくびをしながら身体を起こした。
「――あー、ずいぶん昔の夢を見ちゃいました」
寝ぐせだらけのロングヘアに、枕が引っかかっていた。
「ありゃら。いい加減ショートにしましょうかねぇ」
枕を引き剥がした清過は、真新しい制服に着替える。
「掴まれて引っ張られる事を考えると、格闘向きじゃありませんし」
勉強机の横に掛けられた姿見に向かう。
髪の毛にブラシを入れ、手慣れた調子で太い1本の3つ編みにした。
髪を編み終わった清過は、寝起きのぼんやりの印象は消え、野暮ったいながらも可憐な女子高生になっていた。
清過は、田んぼの中の道を自転車で通り抜けていく。
田んぼはレンゲ草で緑と薄紫に染まっていた。
車道を電動自動車が行き交う。巨大な長距離トラックが、ひときわ大きなエンジン音と排気ガスを出して通り過ぎた。
「ん?」
清過の視線が、行く先の街路樹の脇に向く。
やけに不似合いな色が見える。
花と線香だった。
路面には僅かにガラスの破片が散らばっている。
清過は自転車に乗ったまま、そこを通り過ぎる。
(ら?)
彼女は少々残念そうな顔になる。
(確かに気配があったんですけど……)
ふと後ろを振り返ると、そこには白い蝶だけがひらひらと舞っていた。
「おはよーございまーす」
清過は教室に入る。
「おはよー」
誰ともなく挨拶を交わす。
入学すぐで、顔見知りなどほとんどいなかった。
「ね、聞いた? ――えーと」
そんな中、1人の女子生徒が清過に声を掛ける。
「伊能清過ですよ、仁科さん」
「ああ、そだそだ。伊能さん、聞いた?」
仁科恵は、目を輝かせている。泣きぼくろがあり、凹凸のはっきりした体つきをしている。
「何ですか?」
「交番の先で、昨日人が轢かれたって」
「私の通学路ですよ」
「やっぱりね、確かそっちの方だと思ったんだ」
「はあ?」
「じゃ、お祓い受けに行こ、お祓い」
「へ?」
「事故現場よ? 妙な霊でも着いて来てたら、祟られるよ」
「いやー、大丈夫だと思いますよ?」
(どなたもいらっしゃいませんでしたし……)
清過は無言で付け加える。
「ダメダメ、そういうのが1番危ないの」
「私ダメですか?」
「ううん、まだ望みはあるよ!」
ずいと恵が間を詰める。
「幸いにも! 4組にあの杉田さんが入学してるっしょ?」
「スギタ……ああ、霊感が強いとか何とか」
「そう! 霊もバリバリに見えるし、占いもびたびた当たるって。是非見て貰お! ね? ね? 行こ? 是非行こう、すぐ行こう!」
教師の自己紹介中心の授業時間が終わり、清過と仁科恵は4組の教室に向かう。
「ほら、早く!」
「別に杉田さんは逃げませんよ」
「なーに言ってんの、早く行かなきゃ家に帰っちゃうでしょーが」
「なるほど」
恵と清過は、開きっぱなしになっている4組の教室の戸をくぐる。
教室の中は、帰ろうとしたり、部活見学にしたり、生徒がざわついている。
「えーと、杉田さんは……」
きょろきょろ見回す恵をそのままに、清過は真っ直ぐ1人の女生徒に歩み寄る。
「こんにちは、杉田さんですね?」
清過がにっこりと笑う。
「……そうだよ、初めまして」
応えた女生徒は、短い髪の声の大きな、制服よりもジャージが似合いそうな、スレンダーな少女だった。
「初めまして、1組の伊能清過です」
「あっ、さっちゃん、その娘が杉田さん?」
「誰がさっちゃんですか」
「清過のさっちゃん」
「無理にあだな付けなくてもいいですよ」
「別に無理に付けちゃいないよ。でも、へー、この娘が杉田さん? ふーん、よく分かったね? 知り合いだったの?」
「勘です」
清過は杉田慶子の影に、ちらりと視線を向けた。
(この影の濃さは……)
「占いの依頼かな?」
「うん。お願いしたいんだけど」
恵が目を輝かせる。
「悪霊祓いじゃなかったんですか?」
「それは後!」
「ふうん」
慶子は清過を見る。
「分かった。けど、今日はもう帰るから、明日の昼にでも来て」
