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第二夜 縋る

 その盗賊たちは唐突にやってきた。

 わけもわからないまま一緒にいたライゼに手を引かれて逃げ出した。

 奴らは武器を持っていて、役所から飛んできたおっさんを切り付けた。パッと赤が飛び散る。ばたりと力なく倒れこんだ身体は、以前ライゼと見に行った人形劇の人形が糸を切られたようだった。そこでやっと怖さが追いついてきた。手を握って前を走るライゼの背中が涙でぼやけた。

 おれにとってこの島は好きな島ではなかった。生まれ育った島に街だったが親もいなければ守ってくれる親もいない。物心ついたときにはおれには兄のようなライゼしかいなかった。食うにも着るにも住むにも困った。それでも必死に生きてきた。

 殴ったり蹴ったりして来る大人がいた。でもたまに助けてくれる大人もいた。

 八百屋のおっちゃんは時々傷が付いてるからと売り物にならない果物や野菜をくれた。近所のおばさんは子供たちが大きくなって着れなくなったから、と古着をくれた。勝手に住み着いてた裏通りの端にあるおれたちの家には、毛布を置いて行ってくれる人がいた。嵐がきて壊れてしまえば板をくれる人もいた。

 守ってくれるような余裕のある大人はいなかったけど、気にかけてくれる人たちががいた。

 それが目の前で次々と壊されていった。家は崩され、隠れていた人たちが引きずり出される。そこら中から炎がでる。金属音や発砲音。泣き声に叫び声。

 幸せでも満ち足りていたわけでもなかった。それでも慣れ親しんだ町や人が壊されるのを見て、悲しくて、悔しくて、涙が出た。



 「エルガー見るな。ここに隠れてろ、静かになるまで出てきてはいけない……!」

 「ライゼ……ライゼはどこいくんだ?」

 「おれも近くにいる。奴らがいなくなれば必ずここへ迎えに来る。エルガー、良い子だから、ここで待ってろ。」



 瓦礫と瓦礫の間、たまたまできた人一人入れるくらいの空間にライゼは俺を押し込んだ。嫌だ、と言いたかった。もう会えなくなる気がして、さっき倒れて動かなくなった役所の奴みたいに、ライゼもそうなる気がして。でもヒイラギの実みたいな目が真剣で焦っていて、それ以上わがままは言えなかった。くしゃ、といつもの手つきで撫でられて泣きながら頷いた。それからすぐに蓋をするように木の板が当てられて、穴の中は真っ暗になった。

 ライゼに言われた通り身体を縮こまらせて隠れる。気を抜いたら叫んでしまいそうで、両手で口を塞いだ。まだ外から何かが崩れる音や走り回る足音、叫び声に泣き声、それから笑い声が穴の中に流れ込んでくる。怖くて、怖くて、ボロボロと涙が出てきた。いつまで経っても外の音は止まない。前にどこかで聞いた。悪い子は「じごく」に落ちると。「じごく」がどこなのかは知らない。でもきっと「じごく」はこんなところなのだろう。



 「ライゼ……ライゼェ……、」



 静かにならない。ライゼも迎えにこない。荒らしまわってるやつらがいなくなれば、ちゃんとライゼが来てくれることはわかってた。でも、急に不安になった。



 「ライゼ、ライゼ、ライゼッ……!

 「こんなところにまだ餓鬼が居やがったか。」



 暗かった穴の中が明るくなり、蓋をしていたが除けられているのがわかった。

 こちらを見ているのはライゼではなく、にやにやと笑う汚い男だった。



 「あっ……、」

 「はっはっは!怖くて声も出ねぇか!」

 「ひっ……!」



 ゲラゲラと笑う男がおれを外に出そうと穴の中に手を突っ込んだ。短い悲鳴を上げて穴の奥に身を寄せると、突然男が視界から消えた。



 「エルガー!大丈夫か!?」

 「ライ、ゼ……!」



 待ち望んでいた金髪が現れ、またボロボロと涙が溢れだした。そんなおれを見て、ライゼは少しだけ安心したように笑った。

 でもそれもほんの束の間のことで、



 「ぐあっ!」

 「ライゼッ!?」

 「クソガキがっ……!」



 消えた男が戻ってきてライゼの頭を蹴りつけた。



 「エルガーッ隠れてろ!」



 また、穴の中が真っ暗になった。でも今は穴を塞いでいるのはライゼの背中で。聞こえる音と言えば殴りつける音、何かが切れる音、それからライゼの声。



 「ライゼ、ライゼ、もう良いからっ、ライゼ!」



 だんだん、外が静かになってきた。悲鳴が減った。穴の隙間から、温かい液体が降ってきた。



 「ライゼ……?」



 背中をぐっと押すと、あっさりとずらすことができた。慌てて穴から顔を出すともう暴れている盗賊は誰もいなかった。ただ今朝まであったはずの街は、瓦礫となっていた。

 穴から這い出してライゼに抱き付く。



 「ライゼ、大丈夫?ライゼ?」



 身体に回した手を見ると、べったりと赤い血が付いていた。バクバクと心臓が痛い位に鳴る。倒れるライゼの首に手を回しぐっと引き寄せ、息をのんだ。



 「ライゼ、だよな……?」



 真っ赤だった。顔があったはずの場所に顔がない。ただ、真っ赤だった。

 ついさっき、ほんの少し前までおれに笑ってたはずの顔が、そこにはなかった。



 「ライゼ、ライゼ死なないでっ、ライゼッ……!」



 じわじわと血が地面に広がっていく。胸を触ると、まだ辛うじて上下している。呼吸は止まってないのがわかって少しだけ安心したけれど、状況は何も変わっていない。



 「誰かっ、誰か助けて!」



 叫んでみるも、答える者もいない。いやもう生きている人がいるかも怪しい。聞こえるのはパチパチと火が燃える音、誰かのうめき声、残っていた建物が崩れる音。

 助けてくれる人なんて、いない。

 どうすれば良いのかわからない。

 いつも困ったら助けてくれるライゼは、もう何も言えない。



 「ライゼェ……、」



 たくさん泣いたのに、まだ涙が出てくる。拭っても拭っても、キリがない。

 その時、遠くに黒い人がいた。

 誰もが倒れ、呻いている町の中で、それは瓦礫に足を取られることもなくしっかりとした足取りで歩いていた。全身黒い服に身を包み、高い帽子を頭に乗せている。硬そうな鞄を持ち、港に向かって歩いているのがわかった。

 この地獄のような空間で、あの黒だけが異質だった。

 昔読んだ絵本に出てきた死神に、あれはよく似ていた。

 近づけば近づくほど得体の知れなさに震えた。全身真っ黒なスーツと外套にシルクハット、荒れ地には似合わないほど優雅でその上等に見える服のどこにも汚れ一つなかった。顔つきも島民のものではなく、肌は透き通るように白い。

 異常だった。しかし同時にこの場において唯一他人に気を掛けるだけの余裕のある大人だった。



 「助けて……!」



 それ以上考える時間もなく、側を素通りしようとしたその長い脚に縋り付いた。

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