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第2話

「はい、ヤコヴレフです。」電話に出たのは高齢の女性のようだった。

「ヤコヴレフさんですか、チスタター新聞編集部のポクロフスキーと申します。」

「そちらにセルゲイ・ヤコヴレフさんはおりますでしょうか?」

「セルゲイなら今仕事に行ってますけど……」

「因みに貴方は?」

 「セルゲイの母です」

 

電話の相手は動揺してるようだった、まるで息子が悪い事でもしたかのような反応で電話に応えていた。


 「実はお宅のご子息が我が社に小説を寄稿しておりまして、それが大層好評な物でして是非ともお話を伺いたく存じまして。」


 「セルゲイが小説を?何かの間違いじゃありません?」

 「あの子は昔からボーッとしてて、勉強が得意な訳でもなく何を考えてるのか分からない子でしたよ。」

 「今も食事中も何も話さずに、夜遅くまでどこかに行ってるか、家に帰って来たらすぐ部屋に引き篭もってます。」


 私の持っていたイメージとは大分違う男のようだが、兎にも角にも会ってみない事には話は進まない。


 「明日は土曜日ですのでお仕事は休みですよね?」

 「ええ」

「でしたら午後にお宅に伺ってもよろしいですか?」

「分かりました」

 「ありがとうございます、それでは失礼します。」

 そこはかとない胸騒ぎは心配性な私の思い違いだろうか。


 明日、酷い乗り心地の国産車で交渉に向った。

場所は郊外にある典型的なプロレタリアート向けの集合団地で、外壁はヒビ割れ、落書きがされている。

アスファルトは所々陥没しており、酔い潰れた浮浪者の隣で子供達が遊んでいる。そんな所である。


 車が盗まれないか心配しつつ駐車場に停め、ヤコヴレフ宅に向う。

大凡人が住んでるように思えない廊下を抜け、ドアの前に着き、ベルを鳴らした。


 「どちら様?」「昨日お電話いたしましたポクロフスキーです」

 ガチャっと玄関ドアが開き、セルゲイの母親に迎え入れられた。

 部屋の中はこの団地の外見とは打って変わって小綺麗な内装をしていた。

 壁に飾ってある装飾はこの人の手づくりだろうか、そんな事を考えながら室内を見渡した。


 「昨日息子に明日ポクロフスキーさんが来ることを話したんですよ。」「あの子、親に隠れて小説書いてたのがバレたのが嫌で、すぐ部屋に引き篭もっちゃいまして困ったものですよ。」


 私もその気持ちが分からない事もない、子供の頃に書いた新聞記事を家族に見られないように隠してしまった。

 「こちらの部屋です。」

 少し緊張してドアの前に立った、何かデジャヴを感じる。


 部屋に入ると小太りの男は机で何かをしていた。

「新作の執筆かな?」

セルゲイは振り返ってこちらを見ると無言で作業に戻った。


 「ポクロフスキーと言います、話はお母様から話は聞いてるかい?」

「ああ」

「それでどうやって君…… セルゲイ君がこの箱の中から作品を生み出すのか聞きたいんだ。」

「ゴーリキーでいいですよ、セルゲイなんてつまらない人間なので。ストーリーを考えるのはこの場所じゃないよ。」


「じゃあどこでこの素晴らしいストーリーを作ってるのかね。」

「仕事中ですよ。」

「仕事中って、確か君の仕事は。」

「工場で製造をしています。お袋から聞いたんですか?」

「いや昨日仕事をしてるとだけ、君が小説を執筆している事を隠している事は聞いたよ。」

「……まあいいです、自分もここまで人気出るとは思ってなかったんで。」


 「元々が作業中の暇潰し、もとい現実逃避で昨日観た映画の内容を思い出してる内に、

自分の解釈や発想を加えていったらオリジナルなアイデアが次々浮かんでくるんですよ。」

 「どんな映画を観るんです?」

 「基本的にアクション映画、それにSFやホラー。近くにビデオ屋があってね、正式に輸入された物以外に海賊版に字幕付けてくれる親切な人が居るのさ。」

 

「輸入版は暴力シーンや官能シーンは編集されるからね、そんなアクション映画見ても面白くないよ。」

 確かに資本主義的な映画を作るにおいて、それらの要素は必要だな。

 問題はどこまで許容されるか。

 

「それに東側国家が敵扱いされてる作品はそもそも輸入されない。某スパイ映画とかね。」

 「国内にもいい映画はあったさ。戦間期の短い時期だけだったがね。」

この男はまぁまぁ使えそうだ。私は少し口角を上げた。


 「所でポクロフスキーさん。取材のはずなのにメモを取らないんですね?もしかして秘密警察ですか、カーゲーベーですか?反共産主義的な僕を捕まえに来たとか。」

 「……君は少し向こうの映画を観すぎたようだな、連行して施設に入り思想教育を受けてもらう。……と言いたい所だが取材に来たと言うのは君の言う通り嘘なんだ。」

 私は愛想笑いで誤魔化しつつ本題に入った。


「実は君に会いに来たのは他でもない、映画の脚本作りを頼みに来たんだ。」

 「……ポクロフスキーさん、さっきのジョークよりキツいですよ。」

彼の顔は明らかに要領を得ていない表情をしている。私は事の経緯を簡略化して説明した。


 「要するにプロパガンダ映画の製作を手伝えと。」

 「まぁ、言ってしまえばそうなんだが少しニュアンスが異なるんだ。」

 「『資本主義的』……僕が観てる映画で言えば、娘を誘拐された退役軍人が、取り戻す為に単独で敵の軍隊を壊滅させるとか。」

 

「そんな物で祖国のイメージアップが図れるとお思いかね?ゴーリキー君。」

 「いえ全然。そもそもそれらの映画で国のイメージが上がるなどと言う発想が無かったので。」

 「映画というのは継続的に良質な作品が製作され、それらの作品を評価出来る土壌が育まれる事で文化としての地位が……」


 なんだか自分が説教されてる気分になってきた。

「文句ならクライアント様に言ってくれ。とにかく私はこれからスタジオや監督を探す仕事があるので、次の連絡までに構想を練っててくれたまえ。」

 「次の連絡があれば良いですけどね。」

 さっきから言葉の棘が鋭く感じるのは気のせいか。

 「必ず連絡するさ。それではゴーリキー君。」

 なんとか作り笑顔を崩さず、母親への挨拶もそこそこに足早に部屋を後にした。

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