少し離れた場所で、女生徒の集団が清過たちを見ていた。
「えーっ、ちょっとぐらい――」
「分かりました」
「じゃーね、伊能さんともう1人」
「仁科だよ仁科恵! 平和と自然とお金を愛する15歳!」
「はいはい、仁科さん」
慶子は手提げ鞄を持って、席を立った。
手提げ鞄には、折り鶴のアクセサリーが赤白2つ、付いていた。
「あの、こっちは恵さんものすごく遠回りじゃないですか?」
隣の自転車の恵に、清過は尋ねる。
「いいのいいの、10分も違やぁしないんだから」
恵はのんびりと自転車のペダルを踏んでいる。
「それに上鷹野市内の事故現場なんて、滅多に見られるもんじゃないから。1度は見ておかなきゃだよ、さっちゃん?」
(もう見たんですけどね)
「人の不幸を喜んじゃいけませんよ」
「なーに言ってんの、他人の不幸をいちいち真に受けてたら生きてけないよ」
「それはそうですけどね――死んだのはどういう方でしたっけ?」
「それがね、会社の社長だって」
「どこの会社ですか?」
「駅前に、英会話スクールが入ってるビルあるでしょ」
「フジシロ第八ビル・スカイサンシャインですね」
「そうそう、名前が不自然に立派っぽいくせに3階建てで汚っったない」
自慢げに恵は説明する。
「あの中のテナントのサンバクガっていう会社があって、そこの社長だって――あ、あそこだあそこだ
「――あ」
事故現場には、警察のパトカーが2台停まっていた。警官の中に、刑事と思しき黒いコートの私服の男がいる。
「ご、ごめんなさい、仁科さん、私はちょっと野暮用を――」
「おう、さやじゃねえか」
男が近寄ってくる。
(あちゃあ……)
『知り合い?』
自転車から降りた恵が小声で尋ねる。
『私にとっては、天敵です』
諦め顔で清過が応える。
「お久し振りです、下田さん」
固い笑いで挨拶する。
「ああ。ほう、もう高校か。入れる学校があったとは驚きだな」
下田と呼ばれた刑事は、中年間近の男だった。黒いコートの下には焦げ茶のスーツを着ている。無精ひげのせいか、冴えない印象が強い。
「私の成績はいいんです」
「そりゃ失礼した。夜遊びして喧嘩なんかしなけりゃ、跳び級で東大にでも行けるかもな」
「あははは」
「わははは」
「事故ですか?」
「ああ。昨日の事故をちょいと調べててな」
「今になって調べるなんて、のんびり屋さんですねぇ」
「拙速は誤認逮捕と冤罪を産むだけだ。高校生にもなって、そんな事も知らんのか?」
「市民に理解されていない警察の秘密主義のせいじゃありませんか?」
「さあ、分かったらさっさと消えろ。高校生になったんだ、勉強でも部活でもやって真面目に生きるこった」
「私はいつも人生に一生懸命ですよぉ」
清過はわざとらしい笑顔を浮かべる。
「それではごきげんよう。迷宮入りしない事を願います」
「せいぜい放校されない様におとなしく過ごすこった」
清過と恵はその場を立ち去った。
「何、あのオヤジ?」
公園のベンチで、恵は缶コーラの蓋を開ける。
「警官ですよ」
スポーツドリンクを飲みながら、清過が応える。
「知り合い?」
「小さい頃にお世話になって以来、何かと会う機会が多いんですよね」
「ふうん」
「親気取りでお節介を言うんです」
「あんなオヤジに目ぇ付けられるなんてぞっとするね」
「ええ」
清過は開いた缶を縦に潰す。
「でもさっちゃんが夜遊びして喧嘩するなんて、知らなかったな」
「あれは下田さんの勘違いですよ」
「あはは、思い込み激しそうだもんね」
「そうなんですよ」
「しっかしさ、さっちゃん」
「はい?」
「なんで警察がいたんだろうね、昨日のうちに調べるものは調べてる筈なのに?」
「そうですねぇ?」
首を傾げながら、彼女は傍らのくずかごに缶を捨てた。音に驚いたのか、蝶がひらひらと跳び去った。
翌朝。
朝食後、タブレットで新聞を見ていた清過は、ふと手を止める。
「市内で火事……ですね」
「何人か死んだみたいね」
母親が洗い物をしながら応える。
「清過も火の元には注意するのよ」
「はい」
記事に書かれた建物の名前を確認する。
「――太陽ビルってどこでしたっけ?」
「中鷹野の境にあるあれでしょ。暴力団事務所」
「ああ、そうでしたか」
清過はタブレットを置いて、箸を取った。
「ふふ」
「なんですか?」
「清過の小さい頃を少し思い出したのよ。あの頃、こんな事件があったら、出て行って『霊が見える、霊が見える、何体倒した』って騒いでたものね」
「あはは、それは子供特有のメルヒェンですよ」
清過は笑った。
その日の昼休み、清過と恵は慶子のいる4組に来ていた。
「――うん、デスが逆位置で出てる」
めくったタロットカードを、慶子が恵に見せる。
大きな鎌を持った骸骨面の死神が描かれた、13番目のカード。
「死神?」
恵が泣きそうな顔になる。
「安心して、タロットは向きが重要だから」
慶子は笑う。
(明るく笑う人ですねぇ)
何となく釣られて清過も微笑んでいた。
「デスの逆位置は、再生、復活、考え直し。これが過去」
慶子はもう1枚をめくる。
「パワーの正位置だね。これはあらゆる力を費やすこと、努力、忍耐、暴力だっていい。これが今のあんた」
更にもう1枚。
角と尻尾を生やした悪魔の絵柄が出てきた。
「デビルの……逆位置かぁ」
「なに? 何か悪いの?」
「高校に入って、新しい恋を見つけたあなたは、猪突猛進に突っ走って恋を実らせる事は充分出来るでしょう。それを阻害するものはありません」
(割と当たり前の事な気がしますね。体型も含めて、仁科さんみたいな子、男子は大好きでしょうし)
清過はちらりと慶子の顔を見る。
「ただ」
慶子が最後のカードを恵に差し出す。
「その後、自由になると出てる」
「自由? どういう意味?」
「相手と互いに干渉し合わない良い関係、もしくは……別れの暗示」
「うげっ!」
「まあそれがいつになるかは分からないし、その後は幸せな自由を得られるわけだから悪くないと思うよ。高校時代の恋人と、地獄の果てまで付き合うなんて嫌でしょ。むしろいい結果だね」
彼女はタロットカードをまとめる。
「後は気の持ちようと努力次第。今必要なのはそれかな」
「ふーむ、なるほど」
恵は何度か頷いていた。
(特に特別な力があるようには見えませんね)
「それじゃ清過さんだっけ? 何を占う?」
「ああ、さっちゃんは違うんだ」
恵が口を挟んでくる。
「事故現場を通ったから悪霊祓い」
「え?」
慶子の顔が、一瞬訝しげになった。
「私はいいって言ったんですけど、仁科さんが是非にと言うので」
「あんた、本当に通ったの?」
「はい」
「……まあいいか」
慶子は自分のバッグの中から1枚の折り紙を取り出した。折り紙の裏面には、対角線が2本十字に引いてあった。
「霊障とかなさそうだから、おまじない程度にしとくよ」
彼女はボールペンを取り出し、折り紙の裏面に何か書き付けている。
「はい、出来上がり。この護符を燃やして、灰を水に入れて飲むといいよ」
受け取った折り紙を、清過はまじまじと眺める。
折り紙全体から僅かに気の流れが見え、ボールペンの線の上の気は特に強い。
(こっちは、本物ですね)
「どうしたの?」
「ありがとうございます」
(試す価値は、ありますね)
「あの、杉田さん?」
「なに?」
「あなたは霊が見えたりするんですか?」
ほんの一瞬間があってから、慶子は応えた。
「……見えたりなんかしないよ。ただ勘がいいだけ」
「じゃあこの護符は?」
「本で見たの。他の人も待ってるから、そろそろいい?」
慶子はペンを鞄にしまう。
鞄には、白い折り鶴のアクセサリーが付いていた。
帰り道を、清過は自転車で走る。
走りながら、慶子の事を考えていた。
(もしも、本当は見えていて、それを隠してらっしゃるとしたら?)
清過は自分の頭を小突く。
「そんな事を考えたら、みんな怪しいです」
田園風景が流れていく。
「火事……悪霊さん、いますかね」
呟いて、ハンドルを家とは逆の方に向けた。
5分ほど走るうちに、住宅地と田圃が半々の地域にやって来た。それから少し走ると、住宅やビルの数が増えていく。
そして、小さな鉄道の駅と、ささやかな商店街を通り過ぎた辺りで、清過は自転車を停めた。
僅かながら賑わっている町の中で、1軒だけ生活感の失われたビルがある。
窓の1枚は抜けており、その側に少し黒い焦げ跡がある。そして入口は、神奈川県警の文字が入った黄色いテープで封印されていた。
「いませんね、残念」
清過は窓を見上げる。
(悪霊さんになる亡者さんとならない亡者さんって、どう違うんでしょうね?)
彼女が自転車を走らせようとした時。
視界の端に、1台の車が入った。
路肩に目立たぬように停められた、濃紺色のグロリア。左右の窓ガラスにスモークが入っていた。
(あのビルに入ってた方と知り合いだったんでしょうか――)
フロントガラスに、赤い折り鶴のお守りが吊るされていた。
(折り紙、ですか)
清過の脳裏に、慶子の鞄に付いていた折り鶴が浮かんでいた。
夕食後、パジャマに着替えた清過は自分の部屋の机に向かう。
(本物なら、是非)
バッグから、慶子に貰った護符を出す。
「ありゃ?」
護符に描かれたボールペンの線に、気が満ちていた。紙の中央の気が、梵字を浮かび上がらせている。
「持ち歩いてるうちに、私の気に共振した?」
護符は風もないのに、浮き上がろうとしている。
清過はにっと笑って、コートに袖を通す。
そして、窓を一気に開けた。
待ちかねていた様に、護符が舞い上がり夜の町へ飛び出して行った。
護符は、伸び切ったゴムに引っ張られるかのように、猛スピードで空を飛んで行く。
その後を、これまた同じ様な猛スピードで、清過が追い掛ける。
裸足で両手に靴を持った清過は、まるで重さがないかのように、屋根から屋根へと飛び移っていく。
「このままだと、永埼川を越えちゃいますねぇ」
護符はどんどん速くなっていく。
それに合わせて、清過もスピードを上げていく。
目撃者がいたとしても、何を見たのか理解する事も出来ないに違いない。
ほどなく護符は、暗い河原にたどり着いた。河原を含めて200メートル程の川幅のある大きな川だった。
真っ暗な水面は、ずっと遠くの街明かりを僅かに反射するだけで、ほとんど視界はない
だが、清過の目には、それがはっきりと捉えていた。
銃や刀などの武器を持ったスーツ姿の男たちが、身の丈4メートルはあろうかという巨大な鳥に頭をついばまれる様を。
血の匂いが辺りにたちこめていた。
首と言わず腕と言わず、喰いちぎり、噛み破られていく彼らは恐慌状態で、ある者は川に逃げようとして喰われ、ある者は土手を上ろうとして踏み潰される。
そして、その殺戮の渦中にあってただ独り、穏やかにたたずんでいる者がいた。
「杉田、さん?」
学校とは全く違う顔つきの慶子が、清過を見た。
護符は、慶子の腕にふわりと貼り付いた。
「えーと、ちょっと状況が呑み込めないんですけど、殺し合いになってますか?」
清過が言う間もなく、鳥が突っ込んで来る。
「きゃっ!」
血に濡れた嘴を、清過は紙一重でかわす。
コートの端が破れた。
「見られたか」
慶子の呟きが聞こえると同時に、鳥の第2撃が来た。
「うわっ! ちょっと、待って下さい、話し合いましょ!」
清過は嘴を払いのける。方向を乱された鳥は、勢い余って河原をえぐる。
「警察か、別の組の者か、一般人か知らんが、逃がさん」
鳥は一気に上昇すると、急降下して来た。
「話をしましょうって言ってるんですよぉ!」
鳥に気を取られている清過の脇腹めがけ、1匹のバッタが弾丸の様なスピードで突っ込んで来た。
「っ!」
清過は身をよじってバッタを避ける。だが、そこへめがけて真上から鳥の嘴が襲う。
清過の左肩と胸が裂け、血がにじみ出す。
「覚悟!」
慶子の口許が弛んだ次の瞬間。
清過の姿が消えた。
ほぼ同時に、慶子の鳩尾に、清過の拳が食い込んでいた。
「ば、馬鹿な……速……」
「これ以上やったら、駄目です」
拳から流れる気の奔流が、慶子の魂を削り身体を麻痺させ、同時に鳥とバッタが動きを停めた。
そして、落ちた鳥とバッタは、白い折り紙の鶴とバッタになった。
「折り紙を動かすなんて、凄いですねぇ」
遠くで車のブレーキ音がした。
「うわっ、警察ですよ、杉田さん――って、寝てますね」
ファイヤーマンズキャリーの要領で慶子を担いで、清過はその場を走り去った。
椅子に腰掛けた形で気を失っていた慶子が、目を開けた。
「……あれ? わたしは? ここは?」
「ここはデニーズです。あなたは杉田慶子さん」
テーブルを隔てて向かいに座っていた清過が、クラブハウスサンドを持ったまま答えた。
「!!」
慶子は飛び退こうとしたが、動けていない。
「公共の場では騒いじゃいけないって、お母様に習いませんでしたか? そもそも、身体中の気がボロボロになってますから、2、3日は上手く動けませんよ」
「く……」
「あ、奢って下さいね。私お金持ってませんから」
清過はそれだけ言って、行儀良くサンドイッチを食べ続ける。
慶子は呆然と彼女を見つめている。
「そうそう」
また、清過が食べるのを止める。
「服も勝手に買わせて頂きました。血まみれで破れてたので。
「あ、あんたは――」
「オーダーどうなさいますか?」
慶子の言葉を遮る様に、清過はメニューを差し出した。
「店員さんがさっきから嫌な目でこちらをご覧になってるんです」
「え、えと、ケイジャンジャンバラヤ」
「よく肉食べられますねぇ」
再び、清過はサンドイッチを食べ始めた。
「……そっちだって、ベーコン入ってるじゃん」
「ごちそうさま」
サンドイッチを食べ終えた清過は、紙ナプキンで口を拭う。
「あんた、警察? それとも、よその組の殺し屋?」
慶子が周囲に聞こえない様な小声で尋ねる。敵意と怯えの入り交じった目をしていた。
「どちらかと言うと、私の方が質問したいんですけどねぇ」
清過はブラックコーヒーをゆっくりと飲む。
「杉田さん、あなたの質問に答えるとすると、私は藍川高校1年生の伊能清過、それ以外の肩書きはないですよ」
空になったコーヒーカップを静かにテーブルの上に置く。
「ただ生まれつき、ちょっとだけ色々なものが見えて触れて殴れるだけです」
「まあ……何者でも、いいか」
慶子は空になりかけた皿の飯粒をスプーンで集める。
「四方式を破られちゃ、わたしもおしまい」
諦め切った顔で、慶子は椅子に身体をもたれさせる。
「殺しな」
「へえ、四方式っていうんですか、あの折り紙。便利そうですねぇ。あ、ひょっとしてこの前の火事もですか?」
「人の話を聞け」
「聞いてますけど、別に殺しませんよ。殺したら警察に捕まっちゃうじゃないですか」
「わたしらぐらいの霊力があれば、警察の霊的捜査なんかにそうそう引っかからないでしょ」
「へぇ、警察さんは霊関係の捜査もやるんですか」
にこにこしながら、清過は相づちを打つ。
「こっち側の連中は警察よりずっと手慣れてる。弱みを見せた殺し屋は、結局追い詰められて殺される。恨みのないあんたに殺された方がマシだ」
「1つ質問していいですか?」
清過が人差し指を立てる。
「人の話聞いてる?」
「杉田さん、あなた、悪霊さんとか見えますか?」
「……さっきからの文脈で、見えないと思うか?」
「以心伝心じゃあ、これからのインターナショナルな世界でやっていけませんよ。イエス・ノウは幼稚園児にでも分かる様にはっきりとおっしゃらないと」
「はいはい、見える見える。一応ね」
「そうですか!」
大輪の華がほころぶ様に、清過は微笑んで、慶子の両手を握った。
「な?」
「やっといました、ちゃんと見える方!」
「は、離せ!」
「わはははは! いた、いたいたいた! いらっしゃいました!」
「こ、こらっ!」
慶子は離れようとするが、圧倒的な清過の腕力に抵抗出来ない。
他の客の視線がそれとなく集まる。
「ねー、おかーさん、あのおねーちゃんたち、だきあってるよ?」
「坊や、多様性の世の中だから、何1つおかしくなくて正しい事なのよ」
「でも、こうきょうの場でするのはダメじゃないの?」
「多様性は法律よりも偉いの!」